勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第3話

 

 

 

 出会った当初は近寄り難い存在──ニケとなった筈なのに、人間である()が恐かった。

 

 あの鋭い眼差しで何もかもが見透かされているような気がしてならなかった。

 

 だから無意識の内に避けてしまった。今になって思い出すと申し訳ないことをしてしまったが。

 

 しかしそれが解消されたのは、ふとした切っ掛けが原因だった──と思う。

 

 徒歩での行軍と相成り、前線までの移動中に挟まれた何度かの小休止や大休止。その際、人間である彼やその仲間達が溜め息を吐き出しながら呟いていたのが切っ掛けだったのかもしれない。

 

 ──羨ましい、と。

 

 人間を凌駕するスペックを有した彼女達(ニケ達)が羨ましいと心底思っていたのだろう。或いは、羨ましい、()()()思っていなかったのかもしれない。

 

 恐れや憧れは一切なく、ただ羨ましい、と。

 

 レッドフードが剥き出しの腹を抱えて爆笑していたのが次いで思い出された。

 

 ドロシーも──我知らず笑みが溢れた時だ。

 

 

 ──キミはそんな風に笑うんだな。初めて見た。いつも澄まし顔だったから知らなかった。

 

 

 火が点いた煙草を指の間へ挟み、吐き出した紫煙で輪を描いて見せる指揮官の横ではスノーホワイトが興味津々と見詰めていたように記憶している。

 

 ドロシーが良く笑う──上品に、が前置きに付くが、それはゴッデス(部隊)の中では常識であった。

 

 それを指揮官である彼が知らなかった──尤も出会った当初、彼は指揮官ではなかったのだが──それだけ彼を自身が避けていた証左なのだろう。

 

 随分と遠回りになってしまったが、コミュニケーションを彼女自身から取るようになった切っ掛けは間違いなくそれだ。

 

 

 ──少し気遅れしてしまう。皆、美人だからな。

 

 

 寸暇を使い、差し向かってのチェスを指していた時、彼が珍しく吐露した本音は彼女の瞳を何度か瞬かせたものだ。あれほど余裕を見せて接しているだろうに意外な言葉だった。

 

 

 ──意識して余裕の態度を作ってるだけだ。将校としての正規の教育を受けなかったからな。

 

 

 だから気を張っている──と彼は言った。てっきり士官学校を卒業しているのかと思っていたが、これも意外な経歴だった点も印象的だった。

 

 あの時の対局では、隙が出来てしまい負けてしまった──と思い出したドロシーは僅かに苦笑を浮かべる。

 

 そして、あれから数年間の年月を共に過ごした。互いに仲間を喪った。いや──きっと彼の方が多くの仲間(戦友/兄弟)を喪ったのだろう。

 

 最後の任務、最後の作戦──アークガーディアン作戦。その顛末は言うに及ばずだ。

 

 

 ──ただの()()だよ。

 

 

 この期に及んで、そして身命を賭して守った人類に裏切られたというのに何故、まだ戦おうとするのか──それを問うた時、返ってきた言葉の響き、そして僅かに肩を竦めた仕草は良く覚えている。

 

 人類の為、世界の為、未来の為──理由はいくつでも挙げられただろう。しかし、とどのつまり、物事の行き着く先にあったのは結局のところ、単純極まりないシンプルな理由であったのかもしれない。

 

 僅かばかりの諦念も浮かんだ表情だったが、何処か晴れ晴れとした様子や雰囲気があったのは見間違いではないだろう。

 

 ()()()()()──いまだ耳の奥に残る低く落ち着きのある声音が発した最後の命令。

 

 

 ──…さぁ、行きなさい(生きなさい)

 

 

 そして穏やかに──数年間を共に過ごしたが、聞き覚えがない程に柔らかく、優しい声が紡いだそれも彼女は良く覚えている。

 

 

 ──死なないで下さい。

 

 

 気を失ったスノーホワイトを搬送しながら遠ざからんとするラプンツェルと紅蓮。三人の後ろ姿を視界へ捉えながら彼女は──あの状況では、らしくもない願望を口にした。

 

 それに対しての返答は無かった。ただ、すっかり嗅ぎ慣れてしまった煙草の香りだけが鼻孔を擽っていた。

 

 あれほど煙草は苦手であったのに不思議なことだ。慣れ、とは恐ろしい──立ち止まった彼女は一度だけ振り向いた。

 

 アメシストの瞳に映し出されたのは後ろ姿。ボディアーマーやヘルメットを纏い、突撃銃を握りつつ遠ざかる広い背中。

 

 思わず手を伸ばしそうになった。

 

 行かないで、と叫びたくなった。

 

 あの日の記憶は──残響のように彼女の中に残り続けている。

 

「──好き、だったのでしょうね…()()()のことが」

 

 それに気付けたのは、あの戦いの後ではあったが──と穏やかな日差しが降り注ぐ広々とした庭園の中でドロシーは肩を竦める。彼女を古くから知る者であれば、()()()()を彷彿とさせる仕草であった。

 

 

 ──会いたい。もう一度だけ。あなたに。

 

 

 想いを込めた小さな溜め息が漏れ、風がそれを何処かへ攫っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──じ、じゃあ…!もっとハチミツ(情報)をちょうだい…!」

 

「──そうか。なら、良い」

 

 気丈にもパピヨンは相対した巨狼を前に意地を張った。虚勢を張った、とも言えるだろう。

 

 それが不味かった。

 

 あっさりとムーアは興味が失せたらしい。

 

 外したばかりのサングラスを掛け直し、再び分隊へ前進を命じるハンドサインを送り、彼女を置き去りにしようとする程の豹変ぶりだ。

 

「ち、ちょっと…!」

 

 呆気に取られる程の変化に反応が遅れたパピヨンも再び急ぎ足で彼の隣へ追い付いた。

 

 上背があり、戦闘服やボディアーマーを纏っていても分かる程に筋骨隆々の頑強な肉体を誇示するムーアを見上げ、口を開く。

 

「少佐は興味がないの!?アークの歴史上、一度も奪還したことがない地上の土地を数十年間も独占して生き残って来た人達の情報なのよ!?」

 

「──生憎とそこまで興味はないな。理由を知りたいか?」

 

 これほど食欲を唆る餌はなかろうに、巨狼はスタスタと歩き続けている。

 

 その最中に問われると、パピヨンは頷きを返した。

 

「そうか。──なら、教えない」

 

「なんで──っ!?」

 

 勿体ぶるのが得意なのだろうか。思わずパピヨンがヒステリック気味に声を上げ──かけた瞬間、彼が突撃銃の握把を握っていた右手で彼女の口を塞いだ。

 

「キャンキャン騒ぐな。ラプチャーを引き付けたいのか?それが望みならキミを囮にして、俺達は先に進むが?」

 

 サングラス越しに濃い茶色の瞳で見下されたパピヨンは一瞬硬直したが、直ぐに口を塞いでいる彼の手を振り払い、キッとムーアを見上げる。

 

 その様子に彼はやや大きめの溜め息を漏らすと、続けて先頭を進んでいたラピへ声を掛けた。

 

 小休止、を口にすると振り返った彼女は頷いて承知の旨を伝えた。

 

 小休止の場は直ちに整えられる。正確には見繕えられた。

 

 大昔の──廃墟となった第1次侵攻当時は世界的にも有名なコーヒーチェーン店の店内での小休止である。カップへ淹れられた美味いコーヒーが注文出来る訳もなく、フレンドリーな接客が売りの店員は長らく不在であり、しかも店内は荒れ放題だ。

 

 店舗が再開となるのは果たしていつになるのか──幸いにもなんとか座れそうな長椅子へ腰を下ろすとムーアは煙草のソフトパックやオイルライターを取り出し、銜えた一本へ火を点けた。

 

「──指揮官様。禁煙、だってよ?」

 

「…店員が注意に来ないんだ。大目に見てもらおう」

 

 亀裂が走り、塗装も剥げてコンクリートが露わになった壁に打たれたプレートには禁煙を示すイラストが描かれている。

 

 アニスがそれを指差しながら口にするも、ムーアは知ったこっちゃない、と言わんばかりに長い脚を組み、悠々と紫煙を燻らせた。

 

 やがてよっこいしょ、と言わんばかりにアニスが彼の隣へ腰掛けた途端、ソファが軋みを上げる。どうやら彼とアニスを合わせた体重で限界らしい。

 

 それを察し、ラピとネオンは別々のソファへ間隔を空けて腰を下ろすと一時の休憩へ入った。

 

「──そこで立ってるつもりか?15分程度だが貴重な時間だ。有意義に使え」

 

 床へ下ろした背嚢からチョコレートバーをムーアは取り出す。傍らのアニスへ包装された一本を、続けてラピとネオンへ投げ渡し──最後にパピヨンへそれをオーバースローで投げ渡した。

 

 乱雑に投げ渡されたチョコレートバーを受け取ったパピヨンは形の良い鼻をひとつ鳴らし、ムーアとアニスが腰掛けるソファの近くへスツール席を移動させて腰を下ろす。

 

 ガーターベルトとストッキングで彩られた長く、肉付きの良い脚を組むことを忘れず、彼の視界へ入るよう意識したのだが──

 

「──指揮官様も食べる?はい、あ〜ん」

 

「…一口は貰うが…あまり甘い物は…」

 

 ──自分は何を見せられているのだろう。

 

 ムーアと隣り合って座るアニスが包装を破いたチョコレートバーを差し出し、不承不承と煙草を取り除いた彼は口を開けながら顔を寄せ、一口を齧って咀嚼する光景がパピヨンの眼前で繰り広げられた。

 

 仲が良くて結構なこと──ではあるが、他人の目があるのを忘れていないだろうか。

 

「──それで、理由は教えてくれるの?」

 

「……理由?」

 

 モグモグと口を動かしながら彼がヘルメットを被ったまま首を傾げる。

 

 なんのことだ、と物語る表情へ流石のパピヨンも苛立ちを隠せない。

 

「中央政府が隠している地上の──」

 

「あぁ、さっきの話の続きか」

 

 やっと納得したらしい。咀嚼したチョコレートバーを飲み込み、次いで取り出した水筒から何口かの水を嚥下したムーアは改めて煙草を唇へ銜え、一服を始める。

 

「──アークの外で生き残っていた人類がいても不思議ではない、と考えていたからな。別に大した驚きはない」

 

「…………は?」

 

 何を言っているのだ。パピヨンが浮かべた呆気に取られた表情を目の当たりにした彼は肺を満たした紫煙を緩く吐き出した。

 

「…何故、アークの上層部が隠しているのかは知らんが…第1次ラプチャー侵攻以前の世界人口を知っているか?約80億の人類がいたらしい」

 

「…えぇ。それは知っているけど……」

 

「約80億だ。それだけの人間をラプチャーが丹念に時間を掛けて種族としての絶滅一歩手前にまで追い込んだ──のは確かにその通りだろうが…」

 

 ──それだけの人口が文字通りに殺され尽くした、と考える方が不自然だ。

 

 煙草の葉がジリジリと燃える微かな音と共に彼の落ち着いた低い声が荒れ果てた店内へ響いた。

 

「それこそアークに及ばないにせよ同様の地下施設が世界中に無かった、と断言できる訳でもない。或いは山奥でひっそりと暮らし、何世代にも渡って生存を続けている人類の生き残りがいないとも言い切れない」

 

 勿論、ラプチャーに脅かされず、奇跡に奇跡を重ねた結果の生存──という意味合いが強いが、可能性としてはゼロではない。

 

「だから大した驚きはない。理解してくれたか?」

 

「…その()()()()()()()()()()している、という点は?どんな技術なのか、アークと比較するとどちらが優れているのかとか──」

 

「──あまり興味はないな。俺は科学者じゃない。軍人だ。結果として生き残っている、という事実には興味こそあるが、どのような技術を使っているのかには生憎とそこまで関心がない」

 

 取り付く島もない──絵に描いたような堅物だとは分かっていたが、ここまでとは思わなかった。

 

 もしくは──自身の領分を弁えている、ということなのかもしれないが。

 

「……さて、そろそろ出発するか。ラピ、先導を頼む」

 

「分かりました。残りは2kmほどです。慎重に進みましょう」

 

 ソファに軋みを上げさせながらムーアが立ち上がる。それに合わせてラピも腰を上げた。

 

 簡単な打ち合わせを済ませる最中、彼は左手を彼女に向ける。チョコレートバーが包まれていた包装(ゴミ)がムーアへ預けられる。遅れてアニスとネオンも立ち上がり、彼女と同じく包装を彼へ手渡した。

 

「──出発するぞ。さっさと腹に詰め込んで立ち上がれ」

 

 各々の火器や弾倉を点検する彼女達を認めながらムーアはパピヨンに横目を向ける。

 

 澄まし顔──ラピに負けず劣らずのそれに些か腹が立つ。煙に巻かれているようで尚更だ。

 

 鼻を再び鳴らした彼女は安っぽい味のチョコレートバーをさっさと完食し、腰を上げて残った包装を彼へ押し付け、一足先に店内を抜け出て行く。

 

「……師匠。大丈夫でしょうか?」

 

「…エブラ粒子の影響下だ。アークに連絡を取られるようなことはないだろうが…念の為だ。見張っておいてくれ」

 

 帽子の位置を整えるネオンが師を見上げつつ尋ねる。弟子の懸念へ応える彼は──店外の路上へ向かう後ろ姿へサングラス越しの鋭い視線を投げた。

 

「──俺達が探そうとしている物が彼女に発覚すれば、間違いなくバーニンガム中将を始めとしたお歴々も動き出す」

 

 バーニンガムは間違いなく人類全体の奉仕者だ。それは疑う余地はない。ムーアもその点は認めている。

 

 ただし──

 

「人類の為に──か。大概のことは許される便()()()()()()だ。気に食わんな」

 

 特にマリアンの一件は──それはわざわざ口に出さずとも彼女達も察せられる。

 

 煙草を携帯灰皿へ投げ込み、残った紫煙を緩く吐き出した彼の背中──背負った背嚢をラピが軽く叩き、横を通り抜けた。

 

 続けて左右からアニスとネオンが同様に軽く背嚢を叩き、前進を促す。

 

「……大丈夫だ。行こうか」

 

 部下達から気遣われたことに不満は一切なく、その一連の行動に感謝すら芽吹きながら彼は出発を命じた。

 

 




次回は遂に……()()()()()()()であろう二人が出逢うはめになるのでしょうか……研究所が倒壊しないか心配です(何を言っているんだお前は
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