勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第7話

 

 

 

 司令部庁舎の上階へ設けられた副司令官室。その部屋の主は次の会議まで珍しく暇があると思い出せば、特に意味もなく抽斗から一冊の本を取り出した。

 

 合成樹脂で作られた“紙”では感じ取れない柔らかさ、或いは温かさは植物の繊維で作られた正真正銘の紙であることの証だ。

 

 その擦り切れた表紙を捲り、何度も読み返したページを捲っては文字列を視線で追い続ける。

 

 

 

 

 ラプチャーに追い立てられた避難民は、さながら狼の群れに追われる羊の如くに橋へ殺到した。その数は数万人とも言われるが公式には定かではない。現場にいた私でさえも分からない程だった。ラプチャーは人間が発する何かを察知して攻撃を始めるとこの頃には誰しもが気付き始めていた。

 

 避難民を誘導し、護衛する軍や警察の装備は心許なく大半が敵に通用しない中、工兵達が時間稼ぎにと橋桁へ爆薬の設置を始めた途端、避難民に動揺が走る。パニックとならぬよう私は宥め、彼等が渡り切るまで爆破はしないと説得していた頃、前哨から「ラプチャー接近」の一報が連隊とは呼べないまでに人員を減らした我が部隊の連隊本部へ届く。それを最後に前哨とは通信途絶。

 

 陸軍、海兵隊、警察で構成された敗残兵達が雑多な武器を取り、避難民が渡り切るまでの盾となることを決心した。

 

 戦闘が始まる寸前、海兵隊の中に一風変わった一団を発見する。カタログでも見た記憶がない銃器を携え、狼のワッペンを付けた一個中隊規模の部隊だ。

 

 部下の誰かが口にした。「あれは対ラプチャー戦闘を前提に編制された部隊だ」と。

 

 

 

 

 

 パタン、とアンダーソンが本を閉じる。何度読んでも内容が変わる訳ではない。本というよりは報告書か日誌、或いは回想録に近い代物ではあるが筆者が目撃した名も知らぬ英雄達の記録が綴られた本である。

 

「…人間の運命は人間の手中にある、とは誰の言葉だったかな」

 

 旧時代の思想家が遺した言葉を口にしたアンダーソンは閉じたばかりのそれを元あった抽斗へ仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 散弾銃から大粒のペリットが立て続けに撃ち出される。その銃声が半円形の空間へ容赦なく反響する中、ムーアは煙草を燻らせ、ラピとアニスは眼前の光景を半ば呆然と見詰めるしかない。

 

 最後の一発が銃口から吐き出され、撃ち殻(シェル)がコンクリートで舗装された地面へ転がる音が銃声の反響に混ざるとネオンが何処となくスッキリした様子で彼等へ振り向いた。

 

「…火力だけはピカイチだね」

 

 排水路の入口から少し進んだ先に瓦礫が積み重なっているのを発見した彼等は当初、手分けして撤去する方針であった。しかし唐突にネオンが自分へ任せてくれと頼み込み、果たして何をするのかと成り行きを見守っていた彼等だが行き先を塞いでいた瓦礫が粉微塵と言うに相応しい有り様となって吹き飛ぶ光景を見た後ではアニスの言葉へ同意してしまう心境であった。

 

「──指揮官」

 

「ん?」

 

 振り向いたネオンが煙草を右手の人差し指と中指で挟みながら紫煙を燻らせていた彼へ声を掛ける。

 

「──私、分かったんです。相手が何であれ、火力で解決できないことはないって。答えは火力!火力が全てです!」

 

「…まぁそうだな。火力とは少し違うが…俺もこの世の大概の問題は適切な爆薬量で解決することが出来るとは考えている人間だ。確かに火力は正義だ。これは真理だろう」

 

「──ッ!!なる…ほど…真理…!」

 

 ──いや、なるほどってなに?

 

 ──この二人は一体何を…。

 

 そう聞こえてしまうほどの視線を取り残されているラピとアニスが双方へ交互に向ける。どうやら二人の間で何かしらの共感らしきモノが芽生えたらしい。

 

「本当にありがとうございます…!実は少し迷いがあったんですが背中を押してもらった気分です。火力の道を進む者として極意と向き合えた気がします」

 

「…そんな道あったのね」

 

「これからはどうか師匠と呼ばせて下さい!改めて宜しくお願いします、師匠!」

 

「あぁ、こちらこそ宜しく頼む」

 

「はい師匠!」

 

「…勝手に呼び方を変えるな…」

 

 残されたラピとアニスはせめてもの抵抗を口にするが、眼前で結成された師弟(仮)の耳には届いているのかどうか。

 

 とはいえ行く手を塞いでいた瓦礫が無くなった為、これで発電所内への潜入が可能となった。彼は吸い切った煙草を携帯灰皿へ放り込むとラピを先頭にして前進を命じる。

 

 ラピ、ネオン、そしてアニスが身を屈め──いや、四つん這いになって排水路の中へ入り込むと彼も続くのだが──

 

「背嚢は置いてくれば良かったかな…」

 

「指揮官様、大丈夫?身体大きいからねぇ」

 

 ムーアよりも背丈が低い三人でさえ、四つん這いの格好で進まなければならない程に狭い排水路だ。上背があり、しかも背嚢を背負った彼などは匍匐前進の格好である。

 

 お陰で()()排水しているのか分からないそれの鼻が曲がりそうな臭いを間近で嗅ぐ事となってしまう。

 

「…すごい…臭いですねぇ…」

 

「人も住んでないのに…こんな臭いがするのね」

 

「排水路だから…色々と溜まってたんでしょ」

 

 ニケである彼女達でさえ──ニケであろうと嗅覚に大差はないだろうから当然だが、三人も酷い臭いに顔を顰めているのが不思議とムーアは手に取るように分かった。なにせ自分もその通りであるからである。

 

「あ、あの…一言…言わせて貰っても…?」

 

「なに?」

 

吐…きそうで…す

 

「…嗅覚センサーをオフにするよう勧めるわ」

 

「…ネオン。今、吐かれると俺も釣られる自信があるぞ」

 

「ちょっと!私の前と後ろでやめてよね!」

 

 ネオン、そしてムーアの結成されて間もない師弟はこのような場面でも気が合うのだろうか。とはいえ一番の被害を受けるのは二人に挟まれたアニスであろう。悲鳴にも似た声音で二人を注意するのも当然であった。

 

「…それにしても嗅覚センサーか。羨ましいな…俺も切実に欲しい。今すぐ」

 

「…でも師匠…なんと言うか…これを自由にオン・オフ出来るとあまりにも人間から遠ざかると言うか…」

 

「はは、変なこと言うねぇ」

 

「心だけは乙女ですから…」

 

「私は乙女を諦めるわ。切っちゃおっと」

 

 なんとも羨ましい。そんな機能も人間に付けられないだろうか、とムーアは切実に考えてしまう。

 

 匍匐前進するしかないのだが、お陰で戦闘服どころか、下着の中にまで排水が入り込んでいる状態だ。排水路から出ても暫くは臭いだろう。

 

「指揮官、大丈夫ですか?」

 

「…フィジカルは問題ないが、メンタルに支障を来しそうだ。煙草でも吸えば解決はしそうだが──口に入った…!」

 

 先頭を進むラピが最後尾を匍匐で追従している彼を気にかけて尋ねる。どうやら中々に大変らしい事だけは彼女にも声から察せられた。

 

「…でも意外ですね。排水路からの潜入なんて。普通の指揮官は“ニケ=兵器”という認識ですし、火力で吹き飛ばす方を好みますから」

 

「好みとかじゃなくて、()()()()()()()()()()()()ってことじゃない?そのくせ自分の身体だけは大切で、少し泥が付いたぐらいで騒ぐでしょ?呆れるったらないわ」

 

 ネオンが気分を変えようと彼が提案した侵入──もとい潜入の手段を意外そうに語る。それへアニスは皮肉めいた言葉を返した。

 

「…あぁ、さっきの違和感はそれか」

 

 何故、彼女達が真正面からの攻撃の類しか提案と具申をしなかったのかが理解できた彼は口腔へ入り込んだ排水を唾液と共に吐き出してから続けた。

 

「…君達がどんな指揮官と行動を共にして来たのかは知らんが…俺にとっては兵器ではなく部下。それか分隊員だ。…貴重な戦力である以上、必要のない損害なんぞ出させてたまる──また入った…!」

 

「ははは!途中までは格好良かったのにね!」

 

「…しかも少し飲んじまった…」

 

「え、大丈夫?吐きたくなったら我慢しないでね?」

 

 背後にいる為、彼の様子が見えないのを残念がりながら笑うアニスだが、流石に最後の一言には真顔となって心配する程度にはムーアへ対する気遣いは持っているようだ。

 

「──止まって…っ!…ネオン」

 

「──ってアニスも…!」

 

「──ごめん…」

 

 不意にラピが立ち止まれば、即応出来なかったネオン、アニスが前方の相手の臀部へ顔を埋めてしまう。

 

 彼は少し離れていた為に玉突き事故へ巻き込まれずに済んだが、何故ラピは立ち止まったのかを尋ねた。

 

「どうした?」

 

「はい。光が見えました。内部へ着いたようです」

 

「分かった。なら…さっさと出るとしよう。…本当に吐きそうだ…」

 

「そうね…早く出ましょう…」

 

 ラピの報告は彼等からすると朗報以外の何物でもない。彼の命令に頷いた彼女達は──特にアニスとネオンが我先にと出口へ向かって突き進んだのは言うまでもない。

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