勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第6話〜後編〜 ※微グロ注意

 

 

「──こりゃ上物だ」

 

「──死んでからそんなに経ってねぇんだろ?ブラックネットに流そうぜ。ガキの臓器を欲しがる連中はいくらでもいるからな。脳は──こりゃ駄目だ」

 

 路肩に数名の男達が群がっている。

 

 口々に語るのは──視線の先に転がる小柄な死体の処理についてだ。

 

 子供の死体は使い道が色々とある。特に臓器は貴重だ。

 

 ブラックネット──違法な代物すら扱うネット上の闇市場へ流せば果たしていくらになるのか。

 

 皮算用が止まらない男達の手が伸びた矢先──銃声が1発鳴り響く。

 

「──3秒やる。失せろ」

 

 界隈へ響き渡った銃声。

 

 咄嗟に身を竦ませた男達が恐る恐る振り向くと、右手に拳銃を構える長身の人影。

 

 サングラスを掛けている為、瞳の形や浮かべる感情の色は伺い知れないというのに不思議なものだ。

 

 十中八九──目付きが鋭く、そして殺意を滲ませていると容易に察せられてしまう。

 

 命あっての物種だ。

 

 男達が蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。それを見送ると──青年は拳銃を構えたまま視線を左右へ向けた。

 

 敵対する可能性が高い存在は見受けられない。それを認めてから安全装置を掛け、ジャケットの内側に吊るされたショルダーホルスターへ拳銃を納めた。

 

 サングラス越しに向ける視線の先には小柄な死体がある。

 

 物言わぬそれへ歩み寄り、傍らに片膝を突いて顔を覗き込んだ。

 

「──…悪い子だな。一方的に()()を破るとは。10年後を楽しみにしてはいたんだぞ」

 

 顔が腫れ上がり、アザが浮かび上がったばかりか、頭頂部が深く凹んでしまった幼顔を軽く撫でた彼は深い溜め息を吐き出す。

 

「…どれだけ良い女になるか…楽しみにしていたんだが…」

 

 首から下は──見ないのがマナーだ。

 

 ムーアはジャケットの内ポケットからソフトパックやオイルライター、そしてIDカードにUSBメモリーを全てスラックスのポケットへ捩じ込んだ。

 

 黒いジャケットを脱ぎ、それで物言わぬ小柄な身体を包み込む。こんなに小さかったのか、と思うほどの体格と背丈だ。

 

 横抱きに抱え上げた彼が歩き出す。

 

 向かう先は──酒場である。

 

 駆け出したは良いが、果たしてアンダーワールドクイーンの一行はクソ野郎共を逃さないでいてくれるのか。

 

 若干の不安が彼の心中で芽吹くも──

 

「…まぁ…その時は…」

 

 ──全員、探し出して殺せば良いだけの話だ。手間と時間は掛かるが結末は変わらない。

 

 黒衣のジャケットへ包まれた少女を横抱きにしながら歩くこと10分ほど。

 

「──あぁ、手数を掛けて悪かった」

 

「──お帰り、ミスター」

 

 クルマのボンネットへ腰掛け、サイハイブーツに包んだ長い脚を組んだ女頭目が応える。彼女の口元には細い葉巻が銜えられ、悠然と紫煙を燻らせていた。

 

「……その子は?」

 

「俺の()()だ」

 

「…そうか」

 

 鮮やかな大振りのリボンで髪を結う清明会を束ねる彼女──サクラが、そしてインテリの部下を傍らに控えさせた牡丹会の頭目であるモランも彼に抱えられた小柄な遺体の存在を認める。

 

 恩人──その形容に集約された何かを受け取った彼女達が言葉少なではあるが、頷きを返した。

 

「──コンシリエーレ」

 

「はい、ボス。──ミスター。こちらに」

 

 白い中折れ帽(ソフトハット)を被る細身の女性がムーアへ歩み寄る。

 

 警戒し、サングラスのレンズの奥で瞳が細められた──気がしたロザンナは腰掛けていたボンネットから飛び降りると肩を竦める。ボンネットが凹んでいない上に、車体にそれほどの動揺が走っていないのはクルマが相当頑丈だからだろうか。或いは彼女自身の身体(ボディ)が比較的軽いからか。

 

「ミスター。気持ちは分かるけど…その子、抱えたままじゃ()()()()でしょう?」

 

「ボスの仰る通りです。こちらにお預け下さい」

 

「……………」

 

「──ブラックネットに流したりなんか絶対しないから」

 

 念には念を入れてロザンナが告げると──彼はやっとコンシリエーレへジャケットに包まれた小柄な遺体を差し出した。

 

「──俺の恩人だ。粗略に扱ってみろ。必ず殺すぞ」

 

「…承知しました」

 

 コンシリエーレ(相談役)として、ボスであるロザンナの無茶振りや無秩序に殺意を振り撒く振る舞いには慣れている彼女だが、久々に感じる背筋が凍り付くような視線と低い声音を浴びせられては頷く他ない。

 

 横抱きに抱えられた小柄な遺体──成長し、10年も経てば()()()になっただろう少女をコンシリエーレへ預けた彼は、おもむろに纏うワイシャツの袖のボタンを外した。左右共、である。

 

 袖を捲り上げ、左右の肘まで露わにした彼は、酒場の前で拘束されたまま路上に跪いている四人の男達へ向かう。もう一人もいるのだが──こちらはムーアが()()()を間違ったせいで死んでしまった。お陰で路上へ転がった格好のまま放置されている。

 

「…色々とゴチャゴチャ言うのも面倒臭い。手短に言うぞ。──お前達に()()()使()()()()。弾が勿体ないからな」

 

 全身にガラスの破片が突き刺さり、或いは手首や脇を斬り裂かれ、太腿にナイフが突き刺さり、全身打撲に骨のいくつかが折れた者達──その全ての視線が弾かれたように彼を見上げる。

 

「──楽に死ねると思ったか?それは期待を裏切って申し訳ない。心から謝罪する。今からお前達が大好きな()()()()()()の時間だ。本当はこんなのは俺の趣味ではないんだ。それは信じて欲しい。──ワイヤーを切ってくれるか?」

 

 全員の両腕が後ろ腰に回されているのを認め、彼は拘束を解くよう促した。

 

 それにサクラが頷き、自身の組織の構成員達へ目配せする。委細承知したのだろう。彼等の何名かがペンチを握って男達の背後へ回り、手首の肉を切り裂くほど締め付けられた細いワイヤーを切断した。

 

 すると彼は、太腿にナイフが突き刺さった男へ歩み寄る。出血多量で死ぬことを許されなかったのだろう。止血帯として靴紐やワイヤーを代用にした止血を受けている様子が伺える。

 

 肌に食い込み、千切れるほどの痛みを感じていようが関係ない。ムーアはナイフを掴むと、勢い良く引き抜いた。

 

「──ッ!?ア"ア"ア"ァ"!!?」

 

「──男が情けない声を出すな」

 

 汚いな、と彼は刃毀れしたナイフの刃を男が纏う服へ擦り付けて血を拭い取る。刃毀れしている為、余計に痛いだろう。しっかりと砥いでいないのが悪いのだ。

 

「…良くもまぁ()()()()()()()()()で俺を切り付けようとしてくれたな。知ってるか?これで刺されたり、切られたりすると余計に痛くて治りも遅くなるんだぞ」

 

 まぁ二度と治ることはないのだろうが──などとムーアが考えたのも束の間だ。

 

 握られた刃毀れしたナイフ──切っ先が欠けたそれが男の眼球へ突き立てられた。

 

「──ガッ!?アガッ!!ア"ああ"アァあ"!!!?」

 

 グチャグチャと鈍く湿った音が、続けて激痛を感じ取った男が反射的に瞼を閉じようとするも()()が邪魔しているのか閉ざすことが許されない。

 

「──運が良い連中だな。犯していたならもっと可愛がってやるところだが……」

 

 ズリュッと鈍い音と共に引き抜かれたナイフへ続き、ゼリー状の硝子体が無惨な格好で眼窩から垂れ落ちる。

 

「──ゼリーは好きか?生憎と俺はあまり好きじゃないんだが…口に合うか?」

 

 顔色ひとつ変えず、彼の指先が視神経のみでぶら下がった眼球を摘んだ。視神経ごと力任せに引き千切ると、男が激痛の絶叫を奏でる全開となった口腔の中へグチャグチャの眼球を押し込んだ。

 

「──ほら、良く味わって食べろ。美味いだろう?ん?しっかり飲み込め」

 

 ──()()()使()()()()

 

 宣言された言葉の意味に今更ながら男達は、そしてこの光景を見守る形となった彼女達や構成員達はやっと得心が行く。

 

「姉貴。一応、形だけでも止めた方が良くないですか?」

 

「…じゃあ、ジン。お前が止めたらどうだ?」

 

「勘弁して下さいよ。遠回しに死ねって言ってるんですかい?」

 

 あの()()()()()の主催者を、そして公開中止を訴え出ようものなら、どんな火の粉が降り掛かるか分かったものではない。

 

 顔に似合わず空気が読める側近の部下へモランは肩を竦めてみせた。

 

「──孔子は()を説き、孟子は()を説いたが…()()の為にあそこまでするのか…」

 

 何千年前の古代の思想家達が唱えた思想──特にここでは儒教・儒学的な思想だろう。

 

 もっともこれがモランが度々口にする()()の正確な意味に当て嵌まるかは微妙なところだ。

 

 極端に噛み砕けば、個人的な報復や制裁に他ならない。

 

 しかし──言葉を、そして侮辱とも思えるそれを恐れずに言えば、ただの小汚いだけの子供が犠牲になっただけの話だ。アウターリムでは掃いて捨てるほどに有り触れた話でもある。

 

 如何なる経緯があったかはモランには分からないが、()()()()()()()()の雰囲気すら漂う青年が少女を()()と称した。その恩人を害されて黙っているような性格や気質の持ち主ではない──と彼女は不思議な程に納得できてしまう。

 

 傍目には苛烈すぎる報復──しかし彼にとっては極々普通のそれなのだろう。

 

「……いいな。盃を交わしたくなってきた」

 

 ──また姉貴の悪い癖が…。

 

 形の良い顎へ手を添えながら笑みを浮かべる自身の頭目を捉えた側近は大きな溜め息を吐き出した。

 

「──ごろ…ころ"…ひ…!」

 

「──殺してくれ、か?()()()()()が自分で舌を噛み切って死にやがったからな。その分を受けて貰わないとならないんだ。本当に申し訳ない」

 

 運の良い男だ。舌を噛み切っても死ねるかは微妙な確率だというのに──最後の力を振り絞って自ら噛み切って自決した者がいた。

 

 ならば、と彼は同じことが起こらないよう、胸倉を掴むと残った最後の一人へ力加減を考えて頬を何度も握り拳で殴り付けた。

 

 顎が砕け、歯も大半が抜け落ちた。これで舌を噛み切ることは不可能である。

 

「男なら歯を食い縛って耐えろ。──あぁ、済まん。歯がほとんど無くなったんだったな。悪い。なら根性で耐えろ。男だろう?」

 

 口腔に残る歯は数本。ズタズタに切れた口の中から夥しい出血を垂れ流し、顔面も腫れ上がった男が懇願する。早く殺してくれ、と。

 

 だが不幸にも彼はそこまで優しい人間ではない。

 

 これは拷問ではない。ましてや尋問ですらない。尋ねたい、入手したい情報など皆無だ。

 

「──じっくりいたぶって、嬲り殺しにしてやる。俺の恩人にした以上のことを存分に味わってから死なせてやる」

 

 胸倉を掴み、力任せに引き上げ、額同士を擦り合わせつつ彼が淡々と告げる。

 

 ダークブラックのレンズのお陰で薄くしか見えない瞳が男としては恨めしいだろう。視線だけでショック死の希望が抱ける筈の瞳が隠れているのだ。

 

 不意に彼が大きく頭を仰け反らせ──やがて反動を付けて男の額へ自身のそれを衝突させる鈍い音が響いた。

 

 たかが頭突き(ヘッドバッド)、されど頭突きだ。

 

 男の額が裂け、白い頭蓋骨の片鱗が露わになる。その片鱗すらヒビが走っていた。

 

「おい、何を気絶して──チッ…死にやがった」

 

 しっかりと加減はした筈なのだ。ならば()()()()()()()のだろう。

 

 胸倉を掴んだままの男は既にグッタリとし、腫れ上がった瞼を微かに開きつつ呼吸が止まっている。

 

 嬲り殺しにする──と宣言した手前、格好が付かないが死んでしまったものは仕方ない。

 

 興味を失った様子でムーアが手を離すと、男は糸の切れた操り人形の如く路上へ仰向けに転がった。

 

「──ミスター」

 

 傍らに歩み寄って来たのはロザンナ。彼女は彼へ自身のハンカチを差し出す。微かに香るのは──彼女が肌へ刻んだタトゥーと同じ薔薇のそれ。

 

「使ったら?」

 

「…いや、大丈夫だ」

 

「そう?凄い返り血だケド?」

 

 頬に、拳に、ワイシャツに、男達の赤い返り血が飛び散っている。

 

 拭うよう差し出されるが──彼はそれを断り、自身のハンカチをスラックスのポケットから取り出し、乱雑に拭い始める。

 

 肩を竦め、ロザンナは使われなかったハンカチを仕舞った。

 

「…良い匂いだな。好みの匂いだ。そんな上等な物を汚したら申し訳ない」

 

「ふぅん」

 

 そういう理由なら──悪くはない。

 

 眼を細めたロザンナが微かに首を傾けて微笑を浮かべる。

 

「…あの子は?」

 

「──こちらに。如何しますか、ミスター?」

 

 ロザンナの背後に控えていたコンシリエーレが少女を抱えつつ進み出る。

 

 ハンカチを仕舞ったムーアが少女へ手を伸ばそうとするが──それを途中で止めて腕を下ろす。

 

 こんな汚い手で触れる訳にはいかない。

 

「…埋葬してくれると助かる。アウターリム(ここ)での作法は知らんが…」

 

「なら、あたしに任せてくれる?」

 

 横から声を掛けたロザンナに彼はサングラス越しに横目を向けた。

 

「…キミにメリットは無いぞ。手間ばかり掛かる」

 

「ミスター程の人が()()って言う相手を埋葬するのに手間の多さは問題になるの?」

 

「………いや」

 

 問題にはならない。それを言外に返すと彼女は再び微笑を浮かべる。

 

「だったら任せて。まずは綺麗にして、だけど。大丈夫、乱雑には扱わないって約束するから」

 

「……少しでも乱雑に扱ったら──殺すぞ」

 

「はいはい」

 

 ──ゾクゾクする。

 

 間近で見れば見る程──背筋が震え、無性に下腹部が熱くなる。

 

 軽い調子で応える彼女だが、僅かながら乱れそうな余裕を保つのに少しの努力が必要だった。

 

 コンシリエーレへ目配せし、身形を整えるよう促すと側近は頷きを返した。

 

「──あぁ、そうだ。名前は?」

 

「…名前?」

 

「墓に刻む名前が無いと埋葬の意味がないでしょう?名前は?」

 

 知らない──と返しそうになった。良く考えれば少女も自身の名前を知らないとムーアは今更ながら気付く。

 

 ()()は最初から破綻していたのかもしれない。

 

「…うっかりだな」

 

「……ん?」

 

「なんでもない。──アンナ。彼女の名前だ」

 

「アンナ、ね。分かった」

 

 しっかりと墓へ刻むことを約束するようにロザンナが頷いた。

 

 それを見届け、彼は踵を返すと荒れた店内に戻る。

 

 カウンターの中では中年の店主が、そして残っていた客達が店内の端に寄ってムーアを迎える。いずれも怯えを瞳に映していた。

 

「──マスター」

 

「──へ、へい!!」

 

「──この店で一番、上等な酒を」

 

 慌てながらも店主は頭を上下に振り、背後の棚を漁り出す。

 

 床へ転がる包装と銀紙が半端に破れ、半分も残っていないチョコレートを拾い上げる。

 

 甘い物は得意ではない。

 

 しかしそれを忘れたかの如く彼は包装と銀紙を全て取り除くと返り血が拭い切れなかった指先で摘み、口腔へ押し込んだ。

 

 咀嚼する最中、店主がカウンターテーブル上へ一本の酒瓶を置く。

 

 口内で溶けて消える甘く、ほろ苦いチョコレート。

 

「──アンナに」

 

 引っ掴んだ酒瓶の封を切り、注ぎ口を直接銜え、勢い良く嚥下していく。

 

 10年も経ったら、酒も飲めただろう相手と飲み交わす日は永遠に来ない。

 

 実に惜しいことだ。きっと彼好みの良い女になったであろう。

 

 瓶の中身がたちまち一気に飲み干される。

 

 空き瓶となったそれを強くカウンターテーブルの机上へ置く鈍い音が、続けて酒の味の余韻に浸るかのような深い溜め息が店内へ響いた。




Anna(アンナ)

由来は「恩恵」などを意味するヘブライ語の女性名カンナハ(Channah) がギリシア語化したもの。
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