勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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こ、こんな感じで宜しいでしょうか…(ビクビク


第7話

 

 

 

 亀裂の走る舗装道路。

 

 その上には折り重なる倒壊した高層ビルの破片。

 

 人類文明の残滓が感じられる荒れた街並み。

 

 小さな牙が生え揃った口へ羽虫を咥える一匹のトカゲが路上で食事を食んでいる。

 

 体長が約50cmのトカゲ。その鱗は赤く、さながら炎で覆われているかのようだ。

 

 羽虫をペロリと平らげたトカゲが寝床へ向かおうとする。

 

 短くも太い四足を使い、地上を這い始めた矢先──その頭部へ一本の()が突き刺さった。

 

 一瞬の出来事にトカゲは何が起こったのかすら分からず絶命してしまう。

 

 ピクピクと痙攣が続く肢体へ歩み寄る人影。それが傍らで立ち止まり、頭部へ突き刺さった矢ごとトカゲを吊り上げた。

 

「──フトアゴヒゲトカゲ…ではないな。似てはいるが…なんだこのトカゲ?」

 

 この世界は弱肉強食──弱者は強者の糧となるしかない。

 

 哀れな被食者となったトカゲの亡骸はその人影に連れ去られることとなる。

 

 

 

 

 

 

「──獲って来たぞ。このトカゲで良いのか?」

 

「──早かったわね。いきなり枝を切って弓矢を作り出したから何をするのかと思ったけど…」

 

 矢の鏃は鉄片、矢羽根には死んでいた鳩の羽根を。自生していた樹木の太い枝を使って弓を、蔦で弦を、接着剤には樹液を用いた。

 

 この時代に原始的な手法での狩猟──とハランは最初こそ呆れたが、弓矢が完成して1時間程度で所望していた代物を持ち帰るとは思わず、珍しく驚いていた。

 

「銃なんぞ発砲したら獲物が逃げるし、なにより獲物が粉微塵になったら元も子もない。それにラプチャーも悪戯に引き寄せてしまうからな」

 

「そう。──そのトカゲの尻尾を切り落としてちょうだい」

 

「…それは構わないんだが……何をしているか聞いても?」

 

「──見て分からない?」

 

「…いや…見れば分かる。まさか魔女の大釜を見れるとは思わなかったが…聞きたかったのは()()()()()()()()()だ」

 

 手頃な大きさの瓦礫を積み重ねて竈を作り、その上へ鎮座する大振りの釜。薪がくべられ、グツグツと煮え立つ中身をハランが木製のヘラで掻き混ぜている。

 

 さながら御伽噺の魔女が薬を作っているかの如き光景だ。

 

 疑問は尽きないが、ムーアは求められるままファイティングナイフを引き抜く。トカゲの尻尾を掴み、根本へ刃を宛てがって滑らせれば──あっさりと断ち切れた。 

 

 尻尾を失ったトカゲが地面へ転がり落ちる。その上を跨いで彼はハランへ歩み寄ると切り取った尻尾を差し出した。

 

「──作っているのは魔女スープよ。過去に()()と呼ばれた者達が遺した文献を参考にして、私が作り出したの」

 

「……魔女?」

 

 思わず胡乱げな声音と視線がハランへ向けられる。彼女の傍らで大釜の中身を覗き込んだムーアは──何も見なかったことにした。ドロドロとした粘性を感じさせる紫色の液体がグツグツと煮立っている光景など見なかったのだ。

 

「……疑っているようね。言っておくけど私は彼女達が遺した記録を利用して生き残ってきたわ」

 

「……いや、言葉足らずだった。済まない。キミや、キミが得た知識を侮辱した訳ではない。御伽噺の魔女はさておき……現実に魔女と呼ばれた者達は卓越した薬学の知識で町や村では優れた医者としての役割もあったと聞いている」

 

「…あら…」

 

 まさか理解を示されるとは思わなかった。それも()()()()()()()からだ。

 

「意外ね…」

 

「…何がだ?」

 

「…もっと…こう…受け入れられないかと…」

 

「…偏見は知識の不足から発生する。多少ながら俺は歴史を知っているからな。人類の偉業、過ち、そして偏見や差別──それを知るなら歴史を学ぶのが一番だ」

 

 なるほど、一理はある。

 

 小さく鼻を鳴らした彼女は再び釜の中身を撹拌する作業へ戻るが、横目をムーアに向けた。

 

「…その尻尾、ぶつ切りで構わないから処理してくれるかしら」

 

「お安い御用だ」

 

 何故だろう──居心地が良い。

 

 胸の奥が──温かい。

 

 ファイティングナイフで鱗や皮が剥ぎ取られ、筋肉質の肉が露わになる。

 

 それをハランが言う通りにぶつ切りとすれば、細い手が尻尾の肉片を一掴み分ほど握って釜の中へ放り込んだ。

 

 グツグツと煮え滾る中身を掻き混ぜ続け──やがて完成したのだろう。

 

 用意していた木製の椀を釜の中へ突っ込み、魔女スープを掬ったハランは──それを傍らのムーアに差し出した。

 

「──食べなさい」

 

「………え?」

 

「これから試練を受けるのだから、食べておきなさい」

 

「………これを?」

 

 反射的に受け取ったムーアは改めて魔女スープの全貌を観察した。

 

 ゴプリと気泡が浮かび上がる表面はケミカルな紫色。先程、投げ込まれたトカゲの尻尾の肉片も混ざっているが──その他諸々の得体の知れない材料も見え隠れしていた。

 

 食べられるならなんでも構わないを地で行くムーアだが──世辞にも食欲が沸く代物ではない。

 

「──何よ、嫌なの?この私から手ずから作ったのに?──()()()()()()()()()()()()()()だったかしら?大層な口を叩く割には…」

 

「……有り難く…頂く」

 

 口から吐き出す発言には気を遣っているつもりだが──墓穴を掘ったとしか言えない。

 

 これは食べ物、間違いなく食べ物──と言い聞かせながらムーアは椀を唇へ近付ける。

 

 その様子を興味津々と見詰めるハランの視線の先──とうとう椀の縁へ乾燥気味の唇が触れた。

 

 椀が軽く傾けられ、ズズッと微かに魔女スープを啜る音が鳴る。

 

「──どう?」

 

「………美味いという事実に驚いている」

 

「ふふっ、当然ね。誰が作ったと思っているの」

 

 得意げな様子を隠そうともせずハランが豊かに波打つ艶めく深紫の髪を掻き上げてみせる。

 

「上位の捕食者ほど生存の為だけに食べるのではないわ。美食を求めて美味しい物を食べるの。勿論、私もね」

 

「…()()…その割には見た目が──」

 

「──見た目が?」

 

 スッとハランの双眸が据わる。

 

「──言ってご覧なさい」

 

 その据わった双眸がムーアを見上げ、発言の続きを促す。上位の捕食者らしく、堂々と、或いは傲慢に。

 

「…なんでもない…俺の審美眼が劣っているんだろう。味は間違いなく美味い」

 

「そう。なら早く食べなさい」

 

 その態度では見映えや見た目が宜しくないと認めているのでは──などとムーアの脳裏へ一瞬過った率直な意見だが、賢明にも彼は口に出さなかった。

 

 色々とスパイシーな味が感じられるが、美味い物は美味い。見た目は気にしてはならない。絶対に気にするな。

 

 自身へ言い聞かせながら彼は椀の中身を完食して見せた。

 

 とはいえ、トカゲの肉が一番美味かったらしく、骨を咥えたかと思えば頑丈な顎と歯で咀嚼の音を響かせていた。

 

「──気に入ったようで何よりだわ。さて……じゃあ、そろそろ()()を始めましょうか」

 

 個人的には──これが試練であって欲しかった。

 

 これからがどうやら本番らしい。それを察した彼は椀を大釜の近くへ戻し、歩き始めたハランの後へ続く。

 

 歩き続けて数十分。辿り着いたのは──

 

「……念の為に聞くが、ここが本拠地か?」

 

「そんな筈ないでしょ。ここはお前の為の試験場よ」

 

「だと思った」

 

 崩壊した都市の郊外は見渡す限りの荒れ地が広がっている。

 

 いや、本来は郊外──ではなかったのかもしれない。鉄筋が剥き出しとなった建築途中で放棄されたビルが何棟か存在していた。おそらくは大規模な工事現場だったのだろう。

 

「──ここに来るまで色々な話をして、お前の資質を測ろうとしたけれどやっぱり言葉だけじゃ足りないと思ってね」

 

「…まぁ、言わんとすることは理解できる」

 

 頷いたムーアがボディアーマーのポーチを開け、愛煙の煙草を取り出した。ソフトパックを振り、飛び出した一本の煙草を銜え、オイルライターの火が点けられる。

 

「だから見せて欲しい。例えば…()()()()()()()。そういうのは言葉だけじゃ証明できないわ」

 

「確かに」

 

 これから何が始まるのか──概ねは予想出来るだろうに彼は気負うこともなく銜え煙草のまま肯定の頷きをハランへ見せた。

 

「だから──私、ハランは楽園の番人として今から適切な試練を与える」

 

「お手柔らかに頼む。これでもただの人間だからな」

 

「えぇ。()()は加えてあげる」

 

「それは嬉しいな。嬉しくて涙が出そうだ」

 

 肩を竦めてみせた彼を横目に──魔女はアンティーク調の香水瓶を取り出す。

 

「…趣味が良いな」

 

「ありがとう。気に入ってるの」

 

 パーソナルカラーと思える程に似合う紫。その色調で作られたクリスタルの香水瓶へ取り付けられた風船のように膨らんだ部品──バルブと呼ばれる箇所を細い指先が摘み、何度か軽く押し込んだ。

 

 細かい粒子が試験場へ振り撒かれて間もなく──地面が揺れ始める。

 

「……地震、ではないな。何をした?」

 

「──言ったでしょ?お前に適切な試練を与えるって。お前はラプチャーと戦える稀有な人間。なら相応のラプチャーを登場させなきゃね」

 

 地面の揺れは激しさを増す。

 

 ハランが香水瓶を仕舞い込み、不意に姿を消した途端──地面が爆発した。

 

 噴き上がった土砂が地面へ降り注ぐ中、ムーアの視界に爛々と光る禍々しい赤い単眼が映る。

 

 そして巨影の姿を捉えた時、彼は無意識に携行する突撃銃の安全装置を指先で外し、銜えていた煙草を足下へ吐き捨てるとブーツで踏み潰した。

 

 土砂の塵が晴れた時──巨影の全容が露わとなる。

 

 三対の脚が並び、さながら蜘蛛や甲殻類のそれを思わせる巨体。生物と機械を融合させたかのようで妙に生々しい部位が脈動する体高が十数mはあるだろうそれは──

 

「──ブラックスミス」

 

──流石に無傷のタイラント級と戦わせるのは可哀想だから、この前、拾って来た死骸と戦わせてあげるわ──

 

「……それはどうも」

 

 周囲に反響して響き渡る魔女の言葉へ彼は皮肉が込められた感謝を送る。

 

 拾って来た死骸──確かに随分と損傷が激しい。先程、何を振り撒いたのかは知らないが役目を終えた筈の個体を生き返らせられるとは凄まじい技術である。

 

 それにしても──

 

「──何処かで……」

 

 ──見覚えがある。

 

 ブラックスミスとの交戦は一度だけしかない。同型機が他にどれだけいるのかは彼は知らないが、おそらくそこまで外見に差異はない筈だ。

 

 だからこそ見覚えがあるのだろう。

 

「──いや、違う」

 

 ──俺は()()()を知っている。

 

 半ば直感的にムーアは断言する。

 

 システムエラーを起こしているのか、機動が覚束ない巨躯のタイラント級ラプチャーの腹部──だろう箇所からは零れ落ちた内臓の如く太いパイプが地面へ垂れ、時折、出血かのような黒々とした体液(触媒)が噴出していた。

 

 まさか──

 

「──ははは…なるほど。…なんて巡り合わせだ。本当に──()()()()()()()()()()

 

 ──口角が耳まで裂けんばかりに釣り上がり、やや尖った犬歯が露わとなる。さながら狼が牙を剥いたかの如き姿だ。

 

 ──これは、コイツは、あの時のタイラント級だ。

 

 眼を凝らして良く観察すれば、禍々しく輝き、赤い単眼を思わせる核を保護していた透明な薄く硬い膜が砕け散っている。

 

 核の禍々しい赤い輝きの中に混ざる小さな黒点──それは弾痕である。しかも突撃銃の銃弾ではない。拳銃弾で撃ち抜かれたそれだ。

 

 あの日の夕暮れ──部下となった彼女へ銃口を向けた瞬間をムーアは明瞭に思い出した。背負っていた背嚢を地面へ下ろすと改めて突撃銃を握り直す。

 

 どうやら拳銃弾では腹が膨れなかったらしい。満足出来ず、迷ってしまったというなら可哀想だ。

 

「──今度は腹一杯喰わせてやる」

 

 その挑発が半死半生──むしろ今にも崩れ落ちそうな有り様のブラックスミスへ聞こえたのか否かは兎も角、これが戦闘開始の瞬間だった。

 

 以前のように触手や大口径の弾頭を撃ち込んでの攻撃は今や不可能なのだろう。

 

 火花を所々から散らし、廃液のようなドス黒い体液を噴き出す巨体を誇る敵機が三対の脚を覚束ない動きで進ませ、ムーアへ迫りつつある。

 

 彼は身を屈め、背嚢を漁る。──取り出されたのは光沢を放つ銀無垢のケースだ。それの蓋を開き、抜き取った無針注射器を首筋へ宛てがうとボタンを押し込む。

 

 内蔵のアンプルから彼の体内へ薬剤が流入し、やがて空になった注射器を投げ捨てた。

 

「──…ッ…ハハハハッ!!

 

 心身を支配する昂揚感。

 

 生身の左眼が充血し、禍々しい輝きを放つ単眼と遜色のないそれへ変わり、全身の筋肉が張り詰める。

 

 一歩を踏み出し、抑え難い笑いを漏らす人影と迫り来る巨影の距離は次第に近付いた。

 

 不意に巨体を支える脚の一本が振り上がる。

 

 赤々と染まる左眼と機械仕掛けの右眼がその様子を捉え──彼は左手を突撃銃から離した。

 

 攻撃手段は己の肉体と質量。なんとも原始的だが、潜在的な恐怖すら生み出す一撃である。

 

 それを眼前にしながらも彼は堂々と立っていた。

 

 脚が振り下ろされる。眼の前に立つ存在を押し潰さんと振り下ろされた脚は──伸ばされた左手で掴まれ、途端に動かなくなる。

 

 ギギッと金属が軋む重々しい音が鳴り響く。

 

 ──何故、動けないのか。

 

 ──何故、押し潰せないのか。

 

 困惑すら感じさせる重々しい響きだ。

 

「──…俺の大切な部下が世話になったな…!

 

 釣り上がった口角から覗き見える犬歯が生える歯列は上下とも強く噛み締められている。その奥から唸るような声が放たれた。

 

 数トンはあるだろう質量を片手で受け止め、釣り上がる双眸で半死半生の怨敵を睨み付ける男が握る突撃銃の銃口が持ち上げられる

 

 その銃口は眼前の敵機には綺麗な真円となって見えているだろう。

 

「──遠慮は要らん

 

 ──たらふく喰わせてやる。

 

 無造作に引き金が引かれた。

 

 テトラライン製の突撃銃がけたたましい銃声を奏で、対ラプチャー用である大口径の弾頭が銃口から飛び出し、薬莢が足下へ次々に落下する。

 

 銃口が指向されたのは赤い単眼を思わせる核。

 

 その中へ徹甲弾が、曳光弾が引き寄せられるかの如く吸い込まれ、核が粉微塵に粉砕された。

 

 致命的な一撃──それを()()()()()()()()巨体から力が抜け、地響きを上げながら横倒しとなる。

 

 撃破だ。

 

 しかし──それでは満足しなかったのだろう。

 

 掴んだままの脚から左手を離し、空になった弾倉を交換することもなく彼は幽鬼の如き足取りで巨影の光を失った核へ歩み寄るや否や、握る突撃銃を振り翳した。

 

 突撃銃での打撃が何度も叩き込まれる。

 

 その度に熟れた果実を潰している──と錯覚しかねない音が響き渡る。

 

 何度も、何度も、二度と立ち上がることがないよう念入りに、丹念に。

 

「──そこまで。もう死んでるわ」

 

 彼の背後へ姿を見せた魔女の肩から機械仕掛けのカラスが飛び立つ。

 

 撃破された巨体の上空で旋回飛行を始めながら、何かを振り撒き始めると──敵機の全身が崩れ始めた。

 

 生物的な部品が溶け、大小の機械的な部品は分解されていく。

 

 それを見て──やっと彼は打撃を止めた。

 

 長身の身体から白い蒸気が上がっている。果たしてどれほどの体温になっているのか──ハランが双眸を細めながら口を開いた。

 

「──スープ、まだ残っているけれど……食べる?」

 

 あまりにも一方的に終わった試練だが、おそらくカロリーを使って腹が減っているだろう。

 

 魔女が問い掛けると、タールや廃液の如きドス黒い触媒を返り血さながらの格好で浴びた彼が突撃銃の弾倉を交換した。

 

「……頂く。腹が…減った」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──本当に良く食べるね」

 

「──悪いか?アレを使うと疲れるんだ」

 

 戦闘糧食(MRE)の評判は良くも悪くも有名だ。評判だけではなく数々の渾名も。

 

 あれだけ激しい戦闘の後だというのに腹へ物を詰められるのは一種の才覚だろう。

 

「──()()()()()()()だっけ。満月、なんて…」

 

「──俺達(人狼)俺達(人狼)にする為の代物だ。まぁ使った後は…」

 

「──物凄くお腹が空いて、凄い眠気に陥る。人によっては気絶する、だったかな?」

 

 長身が地面へ胡座を掻き、眼前へ並べた食事を次から次に掻き込む姿を隣で見詰める美女は溜め息を吐き出す。

 

「──特に使い慣れていない奴は気絶する。俺も最初の頃はそうだった。長期に渡って使わなかったら、たぶん気絶するようになるんだろうが…」

 

「──どれぐらい使ったの?」

 

「──さぁな。覚えちゃいない」

 

 やがて空になったパウチを包装されていた袋へ詰め込み、背嚢の中へ収めた長身の身体が横倒しとなる。

 

 ヘルメットを脱いだ刈り上げられた短髪が生え揃う頭は傍らで脚を揃えて座っていた美女の膝へ落ち着く。

 

「──…少し…寝る…30分──」

 

「──30分経っても起きなかったら起こしてくれ。何かあっても起こしてくれ、でしょ?」

 

「──…頼んだ…()()殿()

 

 双眸が閉じられ、寝息も立てずに寝入ったのだろう。

 

 さながら気高い狼が自分にだけは懐いている──と錯覚するような状況だ。美女の口元が緩く綻び、細い片手が刈り上げられた短髪が生え揃う頭を優しく撫でた。

 

「──おやすみ。()()()()()

 

 美女が上体を倒し、無精髭が薄く生えた頬へ唇を触れる程度に当てた微かな音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──目が覚めた?」

 

 頭上から降り注ぐ声音。後頭部が柔らかく、温かい何かへ乗せられているのだろう感覚を捉えたムーアの双眸が震えつつ開かれた。

 

「……どれぐらい眠っていた?」

 

「30分程度よ、ねぼすけさん」

 

 全身が軋むような痛み──筋肉痛のようなそれを感じつつも彼は身を起こす。

 

 ハランが膝を貸してくれていたらしい。まさか彼も魔女スープの残りを平らげて直ぐに抗い難い眠気で寝入ってしまうとは思わなかった筈だ。

 

「…ありがとう…」

 

 この地上で無防備に寝入っていた。その事実に嫌悪感を抱く彼へハランが口元へ笑みを浮かべる。

 

「試練を突破した者に、これぐらいはしてやらなきゃね」

 

「…高くつきそうだ」

 

 傍らに置かれた背嚢──その上へ鎮座する覆いが被さったヘルメットを拾い上げたムーアが溜め息を吐き出しつつ頭へ乗せた。

 

「──この道を真っ直ぐ進めば、楽園に辿り着けるわ」

 

 彼は立ち上がって早々に背嚢を背負い、突撃銃のスリングベルトを首と右脇下へ通した。

 

 ムーアに遅れて腰を上げたハランが指差すのは──試験場となった現在地から荒野へ続く亀裂が走った舗装道路だ。

 

「ただし、ここからはお前一人で行かなければならないわ」

 

「……こっちの方が()()だろう」

 

 ただの──少しばかりラプチャーと戦えるだけの脆弱な人間が地上で単独行動である。

 

 個人的な比較だが、ムーアとしてはこちらの方が余程に試練としか思えなかった。

 

「まぁ…行けるか行けないかで言えば…おそらくは行けるだろうが…」

 

「ふふ…じゃあ、早く行きなさい。ちょうどお前が来るのを心待ちにしている者がいるから」

 

 行軍前の武装点検──弾倉を抜き、残弾を確かめていた彼へハランが口にすると、彼は首を傾げる。

 

「…心待ちにしている者?」

 

「えぇ。きっと、お前が楽園に足を踏み入れたら歓迎してくれるはずよ」

 

「……そんな知り合いは……」

 

 彼は交友関係が生憎と広くもなければ深くもない。友人すらいないのだ。

 

 悲しいことに任官直後から士官学校で苦楽を共にした同期達の近況を報せる連絡すらない。薄情なモノだ──

 

「───」

 

「どうかした?」

 

「…いや、なんでもない」

 

 点検の動きが止まったムーアが気になり、魔女は声を掛ける。直ぐに何事もなかった様子で彼は再び点検へ戻った。

 

 その点検も終わり、ムーアはハランに向き直る。

 

「──世話になった」

 

「──礼は要らないわ。さぁ、行きなさい」

 

 頷いた彼は魔女に背を向けて舗装道路を目指して歩き始めた。

 

 その途中──ブラックスミスを撃破した現場の付近で踏み潰した煙草の吸い殻を拾い上げ、携帯灰皿へ投げ込んでからムーアは亀裂が走る舗装道路へ足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かい日差しが降り注ぐ。

 

 日傘が似合う──と低く落ち着いた声音を思い出しながら彼女は草原を歩いた。

 

 あの精悍な風貌と差し出された可愛らしい日傘はどうにも似合っておらず、思わず苦笑が漏れ出た記憶を彼女は覚えている。

 

 勿論、嫌ではなかった。

 

 有り難く受け取った日傘を広げ、差してみれば──

 

「──綺麗だ、でしたか」

 

 承認欲求が強い性格──と自己判断出来る彼女はその手の誉め言葉は、慣れもあったのだろうが当然のそれと受け取れていた。なのに、その時ばかりは頬が熱くなってしまった。

 

 緑が美しい草原を進んでいると──視線の先に異物を捉える。

 

「──あぁ…いらっしゃいましたね」

 

 やっと来たらしい。

 

 随分と待たせてくれたものだ。

 

 彼女は自身の身へ白い翼を纏わせる。拡張武装──()()

 

 それを広げ、宙へ浮かぶと訪問者であろう草原の中に現れた異物の上空に向かう。

 

 高度を下げ、ゆっくりと、天使が舞い降りるかの如き挙動で眼前へ──

 

「ようこそいらっしゃいました──」

 

 ──言葉を失った。

 

 あの日の記憶が、あの離別の夜が思い出された。

 

 視界が霞む。瞳が潤む。

 

 声が──出ない。

 

「──ッ!!」

 

 何も言えない。言葉が出ない。

 

 しゃっくりをあげそうになる。こんな顔を見せたくはない。

 

 だから行動に移すしかなかった。

 

 眼前に立つ──あの人に良く似た精悍な顔立ちの人物の胸へ飛び込むしか出来なかった。

 

 

 




1周年記念の生放送はライブで観れませんでした。残業だったんですよ(しかも1時まで!
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