勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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短い上に、ちょびっとだけアダルティ


第2話〜後編〜

 

 

 目と鼻の先──片腕があれば、あっさりと届く距離まで歩み寄った細身の人影は女性らしいほっそりとした腕を伸ばし、彼が銜える火を点けたばかりの煙草を奪い取る。

 

 形の良い唇へ銜えた人影──クロウはムーアが路地の壁へ背中を預けているのを良いことにわざわざ彼の()()で同じく背中を壁に付けた。

 

 左腕が無いと不便──などと彼は考えつつ、寂しくなった口元に新しい煙草を銜え、再びオイルライターで火を点けた。

 

 図らずも互いに紫煙が吐き出される。路地からエターナルスカイ(夜空)へ紫煙が立ち昇る中、ムーアの左側からは消音器付きの拳銃の銃口が彼の脇腹へ向けられていた。

 

「──変な真似はしない方が良い。()()でお前を殺すことは出来ないかもしれないが…病院の世話になっているのに、()()腹に穴を空けたくはないだろう?」

 

「──()()()は腸が零れ落ちたからな」

 

 総力戦の最中に発生した負傷の情報を何処から入手したのかは定かではないが、十中八九はそれを語っているのだろうクロウへムーアは大人しく頷きを返した。

 

 ジリジリと煙草が燃える微かな音を響かせる。肺へ送り込んだ紫煙をクロウとは反対側へ緩く彼は吐き出し、おもむろに横目を向ける。

 

「…で?何か用か?生憎と俺はキミに用は…()()()はないが?」

 

「ただちょっと顔が見たくてな。──お前はあたしの計画を台無しにした邪魔者であり、崩れないよう協力してくれた協力者でもあるから」

 

「……協力?」

 

 何を言っているのか解せないとばかりに彼の眉間へ深い縦皺が何本も刻まれる。路地の薄暗がりの中でもその様子が捉えられたクロウは剥き出しの肩を軽く竦めてみせた。

 

「──折角、地上まで行って、わざわざIPまで変えて世論を作っておいてやったのに…()()()()()になるとは」

 

「──John Doe(ジョン・ドゥ)ではなく、Jane Doe(ジェーン・ドゥ)だった訳か」

 

「…なんだ。驚かないのか?」

 

「…不思議と驚かないな。キミならやりかねない、と納得すらしてしまう。特に──撃たれた後となっては尚更だ」

 

 男性ではなく女性の身元不明死体の俗称──それがジェーン・ドゥ。

 

 遠回しにクロウがNIMPHの存在しないニケの危険性を大衆へ訴えた最初の発言者であると白状したが、ムーアは大した感慨や驚愕も湧かなかった。それこそ不思議な程に。

 

「…今回は本当に残念だった」

 

 脇腹へ向けた拳銃の銃口を逸らすこともなく、クロウは紫煙と溜め息を吐き出す。

 

「適当にニケフォービア達を刺激すれば、シュエンの()()()()()()()を奪えると思ったが──」

 

 クロウは半分ほど吸い終えた煙草を指先で摘み、足元へ投げ捨てた彼女が靴底で火種を踏み潰すと鮮やかな翠色の瞳で傍らに立つムーアを見上げる。

 

「やっぱり最も危険な存在だと判断した()()()()が──それも頭を撃たれて、夜の海に落ちたのに生き返って、全部台無しにしてくれた」

 

「それは悪かったな。心から謝罪する」

 

「いやいや…本当に素晴らしい。非常に()()()()()()()()()()だった。拍手すら送りたい気分だ」

 

 煙草が無くなった形の良い唇──それを釣り上げて歪めながらクロウが言い放つ。皮肉か本音か、判断が難しいとムーアが考える最中、彼女は続ける。

 

「──しかし、これで終わりだと思うか?華やかなヒーローショーを披露したからと言って、NIMPHのないニケを統制出来ないのは変わらない。──不信、恐怖、そして疑心」

 

「…火種が残り続けているのは承知している。火が消えたからと言って、燻る火種はそう簡単に消えやしない」

 

 たった一本の煙草──その火種が大火事の元になる。銜えていた煙草を右手の指先に摘みながら眼前に翳した彼へクロウは薄い笑みを整った顔に貼り付けた。さながら肯定を示すかのように。

 

「いいや、火種すら必要ない。お前のライターのように…いつか、ほんの小さな火花でも飛び散ったら…」

 

 ──今回よりも更に早く、そして大きく火は燃え広がるだろう。

 

「…大火事になるだろうな」

 

「…あぁ、そうさ。そうだとも。だが火事という表現はあまり好きじゃないな。…花火、が好ましい」

 

 随分と血生臭い花火もあったものだ。鼻を鳴らし、再び煙草を銜え直したムーアだが──その口元へ伸びた細い指先が煙草を取り除き、足下へ投げ捨てた。

 

「怪我人は身体を労らないとな。身体に悪い物は厳禁だ」

 

「…長生きなんぞ出来る仕事だと思うか?」

 

 平均寿命が30歳──それが指揮官という勤め人に与えられた命の猶予だ。おそらく自身はもっと早く死ぬだろう、と確信すら抱いている彼は溜め息を吐き出しつつ、クロウが踏み潰した煙草を名残惜しそうに見詰める。

 

「長生き?いいや、違う。──()()()()()が打ち上がる日、もう一度、あたしがお前を天国に送ってやる為だ」

 

「…天国になんぞ俺が行けると思っているなら、おめでたい頭をしているな」

 

 皮肉交じりに答えたムーアの頬へ細い手が伸び──添えられたそれが彼の顔を横に向けさせる。

 

 ──傍らで爪先立ちとなったクロウの整った顔立ちが目と鼻の先にあった。

 

「その時まで──地獄になんか墜ちるなよ?」

 

 おもむろに──彼女は銃口を脇腹へ突き付けたまま、整った唇を彼の乾燥気味の唇へ押し当てる。

 

 頬へ添えていた手は白髪が目立ち始めた頭部の後ろへ回され、抱き寄せる格好のまま彼女は唇を味わい──そして赤い舌先を割り入れるや否や、彼の歯列をなぞる。

 

 歯列の奥にある舌を目指そうとするクロウに応じてか──ムーアが求められるまま閉ざしていた歯を開ける。

 

 そのままクロウの赤い舌が堅い城門を思わせる歯列の隙間から彼のそれへ伸びる。

 

 喫煙の影響もあり、苦みが強い粘膜──どうも癖になる味。

 

 下腹部が熱くなる──その時、不意にムーアの口腔の中でガリッという鈍い音が鳴る。

 

 痛覚センサーが起動し、咄嗟にクロウが顔を離す。唇に触媒が溢れる感覚を捉え、それを手の甲で拭う彼女の眼前ではムーアが自身の唇を覗かせた舌で舐め取る様子がある。

 

「…ニケとはいえ女がキスしたんだ。恥を掻かせるのは男としてどうなんだ?マナーがなってないな、ショウ」

 

「御生憎様だな。俺は、キスを許す女と、抱く女は自分で決められる性分だ」

 

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