勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
〈──……
「───」
揃って戻ってきたドロシーとヨハン──長身の男が携行する通信機器のスイッチを入れた途端、この場にいる全員の聴覚、そしてヘッドセットのハウジングを震わせたのは心底からの溜め息。続けて隠しようのない皮肉たっぷりの苦言だ。
その苦言を紡ぐ声は美声だからこそ、私は不機嫌です、と余計に物語っている。
〈──私が知らない間に
「───」
〈──まぁ、そうでもなきゃ作戦中にオペレーターの通信を半日以上切るなんて有り得ませんよね?〉
「───」
ムーアはヘッドセットのハウジングを軽く左手で押さえつつ横目をヨハンへ向けた。
すると偶然にもアイスブルーの瞳も彼へ向けられる。困った、参った、とその瞳は物語っていた。
〈──どうしてヨハンは黙ってるんですか。ドロシー?〉
「はい、セシル」
〈──
「指揮官の言語機能は至って正常です。御心配には及びません」
〈──そうですか。では何故、黙っているんですかヨハン?〉
なんとなくだが、地上基地エデン内部に於ける人間関係が察せられてしまい、ムーアは居た堪れなくなる。
──助けろ。
──怒っている女性を宥める方法を
濃い茶色の瞳が逸らされ、ボディアーマーのポーチから取り出したソフトパックが軽く振られた。
銜えた煙草へオイルライターの火を点ける姿を見詰めるしかないヨハンは──やがて盛大な溜め息を吐き出す。
〈──今、溜め息を吐きましたね。私が何か間違ったことでも言いましたか?〉
何一つとして間違ってはいない──ぐうの音も出ない正論だからこそ返す言葉が見付からないのだ。天才的な頭脳の持ち主なのだから、それぐらい察して欲しい──ヨハンは内心で願わざるを得ない。
「………」
「…全力で怒られてますね」
「あの人間味のない男も誰かに怒られることがあるのね」
「…人間味は…ありすぎだと俺は感じるが…」
「えぇ…少佐、それ本気で言ってるの?」
眼前で展開される一方的な遣り取りを眺める他ないのは主に
特にラピは珍しく半ば呆然としている程だ。
その傍らで銜え煙草のまま紫煙を燻らせる彼がアニスの軽口へ疑問を呈した直後、パピヨンが信じられないと言わんばかりの反応を見せた。
「…移動するぞ」
小さな溜め息──その中へ疲労を滲ませつつヨハンが外套の裾を翻して進み始める。それへ指揮下のインヘルトやドロシーが続くのを認めたムーアが左手の指二本を揃え、数回振って前進を指示する。
ヨハンが通信を復旧させる寸前、ドロシーからは作戦への参加が認められた旨を告げられたが、果たして全面的に認められたのか否か。
前進を続けて約1時間が経過しただろう。
次第に周囲の光景が荒涼とし、植生もほぼ見受けられなくなる。ついでとばかりに暑くなって来た。
スンと鼻を鳴らせば、嗅ぎ取ったのは腐卵臭──硫化水素の臭いだ。
旧時代の極東の島国は温泉文化が古くから根差しており、温泉=硫黄の臭いと結ばれていたそうだが──硫黄は本来、単体では無臭である。
とはいえ、いずれにせよ硫化水素の臭いがするとなれば──
「──わぁ!師匠、ちょっとあれを見て下さい!」
興奮気味にネオンが背嚢を担ぐムーアの背を叩く。彼女がハードナックルグローブを嵌めた片手の指先で指し示す方向には──地上の裂け目から濛々と立ち昇る白煙。その周囲の岩石は黄色く染まり──おそらくは硫黄の堆積物で覆われている。
「…道理で暑い訳だ」
「もう少し行けば温泉でも出て来るんじゃない?」
「…防護マスクは必須だな」
不可視の有毒ガスが充満している環境で温泉を堪能は出来そうにない。
肩を竦めた彼にアニスが釣られて苦笑する中、特殊別働隊やパピヨンの先を進むインヘルトの最後尾──ハランが肩越しに振り向いた。
「──温泉の前にもっと熱いものが出て来る筈よ」
「…その口振りだと、間欠泉の類ではなさそうだな」
「えぇ。この一帯は──火竜ニヒリスター、彼女の領域だから」
「なるほど…」
つまり、いつ遭遇しても不思議ではない。
携行する突撃銃の薬室へ初弾が装填されているかを彼が確認した矢先、ヘッドセットのハウジングの奥からオペレーターである女性──セシルの声が響く。
〈──付近で感知できる熱源はありません。スキャンを避ける為に遮蔽物の隙間へ隠れている可能性も捨て切れませんが…〉
「そこまで
「…って、なんで?」
セシルの予想──勿論、彼女としても可能性は低いと考えているのだろうが、それを彼は否定する。傍らに立つアニスが問い掛ければ、ムーアは鼻を突く腐卵臭で眉間へ皺を刻みつつ口を開いた。
「…俺が仮想の対ニヒリスター戦で感じた印象…性格の印象は、傲慢、驕慢、不遜と言った所だ。兎に角、自身の戦闘能力に絶対の自信を持っている。勿論、それを裏付けするだけの能力はあるんだろうが…」
──それは慢心に繋がる。
彼が最後に付け足した呟き──それを背中越しに聞き取ったヨハンが僅かだが口角を緩めた。
「──私が空から調べて来ましょうか?」
「──そうして下さい。あ、それから…」
偵察を申し出たイサベルへドロシーが頷きを返したかと思えば、続けて彼女は無言のまま対面する部隊の参謀を見詰める。
個別の通信を送っているのだろうとムーアが察し、細められた濃い茶色の瞳が視線を向けていると気付いたイサベルの頬へ軽く赤が差した。
「──で、では行ってきます」
彼女の背中へ装備された機械仕掛けの翼が大きく展開され、予備動作無しで宙へ浮き上がったかと思えば──
「…速いな」
瞬く間にその姿が上空へ消えた。
浮き上がった影響で荒涼とした大地を覆う砂の粒子が巻き上がる中、彼が煙草を銜え、オイルライターの火を点けた途端──
「…まさかこれ…イサベルが帰って来る音じゃありませんよね…?」
──大気が震え始めた。
「…お願いだから土砂崩れじゃありませんように…」
「…アニス、安心してくれ。地面は揺れていないからな」
「ありがとう指揮官様。全然、安心は出来ないけどね」
紫煙を燻らせる彼の指先が突撃銃の安全装置を外す。それを認めたアニスも携えた擲弾発射器の安全装置を解除した。
〈──コードネーム・ニヒリスター、上空から超高速で接近中!接敵まで10秒もありません!〉
「低速飛行もウィングミサイルの射出もなしか」
舐められたモノだ。どうやら真っ向から戦ってくれるらしい。
それを感じ取ったムーアが上空を見上げると──純白の雲が真っ二つに割れた。
割れた雲の隙間に火球、或いは流星、いずれにせよ大気を燃やし、落下して来る存在がある。
それが地表へ落着──それも一行の目と鼻の先に落着した途端、周囲に爆風が吹き荒れた。
砂塵が舞い上がり、容赦ない爆風が肌を焦がさんと襲い掛かる中、砂塵の奥に揺れ動く巨影がある。
砂の粒子を掻き分け、その巨影が一歩前へ進んだのだろう。地響きと共に地面が震えた。
竜──機械仕掛けの巨大な竜だ。赤と黒の体表を持つ機械仕掛けの竜が眼前に聳え立っている。
「──ニヒリスター。クイーンの先鋒。疾うの昔に朽ち果てるべきだった古代の遺物…!」
「…呼び名が多いな。どれかひとつに統一しないか?」
《──あぁ、全く同感だ》
ヨハンの敵意に満ちた声、それへ軽口を返したムーアへ同意する女の──やや掠れた低い声が響き渡った。
インヘルトや特殊別働隊、ましてやパピヨン、いずれの声でもない。
では誰か、とムーアが考えた矢先、眼前の火竜が次第に
やがてその姿が人間大の頭身となったかと思えば、赤々と燃える長髪を靡かせたヘレティックが姿を現した。
諸々の物理法則を無視している光景だが、今それを気にしても仕方ない。
「──楽園の虫ケラ共が。この俺を挑発しただと?」
禍々しさすら感じさせる紅い瞳が燃え上がるかの如く爛々と光り、鋭い視線で一同を見渡した。
「灰になりたくて仕方ねぇみたいだな!その願い、叶えてやるぜ!」
〈──ニヒリスターのコア出力、急上昇中!退避を!〉
これまでの戦訓から再び火竜へ変形し、高熱──僅かに掠めただけでも溶ける程のドラゴンブレスを彷彿とさせる攻撃が来る。
それを察したヨハンやインヘルトの面々が退避の行動へ移るのを見逃さず、彼も特殊別働隊やパピヨンへ遮蔽物へ隠れるよう指示を出して駆け出す。
「…ん?」
ヘレティックの視線がムーアを捉えた。攻撃目標として捉えたのだが──その紅い瞳が怪訝な形に細められる。
攻撃の為に変形が始まらない──これまで経験した記憶がない展開にヨハンやインヘルトの者達が立ち止まった時、セシルの困惑を感じさせる声が通信を介して届いた。
〈──ニヒリスターのコア出力が低下…何故…〉
「──ッ!
ニヒリスターの姿が消えた──いや、高速で移動した、と察したヨハンが声を張り上げる。
警戒を感じさせる声音に彼も反応し、横目を向けると、携行する突撃銃を強く握り込んだ。
立ち止まるも、片脚を強く踏み込みつつ──突撃銃の床尾板を用いて打撃を何も存在しない空間へ叩き込んだ瞬間だ。
「──へぇ?反応が良いな。それに力も…本当に人間か?」
その打撃を片手で受け止めてみせる人影が現れる。言うまでもない。ニヒリスターだ。
打撃を受け止めたニヒリスターは黒く刺々しい尻尾を器用に操作し、彼の腹部へ狙いを定めた。
それが目にも止まらぬ速さでボディアーマーへ喰い込もうとする寸前、彼は突撃銃を握る手を一本離すや否や、携行するファイティングナイフを引き抜く。
黒い刃の切っ先が尻尾の先端を捉え、寸での所で受け止めてみせる。
「…そのナイフ、チタンマターか?随分と頑丈だな。砕けねぇなんて」
「…ニケの腕も斬り落とせる代物だからな」
「ついでにテメェの脚も切り落としたんだろ?
ギチギチと鈍い音を立ててナイフと尻尾が、そして突撃銃と冷えて固まった溶岩を彷彿とさせる片腕が互いに鎬を削る最中、紅と茶の瞳が交差した。
「お前、喋るラプチャーを覚えてんだろ?トーカなんとかって呼んでた奴のことだ」
「…
「どうしたって?アイツはなぁ…俺がかなり大事にしてた手下なんだよ。お前に殺されちまったけどな」
「…それは済まないが謝れんな。戦場の倣いだ。悪しからずに頼みたい」
生真面目に対応したムーアにヘレティックは一瞬だけ呆けた表情を浮かべ──やがて哄笑のような大声で笑い出した。
「ハハハハッ!!お前、面白いな!!」
一頻り笑ったことで満足したのか、ヘレティックは軽く肩を竦めた。
「──退屈な復讐劇を期待してたんなら悪ぃけど…俺、そんなに情に厚いタイプじゃねぇんだよなぁ。まぁ、お前にとってはラッキーだろうけどよ」
「そうだな。不幸中の幸い、という奴を実感しているよ、
続いて先程よりも控え目な笑い声を喉の奥から唸るように漏らし──不意に拮抗させていた力を一方的に抜いたかと思えば、一歩退いてしまう。
「──おっ始める前にお互いに利益のある話をしようぜ。実はよぉ。トーカティブが死ぬ前、すっげぇ興味深ぇ話をしてくれてな」
黒く刺々しい尻尾もニヒリスターの背へ隠れるが、紅い瞳からは眼差しが向けられる。視線が全身を這い回るような落ち着かない感覚を捉え、ムーアの眉間へ不快感を示す縦皺が深く刻まれた。
「──お前を捕まえて体の中をひん剥いたら、そこに
「…何を言っているんだ?生憎と内臓ぐらいしか詰まっていないぞ」
解剖学の知識を試す被検体云々──と語っていた雪原での一幕をムーアは思い出す。そういう
「──
「……美女に待ち焦がれられていたとは知らなかったが……」
そう悪い気分でもない。いや、状況は最悪なのだが──と考えつつも余裕の態度を崩さず、彼は満足に吸えなかった煙草を吐き捨て──
「──なぁ、いったいその身体に何が入ってんだ?──クラトス計画、
「──ッ…グッ…!!?」
低く掠れ気味の女の声が耳朶を打った途端、耐え難い頭痛に苛まれ、膝が崩れ落ち掛けた。
──嘘…!
同時に撫子色の長髪を持つニケが、そのアメシストの瞳を目一杯見開いた。
そういえば次のイベントは温泉だとか……しかもガーターベルトにストッキングでムチムチの美脚を武装したルドミラ様と可愛いミカァ!!だとぉ!?
………それはそれとしてムーア少佐、浴衣とか似合いそうですね。そして温泉も妙に似合いそう。むしろ湯治ですね(どうした急に