勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
テトララインが近々オープンするという一大アミューズメント施設である“コインラッシュ”──とは言うが、マスタングからの説明を聞いたムーアとしてはゲームセンターのイメージが膨らんでいた。
そのマスタングから渡されたパスカード──従業員専用の出入口を通過する際に必要なカードを読み込み部分へ翳し、施錠を解除する。
扉が開き、屋内へ足を踏み入れて間もなくだ。
旧時代のカジノを彷彿とさせる内装の店内の様子が彼の視界一杯に広がった。
「…随分とまぁ…」
色々と揃っている。ポーカーテーブル、スロットマシン、ルーレット──公営賭博の一種として認可を取り付けたらしいが、良くもここまで揃えたモノだとムーアは内心で舌を巻いた。
とはいえ彼本人は
前哨基地で駆け足の後に開催される飲み物を賭けた
「…尻の毛まで抜かれそうだ」
「──失礼します。ムーア様、でいらっしゃいますか?」
眼前に広がる内装を眺めていた彼へ凛とした声が掛けられた。
「…仰る通りムーアですが…確か…貴女は…ミス…」
「申し遅れました。ディーラーを務めるルージュと申します。お見知り置きを」
規則的な足音を響かせつつ歩み寄った赤いベストや細身のパンツを纏ったディーラー──ルージュが折り目正しく一礼する。それへ彼は軽い会釈を返した。
「どうぞ宜しく。マスタング社長から、こちらのUSBメモリーを預かって参りました」
「はい、伺っております。私がお受け取りしても宜しいのですが……当店自慢となる予定の
「…双子ウサギ…あぁ…確か…」
「ノワールとブランです。二人はポールダンスのレッスン中でして…もし宜しければ、一勝負しながらお待ち頂くのは如何でしょうか?」
マスタングが事前に
脳内で顔写真を思い出していた最中、ルージュが微笑と共に腕を広げ、カジノのフロアを指し示す。
「…ギャンブルはあまり得意ではないのです。御存知かもしれませんが、命をベットするのが精一杯の男ですから」
「…
どのような噂なのかは──この際、尋ねるのは省いた方が良いだろう。大概の場合、ロクでもないのだ。
とはいえ時間が余るというのであれば──とムーアは周囲を見渡し、やがてビリヤードテーブルを認める。
──その瞬間、ズキリと脳の奥で鈍い痛みが走った。
「…どうかなさいましたか?」
「…お気になさらず。…ビリヤード…ナインボールは?」
「畏まりました」
ムーアのリクエストに応えたルージュは再び折り目正しく一礼すると、彼の視線が向かう先に鎮座するビリヤードテーブルへ歩み寄る。
細い手が緑色の羅紗で覆われた表面へラックを置き、その内側に色とりどりの的球を並べる様子を眺めつつ、ムーアは一本のキューを握った。
「──先攻、後攻はバンキングで?」
ディーラーの凛とした声が尋ねる。
赤い細身のパンツはどうも目の毒──もとい目の保養になってしまう。ルージュの形の良い臀部の膨らみやラインが一目瞭然である。
紳士のマナーとして彼女の腰から下を見ないよう努め、ルージュの問いにムーアが返した。
「…正式な試合ではありませんから…コイントスでは?」
「結構です」
的球を並べ終わり、ラックを外した彼女がポケットから黄金色に輝く一枚のコインを取り出す。表と裏を彼に確認させた彼女がそれを親指の爪先に乗せる。
それを親指で頭上へ弾き、回転しながら落下したコインを手の甲で受け止めるや否や逆の手で覆い隠した。
「──表」
「──ブレイクをどうぞ」
先攻となったムーアがキューの先端へチョークを塗る。
白い手球を羅紗の上へ置き、オープンスタンスのまま左手の指先にブリッジを作り、右手でキューを握る──やがて強烈なブレイクショットを感じさせる衝突音が静かな店内に響いた。
「──お姉ちゃん。また写真見てるの?」
「──ッ!ブ、ブラン…!」
慌てた様子で長身かつ、褐色肌、長い黒髪を持つ女性の姿をしたニケ──777部隊の一員であるノワールが携帯端末を隠した。
その脇から彼女の手元を覗き込んでいるのは真逆の容姿を持っているが面立ちは似ている女性だ。陶器のような白肌に
双方とも非常に整った顔立ちだが、体格や肌、髪色は異なっていた。
ノワール──双子の姉が隠した携帯端末の液晶画面には一人の男性の姿が写っている。
全身を白が基調となった戦闘服に包み、濃い茶色の鋭い瞳の形を持った男性──これから地上へ向かうことを示すかの如く武装した姿だ。
その正体は何を隠そうムーアである。
「──お姉ちゃんの
「──あ、憧れって…!」
長身に加えて肩幅の広い彼女の褐色肌の頬へ赤みが差す。
ブラン──双子の妹にからかわれているのは分かっているが、
「そ、そういうブランだって…
「ちょ…!なんで知ってるの!?」
肌や髪の色は異なり、瞳の形も垂れ目や吊り目と差異こそあるが──双子らしく虹彩は揃って金眼。
双方の頬へ図らずも赤みが差す中、身長差がある双子が店内のカジノフロアへ足を踏み入れた。
まず気付いたのはフェノール樹脂で作られた球同士が衝突する快音だ。
続けてポケットに落ちる重い音が──ひとつ、ふたつ、と立て続けに響く。
「──お見事です。キャノンショットですか」
「──上手く行って良かった。では決めさせて頂きます」
店内に設けられたビリヤードテーブル──そこに体格差がある人影が2名分。
片方は見慣れたディーラーの制服を纏うルージュ。しかしもう片方の人物の姿は見慣れない。
近くのテーブルに黒いジャケットを掛け、ライトグレーのワイシャツの上へベストを纏うのは身長と体格、肩幅の広さ、漏れ聞こえる声音からも男性である。
良く見れば黒いジャケットが掛けられたテーブルには拳銃と予備弾倉が何本か納められたショルダーホルスターの存在があるではないか。
警戒した白ウサギ──双子の妹であるブランが姉の前に出るが、良く考えるとルージュがゲームに興じている時点で怪しい人物ではない。
では誰なのか──と彼女がウサギの耳を生やしたカチューシャの上へ不可視の疑問符を浮かべた矢先のことだ。
「──あっ!!」
黒ウサギが思わず──彼女自身も思っていた以上の声量を発した途端、ビリヤードテーブル上で鈍い音が響く。
「……ファール、ですね」
「…お恥ずかしい。どうぞ」
「では、失礼致します」
どうやら突くのを失敗したらしい。長身かつ大柄の男性がテーブルから身を離し、割り込む形でルージュがキューを握りつつオープンスタンスの姿勢を取って間もなく──快音が鳴り響いた。
「──お見事」
素直に敗北を認め、男性が拍手をルージュへ送る。折り目正しく彼女が一礼したのを認め、やっと男性が佇む双子ウサギへ顔を向ける。
垂れ目の金眼をこれでもかと目一杯に広げるノワールが携帯端末の液晶画面へ映し出したままの写真へ視線を落とす。
──同じだ…!
やや白髪が混ざった黒髪になり、右眼の瞼や眉まで一直線に目立つ傷痕が刻まれているが──間違いない。
呼吸が乱れ、胸が高鳴った。
ルージュに使い終わったキューを手渡した男性が規則的な足音を響かせて双子へ歩み寄って来た。
「──初めまして。ショウ・ムーアです」
「──は、はは…はじ…!…はじ…めまして…!!」
──背が高い。
ノワールも背は高いが、それでもやや見上げねばならない程の背丈。濃い茶色の虹彩から注がれる視線を受ける彼女は思わず頬を赤く紅潮させてしまった。
「──はじ…めまして。あの…本当に…あのムーア指揮官、ですか?」
──カッコいい…。
彼女の双子の妹であるブランも写真を見るよりも、そして想像よりも背丈が高く、精悍な顔立ちである彼の姿を見て我知らず色素の薄い白い頬へ赤みが差してしまう。
「…
「テ、テトラのグルチャで…何ヶ月か前に…!」
「──…アニスか」
溜め息混じりの小さな呟きが漏れ出る。とはいえ、眼前には見目麗しい双子の姉妹がいる。あまりぼやくのは失礼だろう、と思い直した彼は肯定の頷きを返した。
「…であれば、おそらく
「「──ッ!!」」
内気な姉、社交的な妹──内面は異なる姉妹だ。しかし共通項として嗜好等は似ている。それはもしかすると──
「あ、あの…!」
「握手…してくれませんか…!?」
「…構いませんが…」
そこまで緊張する程なのだろうか──彼は内心で疑問を抱きつつも双子ウサギと交互に握手を交わした。
双子へマスタングから預かったUSBメモリーを手渡す。
これでコインラッシュでの
「では用も済みましたので、私はここでお暇をさせて頂きます」
ノワールの手に握られた細いUSBメモリー。中身はおそらく今後の経営計画等のデータだろうか。
埒もないことを考えつつムーアは拳銃と予備弾倉が納まったショルダーホルスターを肩へ通し、左脇に45口径のそれをぶら下げる。
ジャケットを着込もうとするが──それよりも早く色素の薄い白く細い手が彼の上着を拾い上げる。
「──ありがとうございます」
「──いいえ」
白ウサギ──ブランがジャケットを広げ、ムーアが袖へ左右の腕を差し入れると肩へ羽織らせた。
ジャケットのボタンを二つ締め、コインラッシュを後にしようとする時、パタパタと慌てたような足音が響く。
「──あ、あの…!」
褐色肌に肩幅が広い彼女──ノワールが豊かな胸を揺らしながらムーアへ駆け寄り、両手に握った何かを差し出す。
「──こ、これ…!お、お忙しいと思いますが…何か食べて…!」
──呂律が回らないのが恨めしい。
一枚のチョコレート──テトララインで新発売されるそれは同企業が民生支援の為に編制したメイド・フォー・ユーが企画したチョコレートだ。
原材料の大半はパーフェクトだが、味はお墨付きである。
とはいえ、彼はあまり甘い物は好みではない。
「──お気遣いありがとうございます。頂きます」
彼女から差し出されたそれを素直に受け取ったムーアはジャケットの内ポケットへ納める。
改めて彼女達に向き直り、礼を述べ終わると彼は従業員専用の出入口をくぐり抜けて外に出て行く。
その後ろ姿を双子の黒と白のウサギが頬を赤く染めつつ見送った。
〈──間もなくアウターリムに入るゲートがオープンします。ゲートの内部は中央政府が指定した“危険区域”となります。市民の方々は間違えて進入しないよう御注意願います〉
機械音声が再生され、警告を発する中、ゲートの前へ立つムーアはおもむろにジャケットを留める二つのボタンを全て外す。
右手がジャケットの内側──左脇へ差し込まれ、抜き取られた45口径の自動拳銃のスライドが僅かに引かれた。
薬室で鈍色に光る.45ACP弾の存在を認め、
安全装置を掛け直し、拳銃を再びショルダーホルスターへ。
「…36発…」
既に拳銃へ弾倉1本分──7発と薬室に1発、予備弾倉が4本。
36発。これがムーアの身を護る為の残弾だ。
「…撃たなければそれに越したことはないが…」
〈──ゲートが開きます〉
コインラッシュで双子ウサギやディーラーへは見せなかった表情──緊張を僅かに昂らせ、その影響から深い縦皺が眉間へ三本刻まれたばかりか、濃い茶色の瞳が鋭く細められる。
ゆっくりと眼前でゲートが開く──それに合わせて彼も歩き出した。
まずは酒場を目指す必要がある。
マスタングが指定したアウターリム内にある一軒の酒場。そこでアンダーワールドクイーンなる者達と顔を合わせ、件のCEOから託されたUSBメモリーを直接手渡さなければならない。
しかし問題がひとつ。
ここは
地下世界に於ける掃き溜め──地図アプリが使えない場所でもある。
故に──
「──いかん、迷った」
この男、決して迷子になりやすい気質がある訳ではないのだが、時折こうして予兆もなく道に迷ってしまう。
まぁ、人間とは須く、人生という名の長い長い道程を迷いながら進む存在なのだが。
小一時間ほどムーアは荒れた界隈を歩き続けた。
残骸なのか、それとも道なのか判断が難しい路地を進み、換気システムが万年不調だからか、そもそも存在しないからなのか悪臭一歩手前の巷を進み続けた。
これでも一番最寄りのゲートから歩いて来たのだが──不思議なことに目的地から遠ざかっている気がしてならない。
「──誰かに聞くか。……いや、誰にだ」
道を尋ねて素直に答えてくれる住民ばかり、などとは彼も決して考えない。お人好し、とアニスから思われている彼だがそこまで度を越したポジティブな思考回路は持っていない。
しかし埒が明かないのも事実だ。
仕方ない、と彼は道を尋ねることにした。
「──す、すみません…!支払いはもう少し待って…来月には必ず…!」
生活の営みがある仮設──と言えば表現は好意的に過ぎるだろう。輸送用の錆びたコンテナを住居にしていた住民へ道を尋ねようとしたが、彼を借金取りか何かと勘違いし、逃げるように奥へ消えてしまう。
一発目から
少し傷付いた。
本当に、少しだけ。