勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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死の恐怖に侵されず人生を送れ

人の信仰を貶めるな

他人の考えを尊重し、自分の意見にも尊重を求める努力をせよ

長く生き、大切な人々に尽くせ

人生を愛し、満たすべく務めよ

自分の人生に関わる全てのものを祝福し、自らの周りを彩れ

全ての人へ尊敬を示し、卑屈にはなるな

見知らぬ人も含め、友達に会う際は丁寧な振る舞いや敬意の言葉を準備せよ
   
朝起きる時には、生きる喜びに感謝せよ

感謝をする理由が見つからないならば、自分自身の生き方に問題があるのだろう

誰も、何者も蔑んではならない

蔑みは賢者を愚者へ変貌させ、正しい物の見方を失う

臨終に際し、死への恐怖に心が囚われた者になるな

まだ時間が欲しい、違う人生を生きたい、と後悔し嘆く者になるな

賛歌を口ずさみ、英雄の帰還するが如く逝け


『ティカムサの詩』






第14章
第1話


 

 

 曇天の空──ついでに黒々とした厚い雲が接近している。この分だと1時間程度で雨雲が到達するだろう。嫌な出来事は重なってやってくるようだ。

 

「──指揮官様〜。デコイ撒き終わったよ〜」

 

「──ありがとうアニス。ネオンもありがとう。少し休憩してくれ」

 

「うん、分かった。──どんな感じ?」

 

「まぁ、なんとかなるだろう。シャフトも折れてないようだからな」

 

 運が悪いのは今更だが──まさか旧時代に埋設されていたのだろう地雷を踏んでしまうとは。

 

 倒壊しかけたビル群が連なる間へ縦横無尽に走る街路、そのヒビ割れた舗装道路の路肩には大きく傾いた武装車輌の姿がある。

 

 不幸にもフロントの左側のタイヤはお釈迦。地雷の炸裂と同時にホイール諸共、ズタボロと相成った次第だ。

 

 幸いなのは原因不明であるものの地雷が経年劣化もあるのか炸裂は小規模に留まった点、そして念の為にスペアのタイヤを何本か持って来た点だろうか。

 

 武装車輌の後部──普段とは異なり、牽引式のトレーラーが連結されている。長期間の作戦行動に備え、今回の任務から導入された代物だ。幌が掛けられ、全容は隠されているが積載されているのは主に弾薬や当面の食糧や飲用水、車輌用の燃料である。

 

 その中にもスペアタイヤが入り組まれており、ムーアは溜め息を吐き出しつつ幌を外すと、交換作業の準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 アーク──正確に言えば、前哨基地を発って既に3日目。

 

 彼や、彼が率いる分隊の目的地までの行程は間違いなく消化しているのだろう。それこそ順調に。

 

 とはいえだ。その途中で何度もラプチャーとの交戦が発生し、雨が降り始めた中、現在進行形で雨具であるポンチョを被りながらタイヤの交換作業をするのは中々に面倒臭い。

 

 想定よりも雨足が強くなっている。

 

「──指揮官様!早く入って!」

 

「──風邪引いちゃいますよ!」

 

「──指揮官。一旦、中断しましょう」

 

「──今、終わった。付き合わせて悪い」

 

 大振りの油圧ジャッキで車体を支えながらのタイヤ交換は終わった。シャフトに亀裂や断裂もなかったのは幸いである。クロスレンチや油圧ジャッキを脇へ抱えつつムーアと作業を手伝ったラピはトレーラーの横に張られたタープの中に駆け込んだ。

 

「念の為に持って来て良かったな」

 

「これもね。はい、コーヒー」

 

「どうぞ師匠、ラピ」

 

「ありがとう」

 

 張られたタープテント(天幕)へ雨が降り注ぐ音は止む気配がない。遠雷も響き始めた。どうやら雷雲まで発生しているようだ。

 

 ムーアやラピがタイヤの交換作業を行う間にアニスとネオンはトレーラーの横へタープテントを張り、その下で雨宿りしながら湯を沸かしていた。

 

 シングルバーナーでケトルの水が沸騰し、粉末のコーヒーが底へ溜まった簡素な造りのステンレスのマグカップへ湯を注いで溶かす。

 

 人数分のコーヒーをアニスが淹れ、ネオンが彼とラピへ手渡した。

 

「…暫く降るだろうな」

 

「少し休憩したら出発する?」

 

「雨足が強くなる可能性もあるわ。視界が悪い中で移動したら、ラプチャーの発見が遅れるかもしれない」

 

「…数時間は問題はないだろう。昼寝しても良し、静かに、自由に過ごしてくれ」

 

 雨足や雲の様子、周囲の状況を見ながら出発する旨をムーアが告げるとアニスやネオンは早速、防水に撥水加工がなされたシートをその場へ敷いて腰を下ろす。

 

「いつまで降るのかなぁ…」

 

「でもアークの雨とはやっぱり違いますね。なんというか()()って感じがします」

 

 それはどうなのだろうか。自らの弟子が漏らした雨に見舞われた感想が耳朶を打った彼は微かな苦笑を浮かべつつマグカップを傾けてコーヒーを飲み干した。

 

「──美味かった。ありがとう。…少し寝る。運転続きで疲れたからな」

 

「──おやすみ〜」

 

 空になったマグカップをシングルバーナーの横へ置いたムーアはポンチョを脱いだ。水滴を払い、トレーラーへ吊るすとブーツを脱がず、彼女達が敷いたシートの上に()()()()

 

 シートを汚さぬようブーツを履いた両足を飛び出させたままヘルメットの顎紐を緩め、それで顔面を覆いつつ携行する突撃銃は胸の上へ置いた。

 

「──ラピ」

 

 ヘルメットに隠れた彼の顔──その唇から紡がれた低い声がくぐもった響きでラピを呼ぶ。

 

 何かあっただろうか、と彼女が歩み寄れば──彼は隣へ座れ、と無言のまま傍らを片手で叩いた。

 

 飲み掛けのコーヒーが湯気立つマグカップを握りながらラピは膝立ちの格好でシートの上で横たわる彼の傍らへ座り込んだ。

 

「……足、崩して良いぞ。──気付いてるか?」

 

「……はい。昨日から」

 

「…俺の気の所為じゃなかったか。残念だ。──距離は…800ってところか?」

 

「概ねは──失礼します」

 

 ()()もあって呼ばれたことをラピは察し、握ったマグカップをシート上へ置くと膝を崩して、脚を揃えながら腰掛け、続けて彼の後頭部を掬い上げながら自身の膝の上に乗せた。

 

「…少しは休み易いかと…」

 

「…あぁ、ありがとう。──人間、ではないな」

 

「はい。…ニケの可能性が高いですね」

 

「…最初はシージペリラスかと思ったが、どうやら違うらしい」

 

 ラピの膝の上でムーアが、そしてアニスやネオンも休憩中の無防備な姿を晒しているというのに──たった一発の銃声すら響いて来ない。となれば暗殺、或いは襲撃の為に延々と付いて来ている訳ではないようだ。

 

 顔面を覆い隠すヘルメットを空いている片手で押さえる──ふりをしたまま、彼は濃い茶色の瞳を真横へ、その遥か先に見える古びたビルへ眼差しを向ける。

 

「……あそこか。尾行を受けるのは気持ちの良いものではないな」

 

「…どうしましょうか?」

 

「…目的が分からん以上、対処は限られる。射殺か捕虜の二択しか俺には浮かばない」

 

「……アンダーソン副司令官が付けた可能性は?」

 

「閣下に俺達の尾行や監視を命じる理由がない。……おそらくは」

 

 自信はあまりないのだろう。ムーアは再び瞳を閉じ、しっかりとヘルメットで顔面を覆うと空いている片手も突撃銃を握りながら深呼吸を数回繰り返した。

 

「…30分だけ寝る。起きなかったら起こしてくれ。それと──」

 

()()()()()()()()()()()()、ですね?承知しました」

 

 やはり彼女は優秀だ。彼が紡ぐだろう言葉を予想してみせたのだから。

 

 微かな苦笑いが顔面を覆い隠すヘルメットの奥からくぐもって響く。

 

 これぐらいなら──付き合いも長くなったラピなら造作もないのだろう。彼女は肩を竦め、前哨基地を出発する前日にアニスの手で短く刈り上げられた黒髪と白髪が混ざった彼の頭を触れる程度の力で撫でた。

 

「…ご不快ではありませんか?」

 

「……何がだ?」

 

「……()()です」

 

 今更なのかもしれないが、ラピは不意に尋ねた。寝入る寸前なのだろう彼が放つ声には張りが感じられない。

 

 ニケに膝を貸されて休息を取る。その状況が不快か否かを彼女が問うているなら──

 

「……いや。…むしろ……落ち着く──」

 

「……指揮官?」

 

 声が途切れた。

 

 ラピが視線を下へ向ける。生憎と見た目以上に豊かな胸に隠れて下は良く見えないが、ボディアーマーを纏ったままのムーアが身動ぎひとつしない様子は窺える。

 

 どうやらほんの僅かな短時間で寝入ったらしい。寝付きは相変わらず良いようだ。

 

「……おやすみなさい」

 

 前哨基地を発ってから満足に寝ていないことを彼女は察している。30分──されど30分だ。充分とは言い難い寝床だが、ラピは彼に安眠が訪れるよう願いつつ頭を撫でた。

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