勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
Q:ムーア少佐はクリスマスをどう過ごしますか?もし過ごすなら、どのニケと一緒にいたいですか?
A
「アニス、ネオン──それとラピだな。……クリスマスも地上で任務だ。申し訳ないし、休暇を与えたいのは山々だが……温泉に行きたい。なんでも最近、北部で温泉が出たとかなんとか…しかも視力回復に効果があると耳に挟んだ。…俺の右眼の視力も回復するだろうか?」
「…申し訳ない、ってのは嬉しいんだけど……ねぇ、指揮官様。ひとつ聞いても良い?」
「師匠の右眼って…義眼でしたよね?」
「俺なりのジョークだ」
「……指揮官。申し上げ難いのですが…そのジョークは…笑えません…」
クラトス計画──
それこそ残らず、全員が──
「──まさか…そんな筈が…!?」
似ている、とは感じていた。纏う雰囲気や話し方、顔立ちに体格、情報で聞き及んだ戦い方もそうだが、煙草の吸い方まで瓜二つ。偶然だと、他人の空似と断じていたが、そんな
有り得ないは──有り得ない。
「──トーカティブの奴、俺の望むものがなんだと思って、あんなリスクを背負ってまでお前を俺に差し出そうと──なんだ?具合でも悪ぃのか?」
「──今朝、食った飯が悪かったらしい…!賞味期限でも切れてたようだ…!」
冷や汗が流れ落ちる眼前の青年を僅かに見上げるヘレティックが紅々と燃える双眸を細めながら問い掛ける。それへ彼は軽口で返すが、眉間へ深く刻まれた縦皺と食い縛る歯の軋みは明らかな不調を如実に示していた。
「あぁ、そいつはいけねぇな…
「──ッ!指揮官!!」
玲瓏な声音へ警戒を否応なしに滲ませながらラピが呼び掛けた瞬間、ヘレティック──ニヒリスターの身体が膨らみ始めた。
膨らみ始めた、というのは正確な表現ではない。紅々と燃える瞳を一際強く光らせたかと思えば、その身体が機械仕掛けの竜へ変化を始めたのだ。
長大な両翼を広げ、大きく羽ばたくや否や周囲の砂塵が舞い上がった。
そして鉤爪が生えた脚がムーアを捕らえようとした瞬間──眩いほどの一閃の光芒が竜の胴体を貫いた。
「──
竜の巨体が重力に引かれ、地表へ落下。地響きを立て、砂煙が上がる中、ドロシーの困惑をインヘルト部隊の彼女達は認める。
──私は…何を…。
違う。別人の筈だ。似ているが、
彼は既に──
──人間と言ってくれるとは嬉しいな。嬉しくて涙が出そうだ。
脳裏に響き渡った低い声。遠い、気が遠くなる程の昔に嫌というほど耳へ馴染んだ皮肉を込めた自嘲のそれ。
「──指揮官!大丈夫ですか!」
「──指揮官様!」
竜の撃墜と落下に巻き込まれる寸前、背後へ飛び退いたムーアの周りに彼の部下達が集まる。
「大丈夫だ!──
声が張り上げられ、肩越しに振り向いたヘルメットを被った頭、その精悍な顔立ちに相応しい濃い茶色の双眸が向けられる。
とても、懐かしい響き。
「──感謝する!」
──嗚呼。
「──どう、いたしまして…」
もしかすると、可能性は限りなく低いのだろうが、或いは有り得るのかもしれない。
「──分隊!これよりインヘルトと共に、ヘレティック ニヒリスターと交戦、撃破する!──エンカウンター!!」
交戦の宣言──声帯と大気を震わせ、周囲に響き渡るそれすら懐かしかった。
「──ラピ!右だ!アニスを連れて右に行け!!」
「──ラジャー!ネオン、パピヨン、指揮官をお願い!」
味方が纏まっての交戦は得策ではない。下手をすれば共倒れだ。
ラピがアニスを連れて躍進を始めると彼やネオンが援護射撃の銃撃を敵機へ加えた。
突撃銃と散弾銃、そして狙撃銃の銃声が混ざり合い、敵機の硬い装甲へ弾着するガンガンと耳障りな音が響き渡る。
それがニヒリスターの癪に障ったのか──牙が生え揃った口腔が大きく開けられ、突如として炎が溜まり始めたではないか。
「師匠!来ます!」
「下がれ!!」
攻撃が来ると察したネオンの警告にムーアも承知している様子で彼女達へ先に下がるよう促した。
駆け出したネオンとパピヨンを援護し、数秒でも盛んに銃撃を加え、やがて背を向けて大地の裂け目を目指して走り出す。
ムーアも塹壕のように出来上がった裂け目へ飛び込んだ瞬間、頭上を赤と黄が混ざった炎が駆け抜けた。
「──なんだ。ここにいたのか。てっきりやられたのかと」
「──…ニヒリスターの攻撃が来ると分かっていたからな」
偶然にも裂け目には先客がいた。それも二人である。ヨハン、そしてノアだ。
「はぁ?先にやられるのはそっちの方でしょ?」
「さて、どうだろうな。…1000℃かそこらか」
「1200℃程度だろう」
駆け抜ける炎を見上げるムーアとヨハンの呑気にすら聞こえる短い遣り取りはパピヨンを内心で愕然とさせてしまう。
間違いなくそのような会話を繰り広げている場合ではないのだ。
「…酸素が減ってるからか息苦しいが…煙草へ点ける火には困らないな」
「…ふん…」
鼻を鳴らすヨハンはアイスブルーの瞳を細めつつ指先へ摘んだ煙草を頭上へ掲げ、自然発火したそれを銜えて紫煙を燻らせ始めた彼に問い掛けた。
「それで?どうする?」
「やることは大して変わらんだろう。あの
通常は有り得ないが、高熱へ晒され、薬莢の温度が急激に上昇。充填された発射薬である装薬が雷管を叩かれるのを待たず燃焼を始めての暴発が生じる危険性が思い浮かんだムーアが彼女達へ注意を促す。その点を含めた実験を火器の開発や製造に際して三大企業は実施しているのだろうが、念の為である。
「弾薬が暴発する前に服が燃えちゃいそうです」
「その服、難燃性だろう?着替えは持って来て…クルマの中か」
「…はい…」
随分と呑気なことだ。ノアが呆れた溜め息を吐き出すが、ヨハンは僅かに口角を緩めている。
「──
「…殊勝なことだな。頼む、とは」
銜えた煙草の紫煙を燻らせるムーアは眉間へ深い縦皺を刻む。ヨハンの表現が不快であった訳ではない。単純に燃えるような熱が周辺を包んだ影響で口腔内の水分が蒸発してしまい、カラカラに乾いた喉を紫煙が刺激したからだ。
「皮肉を言うのが趣味なのか?」
「そこまで性格が歪んでいると?」
「…そうは言わないが…」
「ちょっと!お喋りは後にしてよ!」
このままでは曲がりなりにもヘレティックとの交戦中に不毛な応酬を続けかねない雰囲気を察したノアが堪らず苦言を呈した途端、色違いの二対の双眸が彼女へ向けられる。
どちらも細められ、威圧されていると感じたノアが怯むも──
「…確かにお喋りに興じている暇はないか」
「インヘルトが配置に就くまで奴の注意を引き付けて欲しい。出来るか?」
「出来ないとでも?」
翻訳すれば──信じて任せろ、の意味であろうか。肩を竦めてみせたムーアが承知したと感じたヨハンはノアへ目配せし、移動を促した。
「…あぁ、そうだ。これを持っていけ。役に立つかは分からんが…」
ムーアが彼と彼女を呼び止めた。不意に背負っていた背嚢を下ろすと、中身を漁り──やがて薄茶色の包装に覆われた代物をヨハンへ差し出す。
「……
「雷管と起爆装置も渡しておくぞ」
道中の障害物処理──倒壊した建物の瓦礫等を処理する為に背嚢へ入れていたが、まさかこのような使い道を辿るとは彼も思わなかっただろう。
鈍色の光沢を放ち細い金属筒で作られた雷管、片手へ収まる程度の大きさの起爆装置もヨハンへ手渡される。
「使い方は──問題ないようだな」
無造作に薄茶色の包装──高性能爆薬へヨハンの手で雷管が差し込まれた。
「…念の為に聞くが…その義手、帯電し易いとかはないよな?」
「問題はない」
「なら良かった」
差し込まれた雷管が電気で誤作動を起こし、そのまま爆薬が──などとならなかったのが何よりの証拠だろう。
「遠隔操作の雷管だ。
「了解した」
説明も本来は不要なのだろう。ヨハンは起爆装置の安全装置を解除し、雷管が通電するか、起爆装置から信号が送られるか。その確認を済ませ、再び安全装置を掛けてみせる。
「──援護を頼む。ノア、行くぞ」
小柄な部下を引き連れ、ヨハンが裂け目の中を駆け出す。
それを見送るや否や彼の傍らに立つパピヨンが不満げな声を上げた。
「相変わらず素っ気ない…」
「そうか?素っ気ない人間は
肩を竦めたムーアが銜えた煙草の最後の一口を大きく吸い込み──やがて吸い口のフィルター近くまで燃え尽きたそれを指先で摘み、頭上へ向けて弾き飛ばす。
瞬く間に火竜が放った業火の中へ飲まれ、吸い殻はたちまち灰と化した。
「──良し。ネオン、俺の隣に。パピヨンは……俺の後ろを付いて来い。…あのお嬢さんの注意を引き付けなきゃならんな」
業火の熱気で口腔の中は乾き切っている。妙な味すら覚えるが、悠長に水を飲んでいる暇はない。
頭上を駆け抜ける炎が切れる──それを認め、ムーアが塹壕のような大地の裂け目を這い出た。
視線の先──距離にして150mは先だ。巨躯を堂々と曝す赤と黒の装甲に覆われた火竜の姿を捉えた彼は携えた突撃銃の被筒下部へ据えた擲弾発射器の筒身を前身させ、薬室を開放。
その中へ擲弾を押し込んだ。
専用の照準具を起こし、目盛りと敵機の姿を一致させ──擲弾発射器の引き金が引かれた。
気が抜ける発射音を奏で、擲弾の弾頭が緩い弧を描きながら火竜との距離を消化し──やがて弾着と同時に炸裂した。
命中したのは火竜の頭部である。
たかが一発の擲弾で致命傷を与えられる訳がない。
しかし──その火竜の瞳が自身へ向けられたと察した彼は焦る様子もなく堂々と擲弾発射器の薬室を開き、薬莢を排出し、次弾を装填してみせた。
《──お前、何のつもりだ?》
「──得意の
次弾が送り込まれ、続けて薬室が閉鎖される。
体躯の差は火を見るよりも明らか。あまりにも堂々とした態度に火竜──ニヒリスターの哄笑が響き渡った。
《──本当に面白い奴だな、お前!》
「──誉めてくれてありがとう。お嬢さん」
再び突撃銃が構えられ、引き金が引かれる。
二発目の弾着も頭部だ。黒い爆煙が炸裂と共に火竜の頭部を覆う中、裂け目から這い出たネオンとパピヨンを伴ってムーアは駆け出した。
「──師匠の命知らずには慣れましたけど…!こういうことをするなら事前に相談して下さい!」
「──あぁ。次があったらそうする」
「──命知らずに慣れる、ってどういう意味なの!?」
三者三様の服装と武装。それぞれが異なる衣服と火器を携えた3名が駆け出す姿は爆煙が晴れ、視界が明瞭となった火竜の瞳に捉えられる。
再び牙が生え揃った口腔内に炎が溜まり始めた。
「──遮蔽物に隠れろ!」
またファンタジーめいたドラゴンブレス──あの攻撃が来る。
ムーアの警告に触発され、近場の遮蔽物、岩陰の中へ3名が飛び込んだ途端、火竜の口腔から炎の奔流が噴出する。
「──って、師匠!岩が溶けてます!!」
「…溶岩並だな。触れたら火傷どころの騒ぎではなさそうだ」
「少佐!なんで冷静なのよ!」
「慌てても状況は好転せんよ。…まぁ、火種に困らなくて助かってはいるな」
隠れた岩石の左右を駆け抜ける炎の奔流。肌の水分が蒸発する感覚を捉えつつも彼は取り出した煙草を左手に摘み、炎へ近付け、先端が炙られると銜えたそれの紫煙を吸い込む。
口腔が乾き過ぎて、少し噎せた。