勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
そしてサブあられ様、男前のムーアのイラストを頂きまして真にありがとうございます。改めまして御礼を申し上げさせて頂きます。
前哨基地の一画──射撃場では朝から盛んに銃声が響いていた。
各射座で突撃銃や短機関銃、機関銃と言った火器を構えて前方へ鎮座する標的に向けて引き金を引き、次から次に弾薬を撃ち込んでいるのはいずれもニケ達だ。
軍事訓練を受けている彼女達も練度を保つ為に日頃のトレーニングは必要不可欠である。
身体が鈍れば、勘も鈍くなる。自身が握る火器の使用に支障を来せば彼女達は戦闘の最中に驚くほど
「──撃ち終わり!」
「──薬室。…良し!」
明日に警衛隊司令上番が決まっているというのに仕事熱心だ。量産型ニケの一体であるイーグルは射撃訓練の指揮官として彼女達の、そして何より手にしている火器の安全管理に注意を払っていた。
今の所は問題もなく訓練は消化されている。射群があと二順すれば──とイーグルが考えていた矢先だ。
「──イーグル」
「──あぁ、ネオンさん。アニスさんもどうしました?」
射撃場に姿を見せたのはネオンとアニス──イーグルを始めとした量産型ニケ達と同じく前哨基地に所属し、ムーアの指揮下にある2名だ。
はて、カウンターズも今日は射撃訓練の予定が入っていただろうか。
宿舎の壁掛けのホワイトボード──誰の趣味なのか、前哨基地へ異動した当時から存在するこの時代に珍しい壁掛けのそれに手書きで綴られた各部隊、各部署の予定をイーグルは思い出す。
カウンターズ、特殊別働隊の面々は戦力回復期間という名の休暇を与えられていた筈だ、と思い出した時、ネオンが申し訳なさそうにイーグルへ口を開いた。
「あの…イーグル。すみませんが…アニスに空いている射座を貸してくれませんか?」
「…それは…まぁ構いませんが…」
頼み込まれる内容に彼女は頷くも疑問を隠せない。アニスがそこまで訓練に熱心な性格には思えなかったのが理由のひとつだ。
そしてもうひとつの理由は──
「…あの…
アニスが使用するのはテトラ製の擲弾発射器だ。それが何処にも見受けられず、代わりに彼女は指紋認証が解除されている訓練用の突撃銃をスリングベルトで肩から吊るしている。武器庫から持ち出したのだろうか。
「……なに?私だってたまには気分転換したいのよ」
ついでに機嫌が悪そうだった。それこそ格別に。
刺すような視線を向けられたイーグルは続けてアニスの頭頂部へ目を移す。
彼女のいくつもあるチャームポイントのひとつだろう頭頂部から伸びる細い一束の浮き毛。理由は定かではないが、先程からピクピクと痙攣をしているのだ。
空いている射座──射撃場の端のそれを発見したアニスが不機嫌な様子を隠そうともせず、携えた突撃銃と共に向かう後ろ姿をイーグルが見送っていると傍らへネオンが移動し、こっそりと耳打ちする。
「──実は昨日からアニスの機嫌が悪くて…」
「──
とはいえ愛用する火器ではなく、突撃銃を使う理由は全く分からない。どういう風の吹き回しか、とイーグルは考えてしまう。
「──ネオン!早く来なさいよ!」
射座へ入ったアニスが弾倉へ銃弾をガチャガチャと詰め込みつつネオンを呼び付ける。それに応じて彼女はイーグルへ頭を下げると急ぎ足で射座に向かう。
「…大丈夫、だよね…?」
適性が高く、手に馴染む火器が擲弾発射器というだけで他の火器が使えないという訳はない。ニケである以上は一通りの火器を取り扱う訓練は受けている。
銃口をあらぬ方向へ向け、弾をばら撒くようなことはあるまい。
なによりネオンが傍らに控えているのだ。まぁ彼女も火力の信奉者なので時折、暴走しがちだが──などとイーグルが考えたのも束の間だ。
槓桿を引く鋭い金属音。
そして続いたのは、けたたましい連射の銃声。
「………うわぁ……」
「……標的が……」
思わずそれぞれの射座で射撃をしていた量産型ニケ達が引き金へ掛ける指を離してしまう。とはいえ、しっかりと安全装置を掛けるのは流石だろう。
射撃場の端の射座へ入ったアニスが構えた突撃銃の引き金を引きっぱなしのままだ。排莢された薬莢が次々と落下し、撃ち出された弾頭は100m先に鎮座する鉄板で作られた標的を
「…あのニケ誑し…!」
「もう少し間隔を空けないと精度は良くなりませんよ!」
「うるさい!ネオン、弾!弾、詰めなさい!早く!」
瞬く間に弾倉一本を撃ち切った彼女が傍らへ控えるネオンへ催促し、抜き取った空弾倉と銃弾が詰め込まれた弾倉を交換して受け取るや否や、再装填を済ませ、再び発砲した。
──何故か悪寒がする。
空調が効いた映画館の中だというのに不思議である。
ペアシートに腰掛け、長い脚を組むムーアは肘掛けを支えに頬杖を突きつつ暗転した館内のスクリーンで上映中のメロドラマを流し見していた。その理由は興味がほとんどないから、であろう点は疑いようがない。
しかしペアシートに隣り合って腰掛ける人影──バイパーは真逆の反応を見せていた。
スクリーン上で展開される青臭い──もとい、青春の恋愛模様へ釘付けとなったままだ。
それを横目に捉えつつ彼は購入した炭酸飲料をストローで音を立てず吸い上げた。
スクリーン上の恋愛模様、そして映画もいよいよ終盤だ。
配給元はテトララインだったろうか、などと考える程度には余裕がある彼の鼓膜を震わせた隣からの鼻を啜る微かな音。
再び視線を向けると、涙ぐんで──いるのだろうか。バイパーの目尻に水滴が溜まっている。
そこまで感動する
生憎と彼は感情が波打たず──なんなら凪の様子であったが、バイパーはその限りではなかったのだろう。
スラックスのポケットに片手を滑り込ませたムーアがクリーニングされた群青色のハンカチを取り出し、それを傍らへ無造作に差し出した。
頬杖を突きながら差し出されたハンカチ。それが視界の隅へ映り込んだバイパーは生地と彼の横顔へ交互に視線を向ける。
やがて細く整った形の指先が揃えられ、差し出されたハンカチを受け取ると目尻へ溜まった水滴を拭い取っていった。
「──あっ…ごめんね、ダーリン。ハンカチ…皺だらけにしちゃった…」
「…別に構わん。女性──しかも飛び切りの美人の涙を拭けたならそいつも本望だろう」
「……口説いてる?」
「……いや?何故だ?」
上映が終わり、館内に照明が戻る。
貸されていたハンカチはバイパーが握り締めていたせいですっかり皺だらけだ。群青色のそれをどうするべきか、と悩む姿を見せるバイパーへ彼は肩を竦めつつ片手を差し出す。
皺だらけに加え、涙を吸って僅かに湿った生地だ。そのまま返すのは──と彼女は考えるが、彼は気にしないと言いたいのか、ハンカチを受け取ると軽く折り畳んでからスラックスのポケットに仕舞い込んだ。
互いに席を立ち、緩やかな階段を降り始める。
飲食した容器をゴミ箱へ捨て、映画館を後にすれば、頭上には仮初の青空が広がっていた。左手首の内側に来るよう巻かれた腕時計をムーアが一瞥すると、まだ正午を過ぎたばかりである。
「…何か食べるか?」
「ダーリンもお腹空いたの?私もちょうど何か食べたいと思ってたの♡」
背広姿の青年──果たして実年齢通りの見た目をしているかはさておき、その左腕へ細い両腕を絡み付けつつ豊かな胸元を押し付けて来る少し大人びた容姿の少女。
なるべく人目につきたくない、と彼は脳裏に思い浮かべながら以前の記憶を辿る。具体的に言えば、指揮官室のソファに腰掛け、炭酸水片手に芸能雑誌や女性向けだろうその他諸々の雑誌を読むアニスの手元だ。
──確かこの近くに特集されていたデートスポットがあったような…。
最近の若いカップル向けの特集が組まれた雑誌の1ページを彼は思い出す。
やたらとアニスが羨望の口調でデートスポットについて語っていたが、その時、ムーアは自身の突撃銃の整備を終え、
ムーアに命じられた面倒臭い仕事、或いは任務。協力する代わりにバイパーが申し出たのは自身との
ニケフィリアが集うクラブ、その店を取り仕切るオーナーと彼女は知り合いだと言うが連絡を取るのは久々らしく、バイパー曰く「プレッシャーがある上にタダでは働きたくない」のだとか。
故に手伝う代わりにムーアとのデートを所望すると彼女は語ったが──まずそもそもとしてムーアが
もしくは知らないであろう彼を見越して使用人や小間使いとして侍らせながら
真実は彼女にしか分からないが──意外や意外である。
「──ふふっ」
「…どうした?」
「ううん。なんでもないよ♡」
ジャケットに包まれた左腕へ細い両腕が絡まり、密着されながら歩調を合わせて進むのは苦労だろう。特にムーアのように長身かつ大柄、歩幅も普段は広い人間であれば尚更だ。
意外にも彼は女性のエスコートには慣れている──ようにも彼女は感じた。
しっかりと歩幅を合わせ、自然とバイパーが車道側を歩かないよう誘導している。
試しに豊かな胸元を強く押し付けてみるも彼は無反応だ。これがアウターリムであったなら、男達は鼻の下を伸ばすか、股座をいきり立たせているだろうことは疑いようがない。
実に紳士的な態度なのは間違いない。ただし──彼の左脇へ
面白い玩具──とバイパーは考えながら上目遣いで頭ひとつ分は高い位置にある彼の横顔を仰ぐ。
眉間に深い縦皺が刻まれているのはこのデートが不快という理由からではない。その証拠に濃い茶色の瞳が間断なく左右へ向けられている姿をバイパーは認める。
さながら注意を払っているような様子だ。
「…どうしたのダーリン?」
「…いや、なんでもない」
若者達に人気のデートスポット──ロイヤルロードにあるレストランの席へ腰掛け、食事を始めてもムーアは眉間へ皺を刻んだままである。
そして当然のように視線は対面へ腰掛けるバイパーではなく、忙しなく左右へ向けられていた。
「…ダーリン?大丈夫?体調が悪いなら…」
ナイフやフォークを置き、口元をナプキンで拭うバイパーが無理をする必要はないと言い掛けた矢先。
彼女から声を掛けられたことを察知したからかムーアの視線がバイパーの正面へ戻って来た。
「──あぁ、悪い。つい、な…」
「…
どういう意味か。小首を傾げるバイパーが問う。
答える義理はないのだろうが──察しの良い彼女のことだ。いずれバレるのが関の山だろう。
それに思い至るとムーアはグラスを掴み、注がれた水を一口傾け、唇を湿らせた。
「…最近分かったことなんだが、どうも人混みが苦手らしい。つい、すれ違う人間を警戒してしまう。
デートには不向きの性格と癖を持っている、と暗に告白された気分ですらある。
バイパーは戦闘には不向きだ。おそらく正面から、そして万全のコンディションであるムーアと戦えば難なく圧倒されることすらも彼女は自覚している。
彼がその気になれば腕を振り払うことも容易いだろう。
その不快感とも言うべき衝動へ僅かなりとも耐えながらデートに付き合ってくれている。
一種の優越感がバイパーに芽生えるのは言うまでもなかった。
「──ありがとう。ダーリンは本当に優しいね♡」
「…そうか?単に飛び切りの美人とのデートを役得で楽しんでいるだけかもしれんぞ」
「…口説いてる?」
「……いいや。何故だ?」
心底不思議そうに、彼が再び首を捻る。
その姿にバイパーは邪気や毒気が抜ける感覚を久しぶりに抱き、思わず口元を隠しながらクスクスと笑い声を漏らしてしまった。