勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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誰でも友人の悩みには共感することができる。しかし友人の成功に共感を寄せるには優れた資質が必要だ。

──オスカー・ワイルド──


第17話

 

 

 もう3箱は撃ち切った。

 

 重低音の銃声が僅かな間断を置きつつも銃口から大口径の弾頭を吐き出し、襲い掛かるラプチャーを次々と切り裂いてスクラップに変える様も悪くはない。

 

「──再装填も楽だけど…!」

 

 弾薬箱が空になる。用済みのそれを取り除き、銃座の足下──車内へ腕を伸ばしたアニスの指先が新たな弾薬箱を掴んだ。引き上げて設置し、弾薬箱の蓋を開ける。次いで機関銃の尾筒蓋を開け、ベルトリンクへ繋がった太い弾薬の束の端末にある初弾を導いた。機関銃の尾筒蓋を握り拳を作って閉じ、槓桿を続けて二回引く。

 

 押し金を押し込んで射撃が再開されて間もなくだ。

 

「──片付いたわよ!!」

 

 降下して来た敵機の群れ。その最後の一機はアニスだけでなくムーアやラピが撃ち込んだ銃弾に切り裂かれ、空中で爆散する。

 

〈──マザーホエール、加速。移動しています。アンカーが刺さったまま移動するようです〉

 

 往生際が悪い巨鯨だ。降下させたラプチャーが撃破されたことを察してか三方に巨大な銛が突き刺さった格好のまま動き出した旨をセシルが報せる。

 

 しかし移動──では何処に。

 

〈──おそらく一番近い砲台を狙うつもりでしょう〉

 

「それって何処なの?」

 

 銃座へ就いたままアニスが問う。また新たな敵機が降下して来ないか──空中へ間断なく亜麻色の瞳を向ける最中、セシルが続ける。

 

〈──3番アンカーです〉

 

「──ネオンとノアがいる砲台か」

 

 ハウジングを震わせた報告にムーアの眉間へ深い縦皺が刻まれる。

 

「──セシル!あっちとホットラインを繋げられる!?」

 

 ラピがセシルへ要請する。決して彼女達の実力を疑っている訳ではない。だが、どうしても拭えない一抹の不安が引っ掛かる。直通回線で彼女達へ新たな指示を出せるなら対処のしようはある。ラピはセシルからホットライン開設の報告が返される旨を期待した。

 

〈──駄目です。二人とも反応がありません〉

 

 返ってきた報せは期待していたそれではない。むしろ状況的には最悪すら想像させるものだ。

 

「ちょっと…何かあったんじゃないでしょうね」

 

 思わず顔が、そして声すらも強張ったアニスが呟く。僅かに声が震えているのは心へ引っ掛かっていた一抹の不安が現実味を帯びたのが原因だ。

 

「──指揮官!」

 

「──乗車!乗れ!アニス、そのまま銃座に!動く物があったら撃て!」

 

 ラピがムーアへ指示を仰ぐ。すると彼は既に武装車輌へ駆け出していた。了解を返したラピが彼の後を追い掛ける。

 

 運転席のシートには太い薬莢やベルトリンクが散らばっていた。それを払い除け、座席へ腰掛けた彼が武装車輌へエンジンを掛ける。

 

「──もう…こうなると思った!何か起きるって!指揮官様、早く早く!」

 

 武装車輌の天蓋を何度も忙しなくアニスが叩く。

 

 助手席と後部座席の扉が開かれ、ヨハンとラピも乗車したと認めるや否や、彼はアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

「──あれ?」

 

「……どうしたの?」

 

 重々しい軋みを上げる太いワイヤー。その先にあるのは空飛ぶ巨鯨。

 

 額の上で日除けを手の平で作ったネオンが眼鏡越しに双眸を凝らす。

 

「……大王クジラがこっちに向かってますよ」

 

「──え、えぇ!?」

 

 見間違い──ではない。ゆっくりと、しかし着実に巨影が砲台へ接近している様子をネオンは捉えた。傍らのノアはその報せが俄には信じられず、自身も巨影の姿を見据えるが、やはり誤報や見間違いではない。

 

「……手違いがあったみたいですね」

 

「………」

 

 本来の作戦としては、三方向からアンカーを射出し、突き刺さったそれを巻き上げることで指揮官の青年曰く()()()()を地表近くまで引き摺り降ろす手筈だったが──どうやらそれに誤算が生じたようだ。まぁ100%で想定した作戦案が成功するのはかなり珍しいのだが。

 

 ではどうするべきか。

 

「──指揮官と合流しよう」

 

 上官である指揮官と合流し判断と指示を仰ぐ──それが第一だとノアが提案する。それを聞いたネオンは傍らへ横目を向けて問い掛けた。

 

「師匠のことですか?それともヨハンのことですか?」

 

 ()()()は2名存在する。どちらも──培った経験や年月には隔たりはあれど、指揮官である。そのどちらを指しているのか。十中八九で誰を指しているのかは分かっているが、彼女は敢えて尋ねた。

 

「二人とも一緒にいるでしょ。どっちでも良いじゃない」

 

「それはまぁ…うーん…行ったところで役には立てなさそうですけど…」

 

「じゃあどうするの!?上手く行かない時は皆で集まって次の作戦を──」

 

 そうだ、その方が良い。少なくとも状況が悪化することはないはずだ。想定した作戦が頓挫した──などとは言いたくはないが、実際問題、異変が発生している。この状況は宜しくない。まずは合流の後に指示を──

 

「──皆一緒じゃないと、安心できませんか?」

 

 不意にネオンが投げ掛けた問い。非常にシンプルな質問が傍らへ向けられる。

 

「な、なに言ってるのよ!」

 

「──ノアは寂しがり屋ですね」

 

 図星、らしい。もしくは当たらずと雖も遠からず、であろうか。ノアが慌てた姿を見せた。それを傍らで認めたネオンが僅かな()()()()を込めた言葉を向ける。

 

「は、ははは。ホ、ホント、なに言ってるのよ。私が寂しがり屋?私はガードが得意だから()()()を守らなきゃいけないのよ。だから合流しようって言ってるの」

 

 勘違いするな──その意味を多分に込めてノアは返す。

 

 なるほど。確かに。間違いはない。しかし嘘──いや、虚勢の類が滲んでいることは隠し切れていない。瞳が泳いでいるのが何よりの証拠だ。

 

「──もしかして……ノアも一番後に部隊に加わりました?」

 

 可能性が高いであろう彼女の過去をネオンは推測する。ふと思い至っただけの推測だが、彼女の反応は劇的だった。

 

「え!?ど、どうして分かったの!?」

 

「…やっぱり…」

 

 推測は当たっていたようだ。横目を向けていたネオンは傍らに立つノアへ身体ごと向き直る。

 

「…ちょっと浮いてる気がしたんです」

 

「浮いてる…って私が?ふざけたこと言わな──」

 

 浮いている──それはつまり自身がインヘルト(部隊)の一員として、彼女達の仲間として、そして指揮官(ヨハン)の部下として相応しくないという意味か。

 

 聞き捨てならない侮辱に等しい言葉である。我知らずノアの双眸が見開かれ、唇から激昂の文言が漏れ出ようとする寸前だ。

 

「──つらいですよね?」

 

 眼前のネオンがリーフグリーンの瞳を真っ直ぐに向けている。放たれた言葉には同意の気配が色濃く滲んでいた。

 

「……え?」

 

「…自分だけが知らない何かを他の皆が知ってるのって。相手が優しくしてくれて、こちらも仲良くしようと思っても……これだけはどうしようもありません」

 

 だからこそ分かる。ノアが纏う雰囲気は──ネオン(自分)と同じだ、と。

 

「──その人達が一緒に過ごした時を私は過ごしていませんから」

 

 カウンターズ──この分隊がムーアを指揮官とした現体制で正式に編制されたのは、おそらく臨海都市の発電所を調査する任務の時であろう。それよりも以前の任務──行方不明となった分隊の捜索任務へラピとアニス達は別の指揮官と共に作戦へ投入された際、その指揮官は戦死。墜落した輸送機から幸いにも脱出できたムーアやマリアンが合流。指揮権を引き継ぐ形でムーアが分隊を臨時に指揮した──その経緯はネオンも聞き及んでいる。

 

 ムーアや彼女達とネオンが合流したのは正式に分隊が編制された臨海都市の調査任務へ出発する寸前だ。当時のことを考えれば、そこまで彼やラピ、アニスが共に過ごした時間は多くはない。ネオンとそれほどの隔たりは存在しない──いや、存在するのだ。明確に、絶対的な隔たりが存在する。

 

 捜索任務で何が起こったのか──それは断片的ではあるが聞き及んでいる。だがネオンはその現場にいなかった。

 

 どのような経緯があり、どのような戦闘が発生し、それを潜り抜けたのか──これも聞き及んでいる。しかしネオンはその現場にいなかった。

 

 小さな溜め息が漏れた。リーフグリーンの瞳が僅かに伏され、溜め息が漏れ出た唇が震える。

 

「……寂しいですよね。寂しいから一緒にいたい。皆の会話に入りたい。一緒に行動したい。そうしてでも自分の居場所を作りたいんですよね」

 

「──もうやめて」

 

 ノアの声音が強張る。見ればネオンへ向ける眼差し、表情が険しくなっていた。

 

 耳を思わず塞ぎたい。

 

 捨て駒同然に地上へ送られ、半死半生の中でも容赦なく襲い掛かってくるラプチャーの攻撃を耐え続けたばかりか、死んだニケ達の使えるパーツを漁り、肉体を強化する日々。

 

 弱肉強食を絵に描いた世界。いつまで続くのか、いつになれば終わるのか、いつ救われるのか、いつ報われるのか──希望が見えず、孤独が支配する日々。

 

 過ぎ去った筈の──部隊へ加わる以前の、指揮官(ヨハン)に出会う前の光景が彼女の脳裏へフラッシュバックした。

 

「──でも諦めるしかありません。それはその人達の記憶で、思い出ですから」

 

 どれほど忌まわしく、思い出すことすら憚られる記憶であったとしても──それらは他者が共有できない彼等だけの()()だ。そこに付け入る隙は微塵たりともありはしない。

 

 彼や彼女達にしか通じない経験と記憶が存在する。だが自身には、それがない。

 

 疎外感がないと言えば──嘘になる。

 

 ふう、とネオンの細い溜め息が漏れた。

 

「だから私達のような新入りに出来ることは──()()()()()()()()を作って、思いっ切り自慢することです!」

 

「……えっ?……は?」

 

 何がどうやれば、そんな結論に至るのだろう。

 

 険しい表情を浮かべていた筈のノアが呆気に取られる。

 

 このネオン(メガネ)は何を言っているのか。

 

「──あの大王クジラ、私達が引き摺り下ろしましょう!」

 

「……え、えぇっ!?」

 

 何がどうすればそんな発想に行き着くのだろうか。ネオンがゆっくりと、しかし着実に迫りくる巨鯨を仰角に睨む。

 

「何をそんなに驚いているんですか?引き摺り下ろすのが作戦目標でしょう?でも()()()は失敗したみたいですから。私達がなんとかしないと!」

 

 意気軒昂なのは良い。だが何をどうやってあの巨鯨を地上まで引き摺り下ろすというのか。

 

「アンカーのワイヤーを伝って大王クジラの中に入るんです!そして中から──パンパンパン!大王クジラはシューッと墜落!──どうですか?いい感じじゃありませんか?」

 

「……全くバカなこと言わないでよ」

 

 何か妙案でもあるかと思いきや、なんとも馬鹿馬鹿しい案だ。

 

「大王クジラがこれ以上、近付いて来たらワイヤーを伝って行くのは難しいはずです。──行くなら今です」

 

「だからそんなふざけたこと出来るはずが──」

 

 成功の確率はいくらだ。ワイヤーを伝って行く途中で、その足場が弛んで自分達が地上目掛けて真っ逆さまにならない保証はあるのか。

 

 言いたいことは山程あった。しかしそれを制する形でネオンは続ける。

 

「考えてもみて下さい。ノアと私。たった二人で大王クジラを引き摺り下ろしたら皆さんに質問されますよね。どうやったんだ、って。その時にこう答えるんです」

 

 ──あ〜…それは私達二人だけの秘密です。

 

「──どうです?ワクワクしませんか?」

 

 心躍る──とまでは言わないが、そう悪い気分でもない。彼等、彼女達が知らない何かを、武勲を二人だけが知っているというのは。

 

「それに──私達は最強の火力と最強の盾じゃありませんか。そんな二人が力を合わせたら無敵だと思いませんか?」

 

「───」

 

 なんとも馬鹿げている。無謀も良いところだ。閉口せざるをえない。

 

「……あ、済みません。最強の盾じゃなかったんですね。私は間違いなく最強の火力なのに。仕方ないですね〜合流するしかありません」

 

 だが──

 

「──そうよ」

 

「はい?」

 

「──私は最強の盾よ」

 

 無謀、馬鹿げた作戦──だが悪くはない。成功の確率がいくらか。そんなもの、どうとでもしてやる。

 

「──私、自慢してみたい。あいつらに」

 

「──ですよね!」

 

「──行くよ、()()()!アイツを引き摺り下ろそう!最強の盾と、最強の火力で!」

 

「──はい!」

 

 

 

 

 

 

 永遠にも等しい時間──アクセルをほぼ踏みっぱなしで駆け付けた3番砲台。到着するまでの数十分は体感としては永く感じた。

 

 砂煙を巻き上げながら武装車輌が停車する。

 

 銃座が設けられたルーフから飛び降りたアニスは手元に愛用の擲弾発射器が無いにも関わらず駆け出した。

 

「──い、いない!?あの二人、いないわよ!?」

 

 何処を見渡しても見慣れた人影が、そして同様の背丈を持った人影──その二人組の姿がない。

 

「どどど…何処行ったのよ!ねぇ!ちょっと!!ネオン!ネオンーー!!」

 

 まさか──と脳裏に最悪の結末が思い浮かぶ。そんな筈がないとアニスは心中で芽吹く無視しがたい不安を叱り付けながら声を張り上げる。

 

「──アニス、落ち着け!」

 

「──指揮官、信号弾を!!」

 

 本来なら冷静でいるようアニスを促す筈のラピも慌てている。ムーアは運転席から降りる際、後部座席に安置されていた擲弾発射器を片手に引っ掴んでおり、両手にそれと突撃銃を握っている形だ。

 

 信号弾を打ち上げるようラピが要請する中、彼はひとまずアニスへ持ち出した擲弾発射器を渡そうとした時──視界の端に何かを捉えた。

 

「──ん?」

 

「──どうした?……む?」

 

 思わず動きが止まったムーアが空中へ──ワイヤーが伸び、迫り来る巨鯨へ連結された途中の一点へ視線を向ける。

 

 その姿を認めたヨハンも彼の視線の先へアイスブルーの瞳を向け──やがて頬を一瞬、ピクリと震わせた。

 

「…いやいや……え?なに?マジか?」

 

 マジ、とムーアが口にする機会はそう多くはない。少なくともラピやアニスが耳にしたのは数回程度だ。

 

 アニスへ彼は擲弾発射器を渡すや否や、双眼鏡を取り出して対物レンズを彼方へ向け──やがて溜め息を吐き出す。

 

「──アニス、ラピ。二人を発見したぞ」

 

「……信じ難いがな」

 

 太いワイヤーの上──巨鯨へ向かって走る姿があった。

 

 

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