勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第7話

 

 

「──これがマザーホエールか。随分とデカブツだな」

 

 手元にある薄手の情報端末。その画面上へ浮かび上がった敵機の写真──コードネーム:マザーホエールのそれを認めたムーアは脳裏へ浮かんだ第一印象を簡潔かつ率直に漏らす。

 

 検査台と病床を兼ねたそこの端へ腰掛けながら彼は情報端末を本来の持ち主である才媛──自身の眼前へ立ったセシルに返却する。

 

「…俺の記憶が間違いなら良いんだが…こんなデカブツを捕獲しろ、と言われた気がするんだが…」

 

「はい。間違いありません。貴方の記憶力と聴覚に異常はありませんよ」

 

「それは良かった。安心した」

 

 軽口で返す彼だが、全く良くない。むしろ何処に安心する要素があるのか。

 

 人間とのサイズを比較した際、どれほどの差が存在するのか。体長だけで何百m、重量は果たして何千、何万tあるのか分かったものではない。

 

 どれだけ巨大な銛を用意し、どれほどの巨大な捕鯨砲を用意しなければならないのか。

 

 地上へ引き摺り下ろし、捕獲する光景を脳裏へ思い描く彼は知識として持っている捕鯨を想像するしかない。

 

「──モビィ・ディック(白鯨)を超える巨鯨とは、エイハブ船長も驚くだろう」

 

「……旧時代の作品でしたか?」

 

 うろ覚えの様子を見せるセシルに彼は火が点いていない煙草を銜えたまま肯定の頷きを返した。

 

 それはそれとして──

 

「…それで、マザーホエールとアンチェインドに何の関係がある?」

 

 わざわざ才媛が、用意して欲しい、と口にした代物だ。製造には必要不可欠なのだろうが、生憎と門外漢の彼は理由が分からない。

 

 それも当然であろうと言わんばかりにセシルは細い肩を竦めた後、彼が腰掛ける病床の隣へ人間一人分の間隔を空けて座る。脚を組んだ彼女は手元の情報端末を指先でタップしつつ説明を始めた。

 

「──ニヒリスターとの戦闘中に気絶した貴方の血液を採血し、様々な角度から解析を行った点はお話しましたね?」

 

 問われた彼は頷いた。そこまで昔の話ではない。しっかりと覚えている。

 

「あの後、残った血液から採取したアンチェインドの成分を使い、様々な実験を行ってみました。弾薬を始め、各装備品に適応できるか確認したのです。…これの許可を得なかった点については謝罪します」

 

「俺とあなたの()()を漏らしていないなら構わんよ」

 

 男女間の秘密となると、その種類は限定されるだろう。しかし彼が漏らした一言にその類のいかがわしさは含まれていない。

 

「ありがとうございます。──結論から言うと、全て失敗」

 

「実験に失敗というものはないそうだがね」

 

 上手く行かなかった方法や手段を発見した──そのような言葉を残した旧時代の人物は確かにいたか、とセシルは思い出して薄く微笑を浮かべるも直ぐに表情は元へ戻った。

 

「金属と合成する段階でアンチェインドの成分が失われてしまう、ということが判明しました」

 

 彼の言葉、或いは先人の言葉を借り、彼女は()()した事柄を淡々と述べる。

 

 率直な所見を才媛なりに言わせて貰うならば、金属との相性が悪いのかもしれない。しかし理由や原因は不明のままだ。そもそものサンプルの少なさが起因している。

 

「兎に角、各種金属やガッデシアムは勿論、鹵獲したラプチャーの部品とも合成を試みましたが、全て()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして出来上がった代物は──

 

「アンチェインドが含まれない貴方の血が混ざっただけの不気味な弾薬が完成しただけです。──まぁ、誰かを呪う際に役立つかもしれませんけどね」

 

「それは良いことを聞いた。あなたのような才媛が言うのなら折り紙付きだろう。是非とも神とやらに一発撃ち込んでみたいものだ」

 

 軽口に軽口で返された──のだろう。おそらくは。しかし響きには若干の真剣も感じられたのがなんとも可笑しい。

 

 セシルの整った形の唇が僅かに綻ぶ。次いで彼が乾燥気味の唇へ銜えた火が点いていない煙草を揺らしつつ濃い茶色の瞳を横へ向けつつ尋ねた。

 

「話を纏めると、現段階で弾薬を作るのは困難極まると?」

 

「はい。金属と合成出来ない以上は仕方がないでしょう」

 

「…しかし…」

 

「なんでしょうか?」

 

 スノーホワイトから譲られた一発の拳銃弾。その外見は何処からどう見ても()()のそれだった、とムーアが語る。

 

「そうですか。…検査には軍事用のスキャン装置を?」

 

 外見が普通の拳銃弾。果たして()()()()()()なのか──それをわざわざピルグリムが譲るとは考え難い。その能力を把握しようと成分の解析を行った可能性が高いと予想したセシルが尋ねる。

 

 その問いへ彼は頷いた。

 

「…それなら軍事用に使われる物質しか判別出来なかった筈です。──便宜上、アンチェインド弾と呼称しますが、それの核となる物質は軍事用には使わない、正確に言えば使()()()()()()の筈ですから」

 

 要領を得ない発言だ。彼の眉間へ深い縦皺が刻まれる。付き合いこそ短いが、それは言葉の意味を咀嚼、解釈しようとしているのだと才媛は気付いた。

 

 ではもう少し詳細を語るとしよう。彼女はストッキングに包まれた長い脚を組み直し、胸の下でも腕を緩く組むと孔雀青の瞳を隣へ向ける。

 

「──アンチェインド弾の核となる物質は()()()()()なんです」

 

「……は?」

 

 理解が追い付かないらしい。気の抜けた低い声が漏れ出たのが何よりの証拠だろう。

 

「アンチェインドは貴方の体内を流れています。それこそ血液に乗って」

 

 血液の役割とは──これは言わずとも分かるだろう。生物が生きていく上で全身の細胞に栄養分や酸素を運搬、二酸化炭素や老廃物を運び出す為の必要不可欠なそれだ。

 

 そしてアンチェインドが抽出されたのは彼の血液、つまり人体の内部からである。

 

「そこで試しに人間の細胞と合成してみたのですが、弾薬というカテゴリには入る()()が生まれました」

 

「…というか人間の細胞……誰のだ?」

 

 眉間へ深い縦皺を何本も刻み付ける彼が問い掛ける。そこまで重要な疑問なのだろうか。知らず知らずの内に自身の肉片の一部でも提供していたのだろうか──などと考えているように思えてならない。

 

「あ、私のものを少し使いました」

 

「…なに?」

 

 報告する程ではないと考えていた節が伺える。セシルのそれは、たった今思い出した、と言わんばかりの口調である。

 

 性自認は女性であろうから口にするのは憚りがあるが──人間だったのか、とムーアは内心でやや驚いた。てっきりニケ、或いは()()()()()()と同じくサイボーグなのかとすら考えていたらしい。

 

 口にしなくとも彼の醸し出す雰囲気で概ねは察したようだ。珍しく悪戯心が生じた才媛が問い掛ける。

 

「どの部位から採取したのかもお伝えした方が良いですか?」

 

「…いや、それは構わない」

 

 女性の部位で、それも身体機能を損なわない──となれば、かなり限定される。その点も概ねは察せられた彼は話を続けるよう促した。

 

「分かりました。兎も角、この方法を用いて作られたアンチェインド弾では弾薬、ひいては弾頭としての機能を果たすことは出来ませんでした」

 

 金属のような硬度がなく、そもそもとして撃発時の薬莢内で生じる装薬が燃焼するエネルギーにすら耐えられなかった──わざわざ実験したのだろうそれを淡々とセシルは告げる。

 

「ヘレティックやニケの身体を貫くなんて、夢のまた夢でしょう。繊維強化プラスチックや新素材で弾薬を作ることは出来ますが、決定打に欠けるという事実には変わりありません」

 

「…暴発して指先が吹き飛ぶような代物が出来上がったら本末転倒だからな」

 

 それでは堪らない。既に右脚と左腕、そして右眼は義肢に義眼となった身ではあるが、好んで欠損している訳ではないのだ。またそのような趣味も当然だが持ち合わせていない。

 

「──そこで必要なのがマザーホエールです」

 

 ここからが漸く話の本題──才媛が口にした敵機、蒼穹の大海を支配者の如く回遊する巨鯨の確保の不可欠性の話題となるようだ。

 

 無言のまま彼が先を促すと──セシルは盛大な溜め息を吐き出し、自身の手元にある情報端末を細い指先で何度かタップする。

 

 すると室内の換気・空気清浄システムが一気に最高のそれで稼働を始めた忙しない音が響き出した。

 

「…もう吸って下さい。ずっとそうされているとこちらが落ち着かないので」

 

「──感謝する」

 

 そろそろ限界(ヤニ切れ)が近かったのだ。部屋の主から許可を得られたこともあり、ムーアは素早く銜えた煙草の先端へオイルライターの火を点けた。

 

 紫煙が立ち昇り、肺まで吸い込んだそれが緩く室内へ吐き出されるや否や()()()()と認識したシステムが一気に吸引してしまう。優秀な機能のようだ。喫煙者には生憎と優しくはないが。

 

「話を続けます。──第一次ラプチャー侵攻当時のラプチャーには現在のような半永久的な動力源は備わっていませんでした。その為、彼等は動力源となる材料を補給し続ける必要があったのです」

 

「…補給…」

 

「或いはラプチャーという存在を動物と仮定した場合、()()とも言えますが」

 

「……人間や動物か」

 

 彼の答えを才媛は首肯を以て肯定する。

 

 ムーアは──驚くような仕草を見せなかった。元々、知っていたのか、それとも察していたのか。理由は定かではないが、セシルとしては詳細を語る必要がなくて結構であろう。

 

 第一次ラプチャー侵攻──人類の天敵にして怨敵たるラプチャーが突如として現れた当初、手当たり次第に殺戮を繰り返していたが、ある時を境にして人間の捕獲を熱心に行い始めたと才媛は語る。

 

「──長期間の活動に備え、動力源を確保する必要があったからです。捕獲された彼等の顛末については……言わなくても分かりますね?」

 

 彼は頷いた。紫煙を燻らせ、取り出した携帯灰皿へ溜まった灰を落としつつ先の話を促す。

 

 セシルが語るところによれば、アークへ人類が移住し、地上から()()が居なくなったからか、それとも動力源の確保の過程が非効率だと判断されたからか──理由こそ不明だが、兎も角として地上で跋扈するラプチャーは出現から10年程度で半永久的な動力を確保するに至り、生産モデルとなる第一次侵攻当時の機体以降で同様の行動は確認されていない、とのことである。

 

「勿論、一次侵攻時のラプチャーはまだ健在していますが、間もなく動力の限界を迎えるでしょう。──これがマザーホエールを確保しなけれらばならない理由です」

 

「…と言うと?」

 

「マザーホエールは非常に燃費が良いのです」

 

「……あのデカブツで?」

 

「はい。あのデカブツで」

 

 無論、機体の巨大さを考えた場合の話だが──写真で確認した図体からは俄に信じられない。ムーアは眉間へ縦皺を刻みつつ短くなった煙草を携帯灰皿へ投げ込んで蓋を閉じる。

 

「しかし、いくら燃費が良いと言ってもマザーホエールも一次侵攻時のラプチャーです。その動力は無限ではありません。現在まで何度も()()を確保して(コア)を補強している筈です」

 

 人類が地上から姿を消した以降の話だ。地上に存在する動物をせっせと──確認した写真から推測できる大口を開け、大飯喰らいのクジラ宜しく採餌をしていたのだろう。

 

「──つまり、マザーホエールの核は人間の細胞も含んでいるでしょう。その核とアンチェインドを合成し、アンチェインド弾を作るのです」

 

 

 

 

 

 

 

「──師匠、撃破しました!」

 

「──良くやってくれた」

 

 武装車輌の進路上へ出現した一機のラプチャー。それを発見して直ぐにネオンがルーフ上へ据えられた自衛用の機関銃に取り付いた。

 

 重低音の重々しい銃声と共に50口径の徹甲弾や曳光弾が駆け抜けて敵機の装甲を撃ち抜く。

 

 やがて黒煙を著しく破損した機体から立ち昇らせたままラプチャーは沈黙。撃破を認めたネオンが車内へ戻ってきた。

 

 意気揚々と後部座席へ戻る彼女を見送りつつ、ムーアはシフトレバーの横に転がっていた太い薬莢を摘み、厚い防弾ガラスが設けられている運転席のそれを開けて車外に放り投げる。

 

「…ハランは?」

 

「──さっさと撃破して早く進みなさい、と」

 

 器用にもルーフ上へ腰掛けたままの魔女は戦闘らしい戦闘が発生しない限りは手を貸さないのだろう。ネオンから伝え聞いた言葉からそれを察して間もなく──頭上のルーフがやや乱暴に叩かれる音が響く。

 

 出発の催促だと気付くのに時間は要らなかった。

 

 溜め息を吐き出した彼は踏み込んでいたブレーキから脚を離し、アクセルを徐々に踏み込んだ。

 

 エンジン音を響かせつつアスファルトに大小の亀裂が走る舗装道路を駆ける最中、ムーアはステアリングを片手で保持しながらボディアーマーのポーチを漁る。取り出した愛煙のソフトパックを軽く振り、飛び出した一本の煙草を銜えた直後──

 

「──どうぞ」

 

 顔の横から細い手がターボライターを握って差し出される。

 

「…ありがとう」

 

 礼を伝えながら彼は噴き上がる青い火で煙草の先端を炙り、紫煙を燻らせた。

 

「あの…指揮官。大丈夫ですか?」

 

 口数が普段にも増して少なくなった彼を心配してか、握ったターボライターをポケットへ戻しながらラピが尋ねる。

 

「…体調か?問題はないが…」

 

「…いえ、そうではなく…」

 

 勿論、体調も気掛かりではあるが目に見えて不調という様子はない。むしろ彼女が気になるのは彼の心理的状態だ。

 

「…念の為にお伝えしておきたいのですが……私達に秘密が出来たからと言って気にする必要はありません」

 

「──そうよ。私達を欺くような秘密じゃないならね」

 

 ──欺く、とはどの程度のことなのだろうか。

 

 果たして彼が抱えている()()が、ラピに続き、助手席へ腰掛けているアニスが言うところの彼女達を()()()()()()と胸を張って断言できるのかは微妙なところである。

 

「そうですよ。私にも秘密がありますから。例えば、私がスパイってこととか」

 

 随分と賞味期限切れの()()もあったものだ。

 

 思わず彼の乾燥気味の唇が煙草を銜えたまま綻ぶ。それを助手席から認めたアニスは──やっと内心に安堵が訪れる。

 

「まったく…あんまり明け透けなのも問題よね」

 

「だから最初、師匠のこと見逃すところでした。透明すぎて」

 

「ハイハイ」

 

 何を勘違いしているのかは知らないが、()()()()なのはネオンである。呆れた眼差しを後部座席へ向けるのも億劫なのか、アニスは盛大な溜め息と共に応えるだけだ。

 

「──指揮官、間もなくヨハンとの合流ポイントに到着します」

 

 このままの速度を維持し、道中で交戦が発生しなければ5分以内に指定された座標へ到達する。その旨をラピは後部座席から運転席に腰掛けるムーアへ報告した。

 

 被ったヘルメットが前後に揺れ、首肯されたと気付くと同時にほんの僅かだけアクセルが踏み込まれたのか速度が増した。

 







「──ムーア少佐。ひとつ尋ねるが…君が最後に休暇を取得したのはいつのことかな?」

 事の始まりは彼の直属の上官の一言だろう。

 任務完了の報告を直接、オフィスへ赴いて済ませて間もなくのこと。脈絡もなく自身の上官──アンダーソンが口にした一言は彼を少しばかり困惑させた。

 数ヶ月間は休暇らしいそれを取得していない、と返せば上官は天井を仰ぎ、やがて俯いて緩々と左右へ頭を振ってみせる。

「……休みなさい。地上任務へ派遣されているのだから代休は溜まっているだろう。確認したところ……30日分は代休が溜まっているぞ」

「…そんなに」

 日数をいちいち確認していなかった、と馬鹿正直に返せば盛大な溜め息を吐き出す美丈夫の中年の姿があった。

「…まぁ休む休まないは本人の自由だからな。本人が休みたくないなら…仕方ないと言えばそれまでだが…」

「正確に申し上げれば、()()()()()()()()()

「…だろうと思ったよ。そこで、だ。新しい任務を任せたい。地上での探索、いや調査…この際だ。名目はどちらでも構わない」

 そんな大雑把で構わないのだろうか──などと考えているのだろう。青年の眉間へ深い縦皺が刻まれるも上官は手元に手繰り寄せた情報端末の画面上へ必要な情報を映し出す。手渡された端末を受け取ったムーアは──縦皺を一層深くした。

「…見ての通り、島での調査任務だ。アークは万年、資源が枯渇しているからな。使えそうな資源──希土類等の鉱物資源が島に眠っている可能性もある。()()()()調査を頼みたい」

「…念入りに、でありますか?」

「そう。()()()に、だ。そうだな…期間は1ヶ月程度でどうだろう。島を隅から隅まで探索するには充分ではないかな?」

「……まぁ、それならば……」

「結構。では数日以内に出発したまえ。あぁ、特殊別働隊は出動させるが、それ以外にも私の方で今回の任務に必要な部隊を動員させて貰う。構わないな?」

「──了解しました」

 詳細については本日中にテキストを纏めて送信する旨をアンダーソンは伝えた。

 承知した青年が軍帽を被り、不動の姿勢を取っての端正な挙手敬礼を送る。それへ鷹揚な頷きで答礼に代えた上官を認め、右腕が下ろされた。

 これまた端正な回れ右。一定の歩幅を保ちつつ退室して行く青年を見送った副司令官は──盛大な溜め息を再び吐き出す。

 世話が焼ける──と溜め息には込められているようだった。




 青い空。

 照り付ける太陽。

 白い砂浜。

 そして──波打ち際で、はしゃぐ水着姿の美しいニケ達と過ごす夏のひととき。


次回、【指揮官の夏休み】──御期待下さい(嘘ですごめんなさい
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