勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
テトララインの事業はニケ製造だけに留まらない。
主力の事業はエンターテイメント全般だ。テトラコネクトという放送局を運営し、歌謡、芸能、映画にドラマ、スポーツとエンターテイメントプログラム全般を制作している。
だから──なのかもしれないが、テトララインで製造や開発されたニケ達は単なる
ついでに言えば服飾関連の事業もテトララインがほとんどアーク内で独占している形だろうか。
一般的な衣類だけでなく、様々なニーズに応えたファッションも供給しているのだが──採寸を終えて数時間経った頃、社長室で寛いでいたマスタング、そして背筋を伸ばしてソファに腰掛けていたムーアへ届けられたスリーピーススーツも事業のひとつに入るだろう。
正確には、これから参入する為の試作品になるのだが。
「──ジャケット、ベスト、スラックスの生地は全て防弾と防刃繊維。表地と裏地の間に特殊加工した──あら、これは
「──Yes!旧時代風のシックなDesign!
要は私服警官や身辺警護等の特殊な仕事に就く者達向けの服飾らしい。
生地だけでもどれほどの金額になるのかは想像したくはないが──まぁ命には変えられないのも事実だろう。
とはいえ、黒で統一されたシンプルかつ基本的な色合いは彼好みである。
彼等に──スリーピーススーツを届けに同行した量産型ニケ達も含めて彼等と彼女達の視線がムーアに突き刺さる。
試着しろ、という無言の圧力だった。
「…スーツに合うワイシャツやネクタイ、靴もありませんので──」
「──安心して。ちゃんと用意したわ。サイズも合う筈よ」
「……御丁寧に」
すかさずデザイナーが彼の眼前に合皮の革靴や藍色のネクタイ、そしてビニール袋に収められたライトグレーのワイシャツが差し出される。
退路が断たれたムーアは渋々とそれらを受け取り、社長室の奥にあるパーテーションの奥へ消えるしかなかった。
試着を終えて姿を現した彼にマスタングが喝采を上げ、続けてデザイナーが構えたカメラのシャッターを切りながら次々にポーズを取らせたのは言うまでもないだろう。
「──Missionとは言うが…要は
テトララインの本社を後にしたムーアが出来上がったばかりのスリーピーススーツを纏いながら独り言を漏らす。
とはいえ、マスタングが彼へ頼んだMissionの中には──客観的な視点から考えると
いずれにせよ、近場から用事を済ませて行かねばならない。
まずは──A.C.P.U.からだ。
決して自首や出頭の類ではない。断じて。
彼が携帯端末をジャケットから引き抜き、地図アプリを開いた直後のことだ。
「──そこのお兄さん」
声が自身へ向けられていると察し、立ち止まったムーアが肩越しに振り向くと──
「──こんにちは。A.C.P.U.の者ですぅ。ちょっとお時間宜しいですかぁ?」
──POLICEのワッペンを貼り付け、腕章を付けた警官だろう小柄な女性の姿があった。
長身かつ強面のムーアに臆することなく、白に近い白銀の──やたらモフモフとしていそうな長髪が波打つ彼女は歩み寄ると上背のある彼を毅然と見上げ、続けて左脇へ視線を向ける。
「──
「…えぇ、まぁ…」
「…身分証を御提示頂けますかぁ?」
「分かりました。今、出しますので
小さく頷きを返した彼は、眼前の警官が銃を帯びていると認める。
無用な刺激を与えないよう、わざわざジャケットの内側へ手を突っ込むことを仕草で見せ、彼女が頷くのを認めると改めて機械仕掛けの左手を内ポケットに差し入れた。
拳銃の
ムーアの纏う雰囲気から──法的執行機関の類に勤めているか、もしくは
やがて内ポケットから身分証となるIDカードが取り出され、眼前の小柄な警官に提示される。
彼の姓名、生年月日、そして所属元や現階級といった事項が羅列され、顔写真も添付されたIDカードを彼女は確認し、やがて疑いが晴れた様子でムーアへ改めて向き直った。
「──失礼しました、ムーア少佐」
「…いいえ、お気になさらず。お勤め、お疲れ様で──」
「ポーーーリーー!!」
「…ミランダ?」
銃器の携帯をしても問題はない社会的身分を有していると明らかになり、疑いも晴れたことからムーアがIDカードを内ポケットへ戻した直後のこと。
歩道の彼方から凄まじい勢いで駆け寄って来る人影を認めた警官──ポリが怪訝な様子で眉根を寄せる。
「何かありましたかー!?事情聴取ですか!?任意同行ですか!?それとも現行犯逮捕ですか!?」
──そんな大声で叫ばないで欲しい。
天下の往来で不穏当な事を叫ぶものだから、道行く一般市民達が──老いも若きも、そして男女の差もなくムーアやポリから離れて行くのだ。
何も悪いことはしていないというのに、途端に彼は疎外感を感じてしまう。
一気に駆け寄って来た彼女──ミランダと呼ばれた薄茶の髪を左右へ二房に結んだ女性はポリの真横へ辿り着く。その隣でポリが額へ手を当てながら大きな溜め息を吐き出した。
「落ち着いて下さいよん、ミランダ。この人は犯罪者じゃないですよん」
「──え!?だって、
面と向かって言うことなのだろうか。
もう少しオブラートに包んだ方が──などと、自分自身の言動は憚らない彼が考えるのは些か滑稽なのかもしれない。
結局、ムーアは疑いを晴らす為に再びIDカードの提示をする他なかった。
「──し、失礼しました!」
「だから言ったじゃないですかぁ。ミランダの早とちりですよん」
「で、でも…!」
「…
「はい!──って、あぁ!?ち、違います!ごめんなさいごめんなさい!」
「…お気になさらず。…元気があって大変結構」
早とちりや勘違いで両手首へ手錠が掛けられる事態は避けられたらしい。それだけでムーアは満足である。
──とは言うものの、見た目だけでテロリストや犯罪者と間違われたのは些か傷付いたが。
「ムーア少佐、御迷惑をお掛けしました」
「重ねてになりますが、お気になさらず。──
ポリは一瞬、彼がクレームを付ける為に彼女達が所属する署を知ろうとしたのかと考えたが──これでも刑事である。
そのような意図を以て発せられた質問ではないと嗅ぎ付け、素直に話したところ、どうやらムーアが目的としていた署であったらしい。
「なら良かった。マスタング社長から依頼されまして」
「…マスタング社長?テトララインのCEO、マスタング社長ですかぁ?」
「えぇ。なんでもロングボードのイベント開催で民間警備員も含めて雑踏警備を頼みたいとかなんとか。詳細はこちらに」
彼の右手がジャケットの内ポケットへ入り込む。取り出されたUSBメモリの中に詳細な内容は入っているのだろう。
それを認めたポリは小さく頷きを返した。
「ちょうどパトロールも一段落しましたので、御案内しますねぇ」
警察署でUSBメモリを窓口へ提出したまでは良い。ただし、
警察と軍部では所属こそ異なるが、もう少し融通を利かせてくれても良かろうに──などと考えても、どちらも突き詰めればお役所仕事だ。これでも手続きは簡略化されているのである。面倒臭いのは致し方ないのだ。
溜め息を吐き出し、精神的な疲れを癒そうと彼は自販機へ歩み寄った。
「………売り切れ」
割りと好みの銘柄である缶コーヒーに売り切れの表示が点灯している。
今日は厄日か何かなのだろうか。
「──どうぞ、ムーア少佐」
自販機から離れようとした刹那、声が掛けられた。
つい先程、耳に覚えたばかりの声である。視線を向けると小柄な人影が片手に缶コーヒー──彼が好む銘柄のそれを握って歩み寄って来た。
「…私の好みを御存知で?」
「あ〜…実はですねぇ…」
困ったように──どう説明したモノかと考えているのか、ポリは空いた逆の手の指先で頬を掻く。
「…実は私もニケなんですよん」
「となると……まさかグルチャですか?」
「はい、グルチャ、です。エリシオンの。ラピやネオンとは知り合いなんですよん」
「…なるほど」
──主にネオンだろうな。
エリシオンのニケ達が参加しているグループチャット──そこに缶コーヒーでも飲んでいる彼の写真でも添付されたのだろうか。
グルチャの存在こそ知っているが、その実態を完全には掌握していないのもあり、詳細は不明ながらもムーアは有り難く彼女から差し出された缶コーヒーを受け取った。
「…となると…もしやミランダさんも?」
「仰る通りですよん」
「…なるほど」
道理で綺麗で可愛い警官だと思った──などとは口が裂けても言うまい。
プルタブを起こし、缶コーヒーを開けた彼は無糖のそれを一口嚥下した。
「いつも任務お疲れ様ですよん」
「毎日が本番の
肩を竦めてみせた彼へポリは苦笑を浮かべる。
「──あぁ…そういえば…。近々、軍部と合同でA.C.P.U.も対テロ対処訓練に参加すると耳に挟みましたな」
「治安維持は私達のお仕事ですからぁ。軍部の部隊にも引けは取りませんよん」
「それは心強い」
──その装備を見れば良く分かる。
防弾ベストに
携帯しているのはブルバップ方式の──おそらくは自動散弾銃だろう。
暴動鎮圧に特化した装備の数々だが、ほぼ間違いなく対テロ対処の任務でも充分過ぎる程の能力を発揮するだろう。その類の部署にでも配置されているのだろうか。
「……45口径ですか」
「はいですよん」
「…私も45口径を使っていますので、お仲間ですな」
そして彼が個人的に興味を抱いたのは彼女が携行するホルスターから覗く拳銃の握把の存在だ。妙に既視感を抱くのは見慣れた形状であるからに他ならない。
缶コーヒーを飲み干し、しっかりと空き缶専用のゴミ箱へ投げ捨てた彼はポリに向き直った。
「ご馳走様でした。では、自分はここで失礼を」
「分かりましたぁ。お気を付けてお帰りになって下さいねぇ」
「…そうしたいのは山々なのですが…マスタング社長からの
「どちらへ?」
「近々オープン予定のコインラッシュへ」
「なるほど。では道中、お気を付けてぇ」
「ありがとうございます。では」
カツンと踵を鳴らして合わせたポリが彼を見上げつつ右手を額の前へ翳す。
この格好での答礼は些か──とは思うが、互いに敬礼の文化と礼法が染み込んだ組織の一員である。
向き直り、ムーアも彼女を見下ろしつつ、綺麗な答礼を返した。