勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
一触即発。
この状況を説明する上で最も適切な表現は間違いなくそれだ。
「──残りの奴等は何処にいるんだ?」
「──お嬢さん。答える必要があるのか?」
お嬢さん──自身を指す言葉であろうが、随分と立場を弁えない物言いである。
ほんの僅かに、そして薄くだがヘレティックの蟀谷に青筋が浮かび上がるのも無理はない。
「──あぁ…もしかしてアレか?俺がちょっと弱ってるからって、お前達みてぇな虫けらだけでなんとかなると思ったか?」
「──生憎とそこまで命知らずではないな。まぁ、必要とあらば
「──はっ…」
威勢が良い。その点は認めよう。悪くはない。
ただし──
「──随分とみくびられたもんだな」
まだ万全の状態には戻っていないが、
深紅の双眸はこれでもかと見開かれ、瞳を爛々と輝かせながら言い放つ。
「──こっちはな、
「──そうか。なら、その前に頭を吹き飛ばしても問題はないな?」
しかし彼女と対峙する側もその程度で怯む性格の持ち主ではない。
発射器が向けられているにも関わらず、ムーアは突撃銃へ取り付けられた光学照準器を覗き込み、そのレティクルへニヒリスターの姿を捉える。
零点規正を考えた時、この近距離から眉間を狙ってしまうと弾頭はニヒリスターを
撃鉄を起こしたそれの引き金へ指を掛け、頭上に掲げた彼女は言い放つ。
「悪いけど、私達だけじゃないのよね。勿論、今のあなたなら私達だけでも充分そうだけど──折角、味方も出来たし、参加して貰わないのは勿体ないでしょ?」
「…なんだと?」
「分からない?いざとなったら援軍を呼ぶってことよ。実はエデンからも来てるのよね。皆であなたを倒そうって」
──あぁ、なるほど。
彼女の言葉にヘレティックの口角が釣り上がる。
それもその筈だ。
なるほど、なるほど。──そう、悪くはない。虫けらと言えど、物を考える頭はあるらしい。
口角が釣り上がったヘレティックは深紅の瞳を左右へ──
正確には──視線の先で突撃銃を構える人間へ、と。
「──だけどさ。泥試合を始める前に、まず終わらせておく話があるんじゃねぇか?」
「──生憎だが、遺言を聞くほど優しい性格の持ち主に見えるか?」
「──はははっ!」
身の程知らず──しかし面白い。真正面から対峙しているというのに軽口と皮肉を叩くとは、一種の才能だろう。
笑い声を上げたヘレティックは、やがてそれを収め──発射器を真正面の人間へ向けつつ一歩を踏み出した。
「──あの時、
「……クイーンを暗殺する、という話だったか?」
その通り、と言わんばかりにニヒリスターは首肯する。また一歩分、相互の距離が縮まった。
「それを諦めてでも俺と戦うってんなら…まぁ仕方ねぇけど──後悔しても知らねぇぞ?」
さて、どう反応するか──ヘレティックは視線の先で突撃銃を構えたままの人間を注視する。目元は色の濃いサングラスを掛けている為、双眸がどのような形となっているかは生憎と分からない。しかし、不思議と、困惑と思案の為、細められているとは察せられた。
「…いっそ助けてくれ、って頼んだらどう?」
「──はぁ?」
割って入って来るな──そう言わんばかりにニヒリスターの瞳が苛立ちもあって鋭く細められた。その細められた深紅の瞳が向けられた亜麻色の髪を持つ
「なんで俺が頼む側なんだよ?」
まさかここまで立ち場を弁えていないのか──いや、理解出来ていないのか、とヘレティックが盛大な溜め息を漏らした。
「──地上を取り戻したいけど、クイーンがどんな存在で、何処から生まれたのか。ましてや何処にいるのかさえ知らないお前達」
括れた腰へ片手を当て、機械に覆われた無機質な逆の指先をヘレティックは眼前で対峙する者達へ向け、続けて立てた親指を自身へ向ける。
「──全てを把握している上に倒し方まで知ってる俺。どっちが有利か、はっきりしてるはずだけどな」
──さぁ、どうする。お前はどっちを選ぶ。
無言のまま銃口を向ける人間と対峙するニヒリスターは軽く両手を広げてみせる。撃てるものなら撃ってみろ──そう言わんばかりだ。
「──指揮官」
人間の傍らに黒衣の
「迷うのは分かりますが…ヘレティックとの交渉はあまりにも危険です。命令さえくだされば、直ぐに信号弾を打ち上げます」
頬付けが教範通り──そのまま参考の画像として掲載されても違和感がない人間へ交戦に突入すべきであると具申する
さぁ、どっちを選ぶ──人間?
深紅の瞳が対峙する人間を間断なく見据え──やがて引き金の
次いで構えられていた突撃銃の銃口が地面へ向けられ、安全装置が掛けられる。
「──なんだ。人間の方は中々、話が通じるじゃねぇか。気に入ったぜ」
「……誉められた、と好意的に受け止めておこう。ただし妙な真似をしたら、直ぐに頭を吹き飛ばしてやる。それを忘れるなよ、
突撃銃を握ったまま岩場を抜けてきた人間がヘレティックと数歩の距離まで歩み寄る。
改めてニヒリスターは眼前の人間へ僅かに上へ視線を向けた。
「──あぁ、良く覚えておく。その決断の対価に、ってのもアレだが…お前達の知らない情報も少しは教えてやるよ。俺も外に
「それは嬉しいな。──全員、銃を下ろせ」
「──でも、指揮官様!」
「…命令、と言わせないでくれ」
頼む、と言外に告げられた彼女──亜麻色の髪を持つ人間もどきは渋々の様子で頭上へ掲げた信号拳銃を下ろした。
続けて他の2人の人間もどきも携えた突撃銃や散弾銃の銃口を下ろす。ニヒリスターは満足そうにその場に散らばる大小の機械的な部品の中で手頃な大きさのそれへ腰を下ろす。
「立ち話もなんだ。座ったらどうだ?」
ニヒリスターが促すも──やはり警戒しているのだろう。人間は直ぐに腰掛けようとはしなかった。
「なんだ?やっぱり泥試合の方がお望みか?それでも良いぜ?」
「………座らせて貰う」
溜め息を吐き出した人間はヘルメットを脱いだ。両耳を覆っていたヘッドセットのハウジングを外し、首へ掛けると脱いだヘルメットを地面へ敷き、その上へ腰掛ける。
背負っていた背嚢も下ろし、片手で目元を隠していたサングラスを外せば──濃い茶色の瞳が露わとなった。
「──さて、と。じゃあ一回しか言わねぇから良く聞いとけよ?」
「拝聴させて貰う──その前に…」
黒髪と白髪が半々の割合で占められた頭を上下に揺らした人間が銜えていた煙草へオイルライターの火を点けた。
紫煙を燻らせつつ蓋を閉じたオイルライターがボディアーマーのポーチへ戻された矢先、濃い茶色の瞳が向けられる。
「…ショウ・ムーア。階級は少佐だ。自己紹介が必要かは分からんが、念の為に言っておく」
「少佐サマだったか。現場へ出て来るにしては、まぁまぁのお偉いさんだな」
階級的にはもう少し下だと思っていた──などと遠回しに言われた気分ですらある。人間──ムーアは鼻を鳴らしつつ紫煙を緩く吐き出した。ニヒリスターへ副流煙が向かわないよう、わざわざ顔を横へ背けながら。
喫煙者のマナーであろうが──それに気付かぬままニヒリスターは口を開いた。
「──俺やクイーンのように殺しても死なない奴等を殺す為には
「…殺し切れるまで殺し続けるしかないと考えていたが…それは意外な情報だな」
「だろう?──そこで問題だ。お前達はクイーンの
起源──それを問われた彼は眉間へ縦皺を何本か深く刻む。
「…起源……ニケ、か?」
「おっ、いいカンしてるな。話が早くて助かるぜ」
ニケからヘレティックへ、そしてヘレティックから──ニケなのか、或いはラプチャーなのか、厳密には区別が難しい存在に変化した部下の記憶が蘇ったムーアが返せば、ニヒリスターは破顔する。
「俺、リバーレリオ、インディビリア──
──
──…アナキオール。
──今は何処かに消えたのかい?
──まさか。私達が防衛戦を中心に作戦を遂行してるから会えないだけで、アナキオールの活躍は
「──お前達が知らない俺の同族達。……そしてクイーンも。俺達は皆、侵食されたニケから始まり──おい、どうした?」
ポトリと地面へ火の点いた煙草が落下する。紫煙の尾を引きながら転がったそれを銜えていた本人──ムーアの表情が強張り、脂汗を垂らし始めた。それを眼前から認めたニヒリスターが怪訝に声を掛ける。
「──…大丈夫だ。それで…なんの話──あぁ、いや、思い出した。
「──何の話だ?おい、お前達の指揮官サマは大丈夫か?」
突然すぎる──脈絡がなさすぎる話だ。一体、何を思い出したというのか。
「──いや……」
──まさかな。
深紅の瞳が鋭く細められ、眼前に腰掛ける
その背後へ歩み寄った黒衣の人間もどき──ラピが彼の肩に細い手を置いた。
「──指揮官、大丈夫ですか?」
「……ラピ、か?」
「…はい。私です。──失礼します」
垂れ落ちる脂汗を認めた彼女がハンカチを取り出した。優しく肌へ布を当て、滴を吸い取って行く様子を眺めながらニヒリスターは軽く咳払いを漏らす。
「……話に戻っても良いか?」
「…話の腰を折って悪かった。ラピ、ありがとう。──続きを聞こうか」
足元へ落ちた煙草──火が点いたままのそれを摘み上げ、唇の端へ銜えたムーアは話の続きを促した。