勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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お待たせ致しました。…明日からもまた残業の日々が待っていて、少し泣きそうです。


第7話

 

 

「──で、さっきからなにしてんだ?」

 

「……見て分からんか?」

 

 一夜明けた翌日。彼へやたらと声を掛けるニヒリスターの姿がある。声を掛ける──というよりも()()()()()を掛けているのだろう。

 

 朝食の戦闘糧食の中身であるクラッカーを一枚奪い、手隙の時間を利用して携行する突撃銃や拳銃の整備を始めるムーアの隣で大した興味もない癖に作業を眺めていた。

 

「まぁ、見りゃ分かるけど。楽しいか?」

 

「…楽しくはないな。だが何もしていないと身体が鈍ってしまう。鍛え続けなきゃ戦えなくなる」

 

 そして現在は倒立しつつの腕立て伏せを続ける彼の隣へ立っている。

 

 人間である以上は致し方ない。寸暇を見付け、或いは作って駆け足や腹筋、懸垂と身体を鍛えて自身のコンディションを戦闘へ耐えられるだけのそれを維持する必要がある。

 

 戦えなくなる──それはなにより耐え難いことだ。少なくとも彼にとっては。

 

 きっちり100回。自身の全体重を支え、負荷を掛けながらの腕立て伏せを終え、倒立から元へ戻ったムーアはグローブを嵌めた手を軽く叩いて土埃を払う。

 

 その様子を眺めていたニヒリスターの背中で何かが蠢いた。

 

 ムーアとニヒリスターを二人きりにする筈がない。直ぐ側では分隊を編制する彼女達も待機している。ちょうど彼のトレーニングが終わったのを認め、アニスが沸騰した湯でコーヒーを淹れようとした時だ。

 

「──ちょっと…!」

 

 視界の端で()()を捉えたアニスが声を上げる。マグカップをその場へ投げ捨て、代わりに拾い上げた擲弾発射機の安全装置を外す程の異常事態だ。

 

 ラピとネオンも同様にそれぞれの突撃銃や散弾銃を握り締め、銃口を向けつつ安全装置を解除する。

 

 彼女達の視線の先には──彼の機械仕掛けの左腕の手首へ巻き付けたニヒリスターの尻尾が長身かつ大柄のムーアを目と鼻の先まで引き寄せる姿があった。

 

 ふとムーアの義眼が嵌め込まれた濃い茶色の右眼が動く。続けて右手が分隊へ手の平を見せ付けながら向けられる。銃口を下ろせ、というジェスチャーだ。

 

「──目も閉じなければ、身体が硬直することもない。昨日から思ってたけどよ…何処から出て来るんだ?図々しい程の肝っ玉は?」

 

 強引にも引き寄せられ、流石に彼も身構えた。しかしそれも一瞬のことだ。ニヒリスターから攻撃の意思を感じられない──別の言い方をすれば、ただの勘だが、それを感じ取り、大人しく引き寄せられた形である。

 

 とはいえ、随分と()()()()()だ。

 

 互いの息遣いを感じ取れる程の距離。むしろ()()という表現すら適切ではない。彼女と彼の身体が密着しているのだ。

 

 豊かな胸が押し潰されているというのにニヒリスターは気にする素振りもないまま頭ひとつ分は高い位置にあるムーアの顔を僅かに顎を上げて仰ぎ見る。

 

「──昨日のこともそうだし…お前は俺が怖くないのか?」

 

「──現在のこの状況について聞かれているなら…そうさな。睫毛が長いな、ぐらいしか感想が浮かばん」

 

「──はっ…」

 

 相変わらず生意気で身の程知らず、図々しく、減らず口を叩く奴だ──悪くはない。

 

 とはいえだ。少しばかり身の程を教えてやらねばなるまい。

 

 鼻を鳴らしたニヒリスターが無造作にムーアの首へ機械仕掛けの腕を絡めた。そのまま抱き寄せ──彼の耳元へ淡く色付いた唇を寄せる。

 

 フッ、と軽く息を吹き掛け、そのままの格好で囁く。

 

「──俺が息を吐くのはここ。ブレス(火炎)が出て来るのもここ。俺は息の熱気だけでお前を溶かしちまえるんだ」

 

「──知っている。あぁ、言い忘れていたな。煙草に火を点けてくれて感謝する」

 

 身を恐怖で硬直させることもなく落ち着き払った低い声音が囁き返すと、流石のニヒリスターも苦笑を禁じ得ない。

 

 ますます何処からこの図々しさが湧き出て来るのか興味深いばかりだ。

 

「──ちょっと。やりすぎだと思わない?ずっとこの調子なら情報交換どころじゃないわ。撃つわよ」

 

 殺気立った亜麻色の髪を持つ()()()()()──アニスが擲弾発射機を構えつつ警告を発する。

 

 何をそこまで──と彼女は不可視の疑問符を浮かべるが、アニスの態度と殺気立つ様子から何かを嗅ぎ取ったのだろう。

 

 ──あぁ、なるほど。健気なことだ。

 

 ニヒリスターは口角を緩め、アニスから視線を外す。

 

 続けて横目で黒髪と白髪が半々の塩梅で混ざった横顔を伺う。

 

 顔立ちは──まぁ悪くはないだろう。美醜についてはそこまで気に留めることもない性格の持ち主であるニヒリスターをして、悪くはない、と思わせる程度には顔立ちは精悍だ。

 

「──そうマジになるなって。ただの冗談だよ」

 

 ヘレティック(この身体)になってからというもの破壊し、溶かし──永遠とも言える時間を続けていたのだ。

 

 しかしその日々を過ごしていた彼女にとって何も破壊しないまま丸一日が経とうとしている。要は退屈なのだ。

 

 傲慢な性格故に満足できる玩具が必要なのである。その玩具とは──この際、言うに及ばすだろう。

 

「──あぁ…そういえば…」

 

 ふとニヒリスターはアニスだけでなく、その両脇へ控えたラピとネオンへ視線を移し──いずれの火器の引き金に細い指先が掛かっていると認めた後、続けて抱き寄せた格好のままのムーアへ横目を向ける。

 

()()()()()から聞いたけど、お前と一緒にいると人間もどき──ニケの性能が上がるらしいな?それって本当なのか?」

 

「…知らん。そもそもニケ分隊を指揮するのは彼女達が初めてだ。お喋り野郎にも言ったが、比較対象がないから性能上昇云々は分からん」

 

「へぇ?じゃあ、逆を言えば──性能が上がる可能性もあるってことだな?」

 

「……まぁ、そうなるか」

 

 お喋り野郎──トーカティブから雪原で尋問を受けた際の答えを返した形だが、彼女は可能性は捨て切れないと口にする。

 

 その論理で言えば──そうなる、のだろう。おそらくは。

 

 断言こそ出来ないようだが、一定の理解は示したムーアへニヒリスターの口角が緩んだ。

 

「つまりは俺にも当て嵌まるかもしれねぇってことだよな?この前も言ったが、俺達の起源はニケだ」

 

「それは覚えてるが…」

 

「どうだ?試してみねぇか?」

 

「…試す?」

 

 彼の頭が緩く横へ振られ、ニヒリスターの横顔を覗き見る。すると彼女の淡く色付いた唇が緩く釣り上がり、再び耳朶へ息が軽く吹き掛けられた。

 

「───」

 

 耳朶はそこまで敏感ではないが、刺激を感じない訳でもない。眉間へ縦皺が刻まれる程度には刺激を感じるのだ。

 

 ニヒリスターの空いていた逆の腕も動き出す。彼の腰へ向かったそれが絡められ、更に互いが密着する格好となる。

 

 予想していたよりも筋肉は──いや、かなり発達しているらしい。戦闘服の生地越しでも感じられる筋肉の隆起。硬く、そして厚い胸板で押し潰される豊かな胸元。

 

 それを意識させようとニヒリスターは更に強く彼を抱き寄せる。

 

「──…変だな。こんだけ強く抱き締めてるのにちょっとくすぐったいだけでなんともないぞ。もう少し積極的にならなきゃ駄目なのか?」

 

「……一応、聞いておくが…何をしているんだ?」

 

「何って、お前で遊んでんだよ。言っただろ?手持ち無沙汰で欲求不満だって。ついでにもっと強くなれたら最高なんだけどな」

 

 ヘレティックらしく傲慢な物言いで彼女はムーアの耳元で囁き──何を思ったか少し尖った犬歯を使い、彼の耳朶を甘噛みする。

 

「──…(じゃ)れるのは構わんが…噛み切らんでくれよ」

 

 ()()が何か言っているようだが、知ったことではない。暇潰しの玩具が喋るな。

 

 とはいえ()壊しては面白くない。彼女には珍しく、かなり加減しての甘噛みだ。ついでに慎重ですらあった。

 

 ──トレーニングをしていたからだろうか。微かに汗の匂いも混ざっている。

 

 首筋から嗅ぎ取れる──言わば()()()()

 

 率直に言えば、悪くはないだろう。

 

「…ふぅん…」

 

 ハムハムと淡く色付いた唇で耳朶を食み、続けてニヒリスターの整った形の鼻が首筋へ寄せられる。ひとつ匂いを大きく吸い込む。

 

「──指揮官。一時的に休戦中ではありますが、相手は人類の敵です。あまり気を緩めないで下さい」

 

「……キミにはこれが気を緩めているように見えるのか?」

 

 むしろ捕食されそうな哀れな獲物だろう。苦言を放ちつつも銃口はヘレティックから逸らさない頼り甲斐がある分隊のリーダーへ溜め息混じりに返す。

 

「これぐらいどうってことないだろ?──でも人間。お前が望むなら、()()()()()ってのがどういうことか教えてやるよ」

 

「…大丈夫だ。生憎と間に合ってる」

 

「堅ぇ奴だな。いや、()()するのはこっちか?」

 

 溜め息を間近で感じたニヒリスターは意味有りげに彼へ向けて口角を緩めつつ微笑を──蠱惑的とも言えるそれを浮かべたかと思えば、首へ回していた機械仕掛けの腕をムーアの脚の付け根へ向かわせる。

 

 軽く一撫で──する寸前で彼の右手が機械仕掛けの手首を掴んだ。

 

「…そういうのは()()()()()()()()()()()だろう」

 

「なんだ?お前、順番を守るタイプなのか?別にそんなもの拘ることないだろ」

 

「…俺はシャイなんだ」

 

 今度は呆れた類の感情が含まれた溜め息が吐き出された。

 

 別の言い方をすれば、それだけしか感じさせないのだ。恐怖の類は一切ない──やはりどれほどの肝っ玉を隠し持っているのか気になってしまう。

 

「シャイ?そんなのどうせ気にならなくなるぜ。──ここでお前を押し倒して貪っちまっても良いんだ。欲求不満は解消されるし、俺の性能が上昇するかどうかのテストにもなるからな。()()()()()()()やり合うってのも面白いと思わねぇか?」

 

「…キミのような美女の誘いを断るのは心苦しいが…済まん。ドレスコードに時や場所を改めて、であれば考えもするがね」

 

 衆人環視の上に野外──どんな特殊性癖の持ち主だと思われているのか。生憎と彼は極々普通の感性の持ち主である。

 

 何度目になるか分からない溜め息が吐き出されるのも無理はない。

 

 図々しく生意気、そして減らず口を叩く人間だ。

 

 しかし──面白い。

 

 名前は確か──

 

「──ん?どうした?俺とやる気になったか?」

 

 眼前の男が濃い茶色の双眸を細め、括れた細い腰へ腕を回す。グイッと強く抱き寄せられ、人間離れした腕力の強さに少しばかりニヒリスターが驚いた矢先だ。

 

「──狙われてるな。──ラピ!!」

 

 指揮する()()()()()の名を呼んだ瞬間、筋肉が詰め込まれた腕に抱き寄せられたニヒリスターの身体が僅かだが浮き上がった。脚が地表を離れ、男の腕へ抱かれたまま長身の身体共々、地面へ押し倒される。

 

 その途端、頭上を一筋の光芒が通過し、背後のラプチャーを始めとした様々な残骸が散らばる地面を直撃。

 

 轟音と共に残骸や部品、石礫の類が宙へ吹き飛ぶ最中、ニヒリスターの真紅の双眸が不快に細められる。

 

 脆弱な人間──ムーアに押し倒されたからではない。自身へ覆い被さった男を押し退けて立ち上がった彼女は鋭い形に細められた真紅の瞳を彼方へ向けた。

 

「──11時の方角からラプチャー32機を肉眼で確認……いえ、どんどん増えています!」

 

「──デコイは撒いていたんだよな!?」

 

「──ちゃんと撒きましたよ!──あれ?2時の方向からも集まって来てますよ?」

 

 複数の方向から占めて50機超のラプチャーが接近しつつある。完全にこちらの姿は捉えられているのだろう。

 

 先に立ち上がったニヒリスターへ続き、ムーアも腰を上げたは良いが──明らかな異変を感じた。

 

「──こいつら…!」

 

「…何故、ラプチャーが…」

 

 光芒が何筋か駆け抜ける。狙撃だ。

 

 しかしそれらはいずれもクイーンの精鋭にして先鋒たるニヒリスターへ向けられている。

 

「──まぁ、良くある話さ。人間がアークっていう狭っちい場所でも毎日のように争っているみてぇにさ、地上の主人である俺達にも勢力争いってのがあんだよ」

 

「……群雄割拠の乱世か?」

 

 彼が口にした例えは言い得て妙だったのだろう。外れているとはいえ、ニヒリスターは自身へ攻撃が集中する最中、愉快なのか笑い声を奏で上げる。

 

「まぁ、そんなもんだ。──しかし、あの()()()()()が。妙に勘が鋭いんだよな。俺が人間達と異様にくっついてるから監視も兼ねて、いざとなったら俺を吸収するために手下を送り込んだみてぇたが……」

 

 不意にヘレティックの口角が釣り上がった。

 

「──つまんねぇな」

 

 確かに暴れることが叶わず欲求不満だったが──これなら人間を遊んでいた方が楽しかったかもしれない。

 

 まぁ、何かを破壊し、焼き尽くすことが出来るのは願ったりなのだが──

 

 ヘレティックの身体が変化を始める。ムーアの目には、やはり諸々の物理法則を無視しているとしか言えない。

 

 自身よりも頭ひとつ分は低かった筈の身体が、見る見る間に赤と黒の体表を持つ機械仕掛けの竜に変化するのだ。

 

《──ちょっと弱くなったからって、こいつらが俺と互角に戦えるって訳でもねーのによ!!》

 

 機械仕掛けの竜の口が大きく開く。牙が生え揃った口腔の内で赤々と燃えるエネルギーが収縮する光景を仰ぎ見たムーアは分隊へ向けて駆け出した。

 

「──遮蔽物に隠れろ!急げ!!」

 

 散々と同じ攻撃を浴びた身だ。何が始まるのかは想像に難くない。

 

 彼の警告へ頷いた彼女達も手近な岩陰へ駆け出す。その背後を追い掛けるムーアは途中で自身のヘルメットやボディアーマー、そして突撃銃を拾い上げる。

 

 ヘルメットを被りつつ岩陰へ飛び込んだ瞬間──

 

《──燃えろ!!》

 

 火竜の咆哮が轟き渡り、大気すら燃やし尽くしかねない熱が周囲に広がった。

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