勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
──轟音。容赦なく鼓膜を揺さぶるそれから感じ取れるのは一方的な戦闘が展開されているという状況。
──地響き。これも容赦なく足元を揺らす。小石が舞踏のステップを刻んでいるかの如く動揺する様子が見て取れた。
──頬を撫でる熱風。乾燥気味の肌を舐めるように通り抜けた風が孕む熱さ。時折、駆け抜ける風が届けるものには破砕音も含まれていた。
「──こんな状況で良く煙草なんか吸えるね」
「──他にどうしていろと?」
呆れた口調のまま苦言を放った亜麻色の髪を持つ部下に彼は肩を竦めてみせる。
岩陰へ飛び込み、交戦の巻き添えとならぬよう対処はしたが、その判断が誤りではなかったと察せられる程度には随分と激しい戦闘のようだ。
戦闘、というよりも一方的な
──不意に凄まじい破砕音がいくつも、ほぼ同時に響き渡った。
直後、岩陰の周囲へ降り注ぐ多数の残骸や部品。
いずれもラプチャーのそれだ。
ニヒリスター──大暴れしている火竜が纏めて薙ぎ払ったのだろうか。
「──って!まだ生きてるじゃない!」
「そのようだ。ラピ、ネオン」
頑丈な敵機が何体か見受けられる。と言っても半死半生だ。機体の脚部が無惨にも千切れ、破断部から火花を散らすそれらが覚束ない挙動で身を起こそうと藻掻いている。
ニヒリスターに薙ぎ払われた瞬間にこうなったのか、それとも地面に叩き付けられてかは分からない──しかし生きているのは確かだ。
ムーアが彼女達へ──近距離の為、アニス以外の二人へ指示を出す。承知しているのだろう。彼女達は携えている火器の安全装置を外し、半死半生の敵機へ各々の銃口を向けて大口径の銃弾や大粒の散弾を見舞った。
ムーアも地面で藻掻く敵機へトドメとなる3発を纏めて叩き込み、核から禍々しい紅い光が消え失せるのを認めて突撃銃へ安全装置を掛ける。
そして間もなく──荒野へ木霊した一際大きな轟音を最後に戦闘の気配が途絶える。
岩陰からそっとアニスが顔を覗かせる。続けて整った形の眉を寄せて皺を中間へ刻んだ。
「…うわぁ…」
戦場となった荒野は一面がラプチャーの残骸で埋め尽くされている。大小の様々な部品が散らばり、ニヒリスターが放った高温の火炎で溶けたのか複数の敵機が前衛芸術のような有り様を晒していた。
「…すっきり片付けてくれたわね。やられた時はうんざりしたけど、いざこういう状況になってみると…」
「楽、ですよね?」
隠れていた岩陰を抜け出たアニスへ続き、ネオンがその傍らへ立つ。
「そうね。ずっと単体攻撃しか出来なかったのに広範囲攻撃が使えるキャラクターを初めて手に入れた気分よ」
「……分かるような分からないような例えだな」
「…指揮官様、ゲームとかしないの?」
「…しないな。前哨基地で…なんだったかな…ガチャ?とやらは引かされたことはある」
「あぁ、
「…SSR…と言うんだったか?希少性の高いキャラクターを数体引くことが出来て大喜びされた」
そこまで大喜びするようなものなのか。ムーアとしては首を傾げるばかりである。息抜きにゲームをするのは構わないが、あまり
──ふと頭上が陰る。
被ったヘルメットで覆われた頭をやや仰角に傾けて彼が見上げれば、巨躯を誇る火竜が悠然と飛行しているではないか。
その姿が次第に小さく──人間大の大きさに変化する。この約1日の期間で見慣れた姿に変身を済ませたニヒリスターがムーアや彼女達の目と鼻の先へ土埃を巻き上げつつ降り立つ。
「──ふぅ。一頻り壊しまくったからスッキリしたぜ。あまりにも雑魚共がうざってぇから問答無用でやっちまったけど
「…遠回しに大丈夫かどうかを尋ねているなら、見ての通りだ」
「それなら良かったぜ」
一仕事終えた、と言わんばかりにニヒリスターが真紅の前髪を乱雑な手付きで掻き上げる。
「──お前の中にあるブラックボックスを守るってのはさておいて、今までお前で遊んでたから俺も情が湧いちまってさ」
「…らしくない台詞を聞いた気分だが、それはそれとして──ここまで大暴れして大丈夫なのか?」
「んな訳ねぇだろ」
紫煙が燻る煙草を銜えながら彼が尋ねれば、ニヒリスターはその問いへ整った形の鼻を鳴らして答える。
「わざわざ信号弾を打ち上げなくてもエデンの虫けら共が湧いて出てくるだろ」
「だろうな」
数時間も掛からずにヨハン率いるエデンの戦力が駆け付けるのは想像に難くない。いや──もっと早いだろう。
まず自身ならイサベルへ偵察を命じる筈だ、とムーアは考え至る。となると──
「…5分が精々か。もっと短いかもしれん」
「そういうこった。俺としてはめちゃくちゃ面倒なんだよ。情報交換が出来なかったのは残念だが…ここまでみてぇだ。じゃあな」
短く別れの挨拶を済ませたニヒリスターへ対し、目と鼻の先で突撃銃を携行する長身の男が頷きを見せた。
「──気を付けてな」
「──はっ…」
気遣われるというのは久しぶりなのか、それとも初めてなのか──良く思い出せないが、そう悪くもない気分だ。紛うことなく
「──お前、頭がおかしい、とか言われねぇか?」
「──聞き飽きるぐらいには」
「──本当に…お前は面白いな。話していて飽きねぇ」
誉め言葉として受け止めれば良いのか。なんとも判断に困るムーアはボディアーマーを着込んだ肩を竦めて返答に変える。
「もし、お前の捕獲に成功したら──その時はお前を殺さずに身体を開く方法も考えてみるぜ」
「それは嬉しいな。この1日で一番嬉しい言葉かもしれん」
力の差は歴然だというのにこの余裕綽々の態度──図々しく、唯我独尊じみた態度は何処から湧いて来るのだろうか。胆力が凄まじいのは分かるが、生まれながらにして
ニヒリスターとしては気になって仕方ない。圧倒的な捕食者である彼女が、被捕食者たる弱者の彼が気になる──それも随分と妙な話だが。
「──ここだけの話。お前が俺と手を組まないか、って聞いてきたら少しは考えるかもしれねぇぞ?」
「──それは無いだろう。俺とキミは
「──そして俺は
「──キミと手を組むには、その闘争本能を満足させるだけの
火が燃え続けるには空気と、そして大量の薪が必要だろう。山をまるまるひとつ潰して薪を用意したとしても永遠に燃え続けるには到底足りない。足りる訳がない。
「──キミは俺を身の程知らずと思っているだろうが、いくら俺でもそこは身の程を弁えているよ」
軍人としての一線は守るということなのだろう。
余裕かつ図々しい態度をしておいて、今更になって身の程を弁えても遅いのだろうが──その図々しい態度が鳴りを潜める原因となったのが自身である点にニヒリスターは無性の優越感を抱く。
眼前の男をある一定とはいえ征服した、屈伏させた──その一点に於いて彼女は優越感を抱きつつムーアへ歩み寄った。
「──じゃあな。俺がまたお前を
機械仕掛けの指先が銜えられた煙草を奪い取る。
脆弱な人間如きが不敬にも見下ろして来るのは少し腹が立つ。
だから彼女は彼の首へ腕を回して抱き寄せる。
自然と腰を少し折って屈む格好となったムーアの肩越しにニヒリスターは彼が指揮する
この面白い玩具は自分のモノだ──それを見せ付け、唾を付けておかねばならない。
形が良く、潤った艶やかな唇が薄く無精髭が生え始めた頬へ触れる。
ほんの数秒──それを目の当たりにした
やがてニヒリスターは唇を離し、覗かせた舌で舌舐めずりしつつムーアを解放した。
「次は──」
「──戦場で遭おう、ニヒリスター」
分かっているではないか。戦い甲斐があり、屈伏させる甲斐のある大切で重要な
返された満点の返答へ満足しつつ彼女は奪い取った煙草を唇の端へ銜えたかと思えば──次第にニヒリスターの身体が火竜へ、機械仕掛けの竜に変身を始めた。ムーアが、そして彼女達も後退りし、変身を見届ける。
火竜はムーアへ一瞥をくれてやり、やがて巨大な翼を広げて羽ばたきと共に浮かび上がった。
巨躯に反して俊敏な機動のまま火竜が飛翔し、瞬く間に雲の切れ間を目指して駆け抜ける。その姿を見送ったムーアの足元へ転がって来た吸い掛けの煙草。
ニヒリスターに奪われたそれだ。その煙草を摘み上げ、乾燥気味の唇へ銜えると紫煙を吸い込む。
「──また戦場でな」
その呟きに答える者はいない。ただし、遥か先の雲の向こうで紅い光が一瞬だけ一等星の如く煌めいた──そんな気がした。
「──ところで…皆、どうしたんだ?」
「指揮官様。顔洗った方が良いよ?なんならアルコール消毒する?」
「はい。口唇が接触しましたので、雑菌が頬へ付着した可能性があります。早急に処置すべきと考えます」
「あ!じゃあ師匠、私のハンカチ使います?」
この後、こんなやりとりがあったとかなかったとか