勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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更新が遅くなりました。そして短編、三次創作になるのですが第1次ラプチャー侵攻当時の一幕を描いてみましたのでご都合さえ宜しければどうぞ。


第8話

 

 

 

「──決めた。()()()。お前、俺の弟になれ」

 

「──断る」

 

 一刀両断である。これ以上ない程に。

 

 眼前で展開された遣り取りはロザンナが腹を抱えて笑い出すのに充分過ぎたようだ。彼女の笑い声が応接間に響き渡る中、顔を真っ赤に染め上げたモランが彼へ食って掛かる。

 

「お、お前…!この俺が!牡丹会のモランが!お前を見込んで契りを──」

 

「俺は軍人だぞ。それが理由にはならんか?」

 

 公職に就いている人間が裏社会の──それも三大組織のひとつである牡丹会の頭目と姉弟の契りを交わす。しばらくはメディアが放送する番組やネットニュースへ提供されるスキャンダル(ネタ)に困らないだろう。

 

「だーかーらー!軍人とかそういうのは無しだ!」

 

「…俺の仕事を否定せんでくれ」

 

「俺は!お前の()()に惚れ込んじまったんだよ!だから頼む!俺と盃を交わしてくれ!この通りだ!」

 

「……仁義……」

 

 仁義の意味はなんだったか、と彼はガラス製の灰皿へ煙草を叩き付け、灰を落としながら脳内の働き者のシナプス(司書)に関連情報を引き出すよう命じる。

 

 古代にユーラシア大陸の東方に生まれた思想家である孟子が唱えた思想。

 

 仁は博愛の徳、義は悪を恥じて事の理非を区別する徳。

 

 そして性善説に基づいた思想──などとシナプス(司書)達は報告した。

 

 ──いや、何処が?

 

 思わずムーアは彼女が言う()()の意味を問い質したくなってしまう。

 

 そのモランは──火が点いた煙草を灰皿へ預け、ローテーブルの天板に頭を擦り付けている。

 

 頭を下げられても困るのだが、と彼は内心で深々と溜め息を吐き出した。

 

「──済まないが、形式だけでも今のままでは盃なんて交わせん。これは絶対だ」

 

 軍人という公職に就く人間としての最低限度のモラルはムーアも持っている。それに逆らってまで契りを結ぶなどあってはならないことだ。

 

 だから諦めるように──と続けようとした時だ。不意にモランが天板へ擦り付けていた頭を上げるや否やムーアへ鋭い視線を向ける。

 

「…()()()()()()、って言ったか?」

 

「あぁ。軍人を辞めろ、と言い出してくれるなよ?」

 

「…言質取ったぞ?」

 

 緩く口角を釣り上げたかと思えば、モランが携帯端末を取り出した。液晶画面をスワイプ、そしてタップし、やがて端末を自身の片耳へ近付ける。

 

「──あぁ、俺、モランだ。…あぁ、どうも。……USB?それはちゃんと受け取ったぜ。…それでさ、恥を忍んでひとつ頼みがあるんだ。──マスタング、人間一人の新しい戸籍とか…作れないか?…いや、誰のって…ショウ・ムーアって軍人の──そうそう、そのムーア少佐。別人になれる方法がそれしか思い浮かばなくてさ」

 

「──おい、ちょっと待て」

 

 何処に電話を掛け始めたのかと思いきや、まさかのマスタングである。彼は三大企業の一角たるテトララインのCEOだ。そしてなによりフランクな態度もあって忘れがちだが、相当の権限を有している人物でもある。

 

 早く止めなければならない。彼は腰を浮かせるが、隣へ腰掛けるロザンナの細い腕が彼の片腕を握って引き止める。整った顔に──面白い状況と言わんばかりに、それこそ愉快そうな表情が浮かぶ。

 

「──え?マジで?作れる?なら頼むよ。礼と見返りは今度──要らない?…メリットがある?……分かった。なら頼んだ。…あぁ、おやすみ。──出来るってさ」

 

「…………なんてことをしてくれたんだ」

 

 一仕事終えた、と言わんばかりの清々しい笑顔を浮かべるモランへ対してムーアの額には青筋が浮かんでいた。

 

「な、なんだよ。言ったじゃねぇか。()()()()()()って」

 

 静かな剣幕に怯みながらも携帯端末を仕舞ったモランが反論を返す。

 

 確かに言った。言いはしたのだ。しかし──

 

「そんな遣り方で埒を明けるなんて誰が予想できる」

 

 ──強引にも程がある手段だ。最早、違法ですらある。これほど簡単に戸籍が作れて良いモノなのだろうか。苛立ちを滲ませつつ彼は灰皿へ煙草を乱暴に押し潰してしまう。

 

「そ、そんなに怒るなって。俺と契りを結ぶのが嫌なのか?」

 

「…そういう訳ではないが……なんて説明すれば良いんだ…」

 

 口下手なのが恨めしい。説得が苦手なのはスノーホワイト達──ピルグリム達にアンチェインドの素材に関する情報提供を願った際に再認識したが、いつの間にか説明することも苦手な分野に成り下がっていたのだろうか。

 

 とはいえだ。ここまで彼が混乱しているのは十中八九、右斜め上すぎるばかりか、強引にも程がある遣り方で解決したモランとそれを承知したマスタングの所為が多分に含まれている筈だ。

 

 ──ふざけるな畜生。

 

 次第に腹立たしさが募るも、取り返しは付かないだろう。()()マスタングだ。

 

 きっと今頃はせっせと、そして手早く新たな戸籍を作っているに違いない。押し付けられるこちらの身にもなれ──と彼はグラスに残った酒を一気に飲み干すと、ロザンナの眼前に鎮座する酒瓶を掴んだ。

 

「──お、おい…そんな飲み方…」

 

 手繰り寄せたそれを傾け、グラスへ並々と注ぐ。あまり誉められた飲み方ではないと承知はしているが──こうでもしないと腹立ちが鎮まる気配がない。

 

 並々と注いだグラスを傾け、琥珀色のそれを一息で飲み干す。

 

 それを二度、三度と繰り返していた頃、ほぼ同時にムーアとモランの携帯端末がメッセージの着信を伝える。

 

 嫌な予感がするも、彼は携帯端末をジャケットの内ポケットから引き抜いた。

 

 彼女が電話してから5分足らず。僅か5分だ。

 

 いや、マスタングであれば5()()()()()()充分なのだろう。

 

 メッセージには無事に新たな戸籍が出来上がった旨が綴られている。

 

 対面のソファへ腰掛けるモランへ睨みを送りつつ、彼は何度目かの手酌で酒を注ぐとグラスを傾けた。

 

「…そんな怒るなって…」

 

「…誰のせいだと思ってる?」

 

「い、いや…マスタングだって断らなかったし…!ほ、ほら、新しい戸籍の名前見てみろって!カッコいいぞ!」

 

 ──何がカッコいいだ。

 

 不快であることを伝えるかの如く、彼が鼻を鳴らす。前哨基地や彼が指揮する分隊に所属するニケ達がこの場にいた場合、普段とは全く異なるムーアの姿に眼を点とするだろう。

 

 とはいえモランとしては機嫌を直して欲しいだけだ。

 

 彼女は身を乗り出すと携帯端末の液晶画面へ送信された写真を映してムーアに見せ付ける。

 

「ほら、カッコいい名前だろ?」

 

 ──ドクン、と心臓が高鳴った。

 

「──Richard Smith(リチャード・スミス)だってさ」

 

 ──ズキリ、と脳髄の奥深くから痛みが走った。

 

「──姓はありきたりだけど、良い名前じゃないか。どう思う?」

 

 ──モランの声が遠く聞こえる。

 

 ──耳鳴りが酷くなる。

 

 ──頭が、痛い。

 

「──ミスター?」

 

「──ムーア君?」

 

 ──ロザンナとサクラが気遣うも、それに応える余裕はなかった。

 

 

 

 

 ──ディック!ブリキ共に吠え面かかせてやれ!

 

 

 

 ──知らない声(知っている声)が残響の如く頭の中に響き渡る。

 

 無性に──()()()()()を忘れている気がしてならない。

 

 いったいそれは──

 

 

 

 

「──ミスター!」

 

 ──不意に目と鼻の先に映り込んだ白と黒の髪。そして目が覚めるような美女の顔。

 

 涼しげなそれではなく、やや慌てているかのような表情へ視線の焦点を結んだムーアは──状況を確認した。

 

「……ロザンナ?」

 

「どうしたのミスター?急に様子がおかしくなったから…」

 

「ムーア君、大丈夫ですか?何処かお加減でも?」

 

 既にロザンナの唇には葉巻がない。灰皿へ投げ捨てたのだろう。

 

 眼前で両膝を突いた彼女の瞳が彼の頭の上から脚の爪先まで確かめる。その向こう──対面するソファではサクラが身を乗り出し、モランも腰を浮かせていた。

 

「……疲れが出ただけだろう。先日まで病院にいたからな…」

 

「…そう?少し休んだら?部屋は用意するから」

 

「………お言葉に甘えさせてもらう」

 

 警戒は完全には解けないが、自身が不調に陥っていると彼も自己判断は可能だ。

 

 ここはアウターリム、アークの法は届かず、モラルらしいそれも果たしてあるのか否か。

 

 道中で倒れるなどがあったとしたら──どのような災難に見舞われるか分かったものではない。

 

 ロザンナの申し出に彼は頷きを返すと、彼女は薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ………」

 

 ──少しは楽になった。あれほど酷かった頭痛や耳鳴りだったが、それなりに落ち着いた。

 

 宛てがわれた部屋は広い。前哨基地でのムーアのプライベートスペース──ではあるが、特にアニスやネオンが入り浸りがちの指揮官室と同じ程だろうか。

 

 ジャケットはなんとか備え付けのクローゼットへ仕舞い込んだが、纏うワイシャツをだらしなく上から四つもボタンを外したまま彼は広いベッドへ仰向けに寝転がっている。

 

 ──認識チップの情報はどうやって改竄するつもりなんだ。

 

 首筋に埋め込まれているだろう認識チップ。何気なく首筋を撫でながらムーアは考えたが──何故か意気揚々としているマスタングの様子が容易に想像出来てしまい、大きな溜め息を吐き出してしまう。

 

 ちょうどその時だ。

 

 扉の先にある廊下で部屋へ歩み寄って来る微かな足音を彼の耳が捉えた。

 

 億劫な身体を一旦は無視したムーアが静かに上体を起こす。靴を履いたままの脚を床へ下ろし、サイドテーブル上へ預けていたショルダーホルスターから拳銃を引き抜いた。

 

 安全装置を外し、スライドを軽く引く。薬室を点検。弾薬はしっかり装填されている。

 

 機械的であり、慣れた手付きで確認を済ませた彼が扉へ視線を向けた数秒後──微かな足音が部屋の前で止まった。

 

 続けてノックが響く。

 

「──ミスター。起きてる?」

 

 扉の向こうから掛けられた声は──この数時間で聞き慣れたそれだ。

 

「……起きてるが、どうした?」

 

 念の為に拳銃を握ったままムーアは扉を隔てた先にいるだろうロザンナへ尋ねる。

 

「──起きてるなら寝酒でもどうかな、って。手が塞がってるから開けてくれると嬉しいんだけど?」

 

 ドアスコープやカメラぐらい部屋に備えて欲しいが──ここは生憎とアークのホテルではない。

 

 警戒心を残したまま彼は扉へ歩み寄り──ドアノブを握ると僅かに扉を開けた。

 

 光沢を放つ薄手の赤いナイトガウンを纏ったヘッドニアを束ねる頭目であるロザンナが確かに立っている。

 

 風呂上がり、なのだろうか。髪から漂う薔薇の香りが僅かながら強く感じられた。

 

 その両手で握るのはトレイに載せられた一本の酒瓶と二人分のグラス、そして小振りのトングが氷の中に入ったアイスペールだ。

 

「……WOLF KILLER。好みの酒だが…何処で知った?」

 

「なんとなく。ミスターが好きな酒かな、と思ってね。あたしも結構、好きな酒だから。癖になる味じゃない?」

 

「…そうか。そうだな。確かに」

 

 扉を静かに開け放ち、ロザンナを彼は招き入れる。ムーアの片手に拳銃が握られているのを彼女は見逃さなかった。

 

 微かに眉根を寄せるロザンナの様子を捉えたムーアは肩を竦め、彼女が室内へ足を踏み入れると扉を閉めるや否や、拳銃へ安全装置を掛けてからサイドテーブル上のホルスターに納めてみせる。

 

「──いつも()()()()()?」

 

「──大概の場合は()()()()()だ」

 

 用心が過ぎるのは結構なことだ。特にアウターリムでは。しかし彼はロザンナから見ると()()()()()である。

 

「生き辛いんじゃない?」

 

「宮仕えしている人間に言う言葉ではないな」

 

 ベッド近くに鎮座するローテーブルへ彼女がトレイを置き、二つ分のグラスに氷を放り込んだ。酒瓶の封が切られ、彼女が好む銘柄のそれよりも濃い酒精の香りが漂った。

 

「…ここだけの話…生まれる時代を間違えた気もする」

 

 それはさぞかし()()()()だろう。堪らずロザンナは苦笑いを浮かべながらグラスの片割れをムーアへ手渡す。

 

 乾杯の言葉は互いになく、軽くグラス同士を合わせて浮かべられた氷とガラスの軽やかな音が響いた。

 

 飲み慣れた味を確かめながらムーアがベッドの端に腰掛けると、続けてロザンナが彼の隣へ腰を下ろす。

 

 その拍子に長い脚が動いた。履いていた靴を脱ぎ捨て、纏ったナイトガウンの裾の中から覗いた脚は──素足ではない。

 

 デニール──繊維の太さを表す単位だが、その数値が低く、かなり薄手なのもあるだろうが素足が透けて見える黒いストッキングを履いているようだ。

 

 薄手のストッキングに包まれた脚が組まれ、豊かな胸の谷間が覗くナイトガウンの襟元。

 

 目の保養には充分すぎるだろう。

 

「──例えば?」

 

「…そうだな…大概の人間が俺は狂ってる、狂人だ、なんだと言う辺りだろうか?」

 

「ふぅん」

 

 ロザンナが薄い薔薇色の瞳を横目に向け、彼を伺う。

 

 彼女も情報収集の過程で()は聞いていた。

 

 ラプチャーと戦える人間が存在する、と。

 

 尾鰭が付いた与太話の類、と最初は一蹴した記憶こそあるが──暇潰しに詳細を調べさせたところ、どうやら事実であると判明し、内心では驚いた記憶が蘇る。

 

 中央政府が遂にニケではなく、諸々の組み換え──特に遺伝子や肉体の構造を人工的に変化させた正真正銘の()()()でも誕生させたのだろうか、とすら感じた程だ。

 

 ところがその()()()は──随分と男前である。彼女の肥えた眼からしても充分すぎる程に。

 

「──怪我も多い、って聞いたケド?」

 

「…まぁ、そうだな。右脚と左腕、そして右眼は義肢と義眼だ」

 

「それはそれは…」

 

 一見するだけでは分からぬだろう。アウターリムでも義足、義手の人間はそれなりに存在する。しかし医療設備が乏しい環境では入手できるそれらは粗末な能動義手の類ばかりだ。

 

 筋電の義肢、或いはニケの四肢部品(パーツ)も運が良ければ手に入るのだろうが、高値で取引される為か普及はしていない。

 

 尚、後者の場合は拒絶反応の可能性もあり、手に入っても使えないこともそれなりに存在するのだが。

 

 カラン、と浮かべた氷が揺らされるグラスに当たり、軽やかな音がムーアの手元から響いた。

 

「それはそうと──何か用か?寝酒に誘ってくれるのは嬉しいが…」

 

 濃い茶色の瞳が真意を問う形に細められる。それが横合いから向けられるとロザンナは笑みを浮かべた。

 

「ん〜?ミスターは良い歳した大人の男女が、()()()()()()()()()()()で酒を飲むだけで終わりだと思ってるの?」

 

「いいや。まさか」

 

 そこまで純粋な訳ではない。ロザンナが浮かべる笑みが深くなったかと思えば──細い片手がムーアが握るグラスをそっと奪い取った。

 

 彼女は自身のグラスを傾け、酒の味わいを確かめながら腰を上げ、ローテーブルへ向かう。その机上にあるトレイへ二人分のグラスを置くと、ロザンナはムーアの目と鼻の先へ戻って来る。

 

「あたしとミスター。相性は良いと思わない?」

 

「…そうか?……キミがそう思うならそうなんだろうが……」

 

 まだ出会って半日も経っていない。相性の良し悪しを決めるには早計すぎるだろうと彼は考えるのだが──おもむろにロザンナの片手が自身の腰へ伸びる。

 

 これ見よがしにナイトガウンのベルトが解かれ、続けて滑らかな肌を伝い、そして重力に従って薄手の生地が床へ滑り落ちた。

 

「──どう?自信はあるんだケド?」

 

「──俺も綺麗だと思うが?」

 

 わざわざ確認する必要はないだろう。

 

 長身に手脚も長い白い肢体を包むのは黒く最低限の布地──ランジェリーだ。

 

 その方面の知識に疎いムーアは、同じ意匠が揃ったランジェリーを目の当たりにして真っ先に浮かんだのは綺麗という形容、そして、高価なのだろう、という感想だった。

 

 身に纏うランジェリーは揃って生地が薄いのだろう。ロザンナの肌が透けて見えるのが何よりの証拠だ。

 

 彼女の白い肌に黒は良く映える。

 

 レースで編まれた花のデザインを観察すると──彼はおもむろにロザンナの腰より少し上、右の脇腹に彫られた刺青(タトゥー)へ右手を伸ばす。

 

「──…んっ…」

 

 彼の指先が刺青を優しくなぞった拍子に彼女の唇から鼻にかかったような甘く、切なく、そして物欲しげな声が小さく漏れ出た。

 

「…薔薇が好きなのか?」

 

「…どう思う?」

 

「…質問に質問で返すのはやめて欲しいんだが…」

 

 溜め息を吐き出した彼を自然と見下ろす形になったロザンナは再び笑みを浮かべると──触れる場所が違う、と言わんばかりにムーアが刺青をなぞる右手をそっと掴む。

 

 向かわせたのはランジェリーに覆われた豊かな胸だ。

 

 柔らかく、そして張りのある胸へ導いた彼の大きな手を宛てがわせる。肌に沈む手の平や指先から伝わる人肌の体温が心地良い。

 

「──…はぁ…あったかい…ミスターの手…」

 

 吐息は熱を孕み、薄い薔薇色の瞳もトロンと濡れる。

 

「…男女の相性を良く知りたいなら、手っ取り早い方法だと思わない?」

 

「…一般論からすると性急すぎる、とは言っておく」

 

「お気に召さない?あたし(ニケ)と寝るのは?」

 

「そういう訳じゃないが……俺はシャイなんだ。()()()()()()()()()()()が個人的には好みだな。──勿論、キミのような美人と寝るのは男冥利に尽きる、とは思うが」

 

 それならば──とロザンナは目を細めた。

 

 ガーターベルトに吊るされた薄いストッキングで包む長い脚の片方の膝を折り、ベッドの端に腰掛けているムーアの脚の付け根の隙間へ割り入れ──少しだけ強く押し付ける。

 

 刺激が加えられ、思わずムーアの眉間に皺が寄る。決して不快な刺激ではないのだが反応に困るそれでもあった。

 

 ロザンナの上体が傾き、自然と彼の手の平が豊かな胸へ沈み込む。

 

「──あたしは、ミスターと()()()()()()()()の。ダメ?」

 

 ニケとはいえ、ここまでしている女に恥を掻かせるのは如何なものか。

 

 決して彼は潔癖症の類ではない。とはいえ、倫理や道徳といったモラルに無関心という訳でもない。

 

 一瞬だけ──本当に珍しい上に、明日はアーク中へ槍の雨が降り注ぐのではないか。

 

 一瞬だけでも彼の理性が揺れ動きかけた時だ。廊下で慌ただしい足音が響いたのだ。

 

 咄嗟に彼はロザンナを押し遣り、サイドテーブルに手を伸ばす。拳銃を掴み取り、彼女を背中へ隠しながら安全装置を外した矢先──

 

「──弟!!飲み比べだ!!これで俺が勝ったら素直に弟になれ!!

 

 ──扉が乱暴に開け放たれる。

 

 酒瓶を握ったモランが立っていた。

 

「………テメェ…こら……良くも邪魔してくれたな……!!」

 

 ムーアの背後で重々しい声音が漏れ聞こえる。

 

 今度は彼を押し退けたロザンナが前へ進み出た。

 

「ロ、ロザンナ!?お、お前…そんな格好で何して…!?」

 

「見れば分かんだろうが…!テメェ、ふざけんじゃねぇぞ…!」

 

 折角の雰囲気を台無しにしてくれやがって──おそらくロザンナの心中を占めるのはモランへ対する殺意じみた感情だろう。

 

「──ミスター。拳銃貸して。1発で済むから」

 

「……アークで製造された銃ではないからキミでも使えるだろうが……」

 

 彼へ振り返らないままロザンナが手の平を向ける。早く拳銃を渡すように促す様子にムーアは肩を竦めた。

 

 確かに彼が握る拳銃はアークで製造された代物ではない。製造されたのは遥か昔──おそらくは第1次ラプチャー侵攻の頃だ。指紋認証の機能はなく、極端な言い方をすれば誰でも使える。

 

 とはいえ、ニケ同士がドンパチをするのを見過ごす訳にもいかず、安全装置が掛けられた拳銃はサイドテーブル上のホルスターに納められた。

 

 ほぼ一方的に──背丈に拳一つ分の差がある為か、ロザンナがモランを見下ろしつつ睨み付ける。

 

 確かに邪魔をしたのは悪いとはモランも思うが、これに関しては完全な事故である。

 

 なんとか宥めようとする寸前、不意討ち気味に室内へ低く抑えられた苦笑の笑い声が響く。

 

「……少し危なかった、かもしれん。感謝する──()()

 

「お、おう。気にすんな──ちょっと待った!!お前、今なんて…!?も、もう一回!もう一回言ってみてくれ!!」

 

「……その内にでも」

 

 それまでに呼び方を決めておこう、と彼は考えつつ煙草を銜えてオイルライターの火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……早く帰りたいってのに………」

 

 翌日、クリーニングが終わったジャケットやベスト、スラックスを纏ったムーアはヘッドニアの集会所を後にした。

 

 これでマスタングからのMISSIONとやらは全て達成された。前哨基地への道すがら、アークに立ち寄って愛煙の銘柄を買い込もうと予定を組みつつ歩いていた矢先──ジャケットの内ポケットに収めていた携帯端末がバイブレーションを起こしたのだ。

 

 誰からの着信か、と訝しみながら指紋認証でロックを解除し、液晶画面に映る新着のメッセージの差出人を確かめる。それはアンダーソンからだった。

 

 マスタングから聞いたのだろう。偽造、或いは新しく作られてしまった戸籍の件を知っていた。これについては不問とするらしいが──その代わりにいくつか仕事を頼みたいとメッセージには綴られている。

 

 それが達成されれば、戸籍の件は不問に加え、追認するとか。

 

 ──決して彼が自ら望んだ訳ではないのだが、お構いなしらしい。

 

 これだから宮仕えは、とムーアが溜め息を深く吐き出した矢先のこと。

 

「──ダーリン、元気だった?」

 

 ねっとりと、甘ったるさすら感じられる声が掛けられた。

 

 




あのムーア少佐を一瞬でも()()()にさせたロザンナ。いや、戦闘力(色気)は凄まじいので仕方ないのです。しかもあんな格好で、むしろ一瞬だけなムーア少佐の方がおかしい、のか…?

それはそれとして…モランの呼び方…何が良いのでしょうね。姉上、姉貴、姉さん?
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