勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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『誰の人生も同じように終わる。人を他人と区別するのは、如何に生きたか、如何に死んだか──その内容だけだ』

──アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ──


第5話

 

 

 剣客めいた格好、そしてその気質も併せ持つ彼女がトレーニング終わりの青年を引き止め、自室へ招いたのは特別の理由はないのだろう。

 

 単純に、久しぶりに誰かと共に茶を一杯飲みたかった──精々がその程度の理由の筈だ。

 

「──どうかしたかい?そんなにジッと見て」

 

「…いや、失礼した。所作が美しいと思ってな」

 

「そうかな?」

 

 簀の子となった茶盤の上に茶壷を置き、準備した湯を茶壷、茶海、茶杯の順に移しながら温める。

 

 次いで茶壷へ自作の茶葉を底に薄く敷き詰める程度に入れる。熱湯を高い位置から注ぎ、茶壷に蓋をし、そこへ熱湯を掛けて更に温めていく。

 

 ピッチャーの役割を持つ茶海に茶を移し、濃さを均等にしてから茶杯に注ぎ分ける──その一連の手順を慣れた手付きで、そして淀みなく済ませて見せた姿に青年は感嘆した様子だ。

 

 肩を竦めた剣客──紅蓮は薄茶色に染まった茶を注いだ茶杯を青年の手元へ送る。

 

「口に合うと良いが…」

 

「頂く」

 

 節榑立つ指先が茶杯を摘み、乾燥気味の唇へ縁を運ぶ。軽く口付けた縁から微かに茶を啜る音が響いた。

 

「どうだい?」

 

「美味い。それしか言えなくて済まない」

 

「いいさ。口に合ったなら何よりだよ」

 

 僅かだが剣客──紅蓮の口角が緩む。

 

 素っ気ない感想だが、この不器用な青年が口にしたのならば最上級の称賛に他ならない。

 

「鍛錬に励んでいるようだ。昨日、戦闘があったばかりなのに精が出る」

 

「疲れた、と呑気に休んでいた方が良かったか?」

 

「まぁ、その方が()()()()()かもしれないな」

 

 皮肉──なのだろうか。自身の手元へ運んだ茶杯を摘む紅蓮へ青年は軽く鼻を鳴らす。

 

「生憎と俺達は人間じゃない」

 

「──その割には昨日は沈んでいたね。堪えたかい?」

 

 琥珀色の瞳を青年に向けつつ尋ねた紅蓮の一言。その途端、乾燥気味の唇へ触れた茶杯が一瞬止まった。

 

「…いや。()()()()()だ」

 

「そうか」

 

「薄情と思うかも知れんが()()()()()()仕込まれたんだ」

 

 そうするよう──正確には()()()()()()が近い表現だろう。或いは()()()()()()だろうか。

 

 最早、死に体となった戦友へ安寧に至る一発を至近距離から撃ち込む光景──その引き金を引いた青年の横顔を彼女は思い出す。

 

 戦友を射殺するとは思えない程、冷静に、そして淡々とこなしていた姿。無表情の横顔からは如何なる思考や感情も読み取れなかった。

 

「…変なことを聞いても良いかい?」

 

「美味い茶を馳走になっているんだ。大概のことには答えるぞ」

 

「──最後に泣いたのは?」

 

 紅蓮が尋ねると、対面する青年は渋面を浮かべる。妙なことを聞く──と顔に書いているようだ。

 

「…忘れたな。そもそも泣いたことがあるのか…」

 

 思わず紅蓮の口角が緩む。似合わない冗談を聞いた気分のまま茶杯を傾けるのだが──対面の席へ腰掛ける彼は眉間へ深い縦皺を幾筋も刻んでいる。

 

「…いや、真面目に…」

 

「いやいやいや…」

 

 それは流石に無いだろう。遠い過去に遡ってみればどうだろうか。それこそ子供の頃であれば涙を流すなどいくらでもあった筈だ。

 

 それも併せて問うたが、青年は喉の奥で唸りつつ眉間へ刻む縦皺を一本増やすだけだ。

 

「…もう一杯どうかな?」

 

「…頂こう」

 

 促すと乾いた茶杯が差し出された。少し温くなったが、これはこれで味がある。紅蓮が茶海へ残っている茶を注ぎ、再び彼の手元へ送る。

 

 茶杯を摘み、斜め上に向かって視線を向ける青年は該当する記憶を探そうと苦労しているようだ。

 

「…済まん。やはり覚えていない」

 

「…いや、構わないよ、むしろ手間を掛けさせたね」

 

 やはり思い出せなかったらしい。いや、或いは──そのようなことは一度もなかった、のかもしれない。

 

 彼や彼等の生い立ちを全て知っている訳ではない。話して貰っていない、というのが正しい表現なのだろうが──

 

「…薄情だと思うか?」

 

「…さて、どうだろう」

 

 仲間、戦友、そういった存在の死を受け入れて尚も屈せず、勝利を信じている──そう言えるなら格好は付くのだろう。

 

 しかし()()か否か。それを彼女は断言出来なかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──特に異常はないようですね。あくまでも現在は」

 

 彼──ムーアは検査が終わると鍛えられた腹筋で上体を起こし、病床の端へ腰掛けつつ両脚を床へ下ろした。

 

 厚い胸板へ貼り付けられていた電極パッドが細い指先で取り除かれる。

 

 感情の起伏があまり感じられない高い声──これはこれで耳の保養になりそうな気もするが、これが感情的になった時こそムーアの()()たる()にとって天敵となる存在へ変貌を遂げるのだろう。

 

 その天敵──もとい、セシルはムーアへ背を向け、非常に薄い情報端末を机上へ置き、続けてデスクトップの前へ腰を下ろす。

 

 投影したスクリーンへ孔雀青の双眸を向けつつキーボードをタッチし、情報入力を始める背後では彼が黒い半袖のシャツを纏う衣擦れの音が微かに響く。

 

「以前の話を覚えていますか?貴方から預かった注射器についてです。やはり、交感神経に作用する強力な薬物が含有されていました」

 

 スクリーンから視線を逸らさずセシルが口にしたのは注射器へ充填されていた薬剤の成分についてだ。

 

「…予想が当たった訳だ。それで…確か薬を処方するとかなんとかとも言っていたな」

 

 タンカラーのブーツを履き、靴紐を結び終わったムーアが問い掛ける。すると触り心地が良さそうな薄い紫を少しだけ孕んだ月白色の長髪で覆われた才媛の頭が軽く上下に揺れた。

 

「えぇ。これも以前に言いましたが…発症を遅らせるだけです。あくまでも時間稼ぎにしかなりません。着替え終わったらお渡しします」

 

「感謝する。ありがとう」

 

「いえ」

 

 素っ気なく、事務的な応答がセシルから戻ってきた。

 

 彼女としては感謝される謂れは──ないのかもしれない。仕事を全うしているだけなのだろう。律儀とも言えるだろうが。

 

「…もののついでに、ひとつ聞いても良いか?」

 

「なんですか?」

 

 尋ね返す才媛がキーボードをタップする指の動きに淀みはない。軽い調子で尋ねられたこともあり、そこまで重要な問いではないと考えたのもあるだろう。

 

 

 

 

「──俺の血液で弾薬(アンチェインド)を作る方法はないか?」

 

 

 

 

 落ち着いた低い声音で彼が口にした問い。

 

 それが響いた瞬間、キーボードをタップする指の動きが止まり、室内は医療機器の群れが発する電子音を残して静まり返った。

 

「…今、なんと仰いました?」

 

「聞き逃したか?」

 

 そこまで衝撃的な問い掛けだったろうか。

 

 では今一度と彼は先に放った同様の問いを投げ掛ける。

 

 数十秒、セシルは押し黙り、やがて打ち込んだ情報の保存を済ませると投影していたスクリーンを消去した。

 

 腰掛けた椅子を半回転させ、ムーアへ身体ごと向き直ると彼女は整った形の唇を開く。

 

「──理論上は可能です」

 

「…それは良かった。作れないと言われたらどうしようかと…」

 

 まずは彼は安堵する。しかし眼前のセシルは孔雀青の瞳を細めつつムーアを見据えた。

 

「しかし言いましたよね。()()()()()の為に犠牲となる()()()()になりたくないのであれば──これは貴方と私だけの秘密だと」

 

 確かに警告を受けた。忘れた訳ではない。生憎と彼はそこまで記憶力が悪い訳でもない。

 

 頷いて肯定を示しつつ、ムーアは戦闘服の上着へ袖を通し、胸ポケットを漁るとソフトパックを取り出す。

 

 途端に才媛の眉根が寄るのが見えた。禁煙であるのは承知している。彼は肩を竦めると、ソフトパックを軽く振り、飛び出した一本を銜えて引き抜いた。乾燥気味の唇の端へ銜えつつ物言いたげな彼女へ先を促した。

 

「火は点けないように。間違いなく、()()を手に入れた瞬間──その力を手に入れた瞬間、多くの人々から貴方は狙われることになるでしょう」

 

「…嬉しくない断言だな」

 

「事実ですから。言っておきますが秘密にしておこうとしても徒労に終わります。勿論、アンチェインドを使わないなら話は別ですが──使うつもりでしょう?」

 

 コレクションの如く後生大事に手元へ置いておく──そのような性格の持ち主ではない。それを看破しているのだろうセシルが尋ねれば、彼は正解を示しているのか再び肩を竦める。

 

「だったら尚更ですね。使った瞬間、秘密が発覚し、あっと言う間にアーク全体へ噂が広まる筈です」

 

「──その時は地上へ逃げるか。ここで厄介になるのも悪くはなさそうだが──これは冗談だ。ヨハンに事の次第を尋ねられるのが関の山だろう。向こうとこっちで大して対応が変わるとも思えんからな」

 

「…ではどうするのですか?貴方を狙い、襲撃してくる人々を──皆殺しにしますか?」

 

「──それが?」

 

 何か問題でもあるのか──と逆に尋ねられる。

 

 ──皆殺しにするなど造作もない、と言わんばかりに声音は酷く落ち着いていた。

 

 この眼前の青年は間違いなく()()が可能なのだ。彼を検査した際のデータ──あらゆる身体の機能や性能を示すデータがそれを物語っている。

 

 軽い調子で尋ねられたが──これは単なる相談とは言い難い。

 

 孔雀青の双眸を閉じつつセシルは溜め息を細く吐き出し、やがてタイトスカートの裾から伸びるストッキングに包まれた長い脚を組んで座り直した。

 

「…その様子じゃ、考えを曲げる気はなさそうですね」

 

「生憎と器用には生きられない性分らしくてな」

 

 そうだろうとも──この御時世には珍しく思う程に、と才媛は考えつつ改めて眼前の青年を見据える。

 

「──良いでしょう。貴方が茨の道を進むというなら止めはしません。実際、私にとっても良い機会ですから。アンチェインドの弾薬を作れるなんて」

 

 一転して前向きになった彼女へムーアも濃い茶色の双眸を向け直す。

 

「…滅多にあることではないだろうしな」

 

「えぇ、その通りです。弾薬を作りたいというなら──用意して欲しいものがあります」

 

「俺の血液だけでは不十分なのか?」

 

「はい」

 

 通常の銃弾の製造過程と同じ手順、或いはそれに準じた手順で作れると考えていただけにムーアは不可視の疑問符を頭上へ浮かべながら問い返す。

 

 それにセシルは頷き返し、整った形の唇を開いた。

 

「──コードネーム マザーホエールを捕獲して下さい」

 

 

 

 




石巻は鮎川がある某県に住んでいる私ですので捕鯨は得意──な訳ねぇだろ!こちとら山育ちじゃ!!
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