勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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マザーホエール編後のチャプター22〜24までは激重ストーリーばかりなので今から執筆の筆が重くなりそうです(何を今更


第12話

 

 

 

「──疲れたか?」

 

「いや、問題ない」

 

 最後の対空砲の修理と整備は間もなく終わる。ここまで良く根気強く実施しただろう。慣れない作業に疲労は蓄積されているだろうが、クソ生意気な若造──もとい後輩はそれを表情に出さない。

 

 そこは評価すべきだが──と若作りが過ぎる先輩(ヨハン)は周囲を見渡す。やがて彼の視線が捉えた荒れ果てた大地に存在する緑の一点。歩けば数分の距離だ。ナツメヤシであろう。

 

「──腹が減ったな」

 

「…ん?あぁ、そうだな。──おっ…」

 

 唐突すぎる物言いに後輩(ムーア)は一瞬、戸惑いを露わとしたが、直ぐに()()を捉えたようだ。

 

 眼が良い奴──或いは食い意地が張っているのだろうか。いずれにせよ、この地上で食糧の存在を発見する為の基本的な行動と知識は持ち合わせているらしい。

 

「──付いて来い。食糧を確保するコツを教えてやろう」

 

「いや、お構いなく。ちょうど捕まえたばかりだ」

 

「……なに?」

 

 ヨハンのアイスブルーの瞳がムーアへ向けられ──それが固定されてしまう。

 

 いつの間にか後輩の片手はヘビを握り、抵抗して腕へ絡み付きつつ鎌首をもたげるそれの頭部をファイティングナイフであっさりと斬り落としているではないか。

 

 そして落としたばかりの頭部──鮮血が滴る切断した箇所の()へナイフで切り込みを入れるや否や彼は躊躇なく自身の歯でそれを噛んだ。

 

 一気に皮を剥ぎ取れば、ムーアの口元にはヘビの皮がぶら下がる。

 

 遠巻きに見ているニケ達が──ありのままを表現すれば、ドン引きしていた。

 

 皮が剥け、血が滴る新鮮な肉の中へ残った内臓や骨を器用にナイフで取り出したそれをムーアが頑丈な歯で齧り取って咀嚼する。

 

 実に新鮮なのだろう。肉だけになったヘビが微かだが痙攣している──ようにも見える。

 

 手際良く可食部だけを残して処理を済ませた肉を食べ始めた彼をヨハンは呆然と見詰める他なかった。その固定された視線を察し、口元を僅かな血で彩ったムーアがまだ充分に残っているヘビを片手で掴んだまま差し出す。 

 

「…食べるか?」

 

「…いや、大丈夫だ。気持ちだけ貰おう」

 

「そうか」

 

「…動物性タンパク質だけでは不十分だ。ビタミンもしっかり摂れ」

 

「む?」

 

「…教えてやるから付いて来い」

 

 寄生虫等の問題がある為、火を通さねばならない筈だが──今更だがムーアの野性味が強すぎる食糧確保と喫食にヨハンは一言や二言も物申したい気分のまま彼を誘って歩き出した。

 

 残されたニケ達──特殊別働隊(カウンターズ)、そしてインヘルトの面々が思考停止の状態から立ち直ったのは彼等が作業中の休憩を兼ねた()()へ向かって間もなくのことだ。

 

「……い、いい感じ…ね?」

 

「そ、そうですね」

 

 アニスの声が震えているのは気の所為ではないだろう。彼女へ相槌を打ったネオンのそれも同様だ。

 

「…指揮官のあんな姿は初めて見ました」

 

 呆然、困惑や戸惑いが入り混じった反応だった、とイサベルは先刻のヨハンが見せた姿を思い出す。まぁ当然と言えば当然であろう。飢餓へ陥り、空腹で今にも行き倒れそうな状態ならまだしもだが、その状態ですらないのに躊躇なく生でヘビを食べ始めたのだから。

 

 やるかやらないかで言えば──やるだろうとはラピも感じる。とはいえ、あそこまで躊躇がないとは思わなかった。彼女の整った形の唇から溜め息が漏れるのも無理もない。

 

「…ところで護衛に行かなくても良いの?」

 

「大丈夫です。指揮官は強いので。それに…」

 

「…あぁ、そっか」

 

 ヨハンもそうだが、ムーアも大概であった──とアニスも納得の様子だ。あの二人で対処出来ないラプチャーが出現したら、直ぐに何かしらの合図が送られて来るだろう。

 

「じゃあ、待ちながらお喋りでもしましょ。──ずっと聞きたいことがあったのよね」

 

 手持ち無沙汰なのはその通りだ。アニスの言葉へイサベルは頷き、彼女が聞きたいことを口にするよう促した。

 

「──あなた達はどうしてアークに帰らないの?」

 

 アニスが疑問──エデンへ足を踏み入れた当初から抱いていたそれを口にした瞬間、イサベル、ハランの表情がサッと険しさを増す。

 

 その二人を見上げるノア──小柄な体躯の少女も一瞬、険しさを顔へ浮かべたが、部隊の同僚達が発する嫌悪感をどう鎮めるべきか。それを気に掛けているのだろう。傍らの二人を見上げつつ右往左往と視線を向ける他ない。

 

 突如の無言と沈黙。これは想定していなかった。

 

「──どうしよー!!沈黙の呪文を唱えちゃったみたい!!」

 

 反応を見れば分かる。彼女が振った疑問と話題は超弩級の地雷だったらしい。

 

 この場にムーアがいなくて良かった。盛大な溜め息が──口元をヘビの鮮血で濡らしたまま呆れた溜め息を吐き出し、続けて濃い茶色の瞳をサングラス越しに、これまた呆れた視線を向けられたのは想像に難くない。

 

「──はっ!私も唱えなくては!──あなた達はどうしてアークに帰らないの?あなた達はどうしてアークに帰らないの?あなた達はどうしてアークに帰らな──

 

 思わず傍らのネオンへアニスが丸っこい亜麻色の瞳を向けたのが悪かった。至急とはいえ、どうにかしてこの凍り付いた空気を払拭せねばならなかったとしてもだ。

 

 悪ノリしがちな分隊の仲間は彼女が放ったばかりの()()()()()を真面目腐った表情のまま唱え出した。

 

 地雷原でタップダンスをするどころの騒ぎではない。アニスがネオンの口を押さえに掛かろうとした刹那──

 

「──私達は皆、アークを嫌悪しています。ですからどうかアークの話はお控え下さいますように」

 

 悪しからず──と言った雰囲気のまま、イサベルは神妙な顔付きを貼り付けたままアニスを牽制する。

 

 これまでの付き合い──長くはない、さりとて短くもない。だからこそ、せめてもの礼儀としての応答なのだろう。詳細は聞いてくれるな、と冷え切った声音が物語っている。

 

「…皆?ヨハンとセシルもそうなの?」

 

「はい。例外なく、全員」

 

「…どうして?」

 

 イサベルの傍ら、魔女の風情を漂わせるハランは小さな溜め息を漏らす。興味や関心があるのは分からないでもない。

 

 この場にアニスの指揮官がいれば──

 

 ──あぁ、そうか。

 

 ──それで終わるだろう。何かを察し、それ以上は踏み込まない、土足で踏み荒らさないぐらいの気遣いはしてくれる筈だ。

 

「…アークのお話はお控え下さいと言った筈ですが?」

 

「冷たいこと言わずに教えてよ〜」

 

「お断りします」

 

 そこまでの気遣いを求めるのは酷というもの、なのかもしれない。

 

 尚も食い下がるアニスにイサベルが断固とした拒絶の意思を示す。しかしそれであっさりと興味や関心を捨て去るような性格の持ち主ではないだろう。

 

 ハランは剥き出しの肩を軽く竦める。自身が所属する部隊の参謀役も、そして()()()の彼女も中々に強情だ。この場を収めるには口を挟むしか道はなさそうである。

 

 微かな苦笑いをひとつ。

 

「──お互い譲る気はなさそうね。()()()は好きじゃないの」

 

 塞がったと思った古傷から血が滲み、ジクジクと痛みを訴え出すような真似は大概の者が避けたい行為の筈だ。それを言葉の端々に滲ませながらも──あまり口するのは憚られるが、魔女は小さな舌打ちと共に整った形の唇を開いた。

 

「だから…ひとつだけ教えてあげるわ。──私達は皆、裏切られたの。アークにね」

 

「……あぁ」

 

 納得がいったのだろう。アニスから漏れた短い言葉からは気の抜けたようなそれが滲んでいた。

 

「…なんだ。()()()()()()()()すぎて気が抜けちゃった」

 

「──なんですって?」

 

 ──あぁ…もう。

 

 ハランは盛大は溜め息を吐き出したくなる。再びイサベルの雰囲気と瞳の形が険しくなったのだから当然だ。小柄な仲間(ノア)がヒュッと息を飲み込み、魔女の背へ隠れながらも事の成り行きは気になるのだろう。脇から顔を覗かせていた。

 

「だってそうでしょ?アークで裏切られたことのない人を探す方が難しいわよ?それでアークの話をするな、って言われても──」

 

 確かにそれはひとつの真理、なのかもしれない。実際、アーク(あそこ)はそういう世界だ。他の誰でもない彼女達が良く知っている。

 

「──誰かにとっては当然のことでも、誰かにとっては特別なことかもしれないのよ」

 

 そしてこれもひとつの真理だ。ハランは淡々とした口調で眼前のニケへと続ける。

 

「お前にとっては()()()()()()()()でも、私達にとっては拭い切れない傷かもしれない、ということよ。──誰が一番酷く裏切られたのか。そんなことを競っても意味はないわ。大事なことは当事者の気持ちがどうだったのか、ということ」

 

 淡々とした口調の中に滲む、教え諭す口振り。反論が難しいそれを述べられたアニスは──降参を意味するかの如く両手を軽く掲げる。

 

 元々、彼女は神経質だ。常に他人の動向や感情を気にする性格の持ち主である。

 

「…オーケー。分かったわよ」

 

 若干の不貞腐れた声音は──反論できない程の正論で真正面から殴られたからだ。神経質だからこそ理解できてしまう。古傷を抉られる抗い難い苦痛を。

 

 それを付き合いが長いとも短いとも言えない相手から改めて突き付けられた──忘れたのか、と言わんばかりに言葉の刃が突き刺さったからこその不貞腐れた声音を発してしまった。

 

「…ごめん。ちょっと軽率だったね」

 

 亜麻色の瞳が僅かに横へ逸れる。そっぽを向く格好だが、謝罪の言葉自体は真摯なそれだ。

 

「…こちらこそ。過剰に反応してしまい申し訳ありません」

 

 互いが謝罪したことでこの話題は一応の収束。お陰で今後、ギスギスとした雰囲気のまま共同で作戦を遂行する危機は去った。

 

 精神衛生上は避けたい空気が霧散したことにハランとノアは安堵の溜め息を細く吐き出す。

 

「じ、じゃあ、他の質問をしても良いですか?」

 

「なんでしょう?」

 

 ハードナックルグローブを嵌めた細い手を上げつつネオンが質問の可否を問う。張り詰めた雰囲気を更に払拭してくれる他愛もない質問の筈だ──とイサベルは考えながら頷いた。

 

「──他のピルグリムの皆さんは何をしているんですか?」

 

 ──再びの沈黙。

 

 イサベル、ハラン、ノア、三者が一様に唇を結んだ光景はほんの数分前にも発生した筈だ。デジャビュ──既視感があるのは気の所為ではない。

 

「はっ!?私も沈黙の呪文を唱えてしまったようです!」

 

「私も唱えなきゃ!他のピルグリムの皆さんは何をしているんですか?他のピルグリムの皆さんは何をしているんですか?他の──

 

 僅かな期間で応報が下った。再びの沈黙、再び地雷を踏み抜いたネオンの言動をからかうアニスが意気揚々と早口で紡ぎ出す。

 

 しかしこの()()は思っていたよりも、それほど大きなものではなかったようだ。あくまでも比較の話になるが。

 

「…他の方達は…エデンで、私達と一緒にいました」

 

「やっぱり…」

 

 イサベルの返答に納得の反応をラピは見せる。成り行きを見守っていた彼女はここまで黙っていたが、やはり他の巡礼者(ピルグリム)の存在や動向は気になるのだろう。

 

「でも私達とは意見が合わず、各々の道を歩むことになったのです。──それが、全てです」

 

「意見が合わなかった、というのはつまり()()が違ったということ?」

 

 玲瓏な声が更に疑問を放った。それにイサベルは──沈黙を保つ。

 

──ジャーン。〈ラピ〉は〈沈黙の呪文〉を覚えた

 

 すかさずネオンが入れた茶々へラピは小さな溜め息を吐き出す。意図して狙った訳ではないが、これも地雷だったのかもしれない──と考えた矢先だ。

 

「……目標は同じでした」

 

 この問いも、裏切られた事実と過去に比べれば些末なそれなのだろう。イサベルは彼女の問いへ言葉を選びながらも答えを返す。

 

「ですが…その目標を達成する為の方法があまりにも違い過ぎたんです」

 

「……そう」

 

 おそらくこれ以上の答えは求められないだろう。それを察したラピの視界の端に長身の二人組の姿が映る。ヨハン、そしてムーアだ。

 

「──今、戻った。……何かあったか?」

 

 開口一番──口を開く寸前にサングラス越しの濃い茶色の瞳が左右へ向けられた気がした。何やら妙な雰囲気を察したのだろう。ムーアが問い掛けるとアニスは亜麻色の瞳をイサベルやハラン、そしてノアへ向けた後に自身の指揮官を見上げて肩を軽く竦める。

 

「なんでもないよ。暇だったからガールズトークしてただけ」

 

「…そうか。華を咲かせていたならなによりだ」

 

「そーそー。例えば〜イサベルが指揮官様みたいな男の人がタイプ、とかね」

 

 デリカシーがないように見えて実のところは聡いムーアからの追求を避ける為だ。嘘八百とはいえ、イサベルに犠牲となって貰おうとアニスはからかい口調のまま、ついでに意味ありげな視線を彼女へ向ける。

 

 その視線に誘導される形でムーアのサングラス越しの濃い茶色の瞳がイサベルへ向けられた。

 

「そうか。キミのように美しく、聡明な女性の御眼鏡に適うとは男冥利に尽きるな」

 

「──ッ!?」

 

 一気に沸騰したのだろうか。イサベルの頬が紅潮し、向けられる視線から逃れようと瞳を彼から逸らすのだが──伏せた筈の瞳はチラチラとムーアを然りげなく注視する。

 

「……え?」

 

 ムーアも()()()()()を唱えた。しかし今度は別の意味でイサベルは沈黙をしてしまう。

 

 異なる反応を見せられたアニスは思わず亜麻色の瞳を点にする。

 

 彼女達の姿を気に留めることもなく、ムーアは空弾倉を放り込む為に装具したダンプポーチの中へ詰め込んで来たナツメヤシの果実(デーツ)を各々に配っていたという。

 

 

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