勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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この二人、仲が良いケンカップルになれる素質が……


第6話

 

 

 一枚の身分証が宙を舞う。

 

 それを器用に掴んだのは無機質な機械仕掛けの片手だ。

 

「──ショウ・ムーア。……22歳で少佐?」

 

「──年齢詐称を疑うな。若白髪が目立つが、生憎と22歳だ」

 

 曇天の空が泣き出した。雨粒が大地へ降り注ぐ。

 

 研究施設の建屋の軒先で雨を凌ぐ複数の人影。

 

 それぞれの陣営(部隊)へ別れ、次第に激しくなり始めた降雨を凌ぐ彼女達の視線は──双方の指揮官達へ向けられている。

 

 片や壁へ背中を預け、銜えた煙草の紫煙を燻らせる指揮官は白髪が目立ち始めた頭にヘルメットを被り直し、顎紐をしっかりと掛けた。

 

 片や色素の薄い白銀の髪を持つ指揮官は義肢の指先で摘む一枚の認識票を翳し、横目で数mの間隔を空けて紫煙を燻らせる()()()()()()()を窺う。

 

「──認識番号」

 

「──O1258031」

 

「──確認した」

 

 淀みなく答えた様子に公式に発行された身分証へ貼られた顔写真とアークの指揮官は同一人物であると男──ヨハンは認めた。

 

 寄越された時と同様、彼が身分証を指先で弾いて投げ返す。

 

 それを軽く横目を向けながら受け取り、ムーアは身分証をボディアーマーのポーチへ仕舞い込んだ。

 

「…尋問はこれで終わりか?」

 

「…これが尋問だと?」

 

 彼女達(ニケ達)の拘束を解き、突き付けていた銃口も外して自由の身。尋問であるならば、抵抗が不可能な状態とするのが通常だ。

 

 ヨハンとしては異例と思える程に()()()な話し合いの場を設けた筈なのだが、生憎と彼は尋問と捉えていたらしい。

 

「…戦力としてはそちらの方が上だろう」

 

「…ふむ…まぁ、それを否定はしない」

 

「だろうな。まぁ、負けるつもりは毛頭ないが」

 

「…ほぉう?」

 

 ()()の分際で言うではないか──久しく感じなかった昂揚感を覚えたことに果たしてヨハンは気付いているのか。仮に気付いたとしても、悪い気分には陥らない類の昂揚感であろう点は疑いようもなかった。

 

 互いが互いに向ける横目は冷ややか、そして威圧感を醸し出している点も共通している。

 

 ヨハンが率いる部隊──インヘルトの面々の中でも小柄のピルグリムは指揮官が振り撒く威圧感へ微かな怖気を感じたのだろう。豊かに波打つ黒みがかった深い紫色の髪を持った魔女の陰へ隠れてやり過ごす選択をした。

 

 その魔女は──記憶にある限りは()()()だと思われる自身の指揮官の様子を珍しげに横目で窺っていた。

 

 なにせ、()()()()()()()()、なのだ。

 

 続けて彼女の横目で向けられる視線は自身の指揮官を追い抜き、その先で煙草の紫煙を燻らせる()()()()()()()を捉える。

 

 アーク──聞いただけで腹立たしさが沸き起こる思いだが、ひとまずはそれを置いておく。

 

 外見に反して若い、というのが率直な感想だ。

 

 とはいえ外見年齢と実年齢に隔たりがある、という存在は見知っているのもあり驚きの類は感じなかったのだが。

 

「──…話に戻ろう。それで?」

 

「──奇遇にも()()()を探していたようだな。お前達の探し物は……これか?」

 

 ヨハンが纏う外套の内側へ片手を差し入れ、やがて取り出したのは一本のフラスコ。その底には──人血であろう液体が溜まっている。

 

「…少し遅かったようだ」

 

「そのようだな。──これを発見、回収した後、研究施設内で動く物を捕捉した。気になって戻ってみたところ…」

 

「──俺達だった、と。警告も無しに攻撃してきた免罪符にはならんが……まぁ、納得しよう」

 

 この場を仕切るのは戦力だけで見れば──間違いなくヨハンが率いる部隊だろう。しかしムーアはそれに気付いているにも関わらず、普段からの皮肉を止める気配がない。

 

 これにはアニスもハラハラとしており、思わず返却されて間もない擲弾発射器を強く握り込んだ。

 

「……これはヘレティックを殺す為の物だ。戦いを避けて地下に隠れれば良いだけのアークの指揮官が──」

 

「例外もいるがな」

 

「──発言を一部訂正する。()()()()()()()()()()()()()()()()()がこれを欲しがる理由はなんだ?」

 

「答える必要があるのか?」

 

「あぁ。それによってお前達の扱いも変わって来る」

 

「話したところで、現状よりも待遇が良くも悪くもならんと思うが……それに理解されるとも思えん」

 

「…ふむ…そうか……」

 

 煙草の紫煙を雨模様の空へ向かって緩く吐き出すムーアの姿を横目に捉えたヨハンはフラスコを外套の中へ仕舞い込み──預けていた壁から背中を離した。

 

「──なら、力づくで教えて貰うとしよう」

 

「──あぁ、その方がシンプルで俺の好みだ。念の為に聞いておくが、その顔面を整形手術が必要になる程度の有り様にしても構わんな?」

 

「──()()の分際で大口を叩くな。拳が釣り合っていれば良いが」

 

「──ちょっ!?ちょっと指揮官様!?」

 

「──師匠!?いくら火力の道を極めようとしていてもそれは…!!」

 

 ──いや、火力関係なくない?

 

 再びヘルメットやヘッドセットを外そうとする彼を慌ててアニスとネオンが止める。

 

 何故こうも今日に限って好戦的なのか──いや、これまでも好戦的になる瞬間は度々あったのだが。しかし出逢って間もない相手と火花を散らして殴り合い(殺し合い)を始めそうなのは如何なものか。

 

「……冗談だ。良い歳した大人がラプチャーが跋扈する地上で殴り合いを始めると思ったか?」

 

「……イサベル。あの男の言う通りだ。袖を離せ」

 

「──失礼しました」

 

 ヨハンが負けるとは思っていない。しかし──()()()()()()()()()。それが物憂れげな表情で眉尻を垂らすピルグリムであり、部隊では参謀役を務める彼女の所感だ。

 

 一応は止めるべきと判断した彼女──イサベルが摘んでいた外套の袖を離す。皺が僅かに寄った箇所をヨハンが片手で軽く叩いて皺を直した。

 

「──……それで話す気はあるのか?」

 

「無い。()()()は」

 

「…今の所は、か…」

 

「シャイなんでな」

 

 親交が深まればその限りではない──と彼の遠回しな言葉をその通りに解釈したヨハンは鼻を鳴らした。

 

「酒でも馳走になって、チェスでも差しながら──であれば考えても良い」

 

「…ふん…」

 

 随分と立場を弁えない態度と発言だ。しかし──面白い。

 

「──ヨハン」

 

 緩みかけた口角だが、不意に妖艶な魔女がヨハンへ声を掛ける。

 

 視線を向けると彼女は蠱惑的な笑みを整った形の唇へ作っていた。

 

「──その指揮官、私に預けてくれない?()()を受けさせたいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──キミのところの指揮官は随分と好戦的だな」

 

「──お前がそれを言うとは面白い冗談もあったものね。自己紹介が遅れたわ。ハランよ」

 

「──宜しく」

 

 細い肩に機械仕掛けのカラスを乗せた魔女──ハランが大振りの鎌を携えながら進む。その背後を付いて行く長身の人影はムーアだ。

 

 ──試練を受けさせたい。

 

 その言葉を聞いた後、彼女の指揮官たるヨハンは数瞬ほど考え込んだが──やがて、好きにしろ、の一言と共に遠回しの許可を出した。 

 

 彼、そして彼女達の()()()へ足を踏み入れる為のテストにも聞こえた。しかも全員が等しく、例外なくそれを受ける必要があるらしい。

 

 流石に部下達、ついでにパピヨンと離れ離れとなって行動するのは──彼女達の方が苦言を呈したが、この場はあの部隊(インヘルト)あの指揮官(ヨハン)の言う通りの行動を取った方が無難であろう。

 

「…それで()()の内容は?わざわざ部下達と離されたんだ。余程の内容だと思うが?」

 

「せっかちな男ね。そういうのはあまり好きじゃないわ」

 

「それは失礼。育ちが悪いものでな」

 

「そのようね」

 

 その後は無言が続く。

 

 1時間、いや2時間は経っただろうか。

 

 研究施設を抜け、無人となり、荒廃の限りにある都市部へ足を踏み入れてからは遭遇したラプチャーとの小規模な戦闘があった。

 

 彼が射撃するよりも早く彼女が握る大鎌が狙撃銃に変形し、それで敵機を撃ち抜いてしまった為、ムーアの出る幕は生憎となかったのだが。

 

「…見事な手並みだ」

 

「──当然よ」

 

 狙撃銃が再び大鎌に変わる。それを肩へ担いだ妖艶な魔女がムーアに振り向いた。

 

「元々、強者だけが生殺与奪の権を握るの。これだけ強ければ弱肉強食のこの世界でもラプチャーの上に立てるでしょ?」

 

「…ふむ、まぁ確かに。──煙草を吸っても?」

 

「好きになさい」

 

 艶めく深紫(こきむらさき)の髪は手入れを怠っていない証拠にも思えた。あまり近くで喫煙をすると髪へ臭いが移り、顰蹙を買うかと考えていたムーアは気遣いから我慢していたが──流石にそろそろ限界だったらしい。

 

 とはいえ要望はあっさりと許可された。拍子抜けするほどだ。

 

 風向きは──ちょうど向かい風。

 

 彼はソフトパックをポーチから抜き取り、銜えた煙草へオイルライターの火を点けた。紫煙を燻らせながら再び歩き始めたハランの後へ続く。

 

「あの指揮官──全身が義体なのか?拳銃弾を2発も腹に撃ち込んだが、弾かれてしまった」

 

「…2発も?」

 

「……あぁ。それが?」

 

 彼が放った一言──それを聞き取った彼女は歩みを止めた。

 

 その場で身体ごと振り向き、ムーアの姿をしげしげ良く観察する。その視線は──非常に興味深そうだった。

 

「…伊達や酔狂でニケ用の火器を持っている訳じゃないのね」

 

「ラプチャーを殺すなら、一番手っ取り早いからな」

 

 それは確かに──と魔女も理解を示す。

 

 ただの被食者(人間)という訳でもないらしい。アークの指揮官、アークの人間であるのだろうが、彼女からすると珍しくも思えた。

 

「…質問に答えるわ。概ね正解。彼も最初は弱い人間だったけど、折れた骨と肉を機械に置き換えて、それでも埋められない溝には()()()()()()()を使ったの」

 

 魔女が口にした返答からムーアは自身の予想が概ねとはいえ正解だったと改めて認識した。まぁ、至近距離で45口径の銃弾を2発も喰らったというのに──致命的部位(バイタルゾーン)からは離れているが、腹部へ銃弾を叩き込まれても行動可能な生身の人間が存在してもらっては困るのだが。

 

「私も彼を見るまでは、人間は被食者のままだと思ってたけど──お陰で今はほんの少しだけ考えが変わったわ」

 

「なるほど。しかし…果たして全身の何%なのかは知らんが、ほぼ全身を義体にしてまで戦う理由はなんだ?」

 

 あの手の人間は無意味なことを嫌う。病的なまでに──とは言わないが、自身が執着する目的や信念の類がなければそこまで手間暇が掛かる改造は実施しない筈だ。

 

 紫煙を燻らせながらムーアが尋ねる。するとハランは形が整った唇を微かに綻ばせた。

 

「──地上奪還。あんなに強く奪還を望む人間なんて見たことないわ」

 

「…地上奪還、か」

 

「…何を言いたいのかは分かる。けれど、ここで彼が夢見る地上奪還は、アークで言われているような机上の空論ではない」

 

 ──頭上から降り注ぐ日差し。

 

 ──見渡す程に咲き乱れる草花の匂い。

 

 ──止めどなく流れる清き川。

 

 ──頬を優しく撫でる風。

 

「──地上の全ての風景を再び手に入れたい、という強い意志なのよ。それが叶えられるなら、他の全てを擲ったとしても叶えるべき……そう、言うなら……」

 

 ──産まれてきた理由。

 

 

 

 

 

 

 何故、誰も彼もが俺達は狂っていると言うのだ。

 

 ただ俺達は、誰もが諦めたとしても最期まで戦うと言っているだけではないか。

 

 それこそが産まれた──いや違う。

 

 造り出された理由に他ならない。

 

 だから戦う。最期まで、一人になっても、決して諦めはしない。

 

 勝利を我が手に。勝利か、さもなくば死あるのみ。

 

 

 

「──リック。それだと、本当に化け物になっちゃうよ」

 

 

 余計なお世話だ。俺にはこれしか出来ない。これしか知らないのだ。人間の皮を被った化け物や怪物で結構。

 

 

 

「──違うよ。あなたは人間。化け物や怪物なんかじゃない」

 

 

 

 何が違う。何も知らないだろう。俺に、俺達に与えられた命の理由は──

 

 

 

「──あなたを説得しようとは思ってない。けれど、これだけは忘れないで欲しい。あなたは愛される為に産まれたの」

 

 

 

 

 俺に、俺達に親はいない。生物学的な親はいるだろうが──

 

 

 

「──違う。リック。あなたは、私に愛される為に、そして私を愛する為に産まれたの。それじゃ産まれた理由にならない?」

 

 

 

 ……()()()は反則だ。リリス。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ちょっと。何を呆けているの?」

 

「──ッ!?」

 

 肩を叩かれる。

 

 気付けば彼の目と鼻の先には深紫の豊かに波打つ艶めく髪の持ち主である魔女が立っていた。

 

 ──頭が、痛い。

 

「…済まない。一瞬、気が遠くなった。……で、何の話だった?」

 

「ヨハンが地上奪還を強く願う──」

 

「あぁ、思い出した。()()()()()()、のようなものだったか」

 

 一瞬、気が遠くなった──とムーアは口にしたが、ハランが彼の異常に気付いたのは20秒ほど前だ。

 

 銜え煙草のまま微動だにせず、声を掛けても全く反応しなかった為、止む無く歩み寄って肩を叩いてやっと意識が正常に戻った。

 

 さながらシステムエラーでも起こした機械のようだった──まぁ、肩へ触れた途端、人体の感触はあったので全身が機械という訳ではなさそうだが。

 

 特に問題がないのならば、とハランが踵を返し、目的地を目指して歩き出そうとしたが──聞き忘れていた旨を思い出す。

 

「──ここまで教えてあげたんだから私にも聞かせて」

 

「……何をだ?」

 

 答えられる類の質問なら受け付ける。その雰囲気を醸し出すムーアは煙草を指先で摘み、取り出した携帯灰皿へそれを投げ込んだ。

 

「お前も地上奪還の為にアークから派遣された指揮官でしょ?」

 

「……まぁ、そうだな。正確には独自の作戦行動を取っているんだが…」

 

「…へぇ。()()に?」

 

 ──しまった。

 

「──つまりアークの上層部から命令を受けた訳でもなく、アンチェインドを探していた、と?──じゃあ目的は?」

 

「……それは()()とやらに関係のある質問か?」

 

「ただの興味だけど?」

 

「…そうか。なら──ノーコメントだ。俺とキミが()()()()()()()()()()()教えても構わないがな」

 

「………チッ」

 

 あからさまな舌打ちが響く。

 

 そこまで無礼な物言いをしたとは考えていないムーアは、踵を返して再び歩き始めたハランの機嫌が直滑降の勢いで──有り体に言えば不機嫌となる理由が分からないままその後へ続くしかなかった。

 

 

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