勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
第1話
「──邪魔するぜ〜」
遠慮の欠片もなく居室へ──それも成人した男の部屋へ入って来るのは如何なものか。
「──お。隊長、筋トレ中か?感心だな〜」
「…何か用か?それと俺は小隊長であって
溌剌とした高い声音。真紅の長髪。黒いレザーと真紅のジャケットに身を包む肢体は恵体そのものだろう。お陰様で少々
トレードマークのひとつでもある真紅のマフラーを首に巻いた彼女──レッドフードから
居室のど真ん中で倒立しつつの腕立て伏せをしていた青年の上体はシャツを纏っておらず、八つに割れた腹筋や厚く盛り上がった胸板を曝け出している。これがラプンツェルであれば、恥じらいながら早く服を着るよう苦言を呈するだろう。
しかしレッドフードは気にする素振りもなく、我が物顔で居室の隅へ置かれたベッドの端に腰を下ろした。
「どっちも似たようなもんだろ?」
「…そうかもしれんが…兎も角、何か用でもあったのか?」
「大したことじゃないんだけどさ。ちょっと匿ってくんない?」
「…匿う?」
青年が洗面台へ向かい、しっかりと手を洗い始めて間もなくだ。
──レッドフード!!
若干の幼さを感じる高い声。否応なしに憤怒を感じさせる怒号が壁を通過して居室に響いた。
「……何かしたのか?」
「いやぁ。銃の整備をしろ〜ってスノーがうるさいからさ。あたしもたまには〜と思ってスノーの部屋から道具を借りようとしたんだよ」
「…それで?」
黒い半袖のシャツを着込んだ彼は続きを促しつつパンツのポケットからソフトパックを取り出す。慣れた手付きで煙草を銜えて引き抜き、オイルライターの火を点ける。
「テーブルの上にスノーの銃があってさ。いつも世話になってるから、あたしが代わりに整備を──」
「……それ以上は言わなくて良い。概ねだが想像は出来た。それよりも隠れた方が良いぞ」
「へ?」
「…98ft」
「なにが?」
「82ft──スノーホワイトが接近中だ。65ft」
65
何処か隠れられる場所は──狭い居室を見渡すが、生憎と彼女の長身を隠し切れるようなスペースを探すのは困難極まる。
「…シャワールームにでも隠れておけ」
助け舟を出せばレッドフードが赤髪を靡かせ、一陣の風となって駆け込んだ。シャワールームの扉が閉まるか否かの刹那──居室の扉が横へ滑った。
「──
「いや、生憎と。…どうかしたのか?」
「レッドフードが私の銃をめちゃくちゃにしたんです!まだ整備の途中だったのに!!しかも
「……そうか。それは災難だったな」
──怒り心頭、大激怒。
思わず青年の脳裏に浮かんだ形容は現在の少女──小柄な体躯のスノーホワイトにぴったりだ。
しかし予想がドンピシャだったとは。いや、予想の斜め上だった点も多分にあるが。
銜え煙草のまま青年は肩を竦め、怒り心頭の妹分の柔らかい白銀の髪を右手で撫でた。
「…まずは落ち着け。勿論、俺も銃を扱うからな。自分の銃を勝手に弄られると腹が立つのは分かる。だが、彼女のことだ。悪意があってやった訳ではないだろう」
「……むぅ…それは…」
「……ガムでもどうだ?」
「……頂きます」
甘口のそれが果たしてあったかどうか。青年は妹分である少女の頭から右手を離すとベッドの横へ置かれたサイドテーブルへ歩み寄り、抽斗を開けた。
卓上へ鎮座する灰皿へ溜まった灰を落としながら探し出したのは柑橘類の風味が特徴のガムが詰められたボトル。それを掴み取った彼は蓋を開けて妹分へ差し出す。細い指先で二粒を摘んだ少女が口腔へ投げ込んだ。
「──まぁ、いずれにせよだ。彼女と落ち着いて話をするんだ。理由がある筈だからな。おそらくレッドフードが逃げたのは慌てていたからもあるんだろう。勿論、後ろめたさもあっただろうが」
モグモグと忙しなく口を動かす少女へ落ち着いた低い声で言い聞かせると、やがて
「…分かりました」
「良い子だ。…俺もレッドフードを見掛けたら、キミと話すよう言っておこう」
「…はい。…お邪魔しました」
「邪魔だとは思っていないよ。いつでも歓迎だ」
軽口を返せば、少女はやっと口角を緩める。会釈をした妹分へ青年も軽く首肯する。踵を返した彼女が居室を後にする姿を見送って数秒ほど経った頃──
「──もう行ったぞ」
「……ありがとう隊長」
「礼には及ばん。……彼女にしっかり謝っておけよ」
「あぁ」
静かにシャワールームの扉が開いた。狭い居室の中へ戻って来た彼女は頷きを返しつつベッドの端へ腰掛けると、おもむろに青年を見上げる。
「…一本だけ貰えない?」
「…キミ、吸うのか?」
「…裏通りの不良だった頃にちょっとな」
つまりは実験に参加する前の話だ。人間であった頃だろう。
この御時世だ。煙草も最近では節約して吸っている有り様だが、一本程度、共に戦う戦友へ譲り渡すことに躊躇はない。
ソフトパックを軽く振り、飛び出させた煙草の吸い口を青年は彼女へ差し出す。
「サンキュ」
狼を思わせる金眼を細めたレッドフードが艶のある唇でそれを銜えて抜き取る。
続けてオイルライターの蓋を特徴的な金属音を奏でながら開き、ホイールを回した。フリントと擦れ合い、散った火花がオイルを含んだ芯へ火を灯す。
銜えた煙草を近付け、炙った先端から薄く紫煙が立ち昇る。
「…結構、キツいの吸ってんだな」
「…キミが吸っていたのはメンソールか?清涼感の欠片もなくて済まんな」
蓋を閉じ、オイルライターを仕舞った青年はサイドテーブル上の何本か吸い殻が溜まった灰皿を拾い上げ、彼女の隣へ腰掛けると互いの隙間──ベッドにそれを置いた。
「…なんつーか…隠れてコソコソ吸ってた時のこと思い出しちまうな」
「…隠れて?そんな
「…隊長。あたしのことなんだと思ってたんだよ?」
「──大雑把、豪快、ズボラ、懐古趣味」
──どうしよう。なにひとつとして間違ってはいない。
とはいえ随分な物言い、そして評価だ。少しばかり不機嫌にもなろう。
ムスリと顔を顰め、彼女は膝の上へ肘を置き、頬杖を突きつつ銜えた煙草の紫煙を燻らせる。
「気に入らんか?なら、こう言い換えよう──」
顰め面が視界の隅へ映った青年が肩を竦め、肺へ送り込んだ紫煙を緩く吐き出し、煙草を灰皿に押し潰した。
「陽気、人当たりが良い。キミという潤滑油がいるからゴッデスは部隊として纏まっていると言える。面倒見も良く、感情豊かで笑顔も魅力的──」
「待った待った!もういい!もういいから!」
いきなり過ぎる誉め言葉の数々だ。思わずレッドフードは傍らに腰掛ける青年を制止する。
「まだまだあるんだが…」
「ポーカーフェイスでいきなりそんなに言われるとビックリするんだよ!なんで一気に来るんだよ!」
「…そんなにか?」
事実しか述べていないのだが、何処に驚く要素があったのだろうか。
青年が不思議そうに顎を擦る。今朝は剃るのを忘れたのもあり、無精髭の感触を覚えた。
ついで首を傾げ、眉間に皺を寄せる。その姿を傍らで認めた彼女が思わず吹き出した。
「──ははは。隊長ってさ。前から思ってたけど、実は
「…
「そういうところだよ」
やはり
何故、笑われているのか、レッドフードが上機嫌となる理由が分からないのか。青年は腹を抱えて笑う彼女の口元から吸いかけの煙草を奪い取る。
「あっ!なにすんだよ!返せって!あたしんだろ!?」
「…何故かは知らんがイラッと来たんだ」
とんでもない横暴である。レッドフードは学こそないが、これが理不尽であるとは分かる。故に不平と不満を込めて抗議を続けるのだが──青年はその吸いかけの煙草を乾燥気味の唇の端へ銜えてしまった。
「──それに、ここで一服するよりも早急にやらなきゃならないことがある筈だが?」
「うっ…いや〜…分かっちゃいるんだけどさぁ…」
「無銭飲食で捕まった経験があっても物事の道理は弁えているだろう?」
昔の過ち──何年も前、
レッドフードが上機嫌となって絡んで来ても表情ひとつ変えず、がぶがぶと度数の高い酒を鯨飲していた青年は酩酊できない身体であったと1ヶ月前の酒の席を思い出す。
その隣で
「それに彼女は利口だ。理由を話して、誠心誠意謝罪すれば腹立ちも収まる──はずだ」
「はずってなんだよ、はずって」
不安になってしまうではないか。少女が慕う
「俺はスノーホワイトではないからな。…取り敢えず
「…それって…この部品のこと?」
「なんで持ってるんだ」
「…いや、慌てて持ってきちゃってさ」
真紅のジャケットのポケットを漁り、やがて手の平へ乗せながら尋ねて来るレッドフードに青年は紫煙を溜め息混じりに吐き出した。
ゴッデス部隊に随伴した