勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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 分隊04-F──カウンターズ、或いは特殊別働隊。分隊のリーダーを務める彼女の朝は早い。

 枕元で充電していた携帯端末が定刻を迎えたと知らせるアラームが鳴り響くと同時に瞳が開き、持ち主たる彼女へ起床を促すそれを細い指先で液晶画面をスワイプして止める。

 化繊毛布を払い除け、寝台から床へ降りたショートパンツから伸びる白く長い脚。

 寝台のシーツや枕を整え、化繊毛布を折り畳んだ彼女はペタペタと床を踏み締めつつ居室の隅に設けられた洗面台へ向かった。

 まずは歯磨き。それが終わると洗顔だ。ガッデシアム(人工物)の肌に皮脂などある筈もないが、目視できない細かな埃ぐらいは存在するだろう。

 しっかりと洗顔し、乾いたタオルで水気を吸い取る。化粧水のボトルを掴み、手の平へ注ぎ、顔を押さえるような動作と仕草で肌へ馴染ませていく。

 保湿も忘れてはならない。乳液を重ねた後、彼女は洗面台を後にする。

 次いで向かうのはデスクの前だ。椅子へ腰掛け、ヘアバンドで前髪が落ちないよう処置してから机上へ化粧鏡を用意すると彼女は手際よくポーチを開く。

 化粧下地を済ませ、続いて取り出したクッションファンデーション。そろそろ新しい物を購入すべきだろう。近々アニスがアークにコスメの買い出しに行くと言っていた。彼女へ購入を頼もうか──などと考えながらラピはパフを三本の指で支えながら基本通りにポンポンと肌を軽く叩いてファンデーションを塗布していく。

 時刻は0530時。

 指揮官である青年は起きているだろうか。

 化粧をしている姿を青年が見たらなんと言うだろう。

 新鮮だ、と口にするだろうか。それとも──元々整った顔立ちなのに化粧する意味が見出だせず、不思議そうに首を傾げるのだろうか。

 両方とも有り得る可能性だろう。

 鏡に映し出される自身の顔を覗き込みながらラピは慣れた手付きのままアイブロウペンシルを摘んだ。

 眉を描き、普段通りの出来映えを再現した彼女は続けてアイシャドウ──赤のそれを瞼へ乗せていく。

 片目を閉じ、アイシャドウチップに含ませたそれを瞼へ均等に──1日の始まりを告げる一連のルーティンの中でも最も重要と言える工程だ。

 薄すぎず、さりとて濃すぎず──調整しながら両瞼を彩ったアイシャドウが彼女を更に魅力的な存在へ変えた。

 数十分後、化粧の全工程を終わらせたラピが鏡で最終確認をする。悪くはないだろう。

 机上を片付け、ナイトウェアを脱いで普段の服に着替える。

 スリーブレスシャツの襟元へ赤いネクタイを締め、ジャケットに袖を通す。細く括れた腰に弾帯を巻き、踵の高い靴を履けば準備は完了だ。

 床を踏み締める足音に甲高い踵のそれが混ざって響く。居室を抜け出たラピは宿舎の廊下を歩き、やがて外へ。

 隣り合う前哨基地の司令部庁舎の中に足を踏み入れ、2階の指揮官室を目指す。

「──指揮官。お目覚めですか?」

 入室前に着衣の点検。問題はないと確認してから規則正しいノック。

 室内から聞き慣れた青年の声で応答があった。

 それを合図に彼女は指揮官室へ入室する。

「──おはようございます指揮官。本日も宜しくお願い致します」

 踵を合わせる音に続き、玲瓏な高い声が響いた。



…書き物を始めてそれなりに経ちますが、これまで女性の化粧の描写を全然描いた記憶がないと気付き、習作目的で前書きに置かせて頂きます。


第9話

 

 

「──ん…」

 

 意識が浮上する。

 

 愛銃の整備をしていた──のは記憶に残っている。まさか寝落ちしてしまったのだろうか。

 

 まだ幼さが色濃いが、しかし整った顔立ちの少女は寝起きもあって霞がかかる視界が妙だと気付く。

 

 はて、いつベッドへ横になったのだろうか。

 

 自身の工房兼居室──視界に映る世界が天井で占められているのだ。

 

「…んぅ…」

 

 コシコシと目元を指先で擦りながら身を起こした途端、薄手の化繊毛布が滑り落ちてしまう。

 

 こんなものも掛けた記憶はなかった。

 

「──起きたか。いや、起こしてしまったか?」

 

 落ち着いた低い声。聞き間違う筈もない男性的な低音が傍らから響いた。

 

「──()()()()()…?」

 

「おはよう」

 

 ベッドの端へ腰掛けた後ろ姿──黒い半袖のシャツを着込んだ青年が振り向きもせず少女へ応じる。

 

「…キミに用があって邪魔をしたんだが…テーブル(そこ)に突っ伏して寝ていてな。起こすのも忍びないから運ばせてもらった」

 

「…済みません。重かったですよね」

 

「いいや?体重は俺と大差ないからな。どうということもない」

 

「…それ、重いって意味ですよね?」

 

 丸っこい金眼が不快を感じさせる形に細められた。ついでに発言を咎める声音──寝起きもあって平素より若干低い声音を放てば、青年は振り向きもせず軽く肩を竦める。

 

 兄──少女と血の繋がりは勿論ない。歳上かつ頼りになる青年だ。愛称のようなものである。彼の名前や組織上の階級は知っているが、それよりもしっくり来る呼称が少女にとっては、お兄ちゃん、というそれだった。

 

 それはそれとしてだ。青年の体重は130kgほどある。背丈は少女が見上げるほどの長身。──にしては随分と体重がある。

 

 肥満体質で贅肉だらけ──という訳では勿論ない。半袖のシャツの袖から伸びる両腕は内側へ筋肉がギッシリと詰め込まれているのが良く分かる程に隆々としているのが何よりの証拠だ。

 

 戦闘に特化する為に鍛えられた──無駄な贅肉や脂肪を排除して肉体を徹底的に絞り上げたそれである。

 

 少女の指揮官とは異なり、元々から正規の軍人だとは彼女も知っているが生身の人間がラプチャーと真正面かつ一対一(サシ)で戦えることがいまだに信じられない時もある。

 

 特に先日の戦闘ではラプチャーを()()()()()いたのだ。蹴り飛ばされた敵機が宙を舞い、地面を無様に転がって沈黙する光景を目撃した少女は何度目かとなる青年へ対しての()()の疑いが芽吹く思いだった。

 

 ふぁ、と小さな欠伸をひとつ。

 

 ベッドの上を這い、無遠慮かつ繊細な乙女心を理解しない青年の隣へ腰掛け、その手元を覗く。

 

「…あぁ、済まない。勝手に道具を借りてるぞ」

 

「大丈夫です。…レッドフードとは違ってお兄ちゃんはちゃんと工具を片付けてくれますから」

 

 少女の言葉に青年の口角が緩く持ち上がった。

 

 長身の上体を少し前屈みにした青年はローテーブルの天板へ自身の拳銃を分解した上で整備をしていた。

 

 古いが良い銃──それがスノーホワイトの青年が整備を進める45口径の自動拳銃へ対しての評価だ。

 

 設計と誕生からざっと1世紀は超えているだろう。その間、基本的な設計は変わっていない自動拳銃である。豊富なカスタム品が存在し、個々人の好みに合わせて換装が可能──1世紀という長期間に渡って多くの愛好者を魅了した結果、現代へ至るまで続く系譜(シリーズ)として生存したのだろうか。

 

「…良い銃、ですよね」

 

「あぁ。俺も気に入ってる。これなら俺が戦死しても100年先も現役だろうな」

 

 これは青年の悪癖だ。憚りもなく自身の死を語るというのは。この時代、この大戦争だ。いつかは来たるだろう()()()()を考えたくない──それがまだ幼いとも言える少女の本音である。これがまだ大人になりきれていない、というならそれまでだが。

 

 青年の死──いや、部隊の仲間達、()()()()()と慕う女性を仮に喪った時、果たして自身は冷静でいられるのだろうか。

 

 少女の細腕、そして細い指先が無意識に動く。傍らの青年が纏うシャツの裾へ向かい、縋るように申し訳程度の力で摘んだ。

 

 それに気付いた青年の横目が向けられた。視線を感じつつも素直に本音を吐露できない少女が俯く。

 

「──不躾だったな。済まん」

 

 次いで大きな手が──45口径の自動拳銃の握把(グリップ)を余裕で握れる大きな手が新雪の如き純白の毛筋で覆われた頭へ乗った。

 

「…汚いです」

 

「あぁ…済まん。忘れてた」

 

 整備用の潤滑油で汚れた手だ。それが遠慮もなく頭へ乗り、ワシャワシャと髪を掻き混ぜられる。

 

 しかし少女はその手を振り払うことはしない。苦言こそ呈するが、青年のなすがまま暫く撫でられ続けた。

 

 やがて頼り甲斐のある大きな手が頭から退く。若干の名残惜しさも芽吹く少女の心情など露知らぬ青年は、手元の部品のひとつひとつを組み上げ始める。

 

 青年の手に馴染み、基本的な構造を全て理解していることの現れだろう。小さな部品同士が結合され、大きな部品に変身する。その部品を更に組み上げて行けば──元通りの自動拳銃へ姿を戻した。

 

 スライドが何度か引かれ、作動の支障がない旨を青年が確かめる。次いで引き金が引かれ、命中精度の向上やハンマーバイト(事故)防止の役割を持ったリングハンマー(撃鉄)が落ちる。

 

 カチンと室内へ響いた空撃ちのそれ。撃針も問題なく作動したと認めた青年はドングリのように太い45口径の弾薬が詰め込まれた弾倉を拳銃へ叩き込んだ。

 

 右脚の太腿へ巻き付けられたレッグホルスターに拳銃が収められる。そして大きな右手が迷彩柄のパンツのポケットへ向かおうとしたが──途中で止まった。煙草を取り出そうとしたのだろう。

 

「…吸っても良いですよ?」

 

「キミの前で吸ったと知られたら怒られるからな…」

 

 誰に怒られるのか──青年へ真っ向から遠慮もなく怒れる存在を少女は少数しか知らない。その狭い人間関係の中で符合するであろう人物を思い浮かべると──それは一人しか思い当たらなかった。

 

 少女がお姉ちゃんと慕う彼女である。

 

「平時なら兎も角、戦時下でも愛煙家を迫害するとは…いよいよ人類も終わりか」

 

「…煙草程度で人類が滅びる訳ないでしょう」

 

「程度とはなんだ、程度とは。喫煙や煙草の文化と歴史は古いんだぞ。学校で──は習わないか」

 

 それこそ好事家の域となる。ざっくりとした流れしか教えないどころか重要な点まで端折るような学校の教育では教える筈もない。かなり偏見が混ざっているが、間違いとも言えない認識で青年は勝手に納得するなり腰を上げた。

 

「──そういえば用があったんじゃ…」

 

「ん?…あぁ…」

 

 すっかり忘れていた。青年は左手首へ巻いた腕時計に視線を向け、現在の時刻を確認する。

 

「…1時間ほど前になるが、飯の時間だぞ」

 

「──なんで起こしてくれなかったんですか!?」

 

「いや…だって…寝てたから…」

 

 一気に凄まじい剣幕で怒り始めた少女。その様子に青年は何故怒られなければならないのか、と理解に苦しむのか眉間へ縦皺を刻み付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り外した大小の部品──いずれも錆や古い潤滑剤で汚れたそれらをワイヤーブラシ、ウエスで磨く細々とした作業。

 

「…基本的な構造は小銃と大差はないようだ」

 

「一応はそうだ。ただし──」

 

「…部品がいちいち大きいな」

 

 分かってはいたことだが──と作業の手を止めることなく黒い半袖のシャツを纏ったまま彼は頭上を見上げる。

 

 地面へシートを敷き、その上へ並べられた部品──ひとつだけ取っても握り拳ひとつ分の大きさはあるそれらを手早く、しかし丁寧に磨き上げる彼は胡座を掻きながら頭上を見上げて溜め息を漏らす。

 

「…()()、本当に大丈夫なのか?勿論、しっかり稼働するならエイハブ船長も喜びそうな代物だが」

 

 怪物には怪物を、という論理をここまで体現するような代物を推薦するとは流石の彼──ムーアも考えていなかったらしい。

 

 見上げる視線の先──蒼穹を睨む砲口と砲身。微動だにしない()()の姿を眺めた後、濃い茶色の瞳は傍らに立つ黒衣の外套姿の青年へ向けられた。

 

 その視線に気付いたのか、アイスブルーの虹彩が動き、横目で彼を窺うや否や肩を軽く竦めてみせる。

 

 ──さてな。

 

 などと聞こえてきそうな仕草だ。それを認めた彼は再び溜め息を吐き出し、磨き終わった部品の結合へ入った。

 

 本作戦の要となるだろう怪物──第二次地上奪還戦で使用されていたという対空砲(巨砲)。これが外套を纏った青年、ヨハンの妙案であった。

 

 アークで製造した後に分解され、地上まで運搬、再び組み上げるまでに2ヶ月も掛かったと聞けば呆れるやら感心するやらだ。

 

「…砲台の基礎を作るだけでも一苦労だな。どれだけの物資を使ったのか──」

 

「…あまり力を入れると、そんな風に壊れるぞ。次からは気を付けろ」

 

 バキリと砕けた音がムーアの手元で響いた。経年劣化もあるのだろう。慎重に扱わなければ容易く損傷する部品ばかりである。

 

 幸いにも代替が可能なそれだ。工具箱の中から規格が合う適当な部材を取り出し、工具を使ってその場で彼は自作してしまった。

 

 ヨハン流のクソ生意気な若造──もとい後輩へ対しての実地研修、或いは教育の一環なのかもしれない。ニケ達に修理や整備を実施させず、彼の手でこの怪物を蘇らせようとさせているのは。

 

 果たして何処までやれるか──泣き言は言わないとは分かっていたが、ここまでとはヨハンも思わなかっただろう。

 

「──飲み込みが早いな。応用力もある」

 

「…これぐらいは出来る。…もう少し削るか」

 

 ヤスリを握り、自作した板バネをガリガリと削る。その様子を見下ろすヨハンの口角が緩んでいることに当の本人は気付いているのかいないのか。

 

 これぐらいだろう。彼は自作した板バネを結合の途中だった部品の中へ組み込んだ。ピッタリと嵌まる。

 

 止まっていた結合が再開され、やがてひとつの部品が組み上がった。問題なく作動もする筈だ。

 

 試しに──と彼は対空砲の砲尾へ歩み寄る。水平鎖栓式閉鎖機の槓桿を握り、横に閉鎖機を滑らて砲腔の内部を覗き込んだ。

 

「…こっちは錆は浮かんでいないな」

 

「あぁ。砲身自体は長く野晒しになることを前提に設計と製造がされたと聞いている」

 

 風雨や過酷な環境でも運用できるよう念入りに加工がされているのだろう。お陰で助かったとも言えるが。この砲身の内部を整備するのは間違いなく骨が折れる。

 

「──砲はこれで大丈夫だ。次は…」

 

「…()()か?」

 

 対空砲の横に聳える射撃統制装置。その頂点には球体のレドームの存在が見て取れた。

 

「あぁ。電気系統を修理だ。安心しろ。そう難しくはない」

 

「門外漢なんだがな…」

 

 黒い半袖のシャツの袖から覗く太い腕。その前腕で汗が滲んだ額をムーアが拭う。古い潤滑油の汚れが日焼けした肌を彩った。その姿にヨハンが薄く苦笑を漏らしたのは言うまでもない。

 




ヨハン先輩、いよいよデレてきたな…
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