勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第2話〜前編〜

 

 

 カツン…カツン…と松葉杖を突く音と共に金属的な足音が混ざって廊下に響く。

 

 出頭命令を受けたムーアの右脚へ急遽、取り付けられた下腿義足は思っていたよりも音を発するらしい。

 

 軍服のスラックスの裾の内側が片方だけ随分と余っているのは義足そのものが細いからだろう。

 

 軍服の左腕の袖が歩く度に翻る様子は傷痍軍人以外の何物でもない。

 

 急遽の出頭の為、義手の方は用意が間に合わなかったが、幸いにも入院している病院と司令部の距離はそれほどでもない。病み上がりの彼でさえも徒歩10分で辿り着ける。

 

 その辿り着いた司令部のエレベーターに乗り込み、目的の階へ向かう。続けて廊下を進み、出頭の命令を発した副司令官室前へ立った。

 

 副司令官付きの秘書へ出頭した旨を報告すると──既に室内でアンダーソンは待っているという。

 

 ──責任は取らねばならない。

 

 念の為に扉横へ設置された姿見へ自身を映し出し、右腕のみでなんとか着衣を正すと、改めてオフィスへ繋がる扉の前へ立った。

 

 自動で扉が開き、同時に松葉杖を突きつつ前へ進み出すと、広い執務机で仕事を続けていたアンダーソンの手が止まり、彼へ青い瞳が向けられる。

 

「──ショウ・ムーア大尉は命令に従い、1900に出頭致しました」

 

 片脚が自由に動かせない義足では直立不動も、そして松葉杖では挙手敬礼の格好も付かない。とはいえ礼式に従い、ムーアがアンダーソンへ向かって申告と敬礼を送ると部屋の主は鷹揚な頷きで答礼に代えた。

 

「座りたまえ」

 

「はっ」

 

 松葉杖に寄り掛かりつつの敬礼から直ったのを認め、まずはアンダーソンが腰を上げる。先に応接用のソファへ副司令官が腰掛け、続けて松葉杖を突くムーアが対面に腰を下ろした。

 

 軍帽を脱ぎ、それを膝の上へ置いて暫く。

 

 互いに言葉もなく虹彩の異なる瞳の視線同士が真正面から射抜き合う。

 

「──正規の命令系統から自ら逸脱した気分はどうだ?満足したか?」

 

「──結果をお尋ねになっているのであれば、()()()、とお答え致します」

 

「──…君がそんな遠回しな遣り取りを好む人間だったとは知らなかった」

 

 概ねは可。

 

 それが彼が今回の一件に対して下した自己評価の結末だ。

 

 ムーアの内心を察したのか、或いは別の理由からか。アンダーソンは大きな溜め息を吐き出すと、彼と副司令官を隔てる応接用のローテーブルへ備えられた収納棚からガラス製の灰皿を取り出す。それを机上に滑らせ、彼の手元へ向かわせた。

 

「…暫く吸っていないだろう?構わないから吸いなさい」

 

「……お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 単なる気遣い──ではない。アンダーソンの態度と仕草は、腹を割って話そう、という意思表示にも感じられた。

 

 とはいえ、彼も強制的な禁煙生活に辟易としているのは事実だ。右手で胸ポケットを漁り、そこからソフトパックとオイルライターを──自慢の弟子が持って来てくれたそれらを取り出す。

 

 振り出した煙草を銜え、独特の金属音を響かせてライターの蓋を開けるや否やホイールを回し、火花を散らした。

 

「…結果的な話となるが…ラプチャーを実際に引き寄せたのはアークから遠く離れた地点。とはいえ、進路の先にアークがあったのは事実」

 

「…シュエン会長が公表した報道内容を正確に掌握してはいませんが…やはりラプチャーがアークに接近中と?」

 

「あぁ」

 

 紫煙を燻らせながら尋ねた彼へアンダーソンは肯定の頷きを見せ──おもむろにムーアの手元に握られた鈍い光を放つオイルライターへ視線を向ける。

 

「…一本くれないか?」

 

「…吸うのですか?」

 

「たまにだ。年に数本程度だがね」

 

 肩を竦めるアンダーソンに彼は身を乗り出すとソフトパックから煙草を振り出しながら差し出す。飛び出した吸い口を摘み取った副司令官が薄く伸ばした髭を整えた口元へ銜えるのを認め、ムーアが再びオイルライターの火を灯す。

 

 火を貸され、それで先端を炙った煙草から細い紫煙が漂うと彼はオイルライターの蓋を閉じた。

 

「…GODDESS…悪くはないな」

 

「お口に合って何よりです」

 

 三級品の安物──これでも中々高価な代物だが、副司令官の及第点は得られたらしい。

 

 長い脚を組んだアンダーソンが紫煙を燻らせる様子を眺めながらムーアは胸ポケットへソフトパックとオイルライターを仕舞い込んだ。

 

「…私をお呼びになったのは…やはり…至近距離では無いにせよ、アークへのラプチャー侵攻を招く可能性が少なからず存在したからでしょうか?」

 

「残念だが、その予想は外れだ。──これも結果的な話になるが、ラプチャーがアークへ侵攻したか?」

 

「…いいえ」

 

 事実の確認以外の理由は無いのだろう。アンダーソンがソファの背凭れに上体を預け、長い脚を組みつつ紫煙を燻らせる姿に気負った様子は捉えられない。

 

 部屋の主の手元にある煙草の先端へ灰が溜まりつつある。ムーアは先んじて溜まった灰を灰皿の縁へ叩き付けて落とし、続けてローテーブルの中央にガラス製のそれを送り出した。

 

「ありがとう。──アークのように大きな防護壁(城壁)に囲まれている孤立したコミュニティ(社会)で最も怖いのは何か知っているか?」

 

「疑心、嫉妬、欺瞞、デマゴギー。そしてなにより──」

 

「──恐怖」

 

「はい。そういった感情の類は狭いコミュニティ──社会や共同体では感染症や毒のように()()()()()()に広まるでしょう。言葉を飾らずに言えば、()()()()に」

 

「…その通り。尤も()()()()()()には手遅れだろうが。それこそ、この狭い社会は()()()()()()に崩壊してしまうだろう」

 

 軍人の表現としては不適切なのだろうが、アンダーソンは咎めることはしなかった。頷きを見せ、右腕を伸ばすと溜まった煙草の灰を灰皿へ叩き落とす。

 

「…まぁ、そういう意味で言えば今回の判断はそう悪くは無かったのかもしれない。外敵の存在と狭い社会の崩壊を意識させる、という意味では。だからエニックがシュエンを処罰しなかったのかもな」

 

「…勿論、最善策であった訳ではありませんが…」

 

「──メティス分隊の記憶消去。それも穏当に済ませられる方法のひとつではあったからな。さて、そろそろ良いだろう。ムーア大尉。君への()()を伝える」

 

 ──やっと本題か。

 

 彼は吸い込んだ紫煙を──やや名残惜しく吐き出し、机上の灰皿へ煙草を押し潰すと背筋を伸ばして姿勢を正す。

 

 眼前でもアンダーソンが煙草をガラス製のそれへ押し潰し、組んでいた脚を解くと腰を上げた。

 

 部屋の主はゆっくりとした足取りでローテーブルを回り込み──やがて背筋を正して座る彼の背後へ立つ。

 

 軍服を纏う肩へ上官の手が置かれ、おもむろに階級章(肩章)の留め金が外される音が響く。

 

 降格処分か、それとも不名誉除隊か。そのいずれかだろう。

 

 その覚悟はあるが──懸念される部下達の処遇だけはなんとしても、と決意した矢先のことだ。

 

「──降格前の少佐へ復帰させる。これが君へ対する処分だ。()()()()()

 

 

 

 

 

 

 不名誉除隊や更なる降格は免れた──しかし解せないのは昇進、或いは元の階級である少佐へ戻すという理由だ。

 

 副司令官室を後にしたムーアが纏う軍服の両肩には揃いの少佐を示す階級章が輝きを放っている。

 

 職業軍人として、やってはならぬことをした人間へ下る処分とは到底思えない。

 

 それとも──()()()()は降格処分等の生易しいことで贖われはしない、というアンダーソンからのメッセージなのだろうか。

 

 ──分からない。

 

 松葉杖を突きながら司令部庁舎を抜け出た彼へ正面玄関口の左右に立つ武装した量産型ニケ達が捧げ銃の敬礼で迎える。その敬礼へムーアは律儀に立ち止まり、松葉杖で身体を支えながら挙手敬礼を左右へ送って答礼とした。

 

 分からないことをいくら考え込んだところで意味はあまりないのかもしれない。特にアンダーソンのような相手の心中や思考を慮るのは一苦労以上の労力だ。

 

 ──分からない、と言えば…。

 

 外出許可が出された病院へ帰る道すがら、ふとムーアは立ち止まる。

 

 巡礼者(ピルグリム)達──旧ゴッデス部隊に所属していた彼女達から得られた情報。アークの西にある巨大な湖の端へ隠されたアンチェインド研究所を捜索する為、長期の任務に赴きたい旨をムーアはアンダーソンへ告げたのだ。

 

 上官は彼の意図を察し、前哨基地へ送る補給物資の量を増やす約束をしたが、ムーアが礼を口にすると──

 

 

 ──礼は良い。()()()()()()の為にこれくらいはしてやる。

 

 

 まるで研究所の存在を、そして現在の危険性を承知しているかのような物言いを返したのだ。

 

「…本当に知っていたのか…?」

 

 軍部の上層に位置する階級と役職へ就いているアンダーソンだ。情報として知り得ている可能性は──ゼロではない。

 

 しかし真意が分からない。

 

「…何本か吸ってから帰るか」

 

 思考が回っていないのはニコチンの重篤な不足が原因だろう。

 

 そう短絡的な結論へ至ったムーアは病院が見える位置まで到達した所で路地の中に入った。

 

 路上喫煙は誉められた行為ではない。しかし喫煙所を探す程の余裕もない。

 

 数本だけ──と自己弁護しながら煙草を銜え、オイルライターの火を点ける。

 

 紫煙が燻り、脳髄が痺れる酩酊感にも似た感覚を味わい始めた矢先だ。

 

「──こんばんは、()()()

 

 路地の暗がりの向こうから聞き覚えのある声がファーストネームを呼ぶ。

 

 反応し、彼は腰へ下げる合皮のホルスターへ手を伸ばそうとするが──それよりも早く銃口が向けられる気配を捉えた。

 

「煙草を()()()()()で吸うのは条例違反だぞ」

 

「……そのようだ。マナーを守らんかったから、()()()()に遭うのかもしれんな」

 

 やはりマナーを守るのは大切だ。しかも軍人という公職に就く者は人一倍はそれを守らなければならない。

 

 ──暗がりの向こうから姿を現したのは、やはり見覚えのある細い人影だ。

 

「…久しぶりだなクロウ。撃たれて以来だ」

 

「あぁ、久しぶりだ。確かにお前の頭を撃った筈なんだが…本当に人間か?」

 

「御挨拶だな。何処からどう見ても──人間だろう?」

 

 久しぶり──という程でもないが、暗がりから姿を見せたクロウへムーアは少佐の階級章が元に戻って来た両肩を竦めると、銜え直した煙草の紫煙を燻らせた。

 

 

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