勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第11話

 

 

 事の始まりはアンダーソンへ支配人の逮捕、ニケフィリアクラブの摘発を完了した為、()()()()の人員の派遣を要請した瞬間だろう。

 

〈──私は捜査の上で逮捕と摘発をしろ、と命じた筈なのだが…〉

 

「──はい。その通りに伺いました」

 

〈──良かった。てっきり言い忘れていたのかと不安になったところだ。()()()()()()()、などは命じていなかったと私は記憶していたからな〉

 

 携帯端末越しにアンダーソンの盛大な溜め息が聞こえた。夜更けに叩き起こされ不機嫌だろうとも、或いは未だに残業中であろうともムーアとしては関係ない。任務を付与した側は時間を問わず、報告を聞き届ける義務があるのだ。

 

「──抵抗を受けましたので致し方なく応戦したに過ぎません。悪しからずに願います」

 

〈…ムーア少佐のことだから、自分から火蓋を切ったように私は考えてしまうがね〉

 

「…御冗談を」

 

 ──まさか見られていたのではあるまいな。

 

 携帯端末を片耳へ宛てがいつつ、思わずムーアは左右へ視線を向けてしまう。

 

「…それはそれとして閣下。送信したファイルの件ですが…」

 

〈あぁ。ざっとだが読ませて貰った。これだけの情報を何処で?〉

 

「…()()()からの情報提供です」

 

〈…なるほど。了解した〉

 

 バイパーから送られたファイルの中身は他に存在し、現在進行系で営業を続けているニケフィリアクラブ関連の情報である。

 

 丁寧に所在や支配人、従業員の個人にも踏み込んだ情報が詰め込まれていた。

 

 お陰で摘発に拍車が掛かる筈だ。

 

 とはいえムーアは()()()の名まで教えるつもりはないのだろう。特殊別働隊という一種の独立した作戦行動が黙認されている部隊を率いる指揮官たる彼がそう判断したのならば──深くは追及はしまい、とアンダーソンは返す言葉の中へその意を滲ませる。

 

「…クラブの従業員や客も念の為に拘束しておりますが…応援の到着はいつ頃でしょうか?」

 

〈そう遅くはない。…30分程だろう。それまで楽にしていると良い〉

 

「御安心下さい。──既にゆっくりと待たせて頂いております」

 

 左耳へ携帯端末を宛てがいつつ、ムーアはボックス席で長い脚を組み直しながら煙草を銜えるとオイルライターの火を点けて紫煙を燻らせる。

 

 その席には三大企業が製造した量産型ニケ達──それぞれの企業の特徴が良く出ている彼女達が1名ずつ同席していた。

 

 彼が煙草を銜えて火を点けるや否や、隣に腰を下ろすI-DOLL・サンタイプの量産型ニケが机上へ灰皿を差し出す。

 

「──あぁ、ありがとう。失礼。美しい()()()()()からの饗応を受けておりまして」

 

〈…()()…〉

 

 おそらく──いや、確実に何名かのニケ達を侍らせているな、とアンダーソンは電話口の向こうの光景がありありと脳裏へ浮かぶ思いだ。

 

〈…男前の特権を如何なく発揮しているようで羨ましい限りだ。役得だな〉

 

「…閣下ほどでは…」

 

 良い歳の取り方をした外見に加え、生来の精悍な顔立ちや体脂肪率を低く抑えた体形を維持している中年の美丈夫(イケオジ)が言って良い言葉ではないだろう。

 

「…それはそれとして…逮捕した者達は如何します?」

 

 今度は対面に腰掛けたミシリスの量産型ニケ──プロダクト12がグラスに氷を詰め、水を注いだそれをコースターへ載せてムーアに差し出す。もてなしへ感謝するかの如く、彼は目礼を送る。

 

 真正面から精悍な顔立ちの青年が向ける濃い茶色の眼差しが直撃したからか──色素の薄い頬に微かな赤が差し、彼女は思わず視線を逸らしてしまう。

 

「なにぶん、手錠の持ち合わせがなかったので──彼等のベルトを使って拘束しておりますが…」

 

〈──どうせ猿轡もしているんだろう?先程から()()が聞こえないからな〉

 

 ムーアの直属の上官だけあって彼が()()()()()()()を良く分かっているらしい。アンダーソンが予想を口にすると、彼は煙草を指の間へ挟んだまま掴むグラスの縁へ口付け、唇を湿らせる程度に傾けた。

 

「──防音対策が完璧な個室へ全員、缶詰にしております。お陰様で快適に過ごしておりますので応援の到着が少し遅れても構いません」

 

〈いや、それは彼等に申し訳ない。折角の()()()()()()を利用するまたとない機会だからな。早めに到着するよう連絡しておこう〉

 

「それは残念です。──あぁ、それと付随してなのですが…彼女達の処遇は?」

 

 エリシオンの量産型ニケ──ソルジャーO.W.の彼女が皿に載ったチーズパーフェクトの盛り合わせを彼へ身を乗り出しつつ差し出す。

 

 電話口の向こう──おそらくは高官であろう人物へ問い掛けた言葉が聴覚センサーを擽ったのだろう。バイザーがない為、童顔の特徴が一目瞭然となる彼女の顔へ緊張が走った。

 

〈──送ってくれた各個体の製造番号を私の方で調べてみたが…既に廃棄処分となっている、とデータ上には出ている〉

 

 つまり彼女達は既に存在しない──幽霊(ゴースト)の類となんら大差ない状態だ。

 

 だからこそこの手の店で働かせ、利用するには好都合だとも言えるが、どれほど取り繕っても奴隷だろう。

 

 NIMPH(ナノマシン)がある以上、彼女達は程度の差こそあれ、基本的には人間へ危害を加えられない。容姿端麗であり、命令や指示に従うとなれば──これほど適材となる存在は中々見付けられない。

 

 思わず彼の眉間へ不快感も合わさって更に深々と縦皺が刻まれるのも無理からぬことだ。

 

〈──まぁ情報を書き換えて健在へ戻すことは難しくはないのだが、問題としては…所属をどうするかだ〉

 

「ニケ管理部の所属とするのは当然として…何処の分隊や部署へ配置するかですな」

 

 中々に難しい問題、と彼は紫煙を溜め息と共に吐き出す。しっかりと彼女達が腰掛ける位置とは異なる向きへ吐き出しているのは愛煙家としての最低限のマナーだろうか。

 

 これも程度の差になるが、多かれ少なかれ、彼女達は人間へ対しての忌避感や嫌悪感を抱いている筈だ。

 

 そのような量産型ニケを現状のまま既存、或いは新規で編制する分隊等へ配置するとしても禍根は残って然るべきだ。

 

 指揮官となる人物の言動如何によっては──刺激してしまい、()()()()さえ発生しかねない。

 

 さて、どうするべきか──と、ムーアが再び溜め息を吐き出し、煙草を灰皿へ押し潰すとグラスを掴んで良く冷えた水を何口か嚥下する。

 

〈──私としては簡単な解決策をひとつ提案したいのだが…〉

 

「…記憶消去以外の解決策であればお聞きしましょう」

 

〈──言質を取ったぞ?〉

 

 ついこの前も要らぬ一言で自身の首を締めたばかり──それを学習していなかったと言えばそれまでだが、アンダーソンはやはり直属の上官として、自身の部下の思考回路を良く理解していたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──とまぁ、以上が前哨基地への増員が決まった切っ掛けだな」

 

「──ごめん。指揮官様。ちょっと待ってくれる?」

 

 数日間も世話になったテトラ印のスーツから普段着扱いとなりつつある戦闘服のパンツに黒い半袖のシャツ、そしてタンカラーのブーツで固めたムーアが前哨基地は司令部庁舎の指揮官室で事の顛末を掻い摘んで説明した途端だ。

 

 その隣へ腰掛ける亜麻色の髪をボブカットにした彼女──アニスが頭痛を耐えるかの如く、自身の頭を両手で押さえてしまう。

 

「…説明が分かり難かったか?なら最初から──」

 

「──違う。むしろ丁寧かつ簡潔な説明に私は指揮官様を尊敬しちゃう」

 

「そうか?アニスに誉められると無性に嬉しいぞ」

 

「ごめん。誉めてる訳じゃないから」

 

「………それは残念だ」

 

 言葉の通り、彼は残念という表情を顔へ貼り付けたまま愛煙のGODDESS(煙草)を銜え、オイルライターの火を点ける。

 

 朝から前哨基地は忙しなかった。基地要員達に加え、ラピやアニス、ネオンも含めて新しく配置となる量産型ニケ達の受け入れ準備が大急ぎで始まったのだから無理もない。

 

 宿舎の空部屋に需品倉庫から持ち出した最低限の電化製品等を居室に運び、レイアウトを整えて行ったのだが、時刻が10時を回った頃、ムーアが12名の量産型ニケを連れて前哨基地へ戻って来てしまった。

 

 まだ受け入れ準備が終わってない為、アークで時間を潰して来い──等とは言える訳もなく、同じく需品倉庫から搬出した日用品の類を量産型ニケ達へ配布しつつ空部屋のレイアウトを整える作業を同時並行で進めるしかない。

 

 慌ただしさが増した気もするが、それはそれとして彼はアニスに司令部庁舎の指揮官室へ連行されてしまった。

 

 アニスが無言でムーアの腕を掴み、ズンズンと歩いた末に辿り着いた指揮官室へ入室しての第一声は──

 

 

 ──じゃあ説明して貰おうじゃない。なんで()()()()()になったのか。詳しく。

 

 

 静かだが、有無を言わせない彼女の雰囲気はタイラント級──は無理かもしれないが、ロード級までならば裸足で逃げ出すだろう程であった。

 

 しかし説明しようにも──特にバイパーとの()()()を説明へ混ぜるのは危険であろうと彼も分別は付いた。

 

 以前の因縁を彼女、或いは彼女達が消化しているか否かは定かではない。いや、むしろ思うところがあって然るべきだろう。

 

 だからこそ隠す──のもどうかと思うが、隠していた事実が発覚した際は自身が軽蔑されるだけである、とムーアは自己へ対しての援護を脳裏に浮かべ、バイパーに関する一連の出来事は可能な限り、秘密としてアニスへ説明を行った。

 

 協力者となったアウターリム在住の女性と見返りに憧れだったアーク市内の散策とデートをした、と大嘘をかましたのだ。

 

 良くも悪くも表情筋が豊かではなくて幸運であっただろう。その点についてアニスは彼の言い分を信じたのである。

 

 アニスが無意識に、彼が自分達へ嘘を付く筈がない、というそれも抱いていたから──と言ってしまえばそれまでなのだろうが。

 

「──撃ち合った?ニケフィリアクラブで?」

 

「…あぁ。全員、制圧したが…それがどうした?」

 

 彼の()()を一言一句逃すことなく聞き届けた彼女だが、目下の疑問は摘発の為に踏み込んだニケフィリアクラブで銃撃戦へ発展したことだ。

 

 ──何やってるの指揮官様。

 

 思わずアニスは大きな溜め息を吐き出す。

 

 一昨日にマスタングからの呼び出しに応じて出掛けた筈が、何故、どのような経緯があって──いや、それも説明は受けたが、どうすれば銃撃戦へ巻き込まれるのだろうか。

 

 勿論、彼の戦闘能力や技術について疑う余地はない。間違いなく並の人間は戦闘という行為に於いてはムーアの足下にも及ばない。

 

 しかし、だ。

 

「……何かあったらどうするの?」

 

「…これでも勝算が無いまま撃ち合った訳じゃないんだが…」

 

「武器は拳銃一挺なのに?」

 

「…アイスピックも使ったぞ?」

 

 どのように使用したのかは聞くまい。唯一の生体である脳が締め付けられる予感がしてならなかった。

 

「…もう済んじゃったことだから仕方ないけどね。指揮官様は私達(ニケ)とは違うんだから。不死身でもなければ、手足が生えて来る訳でもないんだからね」

 

「あぁ、それは理解している。俺の命は一回こっきりだ」

 

 本当に理解しているのだろうか──とアニスから疑いの眼差しが強くなるが、彼は肩を軽く竦めると火を点けたばかりの煙草を吸い込み、緩く紫煙を燻らせる。

 

「…でも…まぁ…うん。指揮官様らしいのかな、って思っちゃう」

 

 半ば諦めの境地に達してしまったのか、アニスは緩々と左右へ軽く頭を振り、手元に握ったままだったテトララインが新発売したばかりの炭酸水の350ml缶をやっと開封する。プルタブを起こし、炭酸の気が抜ける音を響かせた。

 

「──困ってる人をほっとけない、っていうのは…優しい指揮官様らしいよ」

 

「……優しいか?」

 

 そうだろうか、と彼は首を傾げつつ銜えた煙草を右手の指の間へ挟みながら不可視の疑問符を浮かべてしまう。

 

「うん。でも…程度は考えてね?指揮官様にだって出来ないことがあるんだから」

 

「…むしろ出来ないことだらけだろう」

 

 無能──ではないとムーアも自己判断ぐらいは出来るが、決して有能ではないとも理解している。むしろ()()()であろうか。

 

「それが分かってるなら良し。…じゃあ、指揮官様は少し休んで。疲れてるでしょ?」

 

「…そこまでではないぞ?」

 

 アウターリムでも体力回復の為に休息は取っていた──と口にしようとする寸前、腰を浮かせたアニスが彼の眼前へ指を突き付ける。

 

「良いから休む!そもそも指揮官様は働き過ぎなの!上官が働き過ぎだと、部下の私達も気軽に休めないんだから!」

 

「…気を遣う必要はないんだが…」

 

「良いから──休 み な さ い」

 

 今度は目と鼻の先に整った顔立ちが迫る。猫のような丸い瞳が大きく映り込む──有無を言わせぬ雰囲気を再び味わった。

 

 とはいえ、まずは拳銃だけでも分解と整備を済ませたいとムーアは要望する。昨夜の戦闘で使用した為、しっかりと整備をしておきたいのだとか。

 

 仕方ない、とアニスは不承不承と頷く。

 

「──ただし。私が戻って来るまで寝てなかったら、聞きたくもない小言をもう一回だからね」

 

「…努力はする」

 

 是非ともそうして欲しい。

 

 アニスが指揮官室を立ち去る──おそらくは配置となったばかりの量産型ニケ達の受け入れ作業に参加するのだろう。

 

 人手は多いに越したことはない。予想を脳裏へ浮かべつつムーアは煙草を灰皿へ押し潰すと拳銃の整備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

「──失礼します指揮官。──どうかなさいましたか?お加減でも?」

 

「……寝る努力をしてる」

 

 受け入れ作業が概ね完了した──その旨を報告する為、ラピが指揮官室の前へ立って入室の是非を問う。

 

 すると「…………入れ」と、やけに長い沈黙の後に低い声が入室の許可を出した。

 

 入室した彼女がまず目にしたのは、応接用のソファへ寝そべるムーアの姿だ。

 

 ソファの肘掛けへ脚を組んだ膝を乗せ、そのまま仰向けに寝転がっている。片腕で目元を隠しているのはアイマスクの代わりだろう。

 

 ローテーブルの机上──おそらく整備を終えていると見える45口径の拳銃の横には銃を整備する用品やオイルが整頓された格好で放置されたままだ。

 

「…眠る行為とは努力してするものなのですか?」

 

「……生憎と昼寝の習慣がないからな。……こんな格好で悪いが報告を聞かせてくれ」

 

 口元のみが垣間見える。それが動き、ラピに報告を促すと彼女は彼へ正対しながら前哨基地へ配置となった12名の量産型ニケ達の受け入れ作業が概ね完了したと簡潔に報せる。

 

「──尚、需品倉庫から搬出した電化製品がいくつかは経年劣化で使用が難しく、暫くは他の要員(スタッフ)が所持していた電化製品を使用する運びになりました」

 

「…了解。申請を出しておこう。後で必要な物をリストアップしてくれ」

 

「宜しくお願いします。──こちらになります」

 

 ムーアに歩み寄ったラピが小脇に抱えたタブレットのロックを解除した後、彼へ差し出した。

 

 用意が良いことだ。仕事が早い。ムーアは目元を隠していた右腕で差し出されたタブレットを受け取ると、液晶画面に表示された必要物品のリストの確認を始める。

 

「…安く済むよう手配せんとな」

 

「はい。人員が増えたのは喜ばしいですが、12名も一気に受け入れましたので…」

 

 今後は諸々の費用が嵩む、とラピが暗に告げた。それへムーアも同意するのか微かな首肯の仕草を見せ──続けて目頭を逆の指先で揉んだ。

 

「…お疲れのようですね」

 

「…いや、少し目が霞んだだけだ」

 

 そうだろうか。腕を伸ばせば、彼の生身の右手を掴める。コンディションチェックを久しぶりに実施しようかとラピは一瞬考えたが──どうせムーアのことだ。強情な彼は疲労を感じていても素直に申告はすまい。

 

 長い付き合いとなったラピは自身の指揮官へ対して小さな呆れの溜め息を零し、おもむろに彼が寝転がるソファへ腰を下ろした。

 

「──失礼します」

 

 タブレットをそっと奪い、端末を机上へ置いたラピが両手で彼の後頭部を掬い上げ──自身の太腿へ乗せる。

 

「…そのままお休みになりますと、首を痛めますから」

 

「……悪い。ありがとう」

 

「…いえ…」

 

 ラピは手袋を脱いだ。少し逆立っている黒髪に混ざる目立ち始めた白髪。遠目には灰色に近くなった頭を細い右手で軽く撫で、逆の手で彼の目元を覆う。

 

「…そのまま力を抜いて下さい。深呼吸を繰り返して…」

 

「……眠り方ぐらいは知ってるよ」

 

 寝かし付けは必要ないと言いたげに彼の喉の奥から微かな笑い声が漏れる。しかし抵抗する素振りはなく、大人しく彼女の脚を枕に──やがて全身の力を抜いてみせる。

 

 彼の寝付きは良い方だ。たちまち意識が遠退き、規則的な浅い呼吸が繰り返される。

 

 浅くでも眠ったことを認めたラピ自身も少しだけ強張っていた全身から力を抜き、リラックスした格好のまま彼の頭を静かに撫でて安眠を促した。

 

「……お邪魔しまーす。ラピ、指揮官様は──」

 

 数十分経った頃、指揮官室の扉が開き、そっと顔を覗かせたアニスが問い掛ける。

 

 するとラピは自身の唇へ人差し指を当て、静かに、と伝えるジェスチャーを送った。

 

 ジェスチャーを正しく受け取ったアニスが首肯しつつ入室すると、その後ろからネオンが続く。

 

 忍び足の如く、足音を立てないよう移動した彼女達がムーアの顔を覗き込んだ。

 

「お、ちゃんと休んでるね。──寝顔は…可愛いんだけどなぁ…」

 

「──え?何処が?」

 

 可愛い、という形容が彼に似合うとは思えない弟子が首を傾げてしまう。

 

 それを聞いたアニスが、やれやれ、と言わんばかりに頭を何度か左右へ振ってみせた。

 

「──ほら、眉間の皺が薄くなってるじゃない」

 

「──…そうですか?」

 

 アニスが指摘するも、比較的の話だ。普段と判別が付かないネオンは大きく首を傾げつつ両腕を組んで考え込んだ。

 

「…二人共、静かにして。指揮官が起きて──」

 

「あ、私が出ますね」

 

 溜め息混じりにラピが二人を窘め、注意を促そうとした時、指揮官室へ備え付けられた電話が鳴り響いた。

 

 途端、それまで閉じられていたムーアの双眸が開き、上体が起き上がる。

 

「…すっかり寝てたな」

 

「…もう少しお休みになっても宜しいのですが…」

 

「いや、充分だ」

 

 鳴り響く電話へ足早に歩み寄ったネオンが受話器を拾い上げ、耳へ宛てがいつつのやり取りを続けているが──段々と困惑を隠せないのか眉間が寄り始めた。

 

「…あの、師匠。警衛隊からの連絡なんですけど…師匠の()()()()とその()()()()()()がいらっしゃったとか」

 

「──え!?指揮官様の!?マジで!?やば…ちょ、ちょっと化粧(メイク)してくる!!」

 

「──指揮官の…?」

 

 慌ただしく指揮官室を飛び出したアニスの背中を寝起きもあってピントが微妙に合っていない瞳で捉えながらムーアは軽く欠伸を漏らした。

 

「…綺麗な顔なのに、化粧する必要はあるのか…?」

 

「…というか師匠。お姉さんって…?」

 

 彼なりの誉め言葉であり、尚且つ称賛なのだろうが、それは本人の前で言えば喜ばれるだろう。

 

 それはそれとして──ネオンが電話を保留にしながら問い掛けるとムーアは首を傾げてみせた。

 

「…姉…覚えはない──いや、済まん。覚えはあった」

 

「え!?じゃあ、本当に師匠の!?」

 

 彼が()()について語らない為、ムーアの生い立ちは彼女達の中で謎として膨らんでいた。

 

 図らずも一端が垣間見える可能性が高くなり、ネオンが興味津々と尋ねるが──ムーアは横たわっていたソファから立ち上がると肩を竦める。

 

「…尤も、血の繋がりはないがな」

 

 漏らされた一言に今度はラピとネオンまで首を傾げてしまった。




次回、修羅場
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