勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
魚獲って!寿司作って!あのミニゲーム面白いですねぇぇぇ!!
ロザンナとバイパー、えってぃ過ぎませんかぁぁぁ!!?
2門目の対空砲の修理が終わった。先の修理の経験が役立ち、要領を得たのもあるだろう。監督役として付き添ったヨハンがそれほど口出しすることもなくムーアは修理を終えられた。
なにはともあれ次は3門目の修理だ。出発前の休憩中、ムーアは身形を整えてから銜えた愛煙の煙草へオイルライターの火を点ける。
〈──済みません〉
突如、両耳を覆うヘッドセットのハウジングに短い雑音が走る。雑音が鳴り止むか否かに響いた高い声。セシルのそれだ。
何か問題でも発生したのだろうか。ムーアが濃い茶色の瞳をサングラス越しに手近な岩へ腰掛ける黒衣の外套を纏った件の先輩に向ける。しかし当のヨハンは片耳へ差し込んでいるだろうイヤフォンに指を添える動作を見せる気配がない。
〈──貴方にだけ回線を繋ぎました。小声で話しても聞こえるので、休憩中でしょうし、少し話をしませんか?〉
「……まぁ、休憩中なのは確かだがな」
独り言を口にする程度の声量──それで雑談に応じることを遠回しではあるが、承知した旨を告げるムーアは武装車輌の運転席の扉を開け放った。
煙草を銜えたまま座席へ腰掛け、背凭れへ背中を預けつつ備え付けた灰皿の蓋を開ける。
「……ヨハンに俺の血の話をしたのか?」
〈──いいえ?〉
「…貴女を疑う訳ではないが…信用して良いのか?」
運転席側の扉を開け放ったままムーアは紫煙を外へ向けて緩く吐き出す。信用するも何もセシルとはそこまで繋がりが深い訳ではない。エデンの戦力を増強する為にムーアを利用しない、とも限らない──その危惧と可能性は捨て切れない。
彼の思考を読んだのだろう。読まずとも察したと言うべきか。才媛がハウジング越しに溜め息を吐く息の音が響いた。
〈──これまでの彼の態度は見たでしょう?もし知られたら、貴方の身体は無事じゃ済みませんよ〉
「…なるほど。一理はあるか。──その時はあの先輩の身体も無事ではないだろうが」
〈──えぇ。ですから絶対に言いません〉
荒野で一対一、向かい合った両者が互いの命を奪い合う──その遣り方がどうであれ、非生産的な結果しか産まないのは想像に難くない。どちらが敗北し、斃れるにせよだ。
〈──貴方が非協力的になれば私にとっても良いことはありません。それにヨハンと取引することも出来る筈です〉
「……取引?あの堅物が?」
どうやら地上基地エデンの指揮官である彼は若手の後輩から堅物認識をされているようだ。これを知った同僚はどう思うか──浮かべる表情が気になったのだろうセシルがハウジング越しに微かな苦笑を漏らした。
〈──失礼しました。最大採血量を基準として2発。これがアンチェインド弾の生産量です。金属との合成割合と血液中のアンチェインドの割合で計算したので間違いありません〉
「──…最大採血量…」
才媛の淡々とした物言いはムーアに良からぬ想像をさせる。検査台に拘束され、全身にチューブを繋げられた格好で身体から血液を抜かれるという──
〈──…少し疲れる程度の採血量です。
「…あぁ、それは良かった。素直に嬉しい」
病院嫌いが加速してしまい、注射まで嫌いになりそうだった。そもそも注射が好きな人間も珍しいだろうが。
〈──マザーホエールの
「…選択の余地、か。あの先輩に余地という殊勝なモノが発生するのかは分からんが…参考にはさせて貰う」
〈──貴方の血で作られたアンチェインドの性能は未知数ですが、取引は出来る筈です〉
取引の交渉材料にはなる。それを仄めかすセシルへムーアは溜め息を吐き出す。まるでアンチェインドの生産工場にでもなるような気分だ。
「…交渉材料の提示には感謝するが、そちらは平気なのか?」
〈──と言いますと?〉
「結局はヨハンを騙す形になる」
〈──騙すだなんて人聞きの悪い。
「…物は言いようだな」
なるほど。あの先輩がこの才媛に頭が上がらない訳だ。ヨハンは職業軍人としての教育を受け、才覚も天賦のそれがあったのだろう。しかし
〈──それに私は正直言って、貴方とヨハン、どちらも支持しています。ヘレティックを倒すこと。そしてニケに選択権を与えること。そのどちらも──〉
「──ちょっと待て。貴女にそれを教えた記憶はないが?」
〈──あぁ。
義手の挙動に僅かな違和感がある。気にする程度ではないが、自身の意識と機械仕掛けの指先の動きが一致しない──そのなんとも言えない違和感が拭えない。
「──メンテナンスをしていないのか?」
「──精密機器だからな。下手に弄って壊れたらそれこそ問題だ」
暇がない、という割には時間を割いて作られる座学。その教鞭を執るヨハンがムーアに苦言を放った。
整備しようにも生憎とムーアはこの手の知識が豊富にある訳ではない。銃器──テトララインで製造された突撃銃、そして第1次ラプチャー侵攻の頃かそれ以前に製造された45口径の自動拳銃なら目隠しをされていても分解や結合は問題ないのだが。
再度の溜め息がヨハンから漏れる。
「…義手を外せ」
座学は中断らしい。ムーアが戦闘服の上着を脱ぎ、黒い半袖のシャツ姿となった。短い袖を捲り、接合部分を右手の指先で何度か操作し、続けて太い左腕を掴みながら捻る。
──機械仕掛けの左腕が外れた。接合部分に繋がった何本ものコードが露わとなり、無機質な音を立てて座学に励んでいた机上へ腕時計が巻かれたままの左腕が置かれる。
「…指は動かせるか?」
「あぁ」
その状態のまま指を駆動するよう促される。頷きを返したムーアが机上へ鎮座する左腕の指先を親指から順に小指までを動かしてみせた。
「…一定の間隔で動かしたんだな?…人差し指の挙動がほんの僅かだが鈍い」
自前のそれではないが、機械仕掛けとなったとはいえ自身の腕が机上で指先を動かしているのはある意味でホラーだ。正直に言えば気持ち悪い。
「…ハロウィンのイベントでこれをやってみようか」
「…なにを馬鹿なこと…」
有り体な物言いとなるが悪趣味にも程がある。季節毎のイベントに関心が深い性格をヨハンは持っていないが、それでも彼が口にした真似が悪趣味ではある点は間違いないと確信できる。
「…言ってみただけだ。アニス辺りから叱られそうなのが目に見える。やらんよ」
「…ニケ達の精神衛生の為にもそうするべきだな」
頷きながらヨハンは纏う外套の内側からいくつかの工具を取り出す。
指先の挙動が覚束ない──人工の腱や神経系の異常だろうか。
考えられる原因を脳裏へ浮かべつつヨハンは机上に鎮座する後輩の左腕の検査と修理に取り掛かる。
「──…もう少し気を遣ったらどうだ」
「メンテナンスか?耳の痛い話──ピリッと来たぞ」
「──通電は問題ないな。なら腱の方か」
確認用の電流を走らせるなら事前に言ってもらいたい。絶縁体で被覆されたコードの束のみで繋がった左腕の指先が痺れた感覚を捉えたムーアがヨハンへ細めた双眸を向ける。
「──メンテナンスもそうだが…自分の身体に気を遣えという意味だ」
「…ラプチャーと直接戦闘をしている輩に言う台詞ではないな」
確かに──とヨハンは一瞬、納得してしまいそうになった。しかし常識的なことを話すとすればムーアの、或いは
「──
「だろうな。まぁ、人間が単独でラプチャーを撃破する──その状況の発生にラプチャーの方がエラーを起こしている可能性も捨て切れないが…」
確かに──そればかりはヨハンも同意するのは吝かではない。しかしリスクが大き過ぎるのはどうしても否めない。
「…そうまでして何故、戦う?」
ヨハンからすれば思わず口から飛び出した問い掛け。無意識での問いだったのだろう。彼自身、口にした直後、埒もないと気付いたのか修理の手を一瞬止めていた。
「…良く言われる。何故、戦うのか、狂っているのか、それとも戦争が好きなのか──まぁ、そこまではっきり言われたことはないが、ニュアンスは間違ってはいないだろう」
聞き飽きた問い──なのだろうか。後輩の低い声音に辟易とした感情が混ざっているとヨハンは察した。
「…第一に、負けたくないから、負けるのが大嫌いだから、がある。戦わずして敗北を認めるなんぞ、死んだ方が遥かにマシだ」
威勢の良いことを言う。しかしその威勢が虚勢の類ではないことをヨハンは判断材料こそ乏しいが不思議と確信してしまう。
「…もし仮に…それなりの大義名分として格好が付けられて、胸を張れるモノがあるとしたら…そうだな……俺の部下達、いや、
「…理想論だ」
「あぁ、そうだとも。理想に過ぎない。…地上奪還よりも遥かに難しい理想だろう」
──だからこそ戦って死ぬ甲斐のある理想だ。
後輩は掲げた理想の成就の為に己の全てを捧げられる者、なのだろう。
左腕の挙動を鈍らせている原因を特定したヨハンが修理をほぼ終わらせる。
後輩の理想は──確かに困難極まるそれの筈だ。一笑に伏しても構わないだろう。しかしヨハンは、その滲み出る覚悟を察し、決して笑うまいと決心する。
「ニケ達に戦闘を任せ、ただ指を銜えて見物する為に軍服や階級が与えられている訳ではない。…こんな
「…そうかも、しれないな。──終わったぞ」
修理が終わった。ヨハンは工具を片付けつつムーアに左腕を結合させるよう促す。取り外した順番とは逆の行程を踏み、彼が機械仕掛けの左腕を元通りに戻すと先程までの具合と現在を確かめるかの如く、手の平を伸ばしては閉じを繰り返す、指先の挙動にも違和感はなくなった。
「──感謝する」
「…いや、構わない。──ムーア。ひたすら動け。考え続けろ。判断と決心を止めるな。そして、その判断と決心を実行できる能力を養え」
能力を養えば自然と判断力が上がる。決心を下すまでの時間が短縮される。
その理想を成就する為に能力を養い続け、鍛え続けろ──先達としての言葉をヨハンは後輩たる彼へ送る。
「…承知した」
「宜しい。──では講義を再開する」
やはり講義からは逃れられないらしい。折角、中断された講義が再開する旨を伝えられたムーアが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのをヨハンは見逃さなかった。
お陰で課題が倍となったのは言うまでもない。
〈──別に隠している訳ではないのでしょう?〉
「…まぁ、そうではあるがな」
もう少し口が堅いかと思っていただけに少々の驚きはある。とはいえ秘密にしていることでもない。
ヨハンとセシル──この両者が彼の理想を耳にして、一切の嘲笑の類を意味する反応を見せないのは意外だとは感じるが。
「…まさか貴女が笑わないとは思わなかった」
〈──そうですか。ですが繰り返しになりますが、私は貴方とヨハン、そのどちらの言い分も支持しています。ヘレティックは危険で、NIMPHも危険ですから〉
「…NIMPHも危険…?」
無線越しに漏れた聞き捨てならない一言。
NIMPH──あのナノマシン、ニケ達の脳へ埋め込まれる一種の抑制機能を持たせる代物であり、逆に彼女達へいくつかの恩恵を与えるそれ。
あれが危険とは──銜えた煙草を二本の指で挟みつつ口元から取り除き、紫煙を緩く吐き出したムーアの仔細を聞きたいという雰囲気を察したらしい。
短時間で済む話ではないのだ。この話はまた機会を見て──それを才媛が口にして無線が切られる。
「──NIMPHも危険……」
乾燥気味の唇が動き、囁く程度の声量で紡がれたそれに続き、溜め息混じりに紫煙が緩く吐き出された。