勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
行く手を塞ぐ瓦礫は大きすぎる。ビルそのものが倒壊し、それが道路を閉塞してしまったのだから当然である。
仕方なしに武装車輌を路肩へ駐車させ、そこからは徒歩での移動となった。障害物を処理しようにも爆薬がいくら必要なのか分かったものではない。
徒歩での前進と移動は別に嫌ではない。むしろ慣れたものだが、面倒なのは──
「──クリア」
「──了解」
ラプチャーとの交戦が一番面倒なのだ。とはいえ、車輌で移動していようとも面倒なのには変わりはないのだろうが。
亀裂が走る舗装道路に倒れる数体の敵機。いずれもコーリングシグナルを発する間も与えられず、敢えなく撃ち倒された。
破壊された機体が著しい損傷を受け、ドス黒い触媒を垂れ流しつつ火花を散らし、黒煙を上げるラプチャー。完全に沈黙したことを認めたラピが報告するとムーアは頷きを返しながら突撃銃へ安全装置を掛けた。
「──良い感じね。研究所までの道も順調だし」
「時々、ラプチャーと遭遇してドンパチはやるがな」
交戦が終わり、全身へ迸らせていた緊張感を少し抜いたアニスが軽口を述べるとムーアが皮肉を返した。
それに彼女は微かな苦笑を漏らし、細い肩を竦めて見せる。
「確かにね。──トレーラーから補給品も持って来てるし、全部良い感じなんだけど……」
「──気になることがある、か?」
「大正解。指揮官様に10ポイントあげちゃう」
「それは嬉しいな」
紫外線対策で掛けたサングラスの奥に隠れた濃い茶色の瞳が細められ、視線がアニスの背後へ向けられた。
同時に彼女も──振り向きはしないが、彼が煙草を唇へ銜えると電子ライターをポケットから引き抜いてムーアへ差し出す。
「ねぇ、指揮官様。ニケっていつから指揮官抜きで、しかも地上で単独行動できるようになったんだっけ?」
「──え?そんなこと出来ませんよ?」
何を今更のことを、とアニスの横に立つネオンは首を傾げてしまう。
亜麻色の瞳がやや仰角に向けられる。ヘルメットを被り、サングラスを掛けた自身の指揮官へ向けて尋ねるが、彼は左右へ僅かに首を振りながら差し出された電子ライターで煙草の先端を炙る。
「シージペリラスやトライアングルは一定の行動こそ可能なんだろうが…基本的には出来ない筈だ」
「だよね?──じゃあ、秘密任務中の他の部隊を尾行するのは?」
「それも知ってるだろう?──原則上、そして基本的には禁止だ。
肺へ送り込んだ紫煙からニコチンを摂取する。
続けて彼女は──ムーアの傍らに侍るラピへ視線を向けた。
「──って、指揮官様は言ってるけど。どうする、ラピ?」
分隊員として、彼女はリーダーへ判断を仰ぐ。こういう時だけリーダーとして扱わないで欲しい──とラピは溜め息を吐き出してしまうが、その言わんとすることに対して同意するのは吝かではない。
彼女は分隊を束ねるリーダーとして、続けて傍らの
──構いませんか?
その問い掛けを正しく受け取った彼は頭ひとつ分は低い位置にある彼女へ横目で視線を送り、銜え煙草のままひとつ頷いた。
──キミに任せる。
以心伝心──本来あるべき指揮官とニケとの関係を考えた時、異例とも言える程に長い付き合いとなった間柄だ。いちいち言葉を交わさずとも、この程度なら視線だけで事足りるのだろう。
彼の意思を確認したラピも頷きを返し、おもむろにムーアから離れた。
そして握った
「──出て来て。3つ数える内に出て来ないなら、撃つわ」
「早く出て来た方が良いよ〜?うちのリーダー、こう見えて──」
せっかちなんだから──アニスが茶々を入れようとするよりも早く、新たにカチリと安全装置を外す音が響いた。
「──あとうちの指揮官様は結構過激だから〜。警告はしたからね〜?」
「「──3」」
もう数え始めた。信頼する指揮官とリーダーが揃ってカウントを始めるとアニスは肩を竦めた。
この二人は良く似ている──互いに強情なところも含めて。
「「──2」」
誰何の代わりのカウントである。姿を見せないならば、射殺されても文句は言えない。とはいえ、文句を言える口と脳が残っている保証すらないのだが。
これは本当に撃つな、と感じ取ったアニスがネオンを手招きし、二人の射線へ被らぬよう真横へ移動する。
間違いなく、最後のカウントが発せられた途端、引き金が呆気なく引かれ、周囲にエリシオンとテトララインで製造された突撃銃の銃声が響き渡る筈だ。警告や威嚇射撃もなしに発砲するのはどうかとも思うが──勝手に
次は1である──図らずもラピとムーアが揃って引き金へ伸ばしていた人差し指を乗せ、
その人影の容姿や格好に──ムーアは覚えがあった。
「──そこで止まりなさい。銃と荷物を地面へ捨てて、両手を挙げなさい」
サングラスの奥で眉間へ皺を寄せるムーアだが、ラピは淡々と指示を飛ばす。ゆっくりと人影へ彼女と彼は前進しながらも構えた突撃銃の銃口は決して外さなかった。
人影が彼女に求められるまま携行する狙撃銃と肩掛けにした雑嚢を慎重な手付きで地面へ置き、続けて細い両腕を肩ほどにまで挙げて無防備であることを示す。
マゼンタの髪、身体の線を強調するような派手な色彩の丈が短いドレス──しかもスパンコールの類の光を反射する素材でも使っているのだろうか。ラプチャーが跳梁跋扈する危険極まりない地上だというのに、これからパーティーにでも繰り出すかのような格好は相変わらずである。
「…バーニンガム中将の副官、だったか?」
「──ムーア大尉、
「それは失礼した。それと自分は
「あぁ、忘れていました。──そろそろ銃口を外して下さらない?」
「済まないが、それはまだ出来ない。アニス、ネオン。身体検査」
ラピと共に人影──パピヨンへ銃口を向け、引き金にも指を乗せたままムーアはアニスやネオンへ指示を出す。
頷いた二人が彼女へ歩み寄り、左右から挟み込んで纏う丈の短いドレスの生地の上から身体を叩き始めた。
やがて出て来たのは──携帯端末や化粧用のコンパクト、小振りの単眼鏡。雑嚢には弾薬と食糧、身分証等があった。
アニスが身分証を摘み、ムーアへそれを手渡す。
突撃銃を右腕のみで保持しつつ左手で身分証を受け取った彼は、顔写真と実際のパピヨンの姿を確認し──やがてそれをアニスへ返した。
「…問題はあるが……狙撃をしてきた訳でもない。直接的な危険はないだろう。今のところは」
携行品の一式を返して構わない、と暗に告げられたアニスは──思う所があるようだが、彼の指示には大人しく従った。
「はい、お疲れ様。腕、下ろして良いわよ」
「なんで私がこんな目に…!」
「ずっと尾行してきたからでしょ?指揮官様にも気付かれてたんだから」
「…レンズの反射光が決定打だったがな」
突撃銃の銃口をムーアが地面へ向け、指を掛けていた引き金から人差し指を離した。──しかし安全装置は掛けられていない。
ラピも彼に倣って同様の格好となる。
「──で?こんな地上まで尾行してきた理由は?」
単刀直入に彼は尋ねる。紫煙を燻らせ、煙草を銜えながらの質問だ。
中央政府軍の司令部での研修へ参加した際はもっと丁寧な態度だった筈なのだが──とパピヨンは以前の様子を思い出す。
もしかすると、
であれば、自身も
「──理由?少佐を助けに来たのよ?」
「…そんな要請を出した覚えはないが?」
ドレスから溢れんばかりに主張する豊かな胸が歩みと共に揺れる。やや媚びたような声音でムーアの質問へ答える彼女は──彼の態度に変化が生じるか否かを確かめんとしていた。
あの
完全武装した中央政府軍の将兵を嬉々と鏖殺する野獣のような姿が真の姿か。
それとも或いは──多くの男達のように、好色の視線を向けて来るだけの下衆の類か。
果たしてどちらなのか、本性を見せろ、と内心でパピヨンが舌舐めずりする最中──
「──助けに来た?じゃあ、そちらの上官が壊した
「ごめんね〜。それは私の管轄外なの」
「──あ、そういえばその人から撃ち殺されそうになったこともあるんだけど…その時に受けた精神的なダメージがまだ残ってるのよねぇ〜。それも補償してくれない?」
「─────」
──話の邪魔をするのがこの
流石のパピヨンである。中央政府軍副司令官を補佐する副官なだけあって、表情には一切出さなかった。とはいえ内心では悪態が次から次に吐き出されているのは想像に難くないだろう。
しかし──これはある意味で好都合だ。
「──ホント、悲しいわぁ…」
管轄や派閥は異なるとはいえ、同じ
「──少佐も少佐よ。
すかさずその右腕を細い両腕で包み込み、抱き寄せる。纏うドレスから溢れんばかりに否応なく主張する豊かな胸の谷間へ右腕を導くと、両脇に力を入れて挟み込んだ。
これで鼻の下を伸ばさなかった男はいない。
──さぁ、あなたの本性を見せなさい。
どうせ凡百の男達と同じ筈だ。少し媚びてやれば、あっさりと靡く連中と大して変わらない筈だ。
抱き寄せる両腕に力を込め、両脇を挟み込んで彼の右腕を胸の中で圧迫してやれば──
「……それは申し訳ないが、助けるのは難しい。俺も多かれ少なかれ、中央政府軍には遺恨がある」
ムーアは軽く肩を竦めて見せ、呆気ないほど彼女が挟み込む右腕を胸の中から引き抜き、改めて突撃銃を握ってしまう。
それこそ、何もなかった、と言わんばかりの態度で。
評価を改める必要があるようだ。
これは正真正銘の堅物なのかもしれない。
「──それで?あなたの目的は?監視?それともマリアンに関する情報?」
彼が退き、パピヨンから距離を僅かに取った途端、彼女の眼前へ割り込んで来たのはラピだ。
彼女も安全装置が外れた突撃銃を握り込んでいる。
──どうやら
「まぁ良いわ。あなた達が望む通り、ストレートに言わせて貰うから。情報が欲しいのか、って聞いたわよね?えぇ、そうよ。正直、それ以外にないでしょ?今、あなた達が持ってるのはそれだけなんだから」
「…ふむ。だとしたらアテが外れたな。俺も、そして彼女達も
今のは少し墓穴を掘っただろうか。パピヨンが口にするとムーアがすかさず淡々と落ち着いた声音で語る。次いで左手を肩ほどに挙げ、円を描くようにクルクルと回す。
集合を意味するハンドサインだ。そのまま振り向き、パピヨンへ背を向けると揃えた二本の指を何度か前へ振って見せる。
今度は前進の合図である。
「──だって。じゃあね」
「──気を付けて帰って下さいね」
パピヨンの真横を過ぎ去る最中、アニスとネオンが声を掛け、前進を始めた彼やラピの背中を追い掛けた。
「──ちょ、ちょっと!?確かに情報は欲しいけど…必要なら情報交換にだって応じるわよ!?」
「俺の手に余る情報は生憎と必要ない」
反応はいまひとつ。むしろ響いていないのは明白だ。
地面に置いた雑嚢、狙撃銃を掴んだパピヨンが急ぎ足で彼等の背中を追い、やがて先頭を進むラピから数mの間隔を空けて歩むムーアの隣へ追い付いた。
「──少佐が自分のところに飛んで来た
「
「そういう情報じゃないから!というか、あの方は清廉で家族を大切にする人!!」
「そうか。その点については閣下を尊敬する。情報ありがとう。お帰りはあちらだ」
これでは駄目だ。全く意味がない。
左手の親指を立て、背後を指差すムーアは律儀に帰り道の方角を示しているのだろうが──パピヨンは彼等に尾行ないし同行して、分隊や彼が接触するだろうあらゆる人物の情報を入手せよ、とバーニンガムから命令を受けているのだ。
であるなら──仕方ない。
「なら、地上に生存者が一人もいないって話はウソっていうのは!?中央政府が公表してるアレは真っ赤なウソよ!実は人間達が集まって暮らす失楽園ってところが存在…」
「──ほぉう?」
不意に彼の歩みが止まる。
頭が振られ、掛けられたサングラスが左手で外された。
対峙している相手は間違いなく人間だ。
だというのに──濃い茶色の瞳が細められ、鋭利な形となったそれで見下されるパピヨンは、まるで頑強な体躯を誇る巨狼を前にしたかのような錯覚を味わった。
「──少しだけ興味が湧いたな」
その巨狼が眼差しで語る。もう少し詳しく話せ、と。