勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第5話

 

 

 研究施設敷地内、9棟の503号室は当然ながら他の部署と同様に荒れ果てた様子である。

 

 その室内でも存在感を放つ無機質なメタリックの輝き。実験用の冷蔵庫は家庭用のそれと比較しても随分と大きな容量を持っている。まぁ眼前のそれは縦にも横にも長い為、当然だろうが。

 

 おそらくはあの中に探し求めている代物がある──と踏んだアニスが冷蔵庫へ歩み寄る。

 

 彼女へ続き、ムーアを含めた全員が歩み寄った。

 

 特に罠が仕掛けられている様子はない。

 

 アニスが手を掛け、扉を開けると──

 

「……空のフラスコ、しかないな」

 

 転倒防止用のフラスコホルダーには11本のフラスコが挿さったままだ。しかも空のそれである。

 

「…1本だけ空いていますね」

 

 ネオンが指差ししながら本数を数え、やがて空白となった一箇所で指の動きを止める。

 

 どうやら徒労に終わったらしい。

 

「…まぁ…あの書類が作成された年月日は1次侵攻の頃だ。別の場所へ移動させている可能性もあったか」

 

「──それか、()()()()()()か。私、そういうの大っ嫌いなんだけど」

 

「…あぁ、それについては雰囲気で分かる」

 

 彼の隣へ立ち、冷蔵庫の中を覗き見るパピヨンが忌々しいと言わんばかりに吐き捨てればムーアは軽く肩を竦め、用がなくなった扉を閉めた。

 

「…でも嫌な予感がするわね。入口のセキュリティーが解除されていたのもそうだし…」

 

「…ラプチャーの熱源は感知出来ないわ」

 

「ラプンツェ──もとい聖女様がセキュリティーを解除した可能性はあると思うか?」

 

「…うーん…どうでしょう…」

 

 現段階では巡礼者(ピルグリム)である金色の聖女が施設一帯のセキュリティーを解除したという可能性がムーアの中では高い。その可能性について彼は自身の弟子へ問うもネオンは首を傾げるばかりだ。そこまで小器用な真似が出来るだろうか、という疑問が浮かんだらしい。

 

「…何度か来ているような口振りだったからな。てっきりここのセキュリティーを解除したのかと…」

 

「まぁそれも有り得なくはないけど…」

 

 ボディアーマーのポーチを開け、ムーアがソフトパックを取り出した姿を認めたアニスが電子ライターを差し出す。煙草を銜え、差し出されたライターで彼は火を点けると紫煙を燻らせた。

 

「ラプチャーや聖女様じゃなかったとしたら?」

 

「…というと?」

 

 火が点いた煙草を銜えたまま彼が問い返す。するとアニスは電子ライターをポケットへ収めた。

 

「──実はパピヨンは囮で、パピヨンMk.IIが私達を追って来てたのよ」

 

「……なるほど。有り得なくはないか」

 

 勿論、可能性として著しく低いそれだろうが──有り得ない、はありえない。

 

 アニスとしては軽口の類を叩いたのだが、やたら真面目な様子で彼が僅かばかりだとしても賛同する姿は苦笑が浮かびそうになる。

 

「──何言ってるの?少佐も真面目に受け取らないで。だいたい、それなら頼もし──」

 

──伏せろ!!

 

 ──微かな風切音。明確に迫ってくる鋭いそれが感じ取れた。

 

 火を点けたばかりだが仕方ない。煙草を吐き捨て、警告を周囲へ達しながらムーアが傍らに立つパピヨンへ覆い被さり、床へ押し倒した途端──室内の壁が吹き飛び、建材の破片が飛び散った。

 

 粉砕された壁から大小の破片が飛散するだけでなく、長年に渡って蓄積された埃が舞い上がる。

 

「──敵襲!!応戦しろ!!」

 

 何が起こったのか分からない様子で目を白黒させているパピヨンに構ってはいられない。

 

 ラプチャーの熱源は捉えられなかった、とラピは先程報告していた。彼女の報告を疑う筈もない。

 

 ならば攻撃を加えて来たのは──ラプチャー以外の()()だ。

 

 身を起こしたムーアが携行する突撃銃の安全装置を解除、続けて片膝立ちのまま銃口を壁へ穿たれた巨大な破砕孔に向ける。

 

 舞い上がって室内に充満する埃は敵影を捉えることを難しくする。

 

 しかし()()が動いたのだろう揺らめきを発見し、彼の人差し指が引き金を引き切った。

 

「──ラピ、アニス、擲弾を撃ち込め!ネオンは退路を確保!急げ!」

 

 線の細い人影がムーアの傍らへ駆け寄り、間隔を空けて銃撃を加え始める。

 

 ラピだ。いちいち、視線を横へ向けずとも分かる程には慣れ親しんだポジションへ着いた彼女の存在を感じ取った彼は無事であった点にまずは安堵した。

 

 アニスが擲弾を発砲したのだろう。炭酸飲料の栓を切った際に響く気の抜けるような発射音。続けて擲弾が破砕孔の向こうで弾着し、炸裂した爆風が室内へ横殴りの風となって全員の頬を叩く。

 

 ラピも擲弾を発射器へ装填し、破砕孔の先へ撃ち込んだ時、ネオンが声を張り上げる。

 

「──師匠、退路を確保!!」

 

「──了解!ネオン、先導しろ!アニス、パピヨンを連れて行け!」

 

「──ほら!早く立ちなさい!死にたいの!?」

 

 果たして()()()()()が攻撃を仕掛けて来たのかは分からないが、テーブルで茶を飲みながら話し合いで解決するのは難しそうだ。

 

 ここは逃げるに限る。

 

 ネオンが室内の扉を開き、廊下を索敵して敵影の有無を確認し終えた。

 

 アニスも彼の指示に従い、パピヨンを立ち上がらせてネオンの後へ続く。

 

 狭い閉所の空間ではネオンのような散弾銃を持つポイントマンが効果的だ。先導の為に先頭へ立たせた理由を察してくれていると良いが──などと考えつつ、ムーアは姿勢を低くしながらラピへ歩み寄る。

 

 その間も引き金へ指を掛け、短連射の射撃を壁の向こうにいるだろう彼我不明の存在へ撃ち込み、牽制しつつ彼女にハンドサインを送る。

 

 先に行け、という意味のそれだ。

 

 普通は逆だろう──と思いつつも彼にならば背中を任せられる。これまでの経験上、彼女の背中を預けられ、そして任せられるのは数えられる程度の人数しかいない。その内に食い込んだムーアという存在は異質なのかもしれない。

 

 彼へ頷きを返し、ラピが腰を浮かせた。

 

 敵に後退を悟られぬよう銃撃を加えつつゆっくりと引き、背嚢を背負う彼の肩を片手で叩くと引き金から指を離し、背後の開け放たれた扉を目指して駆け出す。

 

 肩を叩かれた途端、ムーアが放つ銃撃は盛んになる。

 

 それまでラピが撃ち込んでいた投射量もカバーする目的だが、彼女が退いた気配を悟られぬよう激しい銃撃を加えているのだろう。

 

 ──そろそろか。

 

 ラピも無事に後退した。彼は突撃銃の弾倉を素早く交換し、空のそれをダンプポーチへ投げ込んだ。

 

 続けてボルトキャッチ、ボルトフォワードアシストを掌底で叩き、初弾装填、薬室の強制閉鎖を実施。

 

 再び銃口を破砕孔へ向け、対ラプチャー用の徹甲弾や曳光弾を撃ち込む最中、彼の左手がポーチに伸びる。

 

 取り出された手榴弾の安全装置であるトリガーが強く握り込まれ──彼は射撃を中断すると空いた手の指でピンを引き抜き、手榴弾を緩く放り投げた。

 

「──ッ!手榴弾!!」

 

 ──女の高い声。ニケ、或いはピルグリム。

 

 やっと彼我不明の存在の一端が掴めた。

 

 何故、攻撃を仕掛けて来たのかは不明だが、アンチェインドを狙っていた可能性は考えられる。しかし何の為に。

 

 手榴弾が炸裂し、破片が飛び散った爆風と衝撃波を背に感じつつムーアは503号室を抜け出ると廊下を進んだ。

 

「──指揮官様!早く!」

 

「──先に行け!外へ出るんだ!」

 

 律儀に彼の合流を待っていた彼女達。急ぐよう切羽詰まった様子のアニスへ応じつつもムーアが廊下を進んでいた矢先──

 

 

 

 ──そこで止まれ。左から来る。

 

 

 

 

 ──聞き慣れた低く落ち着いた声が脳内で反響する。

 

 思わず反射的に彼の歩みが止まった瞬間──ムーアから見て左側の壁が吹き飛んだ。

 

 擲弾や砲弾の類──飛翔体が迫りつつある際に響く風切音はなかった。

 

 吹き飛び、崩れ落ちた壁の塵や埃がムーアと彼女達の間へ立ち塞がる。

 

 その中で()()が動いた。

 

 反射的に彼が突撃銃を構え直した途端、立ち塞がる濃い塵や埃の中から伸びた長い脚──間違いなく人間のそれが銃口を弾き、射線を逸らす。

 

「──ッ!!」

 

 ──来る。

 

 まさか銃口を逸らされるとは思わなかったが、次は間違いなく肉薄して来る。

 

 身構えたか否かの刹那の瞬間、飛び出して来た長身の人影がムーアの突撃銃を押さえに掛かる。

 

 それを見越していた彼は左手のみで突撃銃を保持し、右手をレッグホルスターへ向かわせた。

 

 テトララインで製造された突撃銃へ無機質な片手が伸び、掴んだ拍子に銃本体が()()()

 

 どれほどの握力なのか分かったものではない。

 

 しかし──囮に引っ掛かってくれたことに変わりはない。

 

 レッグホルスターから引き抜いた45口径の自動拳銃の安全装置が彼の親指で外された。腰溜めに拳銃が構えられ──人影の腹部へ向かって1発、2発と.45ACP弾が撃ち込まれる。

 

 弾着の手応えはあった。間違いなくあった。

 

 なにせその証拠に──まるで頑丈な金属製の壁へ命中したかの如き、甲高い音が響いたのだから。

 

「──…ほう?」

 

「──それは反則だろう」

 

 目線はほぼ同じ、背丈も同様なのだろう。目と鼻の先でベクトルが異なる低い声音が対峙する双方から響いた。

 

 片や意外性を孕みながらも感心するかのような低い声音。

 

 片や溜め息混じりに反則を非難する低い声音。

 

 ムーアは銃口から発砲の名残である硝煙を薄く立ち昇らせる拳銃をレッグホルスターへ仕舞い込む。

 

 それを認めた眼前の人影──詰襟の軍服、丈の長い外套を纏った長身の男も握り込んでいた突撃銃から手を離した。

 

 

 指揮官──なのかは分からない。旧型の軍服を着込んでいるのは趣味なのか、何かしらの思い入れがあるからか。

 

 指揮官──なのだろうが、ニケ用の突撃銃を握り、完全武装のまま地上で作戦行動を取っている男の存在は不可解極まる。

 

 

 双方共に理由は分からず、正体も不明。

 

 しかし──共通している点がひとつだけあった。

 

 有り体に言えば──この両者共、何故かワクワクとしていたのだ。

 

 ムーアはその場で背嚢を下ろし、続けてヘルメット、ヘッドセットも取り外した。突撃銃も身体へ吊るしていたスリングベルトごと抜き取り、床へ置いてしまう。

 

「──何の真似だ?」

 

 アイスブルーの冷ややかな双眸を細めた眼前の男が問い掛ける。意味不明の行動と言わんばかりだ。

 

 その問い掛けへムーアは凝り固まった首をゴキゴキと鳴らし、ボディアーマーの脇へ吊るしていたエリシオン製のナイフを引き抜くと口を開いた。

 

「──フェアじゃない」

 

「────」

 

 その返答に男は一瞬、呆気に取られた様子だ。放たれた言葉の意味を咀嚼し──やがて鼻を小さく鳴らすと、全身から力を抜き、そして右脚を斜め前に出し、半身を構えてみせる。

 

「──そのナイフは?フェアを期する、という割には無粋だと思わないか?」

 

「──全身が義体の可能性が高い相手と戦うんだ。()()()()()は許してくれ。まさか…そこまで狭量なのか?」

 

 対峙する双方は冷たい青、濃い茶色の双眸を互いへ向け合い、隙を見逃すまいと観察するのだが──放たれるのは煽り合いだ。

 

 性格は案外、似ているのかもしれない。

 

「──名を聞こうか」

 

「──まずは自分から名乗るのが礼儀だろう。人間であるなら最低限の礼儀は守らんとな。親から教えられなかったか?」

 

「──……ヨハンだ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる男──ヨハンが自身の名を述べる。

 

 明瞭な響きは彼の鼓膜を震わせる。ムーアは対峙しつつ目礼を一瞬だけ送る。

 

「──お会いできて光栄だ」

 

「──お前は?」

 

「──知りたかったら俺を殺した後に認識票を確認しろ。冗談だ。思っていたよりも顔に出るんだな」

 

 顔に出やすい──顔馴染の同僚、付き合いの長い相手、形容は様々だが、()()からも言われるそれが遭遇して間もない彼から放たれると流石のヨハンも反応に困る。

 

「──ムーアだ。死ぬまでの短い付き合いになるが……」

 

「──そうか。良く覚えておこう」

 

 ──そろそろ始めようか。

 

 ──あぁ、始めよう。

 

 手袋を嵌めた手がナイフを握ったまま構えられる。

 

 その向かいでは機械仕掛けの両手で握り拳が作られる。

 

 双方の呼吸が整えられ──楽しい時間が開幕となる瞬間だ。

 

「──ヨハン指揮官!捕らえました!!」

 

 いつの間にか晴れていた塵と埃の厚いカーテン。

 

 廊下の向こうで拘束を受ける部下達とパピヨンの姿を認めた彼がナイフを鞘へ納める。

 

「──……良くやった。イサベル」

 

 微かな舌打ちが男──ヨハンから漏れる。しかし続けられたのは物憂れげな佇まいを隠さない部下への称賛の言葉だ。

 

「──俺の部下達に銃口を向けるな。向けるならこっちだろう」

 

 両手を挙げ、徒手であると見せ付けるムーアへヨハンは視線を向け、一瞬だけ瞑目した。

 

 双眸を開き、肩越しに振り向くと落ち着きのある低い声で指示が飛ぶ。

 

「──全員、銃を下ろせ」

 

 その指示と命令を受けた彼女達(ピルグリム)は困惑を隠せないようだった。

 

 

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