勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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仕事が…繁忙期は終わったと思ったのに…


第10話〜中編~

 

 

「──楽しかったか?」

 

「──うん、とっても♡」

 

 アーク市内での()()()を一頻り済ませたムーアやバイパーが自動音声の警告を発するアウターリムへ続くゲートが開くと、腕を組んだまま足を踏み入れる。

 

「…なら良かった」

 

 上機嫌な様子のバイパーだが、彼は酷く疲れたのか声に張りがない。

 

 デート、とやらがこれほど気を遣う行為だとは知らなかったのだろう。尤も一般論で言うところの()()は和気藹々と互いの親交や理解を深め合うものであって、気を張って周囲を警戒しつつエスコートすることはないのだが。

 

 並び立って歩くこと10分ほど経った頃、バイパーが一軒の酒場を指差した。

 

 ここに件の秘密クラブへ通ずる入口があるらしい。

 

「…表向きは普通の酒場だな。まぁ、カウンターの下に散弾銃でも隠しているんだろうが」

 

「そうだけど…ダーリン、来たことあったの?」

 

「…冗談で言ったつもりなんだが…」

 

 酒場のカウンターテーブル、そこのスツール席へ並んで腰掛けたムーアが軽口を漏らすがバイパーに首肯されてしまい、思わず溜め息を吐き出した。

 

 とはいえ酒場に来て何も注文しないのはマナー違反だ。

 

「…バイパーは…酒は飲めるのか?」

 

「え?うん」

 

「そうか。──WOLF KILLERをロック、チェイサーは要らない。それと…作れるようならホワイト・レディを彼女に」

 

 無愛想な表情のままグラスを磨いているマスターへ注文をすれば、意外にも頷かれた。

 

 視線の先で彼と彼女の為に作られる酒が手際良く仕上がる様子を認めつつムーアはソフトパックを取り出す。一本を銜え、オイルライターの火を点け、天井へ向かい紫煙を緩く吐き出した。

 

 すると然りげなく──という程でもないが、隣に腰掛けるバイパーは彼の眼前へ灰皿を差し出す。

 

「──ありがとう」

 

 ムーアが律儀に礼を告げて間もなく、二人の眼前へ色合いが異なる注文した酒が届けられた。

 

 透明なグラスに注がれた琥珀色の酒精の香りが濃いそれの中に氷が浮かぶ。吸いかけの煙草を灰皿へ置いたムーアがグラスを片手で掴み、一口を軽く含んだ隣でもバイパーがカクテルグラスを細い指先で摘む。

 

「なんでホワイト・レディなの?」

 

「…特に意味はないが…」

 

 このカクテルにした理由をバイパーは彼へ問う。しかしムーアも特段の理由はなく、ただの思い付きで注文したのだ。

 

 答えを求められても困る、と言いたげに彼は肩を竦めてみせた。

 

 苦手なカクテルではない。有り難く頂くことにした彼女も隣へ腰掛けるムーアに倣い、グラスの縁へ唇を寄せる。

 

「…うん。美味しい」

 

「好みに合って何よりだ」

 

 傍らで紫煙が香る。クロウの無煙煙草はさておき、無秩序に撒き散らされる副流煙の香りは──我慢出来ない程ではないが、かと言って許容出来るとも断言出来ないバイパーにしてみると不思議なことだ。

 

 以前も感じたが──この香りは何故か心地が良い。

 

 おもむろに身体を彼女が傾ける。軽い衝撃と共にバイパーの頭が彼の肩へ預けられた。

 

「…ダーリンはいつも()()()()()してるの?」

 

「…こんなこと?…あまり覚えはないな。こんな任務を付与されるのは」

 

 ──そういう意味じゃないんだけどなぁ…。

 

 バイパーが問うたのは、普段から女性やニケを侍らせて、彼女達が喜ぶだろう言動をしているのか、というそれだ。

 

 しかしこれではっきりとした。彼は無自覚な天性の誑しである。非常に始末が悪い類の人種だ。

 

 右手に摘まれた煙草が灰皿の縁へ軽く叩き付けられる様子を眺めるバイパーは何気なく片手を彼の手の甲に向かわせ、そっと重ねてみた。

 

「──ダーリンの手…大きいね」

 

「そうか?」

 

 節榑立っているのは手入れを怠っている証拠だろう。翻って重ねられたバイパーの手は念入りに手入れをしているからか滑らかな触り心地をしている。

 

「…キミの手は随分と小さいな。それに綺麗だ」

 

「…気に入らない?」

 

「いいや?身体の手入れは必要だからな。入念にしているのは好感が持てる」

 

 ──それは女性として見た場合なのか、或いは引き金に指を掛けるニケとして見た場合なのか。

 

 どちらとも取れる彼の言葉の真意は──この際、置いておこうとバイパーは決めた。いちいち気にしていたらこちらの身が持たないから──という本音に彼女自身も気付かぬまま。

 

「…ラプチャーと戦うだけでも忙しいのに、ニケも助けないとならないなんて…でもダーリン的には願ったり、なのかな?」

 

「……さてな」

 

 肩へ頭を預けつつバイパーが彼のみに届く声量で尋ねる。その返答にムーアは一拍の間を要した。

 

 カラン、と氷がグラスに触れる軽やかな音が鳴る。頭を肩へ擦り付け、そっと彼女がムーアの横顔を見上げる。

 

 ──整った顔立ち、だと彼女は素直に感じた。眉間へ常に皺が寄っているのは少し頂けないが、それも()()()()を構成するひとつに違いない。

 

「…これは見せないでおこうかと思ったけど…」

 

 その魅力に免じて、そして昼間のデートの対価の一部としてバイパーは携帯端末を取り出す。認証を済ませ、ロックを解除。

 

 細い指先が画面をタップ、スクロールし──やがて液晶画面に映し出された内容を傍らのムーアへ見せた。

 

「………クラブの中で()()()()()か?」

 

「うん、そう。──このクラブの支配人は重度のニケフィリアなんだって」

 

「…いっそ()()()()()()を書いた方が早いだろう」

 

 利用料金の項目を細い指先がタップする。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()──その他諸々の羅列が視界に入った彼の眉間へ深い縦皺が刻まれた。

 

「…この分だと、その支配人が個人的に使()()ニケも相当数買い付けているんだろうな」

 

「そう」

 

 察しが良くて助かる。携帯端末を仕舞った彼女がもう一度、彼の横顔を伺った。──眉間の縦皺は取れそうにない。

 

「──あ、ダーリン、時間だよ」

 

 クラブの入口が隠された非常口の誘導灯が点灯している。

 

 時間である。──名残惜しく彼女が頭を預けていた肩から身を離すと、彼はグラスを掴んで酒精の濃い酒を一気に呷った。吸いかけの煙草を灰皿に押し潰すのも忘れてはならない。合皮の財布を取り出し、席代と酒代の紙幣を纏めて机上へ置く。

 

 席から腰を上げ、着衣を正し、ネクタイの位置を調整しながらムーアはバイパーと非常口の閉ざされた扉の前へ立った。

 

「ねぇ、ダーリン。どうするの?」

 

「どう、とは?」

 

 扉の向こうには店を守る守衛役(ガード)がいる。身分証を提示しなければ、店内へ入り込むことは難しい。

 

「…偽造の身分証は?」

 

「持ってると思うか?」

 

 正式に中央政府から発行されたそれしか彼は所持していない。それでも問題ないのだが──仮に照会がなされた場合、()()()()事態に陥るだろう。

 

 それを危惧するバイパーへ彼は軽く肩を竦めてみせた。

 

「──問題ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だから問題ない、と言っただろう?」

 

「──あぁ…うん…まぁ…ダーリンならそうだよね…」

 

 筋骨隆々だろう肉体をスーツに隠した守衛が喉を抑え、膝を屈しつつ苦しげな喘ぎを漏らす様子を見下ろしながら彼は悠々と拳銃を取り出すと銃口へ円筒の消音器を取り付ける。

 

 ネジ切りされた銃口部分へピッタリと噛み合う消音器を捩じり、やがて取り付けが終わった。

 

 拳を打ち込まれ、喉が潰れてしまった守衛は呼吸困難に見舞われ、身動きが取れない。苦しさの余り、涙目になる守衛が彼を見上げた直後──膝蹴りが鼻を潰しながら脳を容赦なく揺さぶった。

 

「これで店に入れるな」

 

「…あ、うん」

 

 ()()()()()の類はバイパーも慣れてはいるが、こんにちは、或いはこんばんは等の挨拶代わりに声を出せないよう喉を潰してしまう真似をするとは思わなかったのだろう。やや呆然としていた。

 

 通路へ仰向けに転がった守衛は──死んではいないだろう。おそらくは。ただし顔面に膝蹴りが衝突した瞬間、顔面骨骨折ぐらいは発生している可能性は高かった。

 

「…ダーリンって…割りと過激?」

 

「さぁな…過激かどうかは見方による」

 

 拳銃を左脇に吊るしたホルスターへ納め、上着でしっかり隠匿する。

 

 入ってきたばかりの非常口──それを施錠し、続けて誘導灯を点灯させているのだろうスイッチを切った。これで外からは誰も入って来れない。

 

 通路に転がった守衛を跨ぎながら進み始めた彼に続き──バイパーは脇へ寄りつつ通り抜けた。

 

 そしてムーアの隣に辿り着くや否や、彼の太い左腕が彼女の細く括れた腰へ絡み付き、力強く抱き寄せられる。

 

「──ッ!…もう…乱暴…」

 

「…優しくして欲しかったのか?それは済まない」

 

「それはそうだけど…」

 

 突然のことに戸惑ったのは確かだが──このクラブへ入る以上、ニケを()()として扱う指揮官になった演技をして貰う必要があったのだ。

 

 果たして演技とはいえ、状況に応じて振る舞えるかの疑問は解消された形だが──バイパーの率直な感想としては、()()()()と言えた。

 

 さながら所有物となった気分だが、不思議と悪くはない。

 

 ならば自身も相応の態度になろう、と思い至ったのだろう。

 

 バイパーが媚びるように身を寄せ、頭を肩へ預けながら彼の歩幅に合わせて進む。

 

 入り組んだ通路を進む最中──慌ただしい足音が駆け寄って来る響きを二人は捉えた。

 

「…見付かったか?」

 

「……ごめん、ダーリン。忘れてた。──監視カメラがあるの。入口に」

 

「……それはもっと早く言ってくれ」

 

 堂々と店内に入ろうとしていたが、計画は頓挫した。元々、計画と御大層に言えるものでもなかったが。

 

 足音からして──おそらく3名だ。ガチャガチャと鳴っているのは武装している証拠だろう。自動小銃の可能性が高い。

 

 彼女の細い腰に絡めていた左腕を解くと、ムーアは左脇へ吊ったホルスターから拳銃を抜き取る。

 

 軽くスライドを引き、通路を照らす仄かな照明を頼りに薬室へ初弾が装填されていると認めた。

 

 ここで彼は普段とは異なる構え方をする。

 

 利き手である右手側──右脚を引きつつ、拳銃の握把を両手の親指同士を密着させながら握り込んだ。

 

 両肘を約90度に広げ、生身の左眼で照星と照門を覗く独特の構え方は──Center Axis Relock(センター・アクシズ・リロック)。通称はC.A.R.システムとも呼ばれる技術だ。

 

 壁に寄った彼が足音を立てず、通路の曲がり角へ歩み寄る。

 

 尚も駆け寄って来る慌ただしい足音と、自動小銃のガチャガチャと鳴る騒々しい物音は間近まで迫っていた。

 

 この構え方の最も顕著な特徴として挙げられるのは──()()()()()()()()()()()である、という点だろう。

 

 ──曲がり角から人影が飛び出した途端、引き金が引かれる。

 

 銃声は低く抑えられているが、通路に反響してしまう。

 

 しかし人影の側頭部──耳から脳を撃ち抜く点に於いて問題は皆無だ。

 

 先頭を駆けていた黒服姿の男が自動小銃を握ったまま事切れた。さながら操り人形の糸が切れた如く崩れ落ちた。

 

 動揺の気配を背後から続いていただろう者達の息遣いから察し、ムーアが姿勢を低くしながら飛び出す。

 

 薄暗がりの中で即応が間に合わなかったのだろう。彼へ自動小銃の銃口を向けるまでに一拍以上の時間を要した男の腹部に1発目が叩き込まれた。続けて2発目の.45ACP弾が肝臓を撃ち抜く。

 

 腹腔内出血が起き、出血性ショックの症状もたちまち現れるだろうが──生憎とそこまで待っている訳もない。

 

 腹部をくの字に曲げた男の眉間を3発目が撃ち抜いた。

 

 比較的、至近距離から撃ち込まれた弾頭が男の頭蓋骨と脳を破壊し、それが射出口から飛び出した結果、しこたま骨の破片や脳漿を浴びる形となった三人目の男が怯む。

 

 視界の隅に()()()()()()()()()を捉える。それが男にとって最後にこの世で見た光景である。

 

 ゴキリ、と鈍い音は頸骨と頚椎が砕けたそれだ。たちまち首から下が動かなくなった途端、耳元で重低音の抑えられた銃声が響いた。

 

 しっかりとトドメまで差したムーアは拳銃を構え直すと再び通路を進み始める。

 

「──やっぱり過激…」

 

 たちまち屍が量産された通路に広がる血溜まり。

 

 それを踏まないよう飛び越えたバイパーは肩を竦めてみせた。

 

 




白兵戦に躊躇がないムーアなので、C.A.Rシステムとは相性が良さそうです。
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