勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
厄日が続いている。
ショウ・ムーア中尉は22歳。この若者の苦難は任官直後から始まったのかもしれない。あくまでも彼の記憶にある限りでは、の話になるが。
「……済まない…」
力なく項垂れる彼は前哨基地司令部にある武器庫の中で自身の突撃銃を整備しながら呟く。
分解と清掃を終えたテトラライン製の突撃銃を順番に従って部品を組み上げる中で呟かれた謝罪。それに反応したのは三名のニケ達だ。
「どうかお気になさらないで下さい」
「うんうん。格好良かったよ指揮官様」
「師匠もあんな怒鳴り声が出せるんですね。
いくら銃口を向けられたからと言って、そして部下であるネオンを屑鉄と侮辱されたからと言って、三大企業のCEOへ遇する対応では無かった。そもそもアレを
あまりにも大きすぎる怒鳴り声に司令部で異常でも起きたのかと宿舎で休んでいた量産型ニケ達が駆け付けて来る程の事態へ発展したのだが──それはさておき、更に面倒な事態となった。
シュエンは半泣きのまま、ついでに下半身を盛大に濡らしたこともあって司令部を後にしたのだが──何故、彼女がここへ来たのかを残された二名のニケ達が説明する。
ワードレスという名の分隊を構成するミハラ、ユニの二名だ。
彼女達の語る説明をかなり端折れば、特定のラプチャーの捕獲を命じにシュエンはわざわざ足を運んだのだとか。
「…これは正規の作戦なのか?ラピ。情報部のシフティーに連絡してくれ」
「分かりました」
三大企業のCEOは軍の副司令官と同等の権限を持っているらしく、その命令とあっては拒否は難しい。
ますますムーアの中ではアークという大規模なコミュニティの防衛、地上の奪還を目標に掲げる軍部が不健全極まる組織の印象が強くなった。CEOとはいえ突き詰めれば民間人である者達が何故に軍隊の命令系統へ介入が可能なのか彼は訳が分からない。別に清廉潔白である必要はないのだ。ただし健全であるポーズに努めて然るべきだろう。
溜め息ひとつ吐き出したムーアは組み上げた突撃銃の槓桿と引き金を交互に引き、安全装置、単発、連射の切り替えレバーが正常に作動するかの点検を始めた。その合間にラピへオペレーターに連絡と確認を命じると彼女はすぐさま片耳へ指先を添えて通信を試みる。
「……指揮官。シフティーとの連絡が取れません」
「──それはそうよ。シュエンが通信網を全部遮断したから。今頃、司令部は大騒ぎじゃないかしら」
武器庫へ足音も高らかに姿を現したボンテージを纏った長身の人影がラピの言葉を肯定しながら追加の情報を口にする。それへ反応し、彼等の視線が向けられた。
「…ミハラ、と言ったか。どういうことだ?通信網の遮断とは穏やかな話ではないな。まさかと思うが反乱行為の片棒でも俺達は担がされているのか?」
「ふふっ。違うわムーア中尉。これはいわば──」
歩き方ひとつ取っても妖艶の形容がこれほど似合うニケは、それどころか人間を見渡しても中々いまい。
突撃銃の点検を終え、換装するアクセサリをレールマウントへ取り付け始めた彼の側まで歩み寄ったミハラがおもむろに彼の首へスラリと伸びた両腕を絡める。
長身の彼だが、ミハラ自身も上背がある。蛇のように首へ絡み付けた腕に力を入れ、突撃銃の整備を急ぐムーアの片腕を豊かな胸が作り出す谷間へ挟み込む彼女が背伸びしたかと思えば耳元へ形の良い潤った唇を寄せた。
「──ひ・み・つ・さ・く・せ・ん、なのよ」
ついでとばかりに耳元で吐息を吹き掛け、白い肢体から理性を危うくしかねない香りを放ちながら囁くも──彼は表情へ面倒臭そうなそれを浮かべるだけである。
「…つまらないわね。ニケにこうされるのはお嫌い?」
「好き嫌いが問題ではなく、
「あら…
「…離れてくれ。邪魔だ」
谷間に挟み込まれた片腕を僅かに動かしてミハラを振り払ったムーアは残りの換装は指揮官室で済ませようと突撃銃やアクセサリを掴んで武器庫を出て行くのだが──
「──弾薬の受領に来た。
「分かりました指揮官!…爆薬は何に使われるのですか?」
「ちょっとな。…あぁ、忘れてた。不在中は絶対に指揮官室には入らないでくれ。これは命令だ。全員に伝えてくれ」
弾薬庫の管理を担当する量産型ニケから彼は弾薬等を受領してから指揮官室に消えた。
それから1時間後、ムーアへ同行する3名のニケ達も弾薬等の受領を済ませ、ミハラとユニが乗車するクルマへ乗って前哨基地を後にする。それを見送った留守を任された量産型ニケ達は首を捻る。
「他の分隊と一緒なんだ…」
「そんな作戦の通達なんかあったっけ?」
「さぁ?急遽決まったみたいよ。あ、そうそう。指揮官がね、絶対に指揮官室には入るな、だって」
「え?なんで?」
「知らないよぉ」
「そういえば指揮官が30分前に細いワイヤーとダクトテープを持って指揮官室に行ったよ。関係あるのかな?」
ミハラが運転する車両がエレベーター内へ入って間もなく、地上へ向けての上昇が始まった。
なんとも言えない浮遊感にいまだ慣れないのは彼だけだろうか。
地上へ到着するまで時間が掛かる。暇を潰そうと彼は煙草を銜えたのだが──そう言えばこれは分隊の車両ではないと思い出して運転席へ声を掛ける。
「車内は禁煙か?」
「えぇ。ユニもいるから。ごめんなさいね」
「ごめんね…指揮官」
縦に設置されたシートが向かい合う後部座席へ腰掛けるムーアが運転席のミハラへ尋ねれば、助手席に座る桃色の髪を持つ少女の姿をしたニケを示した。
まぁそれなら仕方ない。彼は銜えたばかりの煙草をソフトパックの中へ戻した。オイルライターと一緒に保存用ビニール袋へ投げ込むと纏ったボディアーマーのポーチに仕舞う。
「ガムでも噛んでたら?」
「…あのカフェインか。嫌いな味ではないんだが…」
対面のシートへネオンと共に腰掛けるアニスからの勧めを聞いた彼は溜め息を漏らす。刺激は強いが、煙草の代用には程遠いのだ。
ニコチンとタールを身体が求めているのであって、それ以外は話にならない。
しかし四の五の言っていられる訳もなく、ムーアは足元へ置いた背嚢から注意書きが貼られたボトルを取り出す。グローブを嵌めた指先で摘み上げた一粒を口腔へ投げ込んで咀嚼を始めた途端、彼の表情が無となる。
「…それ美味しいの?」
「…食ってみるか?」
無表情でムーアが噛んでいるので余程の味なのかと気になったアニスが尋ねると彼はボトルの口を開けたまま身を乗り出して彼女へ一粒摘むよう促した。
「…気持ちだけ受け取っておくわ」
それは残念だ。そう言わんばかりに彼は肩を竦めてみせる。
エレベーターは単純な上昇と下降のみの運動をする訳ではない。地上のあらゆる地点へ進出する為、さながら網目のように張られている構造だ。それもあってか場合によっては地上へ到達するまで数十分以上も掛かることも珍しくはない。
とはいえ今回は割りと短い方だったようだ。
約15分を掛け、地上へ到達したエレベーターの扉が開くとミハラがエンジンを吹かしてクルマを走らせ始めた。
「どこまで行くんですか?」
「そんなに急かしちゃダメよ。気の早い子はモテないわ」
「いや、目的地は知りたいわよ」
目的地の座標すら伝えられていないのは不安だ。むしろ警戒心の方が強くなる。ネオンが運転席でステアリングを握るミハラへ尋ねるも返って来たのは体の良い誤魔化しだ。
アニスが不満を口にする中、彼もミハラへ向かって声を掛けた。
「…撃たれたところは大丈夫か?」
「あら、心配してくれるの?ふふ、大丈夫よ。──好きなのよ。痛め付けられるの」
「………」
──あぁ、予想はしてたが
1時間と少々ほど前に前哨基地の武器庫で交わされた彼女との会話を彼は思い出しながら、気を遣って声を掛けなければ良かったと考えてしまう。
まぁ人の趣味や嗜好は他者に迷惑を掛けなければ一定の容認はされるべきであろう。それもあり、彼は揺れる車体に身を任せたまま何も言葉にしなかった。
たぶんこの指揮官は責め役は得意そう。言葉責めとか手錠とか、緊縛はロープワークを応用したり(風評被害