勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第2話

 

 

 西暦1877年。

 

 

 

 

 早朝の静寂を、剣戟と喚声、蛮声が打ち破り、瞬く間に辺り一面は白刃が至る所で閃く戦場と化した。

 

「───キィエエエエエッ!!」

 

 ひとつの時代が終わる。そして時代が始まる。或いは終わりの始まり、なのかもしれない。

 

 いずれにせよ、この戦が一切合切、何もかもを変えてしまう──そんな気がしてならなかった。

 

 袈裟懸けに一閃された刃が敵兵──()()の朋友を斬り捨てた。熱い鮮血が迸り、返り血となって男の日焼けした顔を赤く染め上げ、制服を重く湿らせる。

 

 その顔には見覚えがあった。見覚えどころではない。

 

 昔馴染の──共に郷中で切磋琢磨した仲の男。事切れたその男の手には鍔が小さく、互の目の刃文が浮かぶ刀が固く握られたままだ。

 

 この男は刃を交えた者が昔馴染だと気付いたであろうか。

 

 いいや、気付くまい。

 

 血眼となり、蜻蛉で構えられた伝来の刀を握り締めつつ斬り込んで来た勇姿に戸惑いの様子は微塵も感じられなかったのだ。

 

 かつては官軍──戦陣を共にした同胞は今や賊軍と相成り、そして幾多の戦場を共に戦った昔馴染の刃の下へ斃れた。

 

 雨で泥濘となった地面。丈の短い草花が生い茂っていただろう地面は荒々しく踏み荒らされ、土の色が顔を覗かせている。その中へ両眼をカッと見開いたまま事切れた男が倒れ臥していた。

 

「───チィヤアアアアアッ!!」

 

 独特のそれは()()。白刃が閃き、干戈交える戦場で幾多の叫びが響き渡る。

 

 その内のひとつが自らへ指向されていると男は気付く。薄い朝霧が煙る視界の端へ血濡れた刃を蜻蛉に構えた()()が突っ込んで来る姿を捉えた。

 

 雨や汗、泥、そして返り血で濡れた制服を纏う男も二尺三寸四分の刀を構える。左足を前に、中切先に互の目の刃文が浮かぶ白刃が反り立つ柄を持った右手が耳の辺りまで上がった。左手を軽く添える八相にも似た構え。

 

 互いの濃い茶色の双眸が()()を見据え、爛々と血走る。

 

「───キィエエエエエッ!!」

 

 耳を劈く猿叫。敵を威嚇し、制圧する気勢が放たれ、同時に男も蜻蛉で構えられた白刃を握って突っ込んだ。

 

 一撃に何もかもを込めた一閃──双方共、ほぼ同時に白刃が振り下ろされた。

 

 火花が散り、刃同士が噛み合う。鍔迫り合いの格好となり、長身かつ大柄の二人の男が眼前の敵を押し返そうと──いや、刀身ごと叩き斬らんとばかりに一步も退かず渾身の力を込めた。

 

「───」

 

 不意にヒュッと息を飲む音。泥と返り血、汗に濡れた顔が強張り、爛々と血走っている双眸が大きく見開かれる。

 

 眼前の敵──制服を纏った男の顔に覚えがあったのだ。

 

「──おはん……!」

 

 見知った顔──それを認めた瞬間、賊軍となった男の腕から力が一瞬抜け落ちる。

 

 それは紛れもない勝機。

 

 出征前に賊軍となった──今や自身の妻から預かり受けた刀を握る手へ一層の力が籠もる。

 

 それはかつて(あずま)の益荒男共が提げ佩きし刃。果たして利きか鈍きか。

 

「───キィエエエエエッ!!」

 

 白刃に罅が走る。一気に圧した途端、刃が破断した。

 

 鍛えられ、研がれた白刃が右肩へ食い込み、人体を深々と斬り裂く。迸り、噴き出た血潮を真正面から浴びながら制服を纏う男は得意の袈裟懸けで斬り伏せた男が今際に呟いた言葉を耳に拾う。

 

「──…さしかぶい…やっどな…」

 

 確かに──随分と久しぶりに会った気がする。

 

 最後に顔を合わせたのは10年前、だったろうか。

 

 泥濘の地面へ俯せに倒れた男は二度と起き上がることはない。すっかり事切れた。

 

 恨みなどない。ただ、互いに()となっただけだ。

 

 男は己が握る預けられた刀をチラリと見下ろす。今しがた、そして先刻に昔馴染を斬り伏せた刃は血に濡れ、妖しい光を放っていた。

 

「…武士(さむらい)の時代は…」

 

 ──もう終わったのだ。寂しく、名残惜しく、後ろ髪を引かれる思いだ。

 

 だが、揺るぎない事実である。

 

 これから先、時代がどう移り変わるかは分からない。その時々に熱病の如く流行するだろう思想や信条も預かり知らぬことだ。

 

 既に時代という名の舞台は幕引き。演者は舞台を去らねばならない。

 

 それでも舞台を去ろうとしない演者がいるとすれば──別の演者が引き摺り下ろさねばなるまい。

 

 だからこそ──なのだろうか。

 

 ──古い時代(武士)の象徴を打倒せしめるは、古い時代(武士)のみ。

 

 いつの日にか、この戦の模様を孫子(まごこ)へ語り聞かせる時が来るのだろう。或いは何処ぞの誰かが講談で観衆に調子を取りつつ語り聞かせるのだろうか。

 

 いずれにせよ自分は二度と故郷の土は踏めまい──それを改めて覚悟した男は再び刀を蜻蛉に構え、眼前に迫り来る()()の群れを睨み付けるや否や、声高に猿叫を戦場へ響かせた。

 

 

 

 

 

 時に西暦1877年。

 

 場所は──田原坂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯気立つコーヒーがカップへ注がれる。ソーサーに乗ったそれが手元へ置かれると長身の青年は白髪と黒髪が半々の割合で同居する頭を僅かに下げた。

 

「──わざわざお時間を頂いて申し訳ありません」

 

「──なに…ヨハンの講義にも飽きていた頃だ。講義のレポートを書くのも中々に面倒なものでな」

 

 麗らかな陽の光が降り注ぐ庭園。ガーデンチェアに腰掛けた双方は僅かに口角を緩めつつ、互いの手元へ置いたカップを摘む。

 

「……それで何か用でも?生憎とキミのように聡明で美しい女性を喜ばせられる話のネタは持ち合わせていないが…」

 

「お茶を一緒に楽しみたかっただけです。他意はありません」

 

「…そうか」

 

 返された承知の言葉へ小さく頷く撫子色の髪を持つ女性──ドロシーは瞳を細めた。カップを傾け、手ずから淹れたコーヒーを口にする眼前の青年を見詰める。

 

「…ですが…そうですね。お尋ねしたかったことがなかった、と言えば嘘になります」

 

「ふむ?」

 

 コーヒーの味は気に入ったのだろう。以前と同様の塩梅で淹れたが彼の舌を満足させられるそれで饗応できたことに彼女は内心で安堵する。

 

 同時に青年──ムーアから続きを促すかの如く濃い茶色の瞳が向けられる。

 

 それを認めた彼女はカップをソーサーへ静かに置いて居住まいを正した。

 

「──()()()()()、ということに貴方はどう思いますか?」

 

「…忘れられる…」

 

 眉間へ深い縦皺が刻まれる。()()()()()()を彷彿とさせる仕草だ。記憶に残るその相手も同じ仕草を無意識の領域でやっていたと彼女は思い出す。良く──似ていた。

 

 記憶が正しく、そして()()()()()()と同様であれば──要領を得ない、もう少し詳しく、と考えているのだろう。

 

「あぁ──済みません。…そう、ですね…。…誰かの、或いは何かの為に尽くした歴史があるとします」

 

「ふむ…」

 

「それは間違いなく崇高かつ英雄的な行いであり、多大な犠牲を払ってでも成し遂げた偉業──それが歴史の記録から、人々の記憶から全て忘れ去られたとしたら…貴方はどう思いますか?」

 

「…………」

 

 直ぐに青年は答えなかった。ソーサーへコーヒーが注がれたカップが戻され、纏った戦闘服の上着、その胸ポケットが漁られる。

 

 気付いた彼女は直ぐに卓上灰皿を取り出して彼の手元へ腕を伸ばして置いた。

 

 軽く頭が下げられ、乾燥気味の唇へ一本の煙草が銜えられる。

 

「……どう思うか……あくまでも俺の個人的意見で良いなら……」

 

「──是非、お聞かせ下さい」

 

 オイルライターの蓋が甲高い音を上げて開き、続けてホイールが回る。散った火花がオイルを含んだ芯を燃やし、灯った火が煙草の先端を炙った。

 

 僅かに身を乗り出した彼女は続けられる言葉を促す最中、青年は紫煙を燻らせつつオイルライターとソフトパックを胸ポケットへ戻す。

 

「多大な犠牲を払った──と聞くと…おそらくは戦争や戦いに関連しているんだろう」

 

「はい、仰る通りです」

 

「…どう思うか…ふむ…」

 

「貴方も戦っていますから。()()と同じく」

 

 また眉間へ深い縦皺が一本刻まれる。言語化して表現するのが難しいのだろうか。或いは適切な表現を探しているのか。

 

 ジリジリと煙草が燃え、暫しの無言の後、青年は緩く紫煙を吐き出した。

 

「……俺は誰かの記憶に残りたい、歴史に名を残したい、誰かに誉められたくて、称賛を受けたいが為に戦っている訳じゃない。()()()()()()、負けるのが大嫌いというガキのような理屈で戦っているだけだ」

 

 ──そうだろうとも。そういう性格の持ち主であろう。

 

 承知していると言わんばかりに彼女は肯定の首肯を送る。

 

「──こんなガキのような理屈で戦っている俺が持て囃され、称賛されるなど恥ずかしくて堪らんよ。個人的には忘れてくれた方が嬉しい」

 

 肩を竦める仕草を青年が見せた。皮肉と自嘲を込めた口調──記憶に残る()()()()()()を彷彿とさせるそれ。

 

 ()()()ならそう言うであろう──

 

「だが──」

 

 まだ続きがあるらしい。銜えた煙草の紫煙を燻らせた後、青年は先端へ溜まった灰を卓上灰皿に指先で煙草を軽く弾いて落とす。

 

「…もし、俺如きの存在が未来の誰かの──そこまで人類が生き残っていればの話になるが…その未来の誰かの目に止まり、ガキのような理屈を理解してくれたのなら……正直に言えば、それはそれで嬉しくもある」

 

「忘れられても良いのでは?」

 

「それは間違いなく本心だ。だが、不思議と嬉しくもあるだろう。誰かが憶えてくれている、というのは。未来の誰かが過去を振り返った時、そこに俺という存在がいたと気付いたなら…曲がりなりにも先人としては」

 

「…そう、ですね。そうかも、しれません」

 

「…キミの望む答えを上手く返せなくて済まん。生憎と口下手でな。それに……」

 

「……なんでしょうか?」

 

「…いや、なんでもない。我ながらつまらんことを言いそうになっただけだ」

 

 ──忘れられたくない。その心情は理解できる。

 

 しかしそれは──()()であろう。

 

 幸いにも、それは寸でのところで彼は飲み込んだ。




プラタイアに田原坂…果たして何の関係が…作者にもさっぱりです


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