勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
そして間もなくこの作品も初投稿から1周年…ここまでお付き合い下さる読者の皆様に改めまして感謝を申し上げる次第でございます。
ところで1周年イベントのゴッデス部隊指揮官…バチクソイケメンですね。そして新章のアンダーソン副司令官、いきなりそれは反則でしょう(仕上がってますね(もっと脱いでくれませんか
「──ッ!指揮官様ッ!!」
地上基地エデンのロビー──広々とした空間に反響する喜色を感じさせる高い声。
一目散に駆け出したのだろう忙しない足音も一拍遅れて反響した。
亜麻色の髪を靡かせながら駆け寄ってきた彼女──アニスが勢いのまま長身の指揮官へ抱き付く。これが
「──無事だったのね!」
「なんとか……まさか死に掛けとはいえ、タイラント級と戦うはめになるとは…」
「──え"」
──今、なんて言った。
聴覚センサーに不具合でも生じたのだろうか。首筋に両腕を回し、ぶら下がる格好となったアニスの両脇へ両手を差し入れつつ床へ下ろす彼が溜め息混じりに放った一言はアニスを硬直させた。
「──少佐!!」
理解が及ばす、硬直したアニスを尻目に今度はパピヨンがムーアへ駆け寄り、対ラプチャー用の火器を取り扱うに相応しい筋肉で包まれた左腕へ抱き付く。
「──本当に心配したんだから!ケガはない?私が、ふーってしてあげる」
「…心配は有り難いんだが…」
彼女の背後から静かに迫る人影──自らの弟子の存在を認めた彼は離れるよう促そうとするも、一歩遅かった。
ネオンがパピヨンの耳元へ唇を寄せ、わざとらしく息を吹き掛ける。その途端、彼女は可愛いらしい声を上げ、抱き付いていた彼の左腕から腕を離した。
そのまま勃発するのは火力の申し子と女狐の不毛な口喧嘩だ。
しばらく放置しておこう──と決めた彼は分隊を束ねる優秀なリーダーに濃い茶色の瞳を向けた。
「ラピも無事で良かった」
「指揮官こそ…ご無事でなによりです」
「ありがとう。…やはり…全員が試練を?」
「はい」
ラピへ尋ねつつ彼はボディアーマーのポーチを漁った。取り出したソフトパックを軽く振り、一本の煙草を銜える。
──何処にも禁煙を示すプレートが掲げられていないのだから大丈夫だろう。
ついでにこの分なら空調システムも優秀であるはずだ。
構わずにムーアは煙草へオイルライターの火を点け、紫煙を燻らせ始めた。
「…そっちの試練は?」
「へ?あぁ、うん。一人ずつ受けたの。あの盾を持ったおチビちゃんが突然、自分を倒してから行け、って言うのよ」
「…ッ…おチビちゃん?………あぁ」
硬直が直ったのだろう。アニスが答える試練の試験官──その呼び名は一瞬だけ頭痛を覚えたものの相手が誰を指しているのかをムーアは思い出す。
あの尋問──もとい、話し合いの場でハランの影に隠れていたニケである。
「試練もだけど、からかって来るのがホント腹立ったわ」
「…そんな性格の
「うん、めっちゃ腹立った。しかも煽って来るしね。指揮官様がいてくれたら、煽り返してくれたんだろうけど」
──俺はそんな風に見られているのか。
常に誰かを煽っていなければ気が済まないような捻じくれた性格ではない──筈だ。おそらくは。きっと。
とはいえそれは彼の主観である為、あまり参考にはならないのかもしれない。
「──って、そうだった!指揮官様の試練はタイラントと戦ったって言ってたよね!?ど、どうやって生き残ったの!?」
「──もしや師匠…危機の中で火力の奥義を究めたんですか?」
「…生憎と奥義は究めていないな。残念ながら。さっきも言ったが死に掛けの奴だった。しかもブラックスミスだったよ」
「ブラックスミス…まさか
ラピが記憶を辿り、ムーアが分隊の指揮を始めて執った際の任務で交戦したタイラント級の個体を思い出す。
彼女へ頷きを返した彼がどのようにして死に掛けとはいえ、まがりなりにもタイラント級ラプチャーを撃破せしめたのかを淡々と、掻い摘んで説明してみせる。
「──え?あの薬を使ったの?」
「あぁ、使った」
「────」
アニスが思わず彼の頭部を仰ぎ見る。
気の所為だろうか。いや、気の所為ではない。
白髪が──僅かだが明らかに増えている。
出会った頃、それこそブラックスミスと交戦へ至った任務を思い出すと彼は黒髪であった。
それがどうだろう。
現在は白髪と黒髪が半々の割合で混ざり合い、遠目では灰色の髪に見えるではないか。
「…あの薬…大丈夫、なんだよね…?」
「特に今のところはなんともないからな。大丈夫だろう。──アニス、そんな顔するな。綺麗な顔が台無しだぞ」
彼女に曇り顔は似合わない。片手で亜麻色の髪を軽く撫でたムーアは次いで携帯灰皿を取り出し、溜まり始めた煙草の灰を落とした。
「…でもさ…やっぱりおかしいよ。指揮官様があの薬を使う度に…」
「…白髪が増えるだけだろう?」
この歳で若白髪が目立つのは少しばかり思うところはあるが──些細な問題であろう。
「…気になるようだったら白髪染めでも使うことも視野に入れる。試練は一人ずつだったということは……パピヨンも受けたのか?」
「えぇ…そうなの。私の試練は空を飛ぶ爆撃機だったわ…」
汚れが目立つ彼の戦闘服を摘むパピヨンが鼻を啜り、どれほど辛かったのかを語る。
頭上を飛び回られ、攻撃を一方的に受けるのは想像するだけでも苦労が忍ばれるが──
「…直掩機に守られていない爆撃機は良いカモ、と思うのは俺だけなんだろうか」
「…少佐?」
「…いや、なんでもない」
パピヨンだけでなく、アニスやネオンも首を傾げている。
コミニュケーションとは難しいものだ。それを痛感しつつムーアは軽い咳払いを発して話題を変える
「…それで、皆に聞きたいことがある」
「あぁ…もしかして
全員が知っているのだろう。アニスが代表し、紫煙を燻らせるムーアを見上げながら問い返せば彼は頷きを見せる。
「あんな
パピヨンが率直かつ素直な──しかし完全な否定は難しいであろう言葉を吐き捨てる。容赦のない一言だ。
とはいえ、やはり彼女達も思うところはあるのだろう。誰もその発言に訂正を促すことはなかった。
時間を遡ること1時間ほど前。地上基地『エデン』の観光ツアーを済ませたばかりのムーアは案内人であるドロシーの後へ続き、庭園の一角に導かれた。
「──お掛けになってお待ち下さい」
そこにはガーデンテーブルやチェアが用意されている。向かい合うように白いチェアが配置され、ガーデンテーブルの机上には色彩豊かなマカロンが並ぶ2段のケーキスタンドが鎮座していた。
着席を促された彼は──この格好で失礼ではないかと考えるも、生憎と相応しいドレスコードを守る服装の手持ちがある訳ではない。
致し方なく、せめて武装を解き、そして背負ったままだった背嚢や纏わせていたボディアーマーを身体から下ろした。
右脚へ巻いたレッグホルスターはそのままであったが、それ以外は武器となる代物をチェアの横へ置き、腰を下ろしてみせる。
ドロシーは彼へ背を向け、手際良く紅茶の用意を進めながら口を開いた。
「──エデンを御案内しましたが、如何でしたか?」
「──率直な感想を言うとすれば…アークとの技術や科学力の差を痛感しているところだ」
アークよりも半世紀は進んだ技術──光学迷彩技術やシミュレーションルームと似ているが、それよりも遥かに進んだインキュベーター。
案内された先々で目の当たりにし、説明を受けた諸々にはムーアも驚きを抱いた。
「痛感した、ということは──逆を言えば、それしか感じられなかった、ということでしょうか?」
「…あまり揚げ足を取らないで貰えると嬉しい」
「ふふっ…失礼しました。──どうぞ。お口に合うと宜しいのですが」
笑みを湛えたドロシーがカップをソーサーに乗せ、彼の眼前へ配膳する。
軽い目礼を返し、感謝を伝えたムーアがカップを摘み、一口を静かに啜る。
「──如何ですか?」
「──…なにぶん舌が貧しい。美味い、とありきたりな感想しか出ないのが申し訳ない気分だ」
「なによりのお言葉です」
対面のチェアへ腰を下ろしたドロシーも優雅かつ上品に、そして慣れた様子で紅茶を啜る。上流階級の令嬢を思わせる雰囲気だ。
「──ムーア様。お尋ねしたいのですが…私がお見せした楽園は、あなたが想像されていた楽園とどれくらい近かったでしょうか?」
「…どれくらい…」
「はい、それが
必要以上の音を立てず、ドロシーはカップをソーサーへ置くと対面の彼を見据える。
とはいえ──即答は難しい。
「…想像とは少し違うと思った点もあった。しかし想像していた通りの物もあったか」
「それは?」
一体なんなのか、とドロシーが先を促す。
すると彼は軽く肩を竦め、摘まんだカップを小さく傾けて湯気立ち芳醇な香りを放つ紅茶を静かに啜った。
「──貴女のような美女に淹れて貰った紅茶は極上の味、そしてリンゴも美味かった。楽園や楽土の地にはこんな物が溢れ返っているんだろう。その一端を味わえただけでも満足だ」
「────」
返された低く落ち着きのある声音で放たれた言葉。少しの軽口へ混ぜられた隠しようのない本音。
彼女は一瞬だけとはいえ言葉を失う。いつか聞いたような、或いは
──ドロシー
記憶に残る、低く、落ち着きのある男性の声。
それが彼女の頭蓋の内側で反響した。
「──どうした?体調でも?」
「──え?」
ふと彼女は我に返る。
視線の先では訝しげに双眸を細めた──
「…いえ、なんでもありません。失礼しました」
「…そうか?…とはいえ、無理はしないでくれ。体調が優れないなら…」
──ドロシー、無理はするな
「──ッ…!!」
違う。
あの戦争で、あの最後の作戦で、帰らぬ人となったのだ。
眼前の
気を取り直し、彼女は小さく咳払い。
改めて余裕を見せるようにティーカップを摘んで縁へ口付けた。
「──大切なお話に移っても宜しいでしょうか?」
尋ねると
「ハランから聞いているかもしれませんが──私はずっと、あなたがここにいらっしゃるのを待っていたのです」
「…ふむ…貴女のような美女に待たれるのは確かに男冥利に尽きるが──ひとつ、頂いても?」
軽口──似ている。生き写しといっても過言ではないアークの指揮官がケーキスタンドへ視線を向ける。そこに並べられたマカロンを摘んでも構わないかと問われたドロシーは頷く。
──やはり違う。
彼は甘味が得意ではなかった。忌避していた、とまでは言わないが食べる時はいつも眉間に縦皺を深く刻み──そう、ちょうどあのように。
「──…お口に、合いませんでしたか?」
「…いや、そんなことはないが……申し訳ない。もう一杯、頂けるかな」
マカロンを摘み、口腔が申し訳程度の咀嚼を続ける動きを見せた後、カップへ残っていた紅茶を全て飲み干したのだろう。
眉間へ深い縦皺を何筋も刻みながら
呆気に取られるままドロシーは乾いたカップが乗ったソーサーを受け取り、腰を上げると背後のワゴンの傍らへ移動し、ポットから紅茶を注ぐ。
「──コーヒーの方がお好きでしたか?」
「…どちらかと言えば…」
では今度はコーヒーを用意しよう。あまりコーヒーに造詣は深くないが──その思考が駆け巡った瞬間、ドロシーは一瞬だけ動きを止める。
──今、なんと。
次があるような、
背を向けているのは幸いだ。
濁った瞳を、そして自身の脳裏へ過った思考を唾棄し、心底からの軽蔑を浮かべた苦々しい表情を彼が窺い知ることは出来ないのだから。
心を落ち着けろ──深呼吸をひとつ。
ふう、と吐息を漏らしたドロシーはソーサーを摘みながら席へ戻る。
再び彼の手元へ湯気立つ紅茶が戻ると、軽い目礼の後にカップが摘まれた。
「──あなたを待っていた理由は……あなただけが現在、エデンが瀕している危機を打開できる
前もって用意していた言葉を彼女は紡ぐ。チェアへ腰掛け、カップを摘みながら上品に振る舞うドロシーの視線の先で──向けられた言葉の意味を解釈しようとしているのだろう。眉間へ縦皺を刻み、考え込んでいる様子を見せるアークの指揮官の姿がある。
──嗚呼、良く似ている
ゴッデス部隊指揮官は果たして