勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第7話

 

 

 

 あの酒場には迷惑を掛けすぎてしまった。とてもでないが、マスタングから預かったUSBメモリーを渡すにしても長居は難しい。

 

 流石のムーアでも店主や客達からの「早く出て行って欲しい」という無言の懇願と空気は読めてしまった。

 

 溜め息混じりにマスタングから与えられた活動費(小遣い)の半分以上を黙ってカウンター上へ置き、店を出る他なかったのは言うまでもない。おそらく酒代も含めて修理費は足りただろう。

 

 裏社会の三大組織の頭目達──アンダーワールドクイーン達と改めて挨拶を交わそうとしたが、ロザンナとモラン、そしてサクラが彼の着衣の酷さを指摘する。

 

 当然ながら返り血だらけだ。ついでに言えば、人間の血液は簡単に拭えはしない。

 

 ──なら、場所を変えようか。

 

 見兼ねてかロザンナが近場にヘッドニア(組織)が所有する集会所があると告げる。詳しい話、そして自己紹介はそこで済ませようと一同を促した。

 

 彼も承知し、徒歩で移動しようとしたのだが──

 

 ──ミスターはあたしのクルマで。

 

 半ば強引にムーアはロザンナが後部座席に座るクルマの対面へ腰掛けることとなった。

 

 移動の最中、眼を細めて微笑を浮かべる姿は──何を考えているか分からず、どうにも慣れなかったが。

 

 辿り着いた集会所だという高い塀に囲まれた施設の中へロザンナが先頭で足を踏み入れると多くの構成員達が彼女を出迎える。サクラやモラン、そして最後に彼の順番で彼女の後に続いた。

 

 まずは身綺麗に、とロザンナから勧められたのを合図に彼の前へ進み出た若い女性の構成員がバスルームへの案内を買って出る。

 

 まだ警戒が解けないのか、サングラスの奥で瞳が細められた気配を察したのだろう。ロザンナが溜め息を吐き出した。

 

「──ミスター。警戒するのは当然だけど、もう少し柔軟になったら?あたしが何かすると思う?」

 

「…………」

 

あの子(アンナ)の埋葬まで請け負ってあげたのに信用されないのは少し寂しいんだケド?」

 

 ──痛い所を突く。

 

 警戒が解けないのは仕方ないが、自身を害するメリットが彼女達にも()()()は存在しないと思い至ったムーアは、ややあって頷きを返した。

 

 

 

 

「──どう思いますか?」

 

「──ん〜?どうって?」

 

 応接間へ通されたサクラとモラン──いずれも清明会と牡丹会を束ねる組織の長達がソファに腰掛ける。

 

 無条件でウェルカムドリンクを提供するような仲ではないが──これでも今日は機嫌が良いロザンナがソファの背凭れへ白く毛足の長いファーを投げ捨てた。鼻歌混じりに壁際の棚へ置かれた十数本の酒瓶の物色を始める。

 

 今日の気分に合う酒を探しているのだろう彼女へサクラが問い掛けるが、ロザンナは何を尋ねられているのか分からない様子だ。或いは分かってはいるが、敢えて言わせようとしているのだろうか。

 

 言葉遊びに興じる程、酔狂な気分ではないサクラが溜め息を吐き出す。

 

 その横へ腰掛けたモランは丸縁のサングラスを掛けた胸の下に腕を組みつつノースリーブのジャケット姿となったロザンナへ声を掛けた。

 

「──あの男が本当にマスタングの寄越した遣いなのか、ってサクラは言いたいのさ」

 

「…えぇ、そうです。今日は勘が冴えていますね」

 

「そりゃ俺だって──ちょっと待て。普段は抜けてるみたいな言い方じゃねぇか」

 

「…気付いていなかったのですか?」

 

 誰に対しても敬語を崩さない清明会の当主だが──言葉も過ぎれば慇懃無礼だ。

 

 モランに青筋が浮かび上がり、言葉の真意を問おうとする刹那──やっと選び終えたのだろうロザンナが酒瓶と人数分のグラスをローテーブル上へ次々に置いた。

 

「──ここでドンパチ始めるつもりなら外でやってくれる?言っとくけど、ここはあたしの縄張り(シマ)だから」 

 

 まぁこの集会所を使う機会はあまりないのだが──とは口に出さず、彼女は未開封の酒瓶の封を切る。

 

 酒精の香りが濃い琥珀色のそれがグラスに指二本分注がれ、彼女達の眼前へ置かれた。

 

「…桃酒は?」

 

「…あんなお子様向けで甘口の酒、あたしが飲むと思う?」

 

 嫌なら飲むな──言外に伝えられたメッセージにモランは溜め息を吐き出しながらも渋々とグラスを掴んだ。

 

 この面子でわざわざ乾杯をする必要もない。各々、勝手に飲めば良い。

 

 ロザンナもソファに腰掛け、サイハイブーツに包まれた長い脚を組むと掴んだグラスを口元へ運び、一口目を傾けた。

 

「──で、なんだっけ?あぁ、あのミスターがマスタングの寄越した遣いかどうか?」

 

「ちゃんと聞いていたのですね、()()()()()()

 

()()()()()の声は嫌でも良く聞こえるから」

 

「…お、おいおい。ここで喧嘩はやめろよ?」

 

 まさかもう酔ったのか、とモランが腰を浮かしかけた。だが間違いなく()()()()だ。ニケ用のそれではない。

 

 対面する形で腰掛けているサクラとロザンナの間に危険な空気が漂い始めたのだが──双方とも単なる挨拶代わりの応答だ。

 

「……プッ……」

 

 不意に微かな吹き出す声。やがて笑い声が室内に響いた。

 

「アハハハ!清明会の当主がよりにもよって間抜けな質問するんだね!おっかしい!」

 

 大口を開けて笑い出したロザンナへ対面するサクラとモランが怪訝な様子で見詰める。

 

 尤もサクラは彼女の真意を測りかねて。一方のモランは、まさか本当に酔ったのではないだろうか、と疑ってであるが。

 

 少々笑い過ぎたのだろう。目尻に溜まった小さな涙を拭ったロザンナは改めてグラスを傾けると──度数の高いそれを一気に飲み干し、手酌で今度は並々と酒を注いだ。

 

「──ミスターの正体は、あのショウ・ムーア」

 

「──ッ!!」

 

「──……誰?」

 

 ロザンナが彼の名を口にした瞬間、サクラの表情へサッと緊張が走る。

 

 ところがモランは覚えがないのか首を傾げていた。これには彼女達も呆れを隠せない。

 

「…モラン。情報収集を怠っているのですか?」

 

「ば、馬鹿にするなって!情報は集めてるに決まってるだろ!」

 

「……なのに名前を知らないって?」

 

「知らないものは仕方ないだろ!?なんだよ、その、なんだっけ…ショウ・()()()って奴は?」

 

「──()()()です」

 

 わざとでも、或いはうっかりでも、人の名前を間違うのは失礼にも程がある。すかさずサクラが訂正した。

 

「お、おう。そのムーアって奴は何者なんだよ?」

 

「──中央政府 ニケ管理部所属の軍人。階級は…大尉だったかな?新進気鋭の指揮官で成功率が低い地上奪還の任務をいくつも成功させてる。一度、少佐に昇任したらしいケド」

 

「降格処分になった理由は定かではありませんが、その前後に中央政府軍といざこざがあったのは事実です。前哨基地で中央政府軍の部隊やエンターヘブンの者達と交戦し──皆殺しにしたとか。勿論、中央政府は情報を隠しています」

 

「…え?軍人だったのかアイツ!?」

 

「…気付いていなかったのですか?」

 

「い、いや…なんかヤバそうな奴だなって感じはしたけど…」

 

 明らかに訓練を受けた者──職業軍人や兵士のような雰囲気だったろう、とサクラは隣へ腰掛けるモランに呆れた眼差しを向けた。

 

「…ん?待てよ。前哨基地って…アレじゃなかったか?地上に一番近いって話だったけど…ニケは?ニケの部隊ぐらいいるだろ?リミッターがあるのにどうやって戦ったんだ?」

 

「…あのミスターは一人で皆殺しにしたんだよ。ガッチガチに武装した中央政府軍の兵隊やエンターヘブンの連中を…あたしが聞いた話だと100人以上はね」

 

「………マジ?」

 

「マジで」

 

「…そのような方がマスタングの遣い…解せませんね」

 

 これだけの()()を誇る軍人が使い走りのような真似に甘んじるだろうか。たとえ三大企業のCEOから命じられたと言っても矜持(プライド)の方が拒絶する可能性の方が高く感じられてならない。

 

「──そして…あの姿…」

 

 呟きつつサクラがやっとグラスを掴む。好みの銘柄ではないが、彼女はグラスの縁を口付けると、小さく傾けて酒精の香りが濃いそれを唇を湿らす程度に味わった。

 

 ──まるで血に飢えた狼。

 

 酒場での惨劇を彼女は脳裏に思い起こす。

 

 瞳が爛々と輝き、振る舞いからは人を人として見ていなかった。有り体に言えば──獲物が精々だろう。

 

 本来であれば人間は人間を殺すことに躊躇する。清明会を束ねる彼女も抗争をいくつも経験しているが、自らの組織や敵対組織に関わらず、誰も彼もが威勢の良い言葉は吐いていても──いざ()()()となれば、一瞬の躊躇が生まれていた。結果的に引き金を引いたとしてもだ。

 

 彼にはそれが──微塵も感じられなかった。一切の躊躇もなかった。

 

 思わずサクラの眉間へ皺が寄った時──不意に応接間の扉をノックする音が響いた。

 

「──邪魔をする」

 

 扉が開くか否かの一瞬。落ち着きさえ感じ取れる低い声が掛けられた。

 

「──あぁ、ミスター。早かったね。サイズは?」

 

「……少し窮屈だが、まぁ問題ない」

 

 クリーニングを、とヘッドニアの構成員からの勧めもあり、現れたムーアは貸し出された既製品のスーツを纏っていた。

 

 しっかりとシャワーも浴びたのだろう。仄かに彼からは湯上がりの気配、そして体躯と顔立ちには似合わない薔薇の香りを纏っている。

 

 サングラスが外されたムーアの瞳。やっと彼女達は虹彩が濃い茶色のそれだと気付いた。

 

「──へぇ…。さっきのも惚れ惚れする侠客っぷりだったが、改めて見ると良い男だな」

 

「…どうも…」

 

 見た目──侠客らしい、というのは果たして誉められているのか。どうにも判断が難しいそれをモランが投げ掛けるも彼は曖昧な返事しか返せない。

 

「──ミスター」

 

 空いているグラスに琥珀色の酒が注がれる。指二本分のそれが注がれたグラスは、ロザンナが並々と注いだ自身のグラスの隣へ置かれた形だ。

 

 隣に座れ、という意思表示である。

 

 駄々を捏ねるような場面ではない。彼はひとつ溜め息を漏らすと、彼女の隣へ腰を下ろした。

 

「──Salute(乾杯)

 

「…Salute」

 

 グラス同士が軽く合わせられる。主導権を握るロザンナが掲げたグラスに、ムーアが軽く合わせただけの高い音が鳴った。

 

 酒精が濃い琥珀色の酒は当然ながら度数も濃い。しかし彼は特に気にする様子もなく、グラスの縁を乾燥気味の唇へ当て、さながら水を飲むかのような調子で一気に飲み干してみせた。

 

 その様子を見た傍らのロザンナから称賛するかの如く口笛が吹かれる。

 

「結構、強い酒なんだケド…味は?」

 

「…悪くない」

 

「不味いって言われたらどうしようかと思ってたんだ。口に合って良かった。安心したよ──()()()()()()()()

 

 そろそろ本題に入ろう、とロザンナが暗に告げる。自身の名前で呼ばれた彼の鋭い視線が向けられるも、彼女は涼しい顔のまま肩を竦め、乾いた彼のグラスへ琥珀色の酒を注いだ。

 

「──()()()()()()()。何処で俺の名前を?」

 

「──知らないなら、あたしらはとんだ間抜け。()()に会えて光栄だよ、ミスター」

 

「ミス・ロザンナ──」

 

「ロザンナ」

 

「……()()()()。俺は英雄じゃない。自殺志願者が精々だ」

 

 謙遜か、或いは本気でそう考えているのか。どちらとも取れるが、後者の気配が強くロザンナは感じられた。

 

 眼前で並々と注がれたグラスを掴み、ムーアは今度はゆっくりと傾けて酒の味を確かめる。

 

「そう?──まぁ、それはそれとして…改めて、はじめまして。あたしはロザンナ。向かいにいるのがサクラ、そしてモラン」

 

「存じ上げている。アンダーワールドクイーンにお会いできて光栄だ」

 

「おう」

 

「──こちらこそ。…とはいえ、念には念を入れましょう。御手数ですが身分証などは?」

 

「ちょっとサクラ──」

 

「いや、構わない」

 

 この流れで無粋極まることを言うな──ロザンナの視線が対面のサクラへ突き刺さるも、気分を害した気配もなくムーアはグラスを机上へ置く。

 

 続けて、ゆっくりと貸し出されたジャケットの内ポケットへ右手を差し入れる。やがて取り出されたのは中央政府発行のIDカードだ。

 

「…確認しました。少佐に()()()()()()()()()()のですね」

 

「……つい最近」

 

 降格処分の一件もどうやら彼女達は知っているらしい。僅かな遣り取りでそれを感じ取ったムーアは頷きを返すと、IDカードを内ポケットへ戻しつつ──今度は仕舞い込んでいた3個のUSBメモリーを取り出した。

 

「…マスタング社長から預かってきた。お渡しする」

 

 彼は全てのUSBメモリーを机上に置くと、彼女達の手元へ向けて軽く滑らせる。各々の細い手がそれを受け取る。

 

 これで極論にはなるが、マスタングから請け負ったMission(お遣い)全て完了(complete)だ。

 

「…まぁ、これは後でじっくり確認するとして──あたしは()()()()よりもミスターが気になるんだけどね」

 

 帰っても構わないのだが──どうも場の雰囲気がそれを許さない気配が強くて仕方ない。勿論、返り血で汚れたスーツ一式をクリーニングで預けているのだ。それが返ってくるまでは動きたくとも動けない。まぁ満足に動けない、というだけではあるのだが。

 

 ロザンナが薄い薔薇色の瞳で流し目を送り、彼へ見せ付けるかの如く、サイハイブーツで包まれた長い脚を組み直してみせる。

 

「…大して取り柄のない男なんだが…」

 

「そう?──恋人は?好きな人は?」

 

「おい、ロザンナ…」

 

 急に不躾なことを聞くな、礼節を弁えろ、と堪らずモランが口を挟むが──

 

「……いない。今の所は。作る予定もない」

 

「──って、おいおい…」

 

 あっさりと彼は答えた。案外、顔に似合わずノリは良いのだろうか。

 

「へ〜。ミスターほどの男に恋人がいないの?アークの連中も見る目がないね」

 

「…早死にが確定している奴と付き合うような奇特な女性はいないだろう」

 

「そう?案外、近くにいるかもしれないケド?」

 

 アークの隅から隅まで探せば、一人か二人は居るのかもしれないな──とムーアも一応は彼女の言葉を内心で肯定する。

 

 とはいえ──ロザンナが口にした言葉の真意へ全く気付かないのは彼らしいのかもしれない。

 

 割りと好みの酒を飲むと不思議なことに煙草も吸いたくなる。

 

 ムーアの片手がジャケットの内ポケットへ伸びた。そこから取り出されたソフトパックとオイルライターを見たロザンナがローテーブル上の中央へ鎮座するガラス製の灰皿を彼へ押し遣る。

 

「……ありがとう」

 

 礼を告げつつ、念の為に対面へ腰掛けるサクラやモランに喫煙の是非を視線で問い掛ける。二人が頷いたのを認め、やっとムーアは煙草を一本銜えた。

 

 オイルライターで火を点けようとする刹那──傍らから薔薇のタトゥーが彫られた細い腕が伸びてくる。その先に握られたターボライターが翳された。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 混合ガスを用いるそれを片手で覆い隠すと、ボタンが押し込まれ、青い火が噴き上がった。

 

 先端が炙られ、紫煙が薄く立ち昇る。

 

 彼がライターを握る細い手を覆っていた片手を外し、ロザンナも腕を引っ込めた。

 

「あたしも一本吸いたくなっちゃった」

 

 細い葉巻──シガリロを何処からか取り出したロザンナが整った形の唇へ銜える。ターボライターで炙り、紫煙を燻らせると図らずも隣り合って腰掛ける双方から異なる香り(フレーバー)が同時に漂った。

 

「…お嬢ちゃんは吸わないの?吸ったら?」

 

「いいえ、結構。準備に手間が掛かるのです」

 

 シガリロを銜えつつグラスを握るロザンナがサクラへ尋ねるも、彼女は素気なく断った。勿論、理由は彼女が口にした通りなのだが。

 

「いっそ、リキッドとか電子煙草にしたら?面倒でしょ?」

 

「その一手間を楽しむのも()()()()だ。手軽に吸えるのも悪くはないが…手間を掛けての一服は格別だろう」

 

「──…えぇ…仰る通りです…」

 

 思ってもいなかった見解──だったのかもしれない。サクラの眼前でスラックスに包む脚を組んだムーアが煙草の紫煙を燻らせ、グラスを傾けて酒を一口含む姿を彼女は少しだけ呆然と見詰めた。

 

「……お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 グラスを机上へ預け、細い手が纏った着物の袖へ消える。

 

 やがて取り出されたのは喫煙具の一式だ。

 

 煙管──にしては少し大振りだ。特に刻んだ煙草を詰める火皿の部分はパイプのボウルのようにも見える。

 

 その目立つ火皿の中へサクラは刻み煙草を詰め、一般的なライターとは異なり火が横向きに噴き出るガスライターで敷き詰めた煙草の表面を炙る。

 

 吸口を銜え、小さく何口か紫煙を含んでは緩く吐き出し、金属製の細いタンパーで煙草の火種を押して安定させる。非常に手慣れた様子だ。

 

 やがて火が安定したのだろう。サクラはソファの背凭れへ上体を預け、紫煙を悠然と燻らせ始めた。

 

「…良い香りだ」

 

「恐れ入ります。──ムーア少佐が召し上がっている煙草も良い香りです」

 

「…ムーアで構わん」

 

「畏まりました。では……()()()()

 

 ──それはちょっと。

 

 途端に幼くなった気分だ。サクラが「(くん)」と付けてムーアを呼ぶと、彼は複雑そうな様子で、それこそ反応に困るのか指先で頬を軽く掻いた。

 

「…って、この流れで俺だけ吸ってないのは…仲間外れじゃねぇか?」

 

「吸えるの?」

 

「召し上がるのですか?」

 

「…お前ら、俺を馬鹿にしてんのか?」

 

 再びモランの額へ青筋が浮かぶ。煙草ぐらい吸えると言わんばかりに彼女は不機嫌に鼻を鳴らす。

 

「…GODDESSで構わないか?」

 

「お、おお。ありがとう」

 

 ムーアが身を乗り出す。ソフトパックから飛び出した煙草の吸い口をモランへ差し出すと彼女はそれを摘み取った。

 

 あまり吸い慣れてはいないのか、唇の先端へ一度は銜えるも──位置が悪かったのだろう。落ち着く位置を探し、結局は唇の端へ銜え直す。

 

 そこへ彼が独特の甲高い金属音を奏でて蓋を開けたオイルライターを差し出した。風除けを作る要領で彼女の細い片手が翳される。ホイールとフリントの摩擦で生じた火花が散り、オイルが染み込んだウィック()へ火が灯った。

 

 先端を炙り、紫煙が薄く立ち昇るのを認めたモランが身を引き、続けてムーアもオイルライターを引っ込めながら蓋を閉じた。

 

「…悪くは…ねぇかな?辛口だけど」

 

「なら良かっ──なんだ?」

 

 火の点いた煙草を指二本を立てながら支え、吸い口を銜えているモランがジッとムーアを見詰めている。

 

 居心地が悪いのだろう。何か付いているか、と問うが彼女は直ぐに答えようとはしなかった。

 

「…気になったんだけど…お前、軍人で()()()なんだよな?」

 

 やっと口にされたのは問い掛けだ。モランが口にしたそれへ彼は頷きを返す。

 

「俺が知ってる指揮官ってのは…なんていうか…もっと…こう…」

 

「──高圧的、か?」

 

「あぁ、それだ。気にならねぇのか?()()()()?」

 

「……状況?…その気になれば寄ってたかって俺を殺せる、って状況か?」

 

「違う違う!なんでそう物騒なんだよ!」

 

 普段からどのような思考回路と発想で生きているのか、と思うほどの答えだ。これが仮に素なのだとすれば、さぞかし生き難いだろう。

 

「ったく…俺達はニケだ。マスタングの遣いなら知ってるだろ?」

 

「あぁ、それは承知している」

 

「なら気になるだろ?()()()。ニケと指揮官が一緒に煙草吸って、酒まで飲んでるんだぞ?」

 

「…そうか?俺の前哨基地(ホーム)では、()()()()()なんだが。まぁ…煙草に付き合ってくれる要員(スタッフ)はいないがな」

 

「…普通?()()()?」

 

 黒みを帯びた茶色──黄褐色の瞳が驚きで丸くなる。これが普通、とはどんな冗談かとその瞳が如実に問うていた。

 

「…俺は現在のニケと人間の関係に於ける()()の定義そのものがおかしい、と感じている手合いだ。要は()()なんだろう」

 

「…自分で自分を異端って言うのか」

 

「それ以外に適切な表現と形容が見付からないからな。それで…気になるかどうか、だったか。全く気にならない。──見目麗しい美女三人と酒と煙草をやれて男冥利に尽きる程だ」

 

 肩を軽く竦めたムーアが指の間へ煙草を挟みつつグラスを傾ける。

 

 世辞か、或いは口説かれているのか、それとも本音なのか──おそらくは本音なのだろう。気負う様子もなく吐き出された声音からそれをモランは感じ取る。

 

「はははっ…。お前、面白いな」

 

「…そうか?」

 

 良い男で、しかも人並み以上の腕っ節に加えて相当の義侠心を持っている。ついでとばかりに懐が深い。

 

 これは参った──本当に参った。どうやら()()らしい。

 

「──決めた。()()()。お前、俺の弟になれ」

 

 




前話と温度差がありすぎる、とお思いですね?

……私もそう思いました。
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