勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第6話〜中編〜

 

 

「──今日も大変だったなぁ」

 

「──あんなに解体依頼を溜め込んでるなんて、本当にアイツ使えねぇよ。現場のことを考えてもらいたいぜ」

 

 アウターリムと言えど人々の営みは存在する。アークと異なるのはその生活水準やモラル──なのかもしれないが、奇しくも仕事へ対する愚痴とはアークやアウターリムも大して変わらないに違いない。

 

 一日の仕事を終えた二人組の労働者が愚痴を漏らしつつ酒場の出入口に当たるドア──胸から膝の高さまでのスイングドアへ手を掛ける。

 

「オヤジ、一杯──」

 

「なんだ?どうし──」

 

 曜日に関係なく、仕事の口汚い愚痴の坩堝と化すのが常の店内が異様な程に静まり返っていた。

 

 店内へいくつか設けられたテーブルでは顔馴染の客がちらほらと見えるものの、一様に口を固く噤み、一言も発しないよう努めている雰囲気が察せられる。

 

 男達は続けてカウンターの奥でショットグラスを磨く酒場の主へ視線を向けた。

 

 中年の店主の顔面が蒼白になっている。

 

 店主を始め、客達の様子が優れないのは──

 

「──マスター。同じものを」

 

「──へ、へい…!」

 

「──静かで良い店だな」

 

「──あ、ありがとうございやす!」

 

 低い声音が店内へ静かに響き渡る。

 

 カウンターテーブルのスツール席へ腰掛ける長身の人影──全身を黒いスーツで固めた男へ全員が注意を向けていた。

 

 アウターリムの住民達は程度の差こそあれ──或いは()()であればあるほど()()()()

 

 一種の危機察知能力とも言うべきそれが彼等へ囁いているのだ。

 

 アレはヤバい、と。

 

「──オ、オヤジ。悪ぃ…用事を思い出した」

 

「──ま、また来るよ…」

 

 今日は大人しく帰ろう。帰った方が身の為だ。

 

 不思議なことに悪い意味での勘は高確率で当たるのが、ここの住民達だ。そうでなければ生き残れない。

 

 故に入店したばかりの男達も、その勘に従って家路を急ぐ決断をした。

 

「…忙しいのか?さっきから入っては出て行く客ばかりだが…」

 

「さ、さぁ…?どうぞ、旦那(ミスター)

 

 背後の棚から店主が酒瓶を一本まるごと掴み取り、それをカウンターテーブルの机上へ置いた。

 

 空き瓶を、そして吸い殻が7本は溜まった灰皿も回収し、新しいそれらを客である彼──ムーアの手元へ向かわせる。

 

「マスターも一杯やらないか?俺だけ飲んでもつまらんからな」

 

「い、いえ、お気遣いはありがてぇんですが…最近、嫁に酒を減らせって言われてまして…」

 

「…それは残念だ」

 

 肩を竦めつつムーアは封切り前の酒瓶を掴む。アークでも流通する度数の高いウイスキー──もう少しスモーキーな方が好みだが、その封を切るとショットグラスへ琥珀色の酒を注いだ。

 

 入店して既に2時間は経っている。

 

 目的地を教えてくれた少女には感謝をしてもしきれないムーアだが、待ち人──もとい待ち人達が一向に姿を表さないのだ。

 

 マスタングからアウターリムで過ごす為の活動費として、もしくは小遣いとして相応の額の紙幣を受け取っていたのは幸いだった。

 

 アークの通貨であるクレジットは基本的に電子決済だが、このアウターリムでは紙幣でなければ扱えない。理由は──この環境を見れば一目瞭然だろうが、つまるところ電子決済を可能とするインフラが整っていないのだ。

 

 勿論、出来る所は存在するのだが、非常に限定的であろう。

 

 それはそれとして──空けた酒瓶は既に3本。

 

 あと何本を空ければ()()()()はいつ来るのだろうか。

 

 琥珀色のウイスキーを注いだショットグラスを掴み、一気に流し込む。好みの味ではないが、悪くもない──と煙草を銜え、オイルライターの火を点けた直後だ。 

 

 カウンターテーブルのスツール席へ腰掛けるムーアの背後──スイングドアが荒々しく開き、続けて複数人のこれまた乱暴な足音が響いた。

 

「──よぉ、やってるか?」

 

「──辛気臭ぇツラばっかり集まってんな」

 

「──おう、酒だ。酒だせよ」

 

 荒々しい足取りで──足音程度で威圧感を出そうとしているのかは定かではないが、随分と作法を心得ていない者達だ、と彼は乾いたショットグラスにウイスキーを注ごうと手を伸ばす。

 

「──お、いいの飲んでるじゃねぇか」

 

 おそらくはムーアと同年代であろう男の声と共に手を伸ばそうとしたウイスキーの瓶が奪われる。

 

 途端に彼の眉間へ3本の深い縦皺が刻まれた。

 

 占めて5人の男達がドカドカと荒々しい歩みのまま空いているテーブルへ腰掛ける様子を気配で捉えつつ彼は溜め息混じりの紫煙を吐き出した。

 

「…マスター。同じ物を」

 

「す、済みません。今のが最後のでして……」

 

「…そうか。なら、別のを。銘柄は任せる」

 

「へ、へい。お待ちを」

 

 慌ただしく店主が背後の棚へ向き直り、ムーアへ提供する酒を探そうとする中──男達が腰掛けたテーブルは賑やかになって来る。

 

「一杯やったらバッドドリームに行こうぜ」

 

「腰抜けるまでハメまくってやる」

 

「お、なんだそれ?テトラのか?」

 

「あぁ、さっき向こうの通りでガキが持ってたんだ。味は良いぜ。食うか?」

 

 ──彼の生身の左眼、その瞳孔が一気に広がった。

 

 なんとか度数が同じ、そして味わいも似ている酒を選び出した店主が瓶をムーアの眼前に置く。しかし彼はそれへ見向きもせず、紫煙が燻る煙草を銜えたまま立ち上がった。

 

「──そのチョコレート…誰が持っていた、と言った?」

 

 テーブルへ歩み寄る最中、ボタンが二つとも外れたジャケットの裾が微かに翻る。

 

 地を這うような低い声音が男達へ向けられると、五対の瞳がムーアへ突き刺さった。

 

「みすぼらしいガキが持ってたんだよ」

 

「…10歳程度の女の子か?」

 

「知らねぇよ。あんな汚ねぇの。女か男か分かったもんじゃねぇ」

 

「ぶつかって来たってのに謝りもしねぇからな。礼儀がなってねぇから俺達で躾けたんだ」

 

 これはその躾の礼金代わりに頂いてきた、と男の一人が包装や銀紙が剥がされたチョコレートを翳してみせる。

 

「──そうか」

 

 その返答にムーアは──耳まで裂けるのではないかと思うほどの笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「──久しぶりだな」

 

「──久しぶりですね」

 

「──久しぶり」

 

 三者三様の声音。しかし三者とも発する言葉は似ていた。とはいえ仲がそれほど良い訳ではない。だが敵対している訳でもない。

 

「──マスタングから、ここで人に会え、って言われたけど…お前ら何か聞いてるか?」

 

 旧時代はユーラシア大陸の極東地域に先祖のルーツがあるのだろうか。纏う服にその特徴が現れている。

 

 東洋の龍が描かれた丈の長い上着を纏い、その下に金糸雀色の生地へ大輪の牡丹をいくつもあしらった服を纏うのは牡丹会を束ねる大侠客であるモラン。尋ねる先にいるのは二台のクルマから降り立ったばかりの──顔立ちが整った二人だ。

 

「──いいえ、何も聞いていません。ですが…その遣いの者がUSBメモリーを持っているとか。それを受け取れとは伺っています」

 

 こちらもモランと同じく、旧時代の極東地域に先祖のルーツがあるのだろうか。

 

 清明会当主であるサクラ──色鮮やかな着物と袴を纏い、落ち着いた光悦茶色の外套を肩へ羽織った彼女が問い掛けてきたモランに応じる。

 

「──あたしも良く知らない。まぁ、さっさと受け取って帰れば良いんじゃない?」

 

 興味がないのだろう。小さな欠伸と共に返答を漏らすのはロザンナ。ヘッドニアのボスである。

 

 白と黒の両極端な色の長髪、白く毛足の長いファーを外套代わりに羽織る下には大胆なノースリーブのジャケットがある。豊かな胸の谷間を惜しげもなく晒す彼女の括れた右腰、そして腕の肌には薔薇のタトゥーが刻まれていた。

 

 彼女達こそがアンダーワールドクイーン。アークの裏社会に台頭する三つの組織のトップによって構成される部隊だ。

 

「──受け取るのは良いんだけどさ……入っても大丈夫なのか?」

 

「──さぁ?」

 

「──どうでしょうか?」

 

 彼女達がそれぞれの送迎されてきたクルマから降り立ったまでは良かった。間違いなく、ここが待ち合わせの酒場である。

 

 彼女達が揃って足を踏み入れるのを躊躇するのは──酒場の前へ到着して間もなくからの話になる。店内から人が()()()()()()いるのだ。

 

 比喩や誇張抜きのそのままの意味で、である。

 

 最初は窓を突き破り、ガラスの破片が全身に突き刺さった男が放り出された。その男は呻き声を上げながら路上に転がっている。

 

 次はその隣の窓を内部から破りつつ、また別の男が飛び出した。こちらは脚の太腿にナイフが突き立てられている。脇と手首からは夥しい出血が認められた。

 

 ──再びの破砕音。入口のスイングドアを挟んだ反対側から人影が飛び出した。顔面が大きくひしゃげ、とてもでないが二目と見られない格好となったまま清明会の護衛達が乗車しているクルマのフロントガラスへ背中から叩き付けられる。

 

「──サクラ様、死んでいます!」

 

「──見れば分かります。騒がないで下さい」

 

 清明会の組員が当主へ報告するも、彼女は涼しい顔を崩さないまま酒場を見詰める。

 

「…ラプチャーでも暴れてんのか?おい、ジン。ちょっと見て来い」

 

「姉貴、勘弁して下さい。前から言ってますけど、俺はインテリなんですよ」

 

 ──冗談は顔だけにしろ、とモランは傍らに立つ部下の一人へ溜め息を吐き出したくなった。

 

 彼女が溜め息を吐き出して間もなく──出入口のスイングドアが脚で乱暴に蹴破られる。

 

 あまりの衝撃だったのだろう。外れた左右のドアがそれぞれの方向へ吹き飛ぶ中、店内から両手に一人ずつの──ボロ雑巾のような有り様の男達を引き摺った長身の青年が現れた。青年と形容するには些か白髪が目立っている気がしないでもないが。

 

 その青年が男達をゴミを投げ捨てるが如く路上へ転がす。解放されたからか、二人の男は無様にも路上を這って逃げ出そうとするが──それよりも早く青年が刃毀れしたナイフを男達の片割れへスローイングナイフ宜しく打ち込んだ。

 

「──アァアァァ!!?」

 

「やかましい。直ぐに殺してやるから黙って待ってろ。──アンダーワールドクイーンか?」

 

 太腿へ深々と突き刺さったナイフは容易に抜ける気配がない。更なる激痛に男が身を竦ませつつ絶叫を奏で上げるが、続けて青年の絶対零度の冷淡な声が向けられる。

 

 おもむろにダークブラックのレンズ越しに鋭い視線が彼女達へ送られた。

 

 眼前で複数人の男達を相手に暴れていただろう、と伺い知れる光景。それを見た各組織の護衛達が動き出す。

 

 モラン、サクラ、そしてロザンナを守る為、牡丹会、清明会、ヘッドニアの構成員達が拳銃を始めとした銃火器を構えたのだ。

 

 それに応じて彼も──纏うジャケットの内側へ右手を差し入れる仕草を見せた。

 

「──おい、やめろ!!」

 

「──銃を下ろしなさい。死にますよ?」

 

「──アンタらじゃ勝てないから止めときな。早死はしたくないでしょ?」

 

「──しかしボス…」

 

「──…あたしに二度も同じことを?」

 

 ロザンナが過保護なコンシリエーレ(相談役)へ睨みを利かせる。

 

 ──二度も同じことを言わせるな。

 

 その圧力と命令に従い──彼女が拳銃を下ろすと、まずはヘッドニアが。続けて牡丹会と清明会の構成員達も銃口を彼から逸らした。

 

「──ハァイ、ミスター。はじめまして、かな?」

 

 ひとまずは一触即発の事態を避けられた。

 

 ロザンナが両眼を細め、括れた腰に片手を宛てがいつつ──這って逃げようとする男の背中を片脚で踏み付けて逃亡を阻止する青年へ明るい声を掛ける。

 

「…あぁ、はじめまして、だ。──少し待ってくれ」

 

 サングラスのレンズ越しに見据えたロザンナの姿を認めるも──青年はまずやらなければならないことがあるらしい。

 

 片脚で踏み付けた男を続けて足蹴にし、仰向けとした。そのまま胸倉を無造作に掴み──軽々と左腕一本で彼自身の頭よりも上へ持ち上げてみせる。

 

「──さっきの話の続きだ。何処で、誰から、あのチョコレートを、と言った?」

 

「──ッ…ァ…ガッ…!?」

 

「──喋れなくなったか?まだ声帯は潰していないぞ。舌も切り落としてないんだが?」

 

 胸倉を掴む片腕へ釣り上げられる男は握り拳を作り、何度も打ち付けるがビクともしない。痛みすら感じていないのか平然としたままだ。

 

「…これだけ答えろ。それだけで充分だ。簡単だろう?──殺したのか?」

 

 レンズ越しに鋭い視線──殺意が否応なしに込められたそれを浴びせられ、男の抵抗が一気に止まる。

 

「──さっさと答えろ」

 

 催促されるが、息が苦しくて呂律どころか発声が難しい。男は──小さく頷いた。

 

「──そうか」

 

 不意に釣り上げられていた左腕から力が抜け、男は無様にも路上へ転がり落ちる。

 

 男が激しく咳き込む中、青年が何処かへ向かおうとする。

 

「──ちょっと、ミスター?」

 

「──そいつらを逃さないようにしておいてくれると助かる。──必ず殺さなきゃならんからな」

 

 忙しない男だ──とロザンナが駆け出した青年の後ろ姿を見送った。

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