勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第2話

 

 

 突撃破砕線(FPL)と指定された乗用車の残骸付近には10機ほどのラプチャー()の亡骸が散乱していた。

 

 襲いかかってきた敵の殲滅を認め、青年はマリアンへ撃ち方止めの命令を下す。

 

 果たしてあの敵は“生物”なのか、或いは“機械”なのか。判断が難しいそれらの亡骸、もしくは残骸を一瞥すると彼はマリアンを伴って墜落して間もない輸送機へ向かった。

 

 こちらも無惨な状態だ。原型こそ一応は留めてはいるが機体のあらゆる機器は破損し、激しく火花を散らしている。二度と空を飛ぶ本来の役目は果たせまい。

 

 その機体を操っていた操縦席の風防も墜落の衝撃で砕け散り、座席にいるパイロット達は声を掛ければ動き出すかのような格好のまま事切れている。

 

 だが彼等の命の灯火は間違いなく消え失せていた。手を伸ばし、胸元を漁ってパイロットスーツの中から連なった認識票を一枚千切った青年はそれを軍服の胸ポケットへ確かに仕舞い込んだ。

 

 ついでに遺品となる何かは、とパイロットスーツのポケット等を漁る。

 

 手帳、携帯情報端末、指輪──それぐらいであった。

 

「……ん?」

 

 機長席のパイロットの遺体の所持品を漁っていると胸ポケットからソフトパックの煙草とオイルライターが出て来た。

 

 珍しいことに喫煙者であったらしい。葉を使用した煙草は貴重かつ高価な嗜好品だ。3級品とも呼ばれる程度の宜しくないそれでも中々に手を伸ばし難い程である。

 

 添加物が大量に含まれているか、それとも水蒸気を吹かすだけの電子タバコが喫煙者の主流である昨今では珍しい持ち物であるのは間違いない。

 

「…貰って行くぞ」

 

 それも胸ポケットへ仕舞うと青年はやっと操縦席を足早に抜け出すと機外に散乱している貨物室の積載物であった弾薬や医薬品の類を集めているマリアンの下へ向かった。

 

「首尾はどうだ?」

 

「IFAKのポーチがいくつか。それと弾薬に突撃銃を見付けました。自衛用ですので指紋認証の設定はされていないようです」

 

「上々だ。早くここから離れよう」

 

「はい──…あの…指揮官?本当に指揮官が全部をお持ちになるのですか?」

 

「…マリアンが周辺の警戒や戦闘を担ってくれるなら、俺は運搬を担当するのが合理的だろう?」

 

「それはそうですが…突撃銃だけでも重いのですよ…?」

 

 対ラプチャーを想定した火器は基本的にニケ──マリアンを始めとした彼女達が使用することを前提に設計されている。

 

 5.56mmや7.62mm等の中小口径弾薬は“対人用”に分類され、ラプチャー相手には全くと言って良い程に効果は望めない。

 

 その為、対ラプチャー用の火器と弾薬が開発されたのだが──弾薬の大口径化、炸薬量の増大も加わり、火器そのものも反動や使用に耐えられるよう強固かつ堅牢が求められた結果、人類が容易く扱えるような代物ではなくなってしまっているのだ。

 

 かつて地上で人類が栄華を極めていた時代に用いられていた歩兵用の軍用銃のざっと3倍〜4倍の重量である。無論、持ち運ぶこと自体に支障はない。

 

 ただし下手に発砲すると如何に銃本体の重量で反動を抑制しているとはいえ、姿勢が悪ければ鎖骨辺りを簡単に折ってしまうか腕の骨にヒビが入るかどちらかだろう。

 

 散乱していた積載物の中に背嚢を発見した青年は医薬品が入ったポーチ、予備の弾薬箱、水筒に戦闘糧食等を手早く詰め込んで背負おうとした時、ふとマリアンのストッキングに包まれた右脚が彼の視界へ入った。

 

 ストッキングが破れ、脹脛に一直線の擦過傷らしき負傷を視認すると彼は背嚢の中へ詰め込んだばかりのIFAKのポーチを取り出し、内容物の中から緊急包帯を手に取る。

 

「…負傷したようだな。脚を診せてくれ」

 

「負傷…というより“故障”でしょうか」

 

「…止血帯(ターニケット)の必要はないな。包帯だけ巻いておくぞ」

 

 ポーチの中にはバンドを締め付け、圧迫による止血を行う道具も入っているがこの程度であれば必要なしと判断し、青年は緊急包帯の二重包装となっている真空パックを破ってマリアンの患部へ巻き付けた。ズレないよう密着させながら巻き付ければ、処置は完了である。

 

「…あの指揮官…?こういうのはニケには効果が……」

 

「…え?」

 

「──いえ、なんでもありません。お陰でもう治ったみたいです」

 

「…それはないだろう」

 

 彼女なりの冗談なのだろうか。兎も角、処置も終わったら直ちに移動せねばなるまい。

 

 彼はマリアンの持つ機関銃が故障した際の予備として持っていく突撃銃を片手で掴み、軽々と抱えて見せる。背嚢も背負えば、準備完了である。

 

「…良し。行くぞ。前進だ」

 

 

 

 

 この指揮官は優しいのだろう。

 

 マリアンと呼ばれるニケは隣を歩く自身の指揮官となった青年を僅かに見上げた。

 

 指揮官となる人物の資料は任務が下達される寸前に目を通している。士官学校を昨日、卒業したばかりの新任。少尉という階級も同様に昨日、拝命と任官をしたばかりの人間であるとも知っている。

 

 てっきり駐機場で顔を合わせるまでは──こう言っては彼に失礼だろうが、歳の割に強面かつ精悍な顔付きなのでかなり高圧的な人物なのではないかとも思った程だ。

 

 確かに口数こそ少ないが──先程、片足の脹脛へ巻いて貰ったばかりの包帯が彼女の視界の端へ入る。

 

 士官学校でも教えられただろう。ニケという存在にこのような治療行為は無意味なのだ。無意味というよりも、必要がない、が正しい表現に近い筈である。

 

 彼女達は人間ではなく機械、もっと正確な表現をすれば──代替可能の兵器。

 

 消耗品に過ぎない筈の存在だと知っているだろうに、補給の目処がない状況で心許ない手持ちの医薬品を惜しげもなくニケへ与え、自ら処置してくれた事にマリアンは不思議と心が満たされる気分になる。

 

 優越感の類か。それとも安堵からなのか。

 

 感情と自我を、聡明な頭脳を併せ持つ彼女でさえもその正体は分からない。しかし確かに心が満たされ、温かい何かが鼓動に乗って全身へ行き渡って行く。

 

「──指揮官。ランデブーポイントまでもう少しですが…体調はどうですか?」

 

「…少しフラフラするな。呼吸も少しだけ覚束ない」

 

「…心臓が止まりましたからね。でも生き返って良かったです」

 

 気遣う彼女の視線の先にある青年の表情は確かに冴えない。

 

 心停止しかけていた人間をこうして歩かせるのもどうかと思うが、それへ苦言を呈さない本人も大概であるとはこの二人はそもそも気付いていない。

 

 輸送機が墜落し、その衝撃で心停止しかけ、息を吹き返したかと思えば直ぐに戦闘。それも済めば次は重い荷物を背負っての移動である。

 

 泣き言のひとつ漏らしても誰も文句は言わないであろうが、青年はそれすら口にせず、彼自身が言葉にした通り、少しフラフラと覚束ない足取りで前進を続けている。

 

 優しい、だけではく不器用なのだろう。

 

 この指揮官である青年の性格というべきか、根底にある何かへ触れた気がしたマリアンは微笑みを大きく浮かべながら冗談とも本気ともつかない提案を投げ掛ける。

 

「歩き難いなら、私がおんぶしましょうか?」

 

「…そこまでする必要はない。自分で歩ける」

 

「私なら大丈夫ですよ?一人おんぶするぐらいどうってことありません。──さぁ、どうぞ?」

 

 彼女が立ち止まって背中を見せてみると、同時に歩みを止めた青年が困惑の表情を浮かべる。不思議なことに背を向けている筈のマリアンは彼がどんな表情を浮かべているのか手に取るように分かってしまった。

 

「…自分で歩けるから心配するな。早く行こう」

 

 溜め息混じりに、その吐き出される息へ疲労の色を滲ませつつ青年は告げる。しかし再び歩き出した足取りは軽いとは言い難い。

 

 この人は我慢をすることに慣れてしまっている気がしてならなかった。誰かが無理にでも支えなければ、早々に心が折れてしまうのではないか。

 

 肩を竦めたマリアンは数歩先を進む青年へ追い付くと、機関銃を握る右手とは逆の腕を使って彼の右腕へ絡み付けた。

 

「──なら私が支えますね。辛くなったらいつでも言って下さい」

 

 拒絶されるだろうか。マリアンの内心で不安が芽吹く。

 

 他の指揮官であれば、馴れ馴れしい、と腕を払われる可能性が高い。

 

 だがこの人であれば大丈夫。

 

 そのような漠然とした確信を抱いたからこその行動である。

 

 腕を組まれたことに彼は困惑の表情こそ強く浮かべたが──やがて小さく頷きを返した。

 

 言葉こそ返って来なかったが、これは青年なりの承諾なのだろう。

 

 そう解釈したマリアンは更に微笑みを浮かべる。

 

 心にまた温かさが広がっていった。

 

 

 

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