勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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果たしてこれは修羅場なのか…?(おいこら


第12話

 

 

「──許可が出ました。御手数ですがこちらをお願いします」

 

 前哨基地の一画──エレベーター搭乗口の付近に警衛所が置かれている。本日、警衛隊司令に上番した量産型ニケの1名は早速の仕事に追われていた。

 

 前哨基地司令官であるムーアへの面会希望する()()に通過を許可するか否かの確認作業、そして通行許可証の交付である。

 

 無事に電話で確認を終えれば首から下げる通行許可証の交付だ。1名につき1枚のそれが交付され、乗用車の助手席側の窓から顔を覗かせる代表者たる()()()を名乗る者に許可証が纏めて手渡された。

 

「お帰りの際にこちらへ御返却をお願いします」

 

「応、分かった。急に押し掛けたってのに悪ぃな」

 

「いえ、お気になさらないで下さい。これも仕事ですから。──拒馬、上げて」

 

 司令部庁舎に向かう道路を封鎖している黒と黄で塗装された拒馬の側へ立つ量産型ニケに彼女は指示を出した。

 

 拒馬が斜め上に上がり、通行が可能となる。

 

 運転席には──車内へ腰掛ける複数名の顔を確認したが、唯一の男性がステアリングを握っていた。

 

 その男性がエンジンをふかし、乗用車がゆっくりと前進を始める。

 

 通過の際、量産型ニケは挙手敬礼を以って彼女達を見送り、やがて右腕を下ろすと首を傾げた。

 

「…指揮官にお姉さんがいたんだ…」

 

「…知ってた?」

 

「ううん。初耳」

 

「綺麗だったね」

 

「けど、ちょっと豪快な人だったかも」

 

「指揮官も小さい頃、あのお姉さんに可愛がられたのかな?」

 

「…指揮官の小さい頃…ちょっと想像できないかな」

 

 彼女達を乗せた乗用車が遠ざかると警衛所は途端に(かしま)しくなる。

 

 司令官であるムーア──便宜上、彼女達にとっても指揮官である彼の生い立ちは謎のままだったのだ。付き合いが長く、行動を共にする頻度も多いカウンターズ(特殊別働隊)の面々でさえも知らないとくれば量産型ニケの彼女達も程度の差こそあれ、興味関心を抱いていても不思議ではない。

 

 興味は尽きないが、まずは警衛(仕事)に集中しようと司令へ上番した彼女は意識を切り替え、巡察の準備を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

「──弟…困るぜ。俺のシマで()()()()やるなら先に一言ぐらい言ってもらわないと」

 

「──抗議やクレームなら俺の上官に言ってくれると有り難いんだが…というか、そんな話の為にわざわざ前哨基地(ここ)まで来たのか?」

 

「──これも一応は体裁の為です。それにムーア君が私達へ伺いを立てることなくアンダーワールドクイーンの縄張りで大捕物に至ったのは事実ですから」

 

 指揮官室の応接用のソファ──普段はアニスやネオンが我が物顔で腰掛けるそこには二人の姿がある。

 

 ラピが配膳したコーヒーに手を付けた後、苦言を呈するのは牡丹会を束ねる大侠客であるモランだ。

 

 その苦言を受け取ったムーアは眉間へ縦皺を刻みつつマグカップを片手に脚を組んでみせた。抗議は理解するが、それを処理するのは自身の上官であろうと返せば──彼女の横へ腰掛ける清明会当主たるサクラが裏社会の道理を滲ませる意を加えつつ彼を窘める。

 

 そういうモノなのだろうか──と彼はコーヒーが淹れられたマグカップを机上へ置き、続けて戦闘服のパンツのポケットから取り出したソフトパックを軽く振る。

 

 飛び出した煙草の一本を銜えた矢先、隣からターボライターが差し出された。それが握られた細い腕には薔薇の刺青(タトゥー)が刻まれている。

 

「──ありがとう、ロザンナ。で、キミは何の用事だ?」

 

 細い手へ握られたライターを包むように彼の大きな片手が翳される。裏社会でも武闘派として名を轟かせるヘッドニアのボス、ロザンナが微笑を浮かべつつボタンを押し込んだ。

 

「──あたしはミスターに用事がないと来ちゃいけない?」

 

「…そんなことはないが…そっちも忙しいだろう」

 

「ミスターの為ならいくらでも時間ぐらい作るケド?」

 

 それは光栄──と返しそうになったムーアへ突き刺さる視線を感じ、彼はその軽口を閉ざそうと努力した。

 

 噴き上がった青い火で炙られた煙草から紫煙を燻らせ、悠然と脚を組み直す彼の背後には──ムーアが指揮を執るカウンターズの面々が控えていた。

 

 特にアニスから刺すような視線が後頭部へ向けられている。なんとも言えない視線である。表現するなら──ジットリとした湿気すら感じられる視線だ。

 

 何も悪いことはしていないというのに信頼する部下の一人、それも付き合いが長くなった彼女からそのような視線を向けられているとムーアでさえも居心地が悪い。

 

「──まぁ強いて言うなら…これの為かな?」

 

 白く毛足の長いファーを肩へ掛けたロザンナが纏うジャケットのポケットを漁り、やがて取り出したのは一瓶の香水だ。

 

「…俺には合わないだろう?」

 

「そう?ならちょっと試そっか」

 

 物は試し、と彼女は左隣へ腰掛ける彼の右腕を掴んだ。

 

 煙草を唇の端へ銜え、ロザンナに右腕を大人しく差し出した彼の手首を目掛け、彼女はキャップを外した香水をワンプッシュ分、吹き掛けた。

 

 細かいミストが手首──脈打つ箇所へ拭き掛かる。

 

 空中にも微かに散布された影響か、紫煙に混ざり、特徴的な香水の香り──麝香(ムスク)系のそれが微かに指揮官室へ広がった。

 

「……趣味が良いな。好みの匂いだ」

 

「良かった。落ち着いた雰囲気のミスターに合うと思ったけど……困ったな」

 

「……困った?」

 

「そんなにセクシーな香りを振り撒いたら、アーク中の女の子がミスターの周りに集まっちゃうかもね」

 

 ──そんなの無くても指揮官様は魅力的だけどね!!

 

 刺すような視線が更に強く感じられた彼は、どうも背後を振り向くのが怖くなる。具体的にはアニスの顔を見るのがだ。

 

「……ところで…指揮官。アンダーワールドクイーンとお知り合いだったのですか?」

 

 控えていたラピが彼へ尋ねると、ムーアは香水を吹き掛けられたばかりの右手で煙草を挟み、唇から取り除きつつ紫煙を吐き出したかと思えば小さく頷いた。

 

「あぁ。といっても知り合ったのはつい最近だ。マスタング社長の遣いでアウターリムに行った時に知り合った。──ロザンナ、アンナの件は?」

 

「大丈夫。ちゃんと埋葬したから」

 

「…そうか。感謝する」

 

 彼が頭を下げるとロザンナは肩を竦めてみせた。律儀なことだ、と言わんばかりに微かな苦笑いも浮かべ、細長い葉巻──愛煙する銘柄のシガリロを銜え、ターボライターで先端を炙る。

 

 ──悔しいけど、本当に趣味が良い。

 

 嗅ぎ慣れない類の香りの紫煙だが、悪くはないそれが漂うとアニスは眉根を寄せ、苛立たしげにムーアの後頭部を見下ろした。

 

 馴れ馴れしく隣へ腰掛けているのに咎めない──のはこの際、多目に見よう。

 

 前哨基地へ初めて来た筈だというのに勝手知ったるなんとやら、の雰囲気を醸し出しているロザンナに思う所はある上、やたら距離が近いように感じられる──我慢をするのは相当の努力が必要だ。

 

「…礼はいずれさせて貰う」

 

「そう?なら──予約しておこうかな?ミスターと1日を過ごす権利。デートだけじゃなくて、それ以上のことも含めて、だけど」

 

「おい、ロザンナ…」

 

 一応、そして念の為にモランがカップを摘みながらロザンナの言動を窘める。

 

 彼の右腕へ片腕を絡めながらジャケットに形成された豊かな谷間が垣間見える胸元を押し付ける彼女へ後ろを見るようモランは言外に促す。

 

 ロザンナの背後では──普段は可愛らしい猫のような丸い瞳だというのに、今ばかりは釣り上がった瞳でロザンナを射抜かんばかりに視線を向けているアニスの姿があるのだ。

 

「良い歳の男女が、食事やショッピングだけでデートを済ませると思う?あたしもミスターもそこまで純粋じゃないケド?」

 

「…いや、まぁ…確かに純粋には程遠い人間だが…」

 

 そこまで爛れてもいない──と返したくなるが、その寸前に再び向けられたのだろうアニスの刺すような視線を後頭部に受け、彼は口を噤んだ。

 

「………指揮官。……指揮官の…その……()()()()()()()()について兎や角言う権利は私にはありませんが…節度を…」

 

「──ラピ、安心してくれ。俺はそこまで交友関係が広くなければ深くもない」

 

「…なら、良かったです…」

 

「…あのぅ…そういえば気になっていたんですけど…モラン、さん?と師匠のご関係は…?」

 

「モランで良いぜ」

 

 侠客らしい、と表現すれば良いのだろうか。気風の良さを感じさせる言動のままモランは呼び捨てで構わない旨を伝えると摘んでいたカップを机上のソーサーへ置いた。

 

「──ショウ(こいつ)は俺の弟だ」

 

「…えっと…弟、というのは…血の繋がりがある関係でしょうか?師匠からは、血の繋がりはない、と聞いたんですけど…」

 

「お嬢ちゃん。こいつの言ってる弟ってのは血縁関係のことじゃないよ」

 

()()、という意味です 勿論、Blood is thicker than water(血は水よりも濃い)という諺もありますが、裏社会では親族の血よりも濃い関係性がありますから」

 

 とどのつまりは赤の他人──ではある。なにより正式な姉弟の契りを結んだ訳でもなければ、彼は裏社会の人間ですらない。

 

 まぁ、纏う雰囲気は裏社会の中でも上位に位置する侠客や武侠さながら、ではあるのだが。

 

「そういうことさ。クルマで待ってるジンも俺の弟分だしな」

 

「……弟が一杯いそうですね」

 

「そうなんだよ。どいつもこいつもやんちゃでな。しかもお姉様の言うことを聞きやしねぇ」

 

 インテリ、を自称する部下兼弟分の彼も指揮官室へ同行するようモランは促したが、待機すると言って動かなかった程だ。

 

 遅れてきた反抗期なのだろうか、とモランは訝しみつつ再びコーヒーを啜った。

 

「…でもミスターが弟分ってのも変な話じゃない?牡丹会だったら…()()とか呼ばれてそうな人だしね」

 

「…もう既に兄貴と呼ばれている相手はいるんだが…」

 

 彼の脳内に浮かんだのは前哨基地にある喫茶店で店番を時々している黒髪、童顔、小柄なニケの姿だった。

 

 不意に咳払いが響く。それを発したのはサクラだ。

 

「──話が逸れましたが…兎に角、ムーア君。今後、アウターリムで何かしらの()()()()()を起こす際は事前に連絡を下さい。ロザンナやモラン、私にでも構いませんから」 

 

「…アンダーワールドクイーンの御手を煩わせるのは少しばかり心苦しいが…」

 

「…それほど殊勝な性格の持ち主なのですか?」

 

 呆れた様子でサクラが嘆息をしてみせると、彼は逆に軽く肩を竦める。

 

「…裏社会には裏社会の道理があるのです。アウターリムにムーア君が今後も関わり合いになるというなら、是非とも弁えて欲しいのです。貴方の身の安全の為にも」

 

「……理解した。重々、気を付けよう」

 

「結構です。──私も一服失礼しても宜しいですか?」

 

 構わない、と部屋の主が頷きを返す。一礼を済ませたサクラが喫煙道具を取り出し、煙管に刻み煙草を詰め始めた時、ムーアの右腕に絡めたロザンナの左手の拘束が強くなる。同時に柔らかくも張りのある胸元へ右腕が深く沈み込んだ。

 

「思ってたより、ミスターの部屋って居心地が良いね。なんだか帰るのが嫌になっちゃいそう。一泊させて貰おうかなぁ」

 

「…それは構わないんだが……あぁ、いや、無理か。宿舎の方は今日で満員になってしまったから──」

 

「──なら、指揮官室(ここ)に泊まらせて貰おうかな。良いでしょ、ミスター?それに──()()()()()()もしたいし」

 

 この前、と口にしたロザンナがモランへ横目を向ける。邪魔をされた先日の夜の一件を示唆しているのは明白であった。

 

「な、なんだよ!俺が悪いってのか!?だ、だいたいお姉様の許しもなく、弟の貞操奪うなんて俺が許可しねぇ!」

 

「──て、()()!?ちょっと指揮官様、ナニしようとしてたの!?」

 

 貞操なんて大層なモノがあると思うな──とモランへ返そうとする寸暇すら与えられなかった。

 

 背後から響いたのはアニスの叫びである。

 

 ここまで我慢していたが、最早限界だったのだろう。ソファへ腰掛けるムーアへ歩み寄り、彼の貞操を奪おうとしていたロザンナから引き離そうと彼女がムーアの首を抱いた。

 

 途端に豊かな──という形容すら足りない胸の谷間へ後頭部が埋まった格好のままムーアはロザンナから引き離される。右腕に絡まった細い手からも抜け出た拍子に彼はアニスが火傷しないよう吸いかけの煙草を腕だけ伸ばして灰皿に押し潰す。

 

「──ちょっと。マナーがなってないんじゃない?あたしとミスターの話の邪魔をするなんてね」

 

「──なんとでも言いなさいよ!!私は指揮官様のニケなんだから、指揮官様を守らなきゃならないの!!」

 

「…アニス…首…絞まってる…」

 

「──我慢して!!」

 

 息苦しいというのに無体なことだ。アニスの細い腕は彼の頸動脈と気管へ()()()食い込むばかりか絞め上げているのである。

 

 意識が遠退く程ではないにせよ、やはり心地が良いとは世辞にも言えない状況だ。

 

「──ミスターも大変だね。こんな乱暴な部下を持って…私なら甘やかしてあげるのに。昼もそうだけど、夜はベッドの上で一杯甘やかしてあげられるのに」

 

「──何言ってんのよ!指揮官様が大人しく甘やかされる訳ないじゃない!()()()()()()で逆にこっちが泣かされるに決まってるわ!!」

 

「──へぇ?ミスターってそんな立派なモノを……」

 

 舌なめずりをしたロザンナが躙り寄り、背後から拘束され、身動きが思うように取れないムーアの下腹部へ熱っぽい視線を向けて来る。

 

 確かに()()()()()()も裸足で逃げるだろうそれだが、念の為に言うとアニスが目撃したのは()()()のサイズなのだ。これが臨戦態勢へ移行した場合、どれほどになるのかは──この場の誰も分からない筈だ。

 

「──ちょっと!指揮官様をそんな目で見ないでよ!イヤらしいわね!!」

 

「──セクシーな人を()()()()で見ないのは逆に失礼じゃない?特にミスターは、ね」

 

 主導権(イニシアティブ)を取られるのは──あまり趣味とは言えないが、彼に取られて、組み敷かれるのは不思議と嫌ではない。むしろ興奮して受け入れてしまうだろう。

 

 果たして身体の相性の方は良いのか悪いのか──ロザンナとしては気になって仕方ない。

 

「──もう用は済んだんでしょ!?なら、早くアウターリムに帰りなさいよ!!」

 

「──あたし達はお客様(ゲスト)なんだケド?用が済んだから帰れ、なんて…」

 

「──お、おいおい。喧嘩はやめろって…」

 

 腰を上げたモランがアニスとロザンナの両名を諌めようと動き出す中、拘束されたままのムーアが視界の隅に入ったラピへ濃い茶色の瞳を向ける。

 

 ──助けてくれ。

 

 ──………知りません。

 

 優秀な部下であり、信頼する分隊のリーダーは素っ気なくそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かい日差し。見渡す限りの青々とした草原。

 

 勿忘草色の瞳を細めた金色の聖女は踝ほどの高さまで生え揃った草原を歩き続ける。

 

 やがて──視線の先に彼女の金髪にも負けない色を持つ果実が鈴生りと実る枝葉の樹木を捉える。

 

 その太い幹の根元に立つ人影──果たして何年、何十年ぶりに認めたのだろうか。見慣れた後ろ姿だが、最後に見たのはいつのことであったのか。金色の聖女も長い年月を生きてしまい、直近1年間と第1次侵攻当時の記憶しか有していないのもあるだろうが、随分と久しい後ろ姿に感じられた。

 

「──久しぶりですね、ラプンツェル」

 

「──はい、お久しぶりです」

 

 振り返ることもなく彼女が応えた。

 

「…何年ぶり、でしょうか?」

 

「…さぁ?私もラプンツェルと最後に会ったのがいつだったかは…」

 

 かつての友人、戦友、仲間、そして()()()()()()。彼女との思い出は色褪せてはいないが、明確に残る記憶の中で生きている姿は──とても辛そうだ、とラプンツェルは考えながら隣へ並び立った。

 

「…()()()もリンゴが好きでしたね」

 

「──そうですね。覚えていますか?ラプンツェル、貴女が彼に注意したことがあったでしょう?その食べ方はやめろ、って」

 

「…えぇ、はい。そうでしたね。スノーホワイトが真似するから、と」

 

 皮を剥き、芯や種を切り取って食べれば良かろうに──()()()は丸ごとをバリバリと咀嚼していたのだ。

 

 当然、可食部とは言い難い芯や種まで頑丈な顎と歯を使って噛み砕いて。

 

 兄貴分がそうだったのもあってか、妹分まで──そのように食べるのが当たり前、と勘違いして食べそうになった時は慌てて止めたモノだ。

 

「…結局、最後まであの食べ方は変わりませんでしたが…」

 

「…ふふっ…」

 

 柔らかい赤紫色──撫子色の髪を持った彼女も思い出したのだろう。柔らかい微笑を溢しながら片腕を持ち上げ、丸々と生った金色のリンゴを一玉、もぎ取った。

 

 遺伝子組み換えによって()()()()それを白く細長い指先が撫で、やがて小さな溜め息を漏らす。

 

「…あの人はなんと言うでしょうか。遺伝子を組み換える、という行為に…」

 

「…何も言わないと思います。ただ…そうですね…こうは言うかもしれません」

 

 記憶に残る()の落ち着いた低い声音──それを思い出した金色の聖女が咳払いし、声真似のまま口にする。

 

 ──()()()()()()()()()()、とは言うかもしれません。

 

 金色の聖女は努力して声真似をしてみせたが、やはり声質が正反対だ。どうにも微妙な真似に終わってしまったが──あの性格では言いそうだ、と彼女も感じたのだろう。

 

 思わず──そして久しぶりに邪気のない笑みが溢れた。

 

 釣られて金色の聖女も微かな笑い声が漏れ出てしまう。

 

「…そうそう。あの人──()()()に良く似た人と出逢いました」

 

「…良く似た…?」

 

「はい。とても良く似ていました。…話し方や煙草の吸い方──そして、()()()も」

 

 勿忘草色の瞳を細めながら金色の聖女が、ここへ来た目的──本題を口にすると、傍らに立つフリルが目立つ白いドレスを纏う彼女が横目を向けた。

 

「…それは…まさか…」

 

「…おそらく…いえ、別人だとは思います。そうであって欲しいです」

 

「…そうですか」

 

「…はい。そうでなければ……悲しすぎますから」

 

 穏やかな風が吹き抜ける。

 

 頭上の梢、枝葉が擦れ合う音を奏でる中、金色の聖女が向き直る。

 

「…近々、その方と彼が率いている分隊がこちらへいらっしゃると思います」

 

「…目的は?」

 

「──アンチェインド」

 

「……なるほど」

 

 わざわざアークの──あの洞穴の中で暮らしている者達が足を運ぶ理由が分からなかったが、合点が行ったのか彼女は小さな頷きをみせた。

 

「…とても優秀な指揮官であるようです。ニケ達との関係も良好に見えました。きっと沢山の任務を成功に導いたのだと思います。……()()()と同じように」

 

「…それで、あの人に似ている、という人間の名前は?」

 

「……ショウ・ムーア、です」

 

「……なら違いますね。きっと子孫でもないでしょう。姓が違いますから」

 

「…えぇ…はい…」

 

 血縁関係の可能性は拭えないが──と金色の聖女が口にするのを躊躇うも彼女は断言する。

 

 あまり長居するのも申し訳ない。聖女は小さく一礼を彼女へ向けると、踵を返した。

 

「──ラプンツェル」

 

 ふと背中へ投げ掛けられた声。振り向くと眼前に迫る金色の果実がある。

 

 慌てて両手で受け止めたそれは彼女が投げて寄越したのだろう。

 

「──道中、召し上がって下さい。お気を付けて」

 

「──ありがとうございます。()()()()

 

 餞別、とはまた違うのだろう。彼女が投げて寄越した金色のリンゴを受け取った聖女は再び歩み出した。

 

 行儀は悪いが──と、歩きながら形の良い唇へ果実を近付ける。

 

 歯を立て、カリッ、と一口。

 

「……美味しい」

 

 行儀の悪い食べ方──ではあるのだが思いの外、悪くはない。

 

 だから彼も──こうして食べていたのだろうか。

 

「……いえ、きっとただの面倒臭がりからでしょうね」

 

 身の回りのことについては面倒臭がりの面があった彼だ。特に食事は尚更。

 

 食べられればそれで良い──と身も蓋もない人間であったと思い出した金色の聖女は思わず微かな笑い声を漏らし、再び一口を齧った。

 

 




長い長い幕間が終わり……遂に突入します
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