勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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体調不良で…これ以上は書けなかったのです…ごめんなさい…


第4話

 

 

 

 ()()()()()──前者は研究施設、そして後者はアンチェインドを指す隠語だ。

 

 秘密を守る為にアニスとネオンが提案したのだが──なんとも妙な隠語である。

 

 アルファやブラヴォーでも良かったのではなかろうか、とムーアも考えてしまうが、結局は呼称は秘密さえ守れるならなんだって構わないのだ。

 

 下水溝──もとい目的地である研究施設は想像していたよりも広い敷地の中に建設されていた。スノーホワイト達の情報通り、湖の端である。

 

 湖面が穏やかに波打つ様子を横目に──何が釣れるだろうか、と彼は何気なく考えた。

 

 その時、ズキリと彼の頭蓋の奥深くで激痛が走る。

 

 

 

 

 ──でっけぇトラウト!!

 

 ──レインボーですかね!?

 

 ──んじゃ、取り敢えず捌いて──おちびちゃん。まだ食うには早ぇから涎拭きな。

 

 

 

 

 突然、眼前に広がった光景──青々とした草木が生い茂る湖畔、暖かい日差しの中で歓声を上げながら釣れた魚を手にする()()の姿があった。

 

 

 

「──…ハァ…ハァ…!」

 

「──指揮官…?」

 

「──ッ…ア…!!」

 

 頭痛は悪化の一途を辿る。頭蓋が締め付けられ、脳漿が弾け飛びそうな激痛は彼であっても耐え難い。脂汗が滲み、反射的にヘルメットの上から頭部を両手で押さえなければならない程の痛みだ。

 

 

 

 

 ──注射は苦手なんだが…。

 

 ──ガキみたいなこと言わないで下さいよ。

 

 ──何歳ですか。大体、注射なんてしょっちゅう打ってるでしょうが。

 

 ──ディック…ほんのちょびっと血を抜かれるだけだろ。さっさと抜かれて来い。

 

 

 

 

 見知らぬ(見慣れた)男達が揃って苦言を呈し、呆れた様子で溜め息を吐き出す。

 

 仕方ない奴だ、と言わんばかりの態度で背中へ蹴りを入れる一人の男──気安い態度と容赦の無さで送り出された衝撃すら感じ取れた。

 

 

 

 

 

「──指揮官!!」

 

 聞き慣れた部下の声。ヘッドセットのノイズキャンセリングを通過した玲瓏な声は焦りを彼へ否応なく感じさせた。

 

 気付けば、眼前──目と鼻の先にはラピの紅い瞳がある。それを認知した彼は、次いで彼女と自身の目線の高さがほぼ同じであるという違和感を抱いた。

 

「…大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫だ」

 

 小さく頷きを返し、足元へ視線を落とす。──両膝は地面に突いてしまっているではないか。どうやら崩れ落ちたらしい。

 

 情けないことだ。たかが頭痛で──と自嘲しつつ彼は両脚に力を込めて立ち上がってみせる。

 

「…指揮官様、本当に大丈夫?」

 

「師匠。もし体調が優れないなら少し休憩してから…」

 

「…大丈夫だ。問題ない。──ラピ、周囲に敵影は?」

 

「…クリアです」

 

 アニスやネオンも心配を表情へ浮かべつつムーアを気遣うが、彼は強情か、気丈にも問題はないと返した。

 

 まだ頭痛は治まらない。締め付けられる痛みは間断なく彼を蝕むが──意識して痛みを無視しようと努める他ない。

 

 研究施設の内部へ侵入する旨を彼女達に伝え、改めて前進のハンドサインを送る。

 

 彼女達は顔を見合わせるものの──彼の命令に従い、ラピを先頭に立てて周囲を警戒しつつ動き始めた。

 

「……少佐、本当に大丈夫なの?」

 

「……問題ない、と言っただろう」

 

 眉間へ深い縦皺を刻み、繰り返される呼吸も荒いまま隣へ歩み寄ったパピヨンに彼は素っ気なく返す。

 

 脂汗が浮かび、やがて太い筋を作りながら流れ落ちる姿を認めた彼女は溜め息を漏らし、取り出したハンカチを握って彼の顔へ向かわせた。

 

「…そんな顔じゃ説得力ないわよ」

 

 歯を食い縛っているのだろう。精悍な顔立ちは──まぁまぁ好み、ではあるが、余裕を感じられない表情を浮かべながら強情を張られると可愛げがなくて仕方ない。

 

 溜め息を吐き出しながらパピヨンの細い手に握られたハンカチが肌の上に浮かぶ脂汗を吸い取る。

 

 僅かだが──勿論、痛みこそ治まらないが気分は悪くない。脂汗を吸い取られたことで気分的に身体が軽くなったようにも感じられる。

 

「……ありがとう」

 

「──…お、お礼は良いわ…」

 

 素直に礼を言われると、どうにも調子が狂う。煙に巻くような物言いをしていたムーアの姿と現在のそれはあまりにも差があって仕方ない。

 

 戸惑いながらも彼女は粗方の脂汗を拭い取ると、そっぽを向きつつハンカチを彼へ押し付けた。

 

「──ちゃんと洗って返してちょうだい」

 

「……感謝する」

 

 念押しされた彼は改めて礼を告げると、押し付けられたハンカチをポーチの中へ仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 幸いにも──と言えば良いのだろうか。研究施設のセキュリティーは解除されていた。警報が鳴り響き、自衛用の火器が作動する事態は避けられ、問題なく施設内部への侵入を果たせた。

 

「…とはいえ、安心は出来ません」

 

「…()()()()()()が先にここへ侵入した可能性があるからな」

 

「はい。…大丈夫ですか?」

 

「…問題ない」

 

 施設内も荒れ果てている。当然ながら勤務していた研究員や職員達の姿は見受けられない。放棄されて数十年は間違いなく経っているのだろう。

 

 警戒しながら廊下を進むラピが隣へ立ち、大口径の突撃銃を構えるムーアへ横目を向ける。──顔色は世辞にも良いとは言えない。

 

 意地を張らずとも良いだろうに、と彼女も考えるが、長い付き合いとなった彼の性格は嫌という程に知っている。

 

 伺いを立てるしか出来ないのは歯痒いが、他の誰でもないムーア自身が、問題はない、と判断したのなら信じる他ないのも事実だ。

 

「──臭い…ますね、ここ。…やっぱり()()()だからでしょうか…?

 

「…あなた達、()()止めない?もう研究所だったことは分かったんだし、隠語を使っても意味ないでしょ?」

 

「ごめん。すっかり癖になっちゃって」

 

 アニスやネオン、そして同行者──或いは()()()のパピヨンが言い合う声が無人となった廊下で反響する。

 

 特にネオンの物言いは、いつぞやの臨海都市での任務を思い出させ、ムーアを軽く苦笑させた。

 

「…つくづく、排水路や下水溝に縁があるな。…()()は何処にあると思う?」

 

 皮肉と軽口を言える程度には回復したらしい。むしろ、()()()()()()不調から立ち直れていないのかもしれない。顔色が優れない彼が漏らしたそれの後に続いた隠語──形骸化しかけているのだろうが、隣を進むラピは壁際に研究施設の内部構造と案内が描かれたプレートを発見し、そこへ歩み寄ると現在地を確認した。

 

「…現在地はここです。一般的な研究所の構造を考えると…もう少し上の階に移動すべきかと」

 

「…ここは情報統合本部棟か」

 

 プレートに綴られた名称の響きからして、おそらくは研究施設全体の情報や研究結果を収集、或いは企画する役目を持った部署なのだろう。

 

 いずれにせよ、情報が残されている可能性は高い。

 

「良し!それじゃ下水溝に薬莢を取りに行こう!」

 

「はい!」

 

「……あなた達、はしゃぎすぎよ」

 

 苦言を呈するラピが続けて溜め息を吐き出す。その背中をムーアが手の平で何度か跳ねるよう軽く叩いた。

 

 廊下を進み、階段を昇る。

 

 情報統合本部棟の2階にある分析課のプレートが掲げられた一室を発見し、室内へラピが先頭となって滑り込んだ。

 

 ブービートラップは仕掛けられていない。敵影もなし。クリアである。それを認め、ラピは彼等も続くよう促した。

 

「………どうやら当たりらしい。()()()の言っていた通りだ」

 

「ラプン──聖女様には今度、お礼を言わなくちゃですね」

 

 かつては多くの課員が各部から集まる分析の結果を評価しつつ報告書を綴っていたのだろう。

 

 その名残りなのだろうか。多くのデスクの机上や床には書類──紙媒体のそれが積み重ねられ、或いは散乱している。

 

 床の上へ落ちていた書類の一枚をムーアが拾い上げ、内容を流し読むと、どうやら交戦記録のようだ。日付は──

 

「……第1次侵攻の頃か」

 

「なになに?」

 

 興味を引かれたアニスが彼が手に持つ一枚の報告書を覗き込む。

 

 読みたいならば、とムーアはそれを彼女へ譲り、再び身を屈め、また一枚の報告書らしき書類を拾い上げる。

 

 

 

「──Marine Expeditionary Force(海兵遠征軍)Marine Division(海兵師団)…」

 

 

 

 部隊番号(ナンバー)の印字が掠れてしまっているが現在は存在しない部隊、組織の名称がまず彼の視界へ映る。視線が下へ滑り──その途端、ドクン、と大きく心臓の鼓動が鳴り響く。

 

 

 

「──…Werewolf Battalion(人狼大隊)A Company (アルファ中隊)…ッ……!?」

 

 

 心臓が早鐘を打ち、頭蓋の内では激痛の表現すら生易しい痛みが駆け巡る。

 

 ──思い出すな。

 

 ──目を逸らせ。

 

 ──見てはならない。

 

 警告を受けているかのような激痛に苛まれた彼は耐え切れず、指先で摘んだ書類を落としてしまう。両膝から力が抜け、床の上へ膝が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 砲声が響き渡る。

 

 数多の将兵の蛮声と歓声が轟く。

 

 ラプチャー(ブリキ共)──あの怨敵をスクラップにしてやれ、と()()が叫ぶ。

 

「──小隊、俺に続け!!」

 

「──ペイバックタイムだ!!」

 

「──行くぞクソッタレの海兵共!!一番最初に突っ込んで、一番最後まで戦ってやれ!!」

 

「──()()()()()()()を準備しろ!ロード級のクソ野郎も間違いなく出てくるぞ!!」

 

 口汚く──しかし戦意と殺意を迸らせた兵士達が大振りの突撃銃を握って駆け出し、迫り来るラプチャーの群れを迎え討つ。

 

 屈強な兵士達は敵機が放つ真正面から殴り付けて来るかのような銃火に怯みもせず、頭上で炸裂する曳火すら鼻で笑いながら突っ込んだ。

 

 たちまち白兵戦が展開され──至近距離からの銃撃で敵機を屠り、銃剣術の要領を駆使し、銃床で殴り付ける始末。

 

 人間如きではラプチャーに与えられる損傷などたかが知れている──筈だ。

 

 しかし彼等が握る突撃銃の銃床で殴り付けられた敵機は機体を大きく凹ませ、システムか或いは駆動系に損傷を負ったのか機動が覚束なくなる。

 

「──ロード級が来たぞ!!」

 

「──来やがったか!!鴨が葱を背負って来てくれたぞ!!」

 

 現れたのは数多の敵機よりも一回り、いや二回りは巨躯のラプチャー。禍々しく光る真紅の単眼に見据えられても将兵は怯むどころか前へ、前へと駆け出す。

 

 敵機が放った大口径の砲弾が味方の兵士を血煙に変えた。

 

 跡形もなく消え去った兵士の血煙を浴び、全身を濡らしながら大柄の兵士が敵機へ肉薄する。

 

「──援護しろ!ブリキ共を近付けさせるな!!」

 

 けたたましく響き渡る銃声が周囲の敵機の群れを牽制し、立て続けに何機かを撃破せしめる。

 

 援護射撃を受けながら大柄の兵士はロード級へ一気に接近し、至近距離から急所を目掛けて銃撃を浴びせ掛ける。

 

 何発かの銃弾が敵機を貫徹。動きが鈍くなった。

 

「──ブリキの分際で上から見下ろしやがって!ムカつくんだよ!!」

 

 大柄の兵士が注射器を取り出し──それを自身の首筋へ押し当てた。内部のアンプルから押し出された薬剤が体内へ流れ込み、たちまち心臓の鼓動が高鳴り、双眸が真っ赤に充血する。

 

「──ハハハハ!!!

 

 気分は爽快。今なら100人の美女をいっぺんに相手しても全員を果てさせられるだろうと錯覚するほどの昂揚感。爛々と赤く染まった双眸は血が滴り落ちんばかりだ。

 

 昂揚感は戦意と殺意を昂らせ、全身の筋肉が張り詰める。血管が皮膚へ浮き出る中、大柄の兵士は突撃銃が潰れんばかりに握り締め──満身の力を込めて敵機を殴り付けた。

 

 すると、どうだろう。明らかに質量は()()近い筈の敵機が四足の脚部でたたらを踏んだ。

 

「──ハハハハ!死ね!死ね!死ねよ!!

 

 耳まで裂けんばかりに口角を釣り上げた兵士はロード級の体勢が崩れた──姿勢制御も覚束なくなったと認め、改めて敵機の急所であるコアを目掛けて引き金を引いた。

 

 その内の一発がコアを粉砕し、金切り声のようなコーリングシグナルを発する寸暇すら与えられずロード級は大地へ倒れ伏した。

 

「──撃破だ!!

 

「──良くやった!!まだまだ来るぞ!!野郎共、弾は充分か!?」

 

「──Oohrah!──少尉!嬢ちゃん達が来ました!!」

 

「──来た来た!俺達の女神様だ!別嬪さん達が来たぞ!野郎共、格好悪いところ見せんじゃねぇ!!どうせ俺達に墓標は立たねぇんだ!!死ぬならカッチョ良く死んでやれ!」

 

 眼前には敵機の群れ。夥しい数の禍々しい赤々と輝く単眼が視界を埋め尽くす程だ。

 

 明らかに絶望的な状況──しかし兵士達は決して怯まない。

 

 これまでの戦いで怖気づくことはなく、現在も決して怯みはしない。そしてこれからもそうであろう。

 

 来る日も来る日も戦って、殺して殺されて──それでも尚、死への恐怖は一切ない。

 

 いや、元から()()()()()は存在しない。ありはしないのだ。

 

 だからこそ、こんな無茶苦茶な戦い方が出来る。死兵となって戦い、そして死ねるのである。

 

 彼等は()()。群れなす()()。人間を越えた正真正銘の()()()()

 

 故に──元から恐れなどない。情けや容赦などなく、躊躇すらない。

 

 眼前には敵機が()()。背後からは増援に駆け付けた()()()が迫る。

 

 ──最高の状況だ。

 

 示し合わせたかの如く将兵達が片手へ無針注射器を握り──ほぼ同時に首筋へ押し当てた。

 

 いずれも筋骨隆々の兵士達の筋肉が更に張り詰め、全身からは湯気が立ち昇り始める。

 

 血走った双眸は興奮もあってか瞳孔が開き、戦場の只中であるというのに彼等は酷似した笑みを口元へ描いてみせる。

 

 

 ──殺せ──

 

 ──潰せ──

 

 ──皆殺しだ──

 

 

 彼等は蛮声を張り上げ、一斉に駆け出す。

 

 敵弾が片腕を吹き飛ばしても痛みを感じていないのか、形容しがたい不気味な笑みを浮かべた兵士は残った片腕で器用に突撃銃を構え、引き金を引く。

 

 脚を吹き飛ばされたならば、その場で伏せながら突撃する兵士達の援護射撃を突撃銃や機関銃で。

 

 腹へ風穴が空けば──零れ落ちる内臓など無視して突撃。

 

 心臓の鼓動が止まり、永遠の静寂が心身を支配する瞬間まで──敵を殺し続けるのだ。

 

 そうでなくてはならない。でなければ、産み出された(造られた)甲斐がない。存在価値がない。

 

 来る日も来る日も戦い続ける。殺し続ける。ただひたすらに──

 

 

 

 

 

 

「──戦い続ける人生は飽きない?」

 

「──…急にどうした?ピロートークには適さない話題だろう。キミらしくもない」

 

「──もっと違う人生を歩みたかった、とかは?」

 

「──…生憎と無いな。俺は、()()は戦うことしか出来ないんだ。選択の余地なんぞ端から存在しなかった」

 

「──それは()()()()()()()()()()から?」

 

「──産まれた?違う。()()()()の間違いだ。俺達(人狼)は戦う為だけに存在する」

 

「──違うよ。造られたんじゃない。あなたがあなたを認めるまで何度でも言ってあげる。産まれたの。それに貴方達は、あなたは人狼じゃない。あなたは()()()()。強さと力の化身」

 

「──とどのつまりは化け物だろう」

 

「──お気に召さない?…じゃあ、言い換えるね。…あなたは勇敢で恐れ知らずの誇り高い狼だよ」

 

「──狼か。悪くはないが…フェアリーテール(御伽話)では、十中八九でやられ役だな」

 

「──もう。その皮肉ばっかりの癖は直さないと駄目。()()()が偏屈だなんて言われるのはイヤ」

 

「──その愛称、やめてくれないか?キミしか呼ばないぞ」

 

「──Dick(ディック)だと…あんまりだし…」

 

「──そうか?まぁ、スラングの意味もあるのは否めないが…」

 

「──だから、私はあなたのこと()()()って呼ぶの。分かった?()()()()

 

「──……もう好きに呼んでくれ、()()殿()

 

「──照れてる?」

 

「──…照れてない」

 

「──嘘。照れてる癖に。本当に素直じゃないんだから。私のリックは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──指揮官!!」

 

 至近距離から放たれた玲瓏な声。焦りすら感じさせるそれがヘッドセットのハウジングを通過し、ムーアの鼓膜を震わせる。

 

 続けて細い両手が──彼の手よりも一回り以上は細く、しなやかな手が両肩を揺さぶる。

 

「──しっかりして下さい!指揮官!!」

 

 視界に黒いジャケット──胸の膨らみがまず見えた。俯いている、と気付いた彼が徐々にヘルメットを被っているのもあって重く感じられる頭を上げていく。

 

「……ラピ……?」

 

 確認するかの如く名前を紡がれた彼女は安堵の溜め息を吐き出す。

 

 突然、苦しみ始め、両膝を床へ突きながら激痛へ耐える呻きを上げ続けていた信頼する指揮官(上官)の口が意味のある言葉を発したのだから当然だろう。

 

「…はい、私です。…本当に大丈夫ですか?もし体調が優れないなら……」

 

 少し休んで──と、彼を想うからこそ意見具申を発そうとした時、その本人は両膝へ力を入れて立ち上がってみせた。

 

「…大丈夫だ。問題ない。…ただの片頭痛だ」

 

「…指揮官様、本当に?無理だけはしないでね?」

 

「…本当に大丈夫だ。心配させて済まない」

 

 謝って欲しい訳ではない。彼が崩れ落ちたのを認め、直ぐに駆け付けたのはラピだけではない。

 

 アニスやネオン、そして意外にもパピヨンもムーアの傍らまで駆け付け、ラピが肩を揺さぶる様子をハラハラと見守っていたのだ。

 

 気遣いは有り難いことだが、情けない気分にすら陥りかねない彼は水筒を取り出すと水を一口分だけ口腔へ流し込み、濯いだ後に喉仏を動かして嚥下する。いくらか気分は良くなった。

 

 床へ落ちてしまった一枚の書類──あの部隊番号が掠れて読めなくなった書類。水筒を元の位置へ戻した彼は身を屈め、拾い上げたそれを折り畳むとポーチの中へ仕舞い込んだ。

 

「…ねぇ、少佐。これ…」

 

 おもむろにパピヨンが差し出してきた書類。細い指先が指し示した段落へ彼は視線を向けた。

 

 

 

 

 

 実験対象:RH X(仮称)血液型所有者1名

 

 要約及び結論:被験者の血液から特殊物質が抽出された。該当の物質をヘレティック・アナキオールに注入した結果、ヘレティック体内のナノ物質が破壊されることを確認した。これに該当する物質をアンチェインドと命名。

 

 サンプル採取:10ml。計12個。

 

 保管場所:本研究所敷地内。9棟503号室。

 

 

 

 インクが所々、掠れ、紙そのものも変色が著しい。判読可能の箇所もたかが知れているが、はっきりと読める段落と文章には彼や彼女達が求める情報が綴られている。

 

「…少佐達が求めているのって…まさか…アンチェインド…?」

 

「…さて、どうだろうな。…ラピ、9棟の位置は?」

 

「案内図によると近くの建物のようです」

 

 分隊のリーダーが問い掛けへ玲瓏な言葉を返す。相変わらず優秀な彼女へ頷きを見せたムーアが分隊へ前進を命じる。

 

 ──まだ頭痛は治まらないのか、眉間には深い縦皺が刻まれたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──()()いるな」

 

「指揮官。私が偵察を──」

 

「いや、必要ない。待機しろ、イサベル」

 

 詰襟の軍服──アークの軍制では()()となるそれの上へ丈の長い外套を羽織る長身の男が低く落ち着きのある──冷ややかで感情の起伏があまり感じられない声音のまま双眸を細めた。

 

 その視線の先──遥かに見える研究施設を見据えたアイスブルーの瞳を細める()()()と呼ばれた男は、背後に従える部下達へ向け、改めて前進を命じる。

 

 なんたる偶然か、或いは運命の悪戯か。それとも神とやらの暇潰しの余興といったところか。

 

 

 

 ──出逢いは目前にまで迫っていた。

 

 

 




次回…!次回こそは登場させますから…!!
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