勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第8話

 

 

 

 ザク…ザク…

 

 手製の鍬を振るい、表土へ突き立てて掘り起こす──この作業にも慣れたモノだ。

 

「──ここは相変わらず石が多いねぇ…」

 

 掘り起こす度に顔を覗かせる石はしっかりと取り除く。彼女(ニケ)の膂力ならば粉砕してしまっても構わないのだが、おそらく先に農耕具の方が役目を終えるであろう。

 

 全て手作業の農業だ。道具は大切に扱わねばならない。修理もそれなりに面倒だから──という理由があるのはここだけの話である。

 

「──うん。こんなものかな」

 

 各地に点々と設けた自身の拠点、その一箇所へ逗留する最中、彼女は畑作の為の準備を始めた。

 

 土のpHを計測したい所だが──実際、農業関連の指南書にも記載はあったのだが、土壌酸度計等の機器がある筈もない。

 

 とはいえ、これまでの経験から土の酸度がどれほどかを察する特殊能力()が開花したのは幸いだ。お陰で事前に石灰を撒いて、酸度を中和できる。

 

 掘り起こした土を更に細かくし、その次は堆肥や肥料を混ぜて──作業手順を再確認した彼女はトントンと自身の腰を軽く叩いた。

 

 別に腰が痛い訳ではないのだが、数時間も延々と作業しているせいか、どうも気になってしまうらしい。

 

「──ちょっと一服しようかね」

 

 作業も一段落した。ここらで一度、休憩を入れようと彼女──紅蓮は鍬を担ぎ、拠点の近くを流れる小川へ向かう。

 

 清流で鍬を洗い、汚れた手も良く洗う。水が綺麗な証拠なのだろう。下流では見られない類の淡水魚が水音に驚いて何処かへ泳ぎ去った。

 

 昼日中からやるのはどうかと思う──昔馴染の者達が見れば眉根を寄せ、苦言を口にするのが容易に想像できるだろう。

 

 彼女は白磁の徳利を傾け、酒杯へ酒を注ぐ。そのまま一息に飲み干し──満足気な吐息を酒精と共に吐き出した。

 

 この酒も彼女の手作りである。

 

「──ぼっちゃんにも飲ませてやりたい出来だ」

 

 ぼっちゃん──成人男性へその呼称は如何かと思うが、おそらく彼は許すだろう。というより受け入れてしまうに違いない。自分の方が若造だから、と。

 

「……ふむ……」

 

 再び酒杯に酒が注がれる。グビリと今度は一口分だけを嚥下した彼女は物思いに耽る。

 

 年齢不相応──勿論、良い意味で──な青年だった。付き合いは生憎と短いが、良くも悪くも彼という存在は彼女へ強烈な印象を残すのに充分過ぎた。

 

「…()()()()()()()か」

 

 ()()()()()()と言えば良いのか──本人がそう言っているのだからそうなのだろうが、赤の他人と受け入れるには彼女からすれば既視感が強い人物である。

 

 量産型として製造された故の宿命だろうか。着々と彼女の脳は摩耗、経年劣化を続けている。いや、()()と表現するのが適切だろうか。

 

 第1次ラプチャー侵攻──あの当時の記憶も薄れ始めて久しいが、それでも強烈な印象を残した()()の記憶は朧気だとしても摩耗を続ける脳の記憶を司る部分へ刻み込まれているのだろう。

 

「──良く似ていた、な」

 

 生き写しと言っても過言ではなかった。

 

 これでもし──()()()()()()()()をしたら、どうなるだろうか。

 

「…私が負けたのだったかな…いや、どうだったろうねぇ…?」

 

 少々、荒んでいた時期だ。ゴッデス──彼女達に拾われた当初、方々へ勝負を仕掛けていたとは朧気に覚えている。

 

 その際、()()()にも勝負を挑んだ筈だ。

 

「ん〜?…はて…どんな勝負だったかな…ヒック…おっと…」

 

 しゃくりが漏れ出る。ただでさえ記憶を思い出すのは一苦労だというのに酔いが回り始めた。

 

「…あ〜…これはいけないねぇ……ん〜…?」

 

 世界が揺ら揺らと波打ち始めた。どうやら本格的に酩酊状態となりつつあるらしい。

 

 「あ〜…そうそう!…確か…飲み比べ──」

 

 後々になって明かされたのは体質の問題で微塵も酔えないという、とんでもないズルだ。

 

 最初から勝ち目のない勝負だったのだ。

 

 恨めしい視線を向けるも──彼の者は軽く肩を竦めて見せ、一言だけを返した。

 

 

 

 

 ──聞かなかっただろう?

 

 

 

 

 この卑怯者め──そう罵ったところで負け犬の遠吠え、或いは誉め言葉にしか聞こえなかった筈だ。

 

「──本当に…貴方には飽きなかったよ……()()()

 

 彼女は過去に──記憶にある限りでは3名の指揮官の下で戦った。

 

 一人は()()()と呼ばれるのを嫌い、頑なに中尉と呼ぶよう強要した人物。

 

 次は──人類最初のニケ分隊、あの戦争で最高の戦果を挙げたゴッデス部隊を率いた元傭兵の指揮官。

 

 そして──

 

 

 

「──()()()()()()()()()

 

 

 

 地面へ大の字に倒れ込んだ彼女の唇が震え、()()()の名が小さく紡がれた。

 

 最後に交わした会話──彼女を始めとした全員を戦場から脱出させ、自身は元々率いていた部隊と共に最後の突撃に参加するという彼の言葉。摩耗が続く脳であっても、その言葉の響きは思い出せる。

 

 あの時、彼は間違いなく──ここが自身の死に場所であると察していた。いや、もしかすると死に場所を見付けたのだろうか。

 

 彼自身が、そして部隊の残存の隊員が散華するに相応しい死に場所。

 

 きっと端から生き残るという選択肢はなかった筈だ。

 

 覚悟を疾うの昔に決めてしまい、とうとう死に場所を見付けてしまった者を引き止める言葉は──探せばいくらでもあるのだろう。だが、万の言葉を尽くしたとしても決して彼の胸に響くモノではなかった。

 

 もう止められない。もう止まらない。

 

 彼の者達は破滅に向かって突進する。最後の一兵まで、最後の一兵になっても。

 

 進め、進め、前へ、前へ。

 

 意地と執念、執着──その魂に刻まれた信念に殉じて彼等は戦場の露と消える。

 

 それが分かってしまったから──おそらくゴッデスの中で最も彼や彼等に近い思考回路を持っているからこその弊害だったのかもしれない。

 

 

 

 ──存分に。

 

 

 

 散る者へ送る手向けの言葉を多く知っている訳ではない。

 

 ただ、彼の生涯に、或いは戦士としての生き様に恥じない名誉を最期まで──

 

「…()()…いつも貴方は言っていたと思うけどね…貴方は最期まで()()だったと信じているよ…」

 

 少し眠くなってきた──休憩がてら午睡も良いだろう。

 

 あまり高鼾で深く寝入ると、不覚を取って永遠の眠りにつきかねないが。

 

 彼女は喉の奥から低く笑い声を漏らすと片手で探り当てた愛剣──花無十日紅を引っ掴んで胸元に手繰り寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈──オラオラ!逃げ回るだけしか出来ねぇのか!!〉

 

「──偉そうなことを言う前にさっさと殺してみろ」

 

 ──挑発しないで欲しい。

 

 口を開けば、自然に挑発の言葉を吐き、煽り返す青年の姿には呆れるしかない。

 

 戦場という環境を考えると、場違いな服装を纏ったパピヨンだが、内心でムーアに苦言を呈するのも無理はない話だ。

 

 機械仕掛けの巨躯の竜が大口を開け、牙が生え揃った口腔へ溜め込んだ火炎を放つ度に彼や彼女達は遮蔽物に飛び込み、攻撃をやり過ごしている。

 

 とはいえ、それも長くは続かない。あまりにも高温のブレスだ。遮蔽物が融解してしまい、身を隠せるそれは目に入るだけでも残り僅かとなりつつある。

 

「──少佐、どうするの!?作戦は!?」

 

「──名案があったら聞くぞ」

 

「──って、無いの!?」

 

 問い掛けた途端、尋ね返されてしまえば思わず悲鳴にも似た声が響いた。

 

 だというのにムーアは気にする素振りもなく、擲弾を薬室に詰め込み、火炎が止むと同時に身を晒して引き金を引く。

 

 ──命中だ。

 

「──5発目だ」

 

 律儀に命中した分を数えているらしい。再び遮蔽物に身を隠した彼が擲弾発射器の薬室を開き、撃ち殻を排出する。

 

「ちょっと少佐!?本当に無いの!?」

 

「…さっきのは冗談だ」

 

 本気に捉えるな──とサングラスに隠れた奥の双眸が呆れた形を作ったと感じてしまう程の声音が返される。

 

 この状況で質の悪い冗談は、いくらなんでもマナー違反だろう。

 

 肩を竦めて見せたムーアは続けて傍らのネオンへ指示を出す。

 

「──行くぞ」

 

「──はい、師匠!」

 

 師弟同士、息が合うのだろうか。

 

 遮蔽物から飛び出した背丈の異なる二人組が突撃銃と散弾銃を構え、二重奏を奏で上げる。

 

 弾頭や散弾が巨躯の竜の装甲へ衝突する度にガンガンと耳障りな音が響き渡る。それを間近で聞く方は溜まったものではないだろう。

 

〈──馬鹿が!効かねぇって分かんねぇのか!〉

 

「──失敬だな」

 

「──本当に失礼ですね!」

 

「──俺達はそこまで賢くないってのに」

 

 今度は師弟揃っての煽りだ。

 

 それを集音マイクか何かしらの機能で拾ったのかは定かではないが──何やら巨躯の竜が纏う雰囲気が険しくなったのをパピヨンは感じた。

 

 無理はないだろう。あんな煽りをされたら、大概の者は()()()か呆れる筈だ。どうやら、このヘレティックの場合は前者らしい。

 

〈──消し炭になりてぇのか…!〉

 

「──消し炭に?お嬢さん、俺を生きて捕まえなきゃならんのだろう?」

 

「──それも忘れただなんて…本末転倒ですね。師匠、こういう方をなんと言うんでしたっけ?」

 

「──そうだな。一般的には──馬鹿じゃないか?」

 

 

 

 

ブチリ

 

 

 

 

 間違いなく、何かが音を立てて千切れ飛んだ音をパピヨンは聞いた。

 

 自身より遥かに劣る者達が無礼にも分別もなく煽り散らかすのだ。

 

 むしろあまり気が長いとは言い切れないであろうヘレティックは良くここまで我慢した筈だ。

 

 竜の口腔に赤々と燃える炎が溜まり始める。

 

 次の遮蔽物へ移動を──彼が動き始めようとした刹那の瞬間、竜の頭部で炸裂の爆煙が2発分、発生する。

 

 側頭部へ弾着したそれらを撃ち込んだのは──

 

「──指揮官、援護します!!」

 

「──指揮官様!!」

 

 ラピとアニスだ。

 

 彼女達からの援護も始まった。

 

 それを確認し、ムーアはネオンとパピヨンを連れて次の遮蔽物へ駆け出す。

 

 飛び込んだ先で彼は突撃銃の弾倉を抜き、残弾を確かめてから再び挿入口へ叩き込んだ。

 

「あまり長引かせたくはないな」

 

 小さく呟かれた言葉の真意をパピヨンは生憎と解釈出来なかった。

 

 問い返そうとする寸前に彼は遮蔽物から半身を曝け出し、突撃銃の銃口を機械仕掛けの竜へ向け、引き金を引いた。

 

 二点からの攻撃──敵機、或いはヘレティックからすれば痒い程度の効果しか与えられていないだろう。

 

 だが、()()()()()()()()()のには充分過ぎた。

 

〈──始めるぞ〉

 

「──随分と待たせてくれたな」

 

 デートで女性を待つのは苦ではないが、と続けられた低い声。ハウジングの奥では鼻で笑ったのだろう音が響いた。

 

 ──上空から落下にも似た勢いで一直線に飛び込んで来た人影。

 

 目にも止まらぬ速度を維持したまま、その人影は機械仕掛けの竜の頭部の間近を掠め飛び──何かを口腔へ投げ込んだ。

 

 その数秒後──口腔の内側でオレンジ色の閃光が膨らみ、爆音と共に生え揃った牙が外へ向けて弾け飛ぶ。

 

〈───ッ!!?〉

 

 すれ違いざまに口腔へ高性能爆薬を投げ込んだのはイサベルだ。

 

 頭部が半壊した巨躯を誇る異形の竜が地面に倒れ込む。地響きを立てながら倒れ込んだ敵機は──徐々にその姿を小さくし、やがて人間大のスケールへ落ち着いた。

 

「──全員、ヘレティックに攻撃を集中!」

 

 ムーアの指示が飛び、分隊の持つ全火力が投射される。

 

 2挺の突撃銃、擲弾発射器と散弾銃が1挺ずつ。そして──流れで付いてきてしまった者が持つ狙撃銃の銃声も響き渡った。

 

「──あ〜マジで分かんねぇかな!」

 

 銃撃はニヒリスターの身体に弾痕を刻むが、決定的な打撃を与えてはいない。

 

 その証拠に穿たれた筈の弾痕が見る見る間に修復するのだ。

 

「どうせ自己修復しちまえば、お前らなんか虫ケラ同然だって!」

 

 なんというズルだろう。これでは手持ちの弾薬を全て叩き込んだところで大した効果は得られない。

 

「──撃ち方待て!!」

 

 再度の命令。それは攻撃の中止を命じるものだ。

 

 反射的に彼女達が引き切っていた引き金が緩み、思わず視線がムーアへ向けられる。

 

「あ?なんだ?どうした?」

 

 唐突に攻撃が止み、首を傾げるのはヘレティックも同様だ。

 

 ムーアは突撃銃へ安全装置を掛けると──おもむろに()()へ巻いたレッグホルスターから拳銃を抜き取った。

 

 使い慣れない拳銃ではあるが、彼は安全装置を外し、初弾装填の点検を手早く済ませると機械仕掛けの左手でそれを構える。

 

 更にニヒリスターの傾げる首の角度が深くなった。

 

 ラプチャーにとっては豆鉄砲にも等しい。それを上位の存在であるヘレティックへ向けてどうしようと言うのか。

 

「…とうとう頭がイカれたか?」

 

「あまり失礼なことを言うもんじゃないぞ」

 

 人間大のスケールとなったニヒリスターの頭部を吹き飛ばす──しかし、それで自己修復機能が喪失するか否か。

 

 勝機は果たして幾らだろう。分の悪い賭けに部下達の命をベットする──その趣味は生憎と彼は持ち合わせていない。

 

 彼自身は延々と、それこそ命尽き果てるまで戦っても構わないのだが──ここまでの交戦で再確認できた。

 

 やはりヘレティックに致命的な打撃を与える手段は──ひとつしかないのだろう。

 

 チキリ、と引き金へ乗せた人差し指によって()()が引き絞られた。雷管を叩く撃針へ撃鉄が落ちる寸前──彼が両耳に宛てがうハウジングの奥から雑音が一瞬響く。

 

〈──()()()。そのまま聞け〉

 

 声の主は相変わらずの冷ややかな声音のまま続ける。

 

〈──アンチェインドは初弾ではない。4()()()だ〉

 

 ──テメェ、この野郎。良くも騙しやがったな。

 

〈──済まない。それについては謝罪する。しかし必要なことだったんだ〉

 

 ──あとで()()()()()

 

 ムーアの眉間に深い縦皺が刻まれた──不利を悟り、イタチの最後っ屁よろしく悪足掻きでもしようとしているのか。

 

 先程までの威勢は何処へ行ったのやら──ニヒリスターは思わず憐憫の情すら芽吹きそうな心持ちとなった。

 

 とはいえ、あそこまで健気に立ち向かってきた敢闘精神に敬意を抱き、何発かは受け止めてやろう。

 

 そして──改めて絶望すると良い。

 

 口角が緩んだニヒリスターへ向け、彼の握る拳銃が火を噴いた。

 

 1発、2発、3発──4発。

 

「──全然、効かねぇなぁ」

 

 5発、6発──全弾を撃ち切り、スライドがホールドオープン。

 

 ニヒリスターが弾痕が刻まれた身体を手で軽く叩き、ピンピンしているという仕草を見せる。

 

 対してムーアは、握っていた拳銃をその場へ投げ捨て、改めて突撃銃の握把を握り込んだ。

 

「お?まだやんのか?良いぜ。なら今度こそ──」

 

 自己修復も終わる。決着を付けようとした刹那──ニヒリスターは違和感を覚えた。

 

「──あ?な、なんで…!!なんで…自己修復が…!?」

 

 ドクン、と内部のコアが脈打つ感覚を捉え、次に全身を蝕む激痛が駆け回る。

 

「──グッ…!?ガア"ア"ア"ア"!!」

 

 のたうち回りかねない激痛──火竜が響かせた苦悶の絶叫が戦場に木霊した。

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