勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第2章
第1話


 

 

 

 

 ヘルメットがヘッドセットごと吹き飛んだ。

 

 頭が急に軽くなったと認めると同時に視界へは空が映る。

 

 生憎の曇り空だ。

 

 背嚢も含めれば170kgには達するだろう身体が易々と宙を舞い、やがて受け身を取る間も与えられず無様に地面へ叩き付けられた。

 

 背嚢のベルトが切れ、身軽となったのは幸いだが──違和感を覚えて視線を下肢へ向ける。右脚が構造上の問題で曲がってはならぬ方向に折れ、肉と肌、戦闘服の生地を突き破って白い骨の先端が露出している。

 

 部下達の悲鳴に近い声が耳へ届く中、折れた右脚の脛へ巻き付く黒い尾。そこはちょうど骨が折れてしまった部分だ。

 

 身を裂くような激痛が走る。

 

 黒い尾に引き摺られ、連れ去られそうになった時、反射的にボディアーマーの脇へ吊っていたファイティングナイフのハンドルを掴む。

 

「──ッ!指揮官!何を!?」

 

「──指揮官様!?」

 

「──師匠!?駄目です!!」

 

 鍛えられた腹筋を用いて上体を起こし、ナイフの刃を脛の裏側へ。

 

 黒い異形の怪物も何をしようとしているか察したらしい。

 

 ──ざまぁみろ。あまりナメてくれるなよ。

 

 優越感が心中へ芽吹く中、そのナイフの刃を骨が折れた部位のズタズタとなった肉へ力一杯喰い込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──今、世界を呪いたい気持ちになってるんだが……」

 

「──前哨基地司令官って肩書だもんね。仕方ないね」

 

 指揮官室を兼ねて基地司令官室のソファはあくまでも来客用の為にある筈だ。

 

 だというのに亜麻色の髪をボブカットに纏めたニケは我が物顔で腰掛け、芸能雑誌を捲りながら片手を眼前の机上へ伸ばして炭酸水のボトルを掴んでいる。

 

 その様子には流石の彼でさえも青筋が浮かばない訳もない。特に絶賛仕事中であれば尚更である。

 

「アニス。量産型ニケ(彼女)達との巡回は?」

 

「やった」

 

「武器庫と弾薬庫の点検」

 

「やった」

 

「掃除」

 

「やってない」

 

「やれ、今すぐ」

 

「私、か弱いから」

 

 か弱いという意味を今すぐに辞書で調べろ、と口をついて出そうになった彼だが寸でのところで喉の奥へ飲み込んだ。

 

 この前哨基地へ赴任──という体の島流しになって早一週間だ。この間、寝ても覚めても仕事漬けの毎日が続いている。

 

 まずは不平不満が多かった──先に駐屯していた量産型ニケ達からも不満の声が上がっていた宿舎のシャワー事情の解決に彼は尽力せねばならなかった。

 

 ボイラーは設置されているのだが何故か動かない。これはさておき、調理場等の設備では問題なく水は出るが、シャワー室だけはその限りではないと分かれば配管を調査して不調の原因を排除。

 

 お陰で水こそ流れるようになったが──ボイラーだけはどうしようもなかった。経年劣化によって内部がボロボロの状態であったのだ。

 

 これでは本来の用途を達成出来る訳もない。新しいボイラーの購入で解決を目指すしかなかった。

 

 赴任から問題は山積み。解決の為に彼が日夜、端末(タブレット)の画面上に浮かび上がった書類の決裁に追われたのは想像に難くない。

 

「指揮官様、髭伸ばすの?」

 

「…伸ばしてる訳じゃない。剃る暇が惜しいだけだ」

 

「野性味溢れるからそれはそれで良いんだけどね。ところでさ。暇なんだけど」

 

「射撃場にでも行って来い。その前に掃除だ」

 

 多忙の現れか、彼の顎と口周りには無精髭が生えている。濃くなった目元の隈も合わさって剣呑な雰囲気が隠れていない風貌のムーアへアニスは軽い調子のまま受け答えを続ける。

 

 前哨基地の僻地、或いは荒れ具合は却って功を奏した部分がある。

 

 そのひとつが射撃場の設置だ。

 

 既にボロボロとなった──廃墟の度合いを早めたのは先に駐屯していた量産型ニケ達だが、それを利用していっそのこと射撃場としようと彼が提案したところ全員一致での賛成となった。

 

 彼もストレス発散の為にこの一週間、僅かな寸暇を見付けると突撃銃片手に赴いて弾倉一本分ばかりをぶっ放している為、設置は間違いなかったのだろう。

 

 とはいえ──全く仕事が進まない。

 

 彼は溜め息混じりに席から腰を上げるとアニスが炭酸水のボトルを置いている机上から灰皿を拾い上げる。既に何十本もの吸い殻と灰が溜まったそれを掴んだまま窓際へ歩み寄った。

 

「ちゃんと窓開けてね」

 

「…分かってる。……アニス。来客の予定なんかあったか?」

 

 戦闘服のパンツのポケットから出したソフトパックを軽く振って煙草を銜えた時、彼は睥睨した視線の先にある違和感を認める。庁舎前の駐車場に見知らぬ車両が二台停まっているのだ。

 

「来客?聞いてないけど?」

 

「…俺もだ。申請してたボイラーでも届いたか?」

 

 予想を立てながら彼はオイルライターの蓋を開け、ホイールを回した。火が灯るとそれへ煙草の先端を近付けるのだが──

 

「──指揮官。入っても宜しいでしょうか?」

 

「……どうぞ」

 

 キンッと音を立てて蓋を閉じたオイルライター。火が点いていない煙草を銜えながら彼は背後を振り向きつつ入室の許可を求めてきたラピへ答える。

 

「失礼致します。来客です」

 

「…アポイントも何も聞いてないんだが…」

 

「はい…ですが来客ですので…準備が出来ましたら下へ降りてきて下さい」

 

 彼女の報告に彼は胡乱げなままひとまず頷いた。報告を済ませた彼女が退室するのを見送るとムーアは吸い損ねた煙草を名残り惜しげに口元から取り除く。

 

「一服してからでも良いんじゃない?」

 

「…無礼な客だが、待たせては申し訳ない」

 

 溜め息混じりに指揮官室を後にしようとする彼へ続いてアニスも腰を上げる。

 

「…あれ?上着は?」

 

「そこまで礼を尽くす必要があるのか?」

 

 纏った黒い半袖シャツ、太い首筋へ一対の認識票が連なるボールチェーンが下がっている。その有り様のラフ過ぎる格好で応対するのは如何なものか。アニスらしからぬ懸念が告げられるも彼は肩を竦める程度に留めた。

 

 アニスを伴って二階から一階へ降りるとそこには──なんとも不遜な雰囲気を醸し出す少女と二人組のニケらしき人物達が立っているではないか。

 

 思わずムーアはただちに回れ右をして、さっさと元いた部屋へ戻りたい衝動に駆られてしまう。

 

「…お初にお目に掛かります。当基地司令官を拝命しているムーア中尉で──」

 

「──おい。お客が来たらキビキビと動いて。私がそんな暇な人間に思える?」

 

「…失礼ですがどちら様でしょうか?」

 

 初対面の口上を述べていたというのに途中でそれを一方的に区切られては彼も面白くない。

 

 だが幸いにも表情には現れなかった。鉄面皮じみており、表情筋のリハビリが必要な顔で良かったと心底感謝している中、眼前の少女は真っ平らに近い胸を張りつつ彼を見上げて鼻を鳴らした。

 

「どちら様?私?ははっ!お前、私のこと知らないの!?」

 

「…申し訳ありません。なにぶん世間の常識に疎いもので…」

 

「はぁ…最近の士官学校は駄目ね。基本的な一般常識も教えないんだから」

 

 それについては彼も同意だ。或いはBCCの座学はそれほど退屈だったのかもしれない。一般常識の座学で何を教えられたか、はっきりと思い出せないのだから。

 

「──おい。そこの()()()()

 

 一瞬だけでも同意しかけたムーアだが、続けて耳にした言葉が鼓膜を震わせた瞬間、眉間へ追加の縦皺が二本刻まれる。濃い茶色の瞳孔も僅かに細められた。

 

「へ?わ、私ですか?」

 

「そう。こいつに私が誰か教えてやって」

 

「は、はい。師匠。この御方はニケ製作を担う三大企業のひとつミシリス・インダストリーのCEOを務めているシュエン様です」

 

「ほら、ちゃんと聞いた?ならどうするべきか分かるわよね?」

 

「…ミシリス……」

 

 彼はネオンから伝えられた情報を脳内にある知識と照らし合わせる。確か最近、企業名の綴りを読み間違えたばかりだった筈と直ぐに思い出した。

 

 あれは確か──ストレス発散の為に赴いた射撃場で弾薬箱へ綴られていた企業名をついつい読み間違えてしまい、量産型ニケ達がウケていた記憶があった。

 

「──あぁ。Missilis(ミシリス)Missiles(ミサイルス)と読み間違えた…」

 

「──おい。もう一回、言ってみろ」

 

 ついつい口をついて出てしまっていたらしい。

 

 これは彼の悪癖なのだろうか。ついでに災難を呼び寄せる可能性が非常に高い悪癖である。

 

 その証拠に──眼前の少女は目を細めながら拳銃を抜こうとしていた。

 

 




ムーア中尉に悪気はないんです。ただ素直なだけなんです。信じてやって下さい。

ミサイルスのくだりはメインストーリー参照
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