勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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2月の名古屋で開催されるニケオンリーイベント用の短編の原稿は完成しました──が、果たしてあれはイチャイチャなのでしょうか……(今更なにを


第18話

 

 

 

 あの二人は何をやっているのだ。

 

 双眼鏡を覗き込むムーアが捉えた二名の人影──ネオン、そしてノアはマザーホエールへ撃ち込まれた巨大な銛と連結した太いワイヤーの上を駆け抜けている。

 

「──まさか、とは思うが……」

 

 やがて双眼鏡はネオンが携えた散弾銃を構え、巨鯨の側面へ突き刺さった銛によって亀裂が走った──脆弱な耐久力となったであろう装甲へ向かって立て続けに大粒の散弾を撃ち込み始めた。

 

 すると、やはり脆くなっていたのだろう。装甲が破砕され、彼女達なら通り抜けられる穴が穿たれる。

 

 その穴の中へ二名が入り込んで数分も経たず──

 

「…派手に暴れているようだ」

 

 ラプチャーの腹の中で何が起こっているのかは定かではない。しかしマザーホエールの脇腹の一部から黒々とした爆煙が噴き出た。何が起こっているのかは分からないが、()()()()()()のかはおおよその見当が付いてしまう。現場に居ないのだが不思議なものだ。

 

 爆煙と共に吹き飛んだ脇腹の装甲──穿たれた大穴から人影が二名分、飛び出した。

 

「──ちょっ、待っ!!」

 

 アニスが慌てふためく。マザーホエールの高度が下がったとはいえ、あの高さから落下──それも落下傘も無しでの降下など自殺行為に等しい。

 

 重力に引かれ、ネオンとノアは地表へ向かって真っ逆さまだ。このままでは──とアニスの脳裏に良からぬ予想が過った瞬間である。

 

 高速で飛来した()()が落下中の二名を纏めて捉えたのだ。

 

「──イサベルか」

 

「……あとで礼を言わんと」

 

 二名の指揮官達──ヨハンとムーアが微かな安堵の溜め息を漏らす。

 

 ややあってその()()──もといイサベルが両腕にネオン、ノアを抱えながら事の成り行きを見守っていた指揮官達の前へ着地する。

 

「──し、ししししし…」

 

「……ししし?」

 

「──し、死ぬかと思ったぁ…!」

 

 生還したノアから漏れた一言。普段の傲岸不遜とも取れる態度とは真逆のそれは彼女が味わった恐怖の一端を如実に表しているのだろう。

 

 とはいえ、あの高度から落下傘なし、重力に任せるままの自由降下だ。無理もない筈である。

 

「──お前の部下は頭のおかしな──いや、無謀なことを良くやるな」

 

「自慢の部下だ。誉め言葉と受け取っておこう」

 

 ネオンは肝が据わっているのか、平素とあまり変わらない様子だ。自身の部下であるノアでさえ()()だと言うのに──呆れた眼差しをヨハンはネオンへ向けた後、傍らのムーアへ声を掛ける。

 

 それを好意的に受け取ったムーアが軽く肩を竦めてみせた。

 

 そもそもとしてアークの──或いは人類の常識としては有り得ないことなのだが、ラプチャーとの直接戦闘を繰り広げるような指揮官の部下であるばかりか、彼の弟子を自称している身だ。

 

 師匠が師匠なら、弟子も弟子──なのかもしれない。

 

「──ちょっと!どっか行くなら行くってちゃんと言ってよね!」

 

「──済みません。一刻を争う事態でしたから」

 

 ネオンへ駆け寄ったアニスは彼女の肩を掴みつつ頭の上から脚の爪先まで──負傷した箇所はないかと慌ただしく観察しながらも苦言を放つ。心配であったことを如実に伝える苦言だ。

 

「──怪我は?」

 

「──あ〜…眼鏡にちょっと傷が…」

 

「──…そう」

 

 分隊のリーダーらしく、ラピは冷静な口調で尋ねるが返ってきたそれには細い溜め息を漏らす。呆れよりも安堵の気配が強い溜め息であったのは言うまでもない。

 

〈──マザーホエールの高度が下がっています〉

 

 通信が入った。一瞬の雑音が走った直後、響き渡るオペレーター(セシル)からの報告に彼等、彼女達は蒼穹の支配者めいた巨躯を空中へ浮かべる巨鯨を仰ぐ。

 

 彼女達が体内で暴れた影響だろうか。噴き飛んだ脇腹からは尚も黒煙が濛々と太く漏れ出ている。それどころか内部では連鎖的な爆発が起きているのか、時折小規模ながらもいくつかの装甲が噴出する爆煙と炎と共に剥がれ落ちている。

 

〈──先程の……()()により、推進装置の一部が壊れました。墜落中です。呆気ないものですね〉

 

「……派手にやったものだ」

 

「墜落予想地点は?」

 

〈──マーキングします。行きましょう。ハランにも連絡します〉

 

「──了解。乗車。ネオン、銃座に就け」

 

 ヘッドセットの口元まで伸びたマイクへムーアは応答しつつ彼女達へ指示を出す。生還したばかりだが、ネオンには定位置を指示するのも忘れない。

 

「──ノア。私は()()()()と命じた筈だ」

 

「……うん」

 

 冷ややかな低い声。叱責の前振りとも取れるそれがノアへ放たれた。なんと続くのか──恐怖が全身を駆け抜け、長身の指揮官を見上げることが出来ない彼女は俯く

ばかりである。

 

 不意にヨハンが片手を挙げる。それに小柄な彼女はビクリと身体を震わせた。

 

「──良くやった」

 

 彼の片手が向かったのは彼女の細い肩。そこへ大きな機械仕掛けの手が置かれ、ハッと弾かれたノアは長身の指揮官を見上げた。

 

「──作戦に問題が起きた場合は、今のように自分の判断で動く癖を付けろ」

 

 教え諭す口振り──独断専行は決して悪ではない。

 

 近代的な軍隊に於いては命令や上官への服従は間違いなく重要だ。しかし現場の指揮官による臨機応変な状況への対応も重要な要素と認識されている。

 

 緊急の差し迫った状況──特に作戦目的が合致し、命令者の意図を汲み、現場での対応は重要とされる。勿論、失敗した場合は大問題が発生するであろう。しかし何もせず指を銜えて眺めている傍観が果たして正しいのか。こればかりは全てが終わってからでなければ審判は下せない。

 

 いずれにせよ、ヨハンは彼女の行動を是とし、賞賛したのだ。

 

「──ふ、ふん!言われなくても分かってますケド?」

 

 照れている──のだろう。顔を背けながらの憎まれ口だ。その反応にヨハンは微かな苦笑いを漏らしつつ彼女を連れて武装車輌へ向かって歩き出す。

 

 ふと、ムーアが纏う戦闘服の上着、その左袖が引かれる。

 

 サングラス越しの視線を僅かに下へ向ければ──なにやら不服そうな態度を示す弟子を認めた。

 

「──師匠。私には()()()()()してくれないんですか?」

 

 ──困ったものだ。

 

 肩を竦めつつ彼は袖を引かれた左手でネオンの背を軽く叩く。

 

「──良くやってくれた。流石は俺の弟子だ」

 

「──ふふっ。どういたしまして、師匠」

 

「──さぁ、義足の船長も腰を抜かす()()()()を仕留めるぞ」

 

「──はい!……って、どなたですか?」

 

 

 

 

 

 

 マザーホエールは最後の悪足掻きをする状況に追い込まれた。

 

 何処までも広がる蒼穹を悠々と翔んでいた威風堂々の巨躯の運命は最早、風前の灯。

 

 三方から厚い装甲を突き破った巨大な銛が、それに連結された太いワイヤーが挙動を制限した上、大口径の弾頭やいくつも迸る光芒が巨躯を貫いている。

 

 その攻撃を受けた巨鯨は蒼穹の海でのたうち回り、重低音の咆哮を奏でながら抵抗を続ける。

 

「──まだ落ちないの!?」

 

「──新たなラプチャーが降下!」

 

 タイラント級としての意地か矜持か。死に体寸前の自身を守らんと兵士たるラプチャーを起動させながら宙へ解き放つ。

 

 しかしそれも瞬く間に光芒が飲み込み、或いは大口径の銃弾が機械の身体を砕いて葬り去る。

 

 だが──まだ落ちない。

 

「──再装填(リロード)!」

 

「──カバー!」

 

 突撃銃の弾倉が空となる。ボルトストップが掛かった突撃銃の弾倉を交換するムーアに代わり、ラピが携行するミリタリア(愛銃)が一層けたたましく銃声を奏で上げた。

 

 機体の頑丈さは折り紙付きらしい。

 

 インヘルトの彼女達──その誰かが放った光芒が巨鯨の装甲を貫き、巨大な敵機に動揺が走るも地表へ向かって一直線に落下する気配がない。

 

 弾倉を交換し、初弾を薬室へ送り込んだムーアが再び銃口を空へ向ける。至る所が破損し、黒煙を濛々と上げつつも浮遊を続ける巨鯨を睨み、引き金を──引こうとした時、彼は掛けていた指先から力を抜き、代わりに安全装置を親指で弾いた。

 

「──指揮官!?」

 

「──そのまま撃て!」

 

 突撃銃へ安全装置を掛けた彼が後方へ──武装車輌へ駆け出す。それを横目で捉えたラピが問い掛けるも彼は攻撃と射撃の続行を返した。

 

 対空射撃──重低音の銃声を響かせながら巨鯨へ50口径の弾頭を立て続けに見舞うネオンも武装車輌へ駆け寄って来たムーアを認める。

 

 射線確保の為に移動するのだろうか。彼女は予想を立てるも彼は運転席の扉を開けず、その後方──後部座席の扉へ手を掛けた。

 

 開け放たれた扉の中へ長身の身体を滑り込ませ、車内で何かを探す様子を察したネオンは内心で首を捻る。予備の弾薬でも欲しいのだろうか──などと考えた矢先、ムーアが車外へ合成樹脂製のコンテナを引き摺り出した。

 

 地面へ重々しい音を鳴らしつつ鎮座したコンテナのロックを解除。上蓋を開放するなり、彼は内部へ納められていた携帯地対空誘導弾(SAM)を取り出した。

 

 発射器を右肩へ担ぎ上げ、再び駆け出したムーアは元の位置へ戻るなり射撃に必要な手順を手早く消化していく。

 

「──BCU、挿入良し。アンテナ開放、展開、良し」

 

 各種の保護カバーが次々と外され、ケーブルが接続される。

 

 右肩へ依託しながら彼は照準器を覗き込む。向けられる発射器の砲口は自然と仰角に。

 

「──目標捕捉」

 

 IFFは問題なく巨鯨を敵と識別した。その証拠として目標捕捉(ロックオン)を報せる電子音を響かせている。

 

 ──あれってテトラが試作と研究を続けている物じゃありませんでしたっけ?

 

 弾薬箱が空となった。その空き箱を掴んで取り除き、新しい弾薬箱を銃座へ引き上げたネオンは彼が担ぐそれを遠目に認めながら、以前に視聴した国防ニュースで取り上げられていた特集内容を思い出していた。

 

 飛行型ラプチャーへ対して有効的な一撃を加える為の携帯地対空誘導弾。何を隠そうニケ用の代物である。その重量は察して余りあった。

 

 その試作品が前哨基地へ届いた補給品の中に混ざっていた理由は分からないが、一種の実践的な試験が目的としてあったのかもしれない。彼等が大半の任務でそれこそ()()()()()()()()()()ことから高確率で使用する可能性が高いと踏んでの譲渡だろう。

 

 そんな信頼は要らないのだが──ここまで持って来ておいて使わずじまいなのも宜しくない。

 

 果たして有効なのか否か。

 

 目標捕捉。それを確かに認めた彼の人差し指が発射器の引き金を引いた。

 

 飛び出した誘導弾──発射器と射手となったムーアから10mほど離れた誘導弾のロケットモーターが点火。

 

 瞬く間に音速の速度へ加速した誘導弾が大気を切り裂きながら巨鯨へ肉薄する。

 

 飛翔する誘導弾が吸い込まれて行ったのは──巨鯨の脇腹へ生じた大きな破壊孔だ。

 

 誘導弾の巨鯨の体内へ飛び込み、内部の厚い部位へ弾頭が衝突──貫通衝撃信管が作動した。

 

 敵機の装甲を破り、内部に食い込んだと認識した信管が目覚め、誘導弾に充填された爆薬を叩き起こす。

 

 その瞬間だ。

 

「──うおっ…!」

 

 思わずムーアが驚愕する程の爆発が巨鯨の体内で発生する。噴き出た爆煙と炎が凄まじい。爆発の衝撃で機体から大小の装甲が剥離、部品らしき物も次々に空中へ散乱した。

 

 断末魔の咆哮が轟き、巨体が半ばからへし折れながら巨鯨が地表へ向かって落下を始める。落下──いや、正真正銘の墜落だ。

 

 地軸が砕けんばかりの轟音と地響き。大地が揺れ動き、局地的な地震すら発生させながら巨鯨が地面に衝突。

 

 果たしてシステムが機能を停止する寸前──1世紀もの時を生きた機械仕掛けの巨鯨が最期に認めたのは何だったのか。答えを知る者はいない。

 

 巨鯨へ突き立てられた死絶の一撃。

 

 かつての鯨獲り達──捕鯨砲の砲手となった者達の信条は一撃必殺のそれであったそうだ。

 

 機械仕掛けの巨鯨には長く苦しい思いをさせてしまっただろうが、最期は一撃で安寧を与えた──とも言える。

 

 とはいえ、それはさておき。

 

「──()()()()を積んでたのか…」

 

 危険極まりない代物──誘導弾に充填された爆薬は安定した物質なのだろうが、何かの拍子で暴発していたら大変な事態に見舞われていた筈だ。

 

 もう試作品は使わない、受領しない──そう心に誓ったムーアは使い終わった発射器を右肩から下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はい、どうぞ」

 

 マザーホエールの(コア)は無事に確保した。長身かつ大柄のムーアが見上げる程のそれをワイヤーで連結し、武装車輌で引き摺りながら地上基地エデンまで持ち帰ったのは二日前のこと。

 

 今回の作戦のMVPとなったノアとネオンには彼女達から質問が飛んだ。一体どうやったのか、と。

 

 それに彼女達は答えた。二人だけの秘密、とのことらしい。

 

 であれば深く尋ねは出来ないだろう。

 

 孔雀色の虹彩を持つ才媛──セシルは自身の研究室へ招いたムーアへ2発の拳銃弾を手渡す。

 

「これが貴方の血で作ったアンチェインド弾です」

 

 弾頭が赤い宝石──それこそルビーを彷彿とさせる弾頭が埋められた拳銃弾だ。

 

「予想通り、マザーホエールのコアは多数の人間の細胞と融合していました」

 

「…どれだけの人間が捕食されたかの予想は聞かない方が良さそうだな」

 

「えぇ、そうして下さい。またこれも予想通りですが、ムーアさんの血と合成する過程でアンチェインドの成分は少しも失われませんでした」

 

 流石は──と言うべきだろうか。この地上基地を建設するだけの手腕と能力を持った才媛だ。それを疑った訳ではないが、こうして形としての結果が眼前に提示された今、彼はセシルへ尊敬すら抱く思いである。

 

「おそらく現時点で作成できる最も完璧なアンチェインド弾でしょう」

 

「…ありがとう。協力に感謝する」

 

 謝辞を述べたムーアへセシルは薄く──本当に薄くだが微笑んだ。

 

 ふと彼女の視界の端──デスクトップの投影されているスクリーン上、研究室前の扉へ設置した監視カメラの映像を認め、セシルの孔雀色の瞳がそこへ移った。

 

 見れば長身の背丈を持つ外套姿の青年──あくまでも外見上は──が扉の前に立っている。

 

「──ヨハンがドアの外で待っています」

 

「……会う約束でも?」

 

「いいえ?貴方の行き先が気になったからではありませんか?」

 

「貴女のような美人なら兎も角、野郎に尾行──もとい、付き纏われるのは趣味ではないんだがな…」

 

 軽口と皮肉にも慣れたものだ。セシルが薄く笑いつつデスクトップ前の椅子へ腰を下ろし、タイトスカートから伸びる長い脚を組む。

 

「何はともあれ、頑張って下さい。戦って2発とも手に入れるか、仲良く分け合うか」

 

「それは()()次第だな。まぁ、負けるつもりは毛頭ないが」

 

 握った2発の拳銃弾──それを携えたムーアが閉ざされた研究室の扉へ向かって歩き出す。開閉のタッチパネルへ手を伸ばそうとする刹那、言い忘れていたとセシルは声を掛ける。

 

「──研究所で手に入れた弾薬と今回作った弾薬を比べてみました。──濃度の差が顕著です」

 

「……それほどに?」

 

「研究所で発見したものを10とすると、貴方のものは100──いえ、それ以上の濃度です。少なくともヘレティックには決定打を、ニケには完全な自由を与えられるでしょう」

 

 あのセシルが断言するのだ。その意味の重さは察して余りある。

 

「それとムーアさん。念の為に言っておきますが、貴方の血をニケに掛けたりしないで下さいね。とてつもない濃度ですから、何が起きるのか分かりません。運が良ければ──上手くいくかもしれませんが…まかり間違えば最悪の事態も有り得ますから」

 

 数々の戦傷──隻脚、隻眼、隻腕となった際の負傷にとどまらない。脇腹を抉られ、内臓が零れ落ちた際、夜の海へ転落した時もそうだ。

 

 分隊の彼女達が応急処置をしてくれたことには感謝しかない。だが──彼女達は既に彼の返り血を浴びている可能性が高い。どれほどの量だったのか、それは定かではない。そこまで余裕のある状況ではなかった。記憶が曖昧なのだ。

 

「──もう少し早く貴女に出会えて、そしてもう少し早くそれを聞いておけば良かったかもしれんな」

 

 思わず彼の口から溜め息が漏れた。才媛からの警告である。無視は出来ないが──こればかりは彼女が言う()()()()()を招いてはいない、と祈るしかない。祈りも願いもしたくはないが。

 

「…重ね重ね感謝する。ありがとう」

 

「お疲れ様でした。それと──()()()()

 

 さながら診察室から送り出される患者の気分だ。まぁ、そこまで間違ってはいないだろう。

 

 微かな苦笑いが漏れ出たムーアはセシルの研究室を後にすべく扉の開閉を司るタッチパネルへ片手を翳した。

 

 開いた扉──その向かい側の通路の壁へ背中を預けている長身の存在を認める。

 

「──折角の美人との逢引を邪魔されるのは気分が良くないんだが?」

 

「──手に入れたか?」

 

 冗談が多分に混ざった軽口と皮肉には応じず、ヨハンは開口一番、彼を待っていた本題を告げた。

 

 もう少し情緒があっても良いだろうに──その情緒が無いと部下達から評価されている本人は溜め息を吐き出しつつ握っていた拳銃弾──その内の1発をヨハンへ軽く投げ渡した。

 

「2発だ。1発はそちらに譲ろう」

 

「──2発か」

 

 受け取った1発のアンチェインド弾──弾頭がルビーを彷彿とさせる輝きを放つ拳銃弾を手の平で転がしたヨハンは、次いでアイスブルーの冷ややかな印象を拭えない虹彩をムーアへ向ける。

 

「──2発とも渡せ、と言ったら?」

 

 本音も混ざった問い掛け──それをヨハンは後輩に向けて尋ねた。

 

 その返答は非常に簡潔かつ明確だった、と言わざるを得ない。

 

 言葉では返されなかった。ただし──ムーアの右手は彼の右脚へ巻かれたレッグホルスターに納まっている45口径の自動拳銃の握把を掴み、濃い茶色の双眸がヨハンへ向けられる。

 

 ──力ずくで奪え。奪えるものならば。

 

 そのような答えが幻聴で聞こえて来そうだ。

 

 であれば──仕方ない。

 

「──ありがたく、使わせてもらおう」

 

 受け取った1発のアンチェインド弾をヨハンは纏った外套の内ポケットへ仕舞う。それを認めたムーアも掴んだ拳銃の握把から右手を離す。

 

 互いが互いを攻撃する意思はない、と認め合った双方が足並みを揃えて通路を進み出した。

 

「──アークに戻るのか?」

 

「──あぁ。アンチェインドを量産する方法を探さんと」

 

「──エデン(ここ)で研究した方が良いと思うが…」

 

「──いや。俺が見付けたアンチェインドをアークで量産してこそ──完全な()()()になるだろう」

 

「──力?権力のことを言っているのか?」

 

 思ってもいなかった言葉と表現──或いは野心、だったのだろう。隣を歩くムーアへヨハンが横目を向けて尋ねる。

 

「──なんだって構わん。俺の力と言えるなら尚更だ」

 

「──そんな物に興味があるとは思わなかったな」

 

「──あぁ。俺も興味はなかった──が、どうしても必要だ」

 

 横目で伺うヨハンの視線の先──ムーアの濃い茶色の瞳が細められた。

 

「──約束、したんだ。約束は守らなければならない」

 

「──そうか」

 

 深くは尋ねまい。いや、尋ねたところで答えてくれるかどうかさえ曖昧なのだが。

 

 カツカツと通路に反響する二名分の足音。互いに軍人であり、軍人であったからか足並みと足音が揃っている。世代こそ異なるが、こればかりは習性という奴だろう。

 

「──ヨハンとインヘルトはヘレティックの追跡と捜索を続けるのか?」

 

「──あぁ。しかしニヒリスターは今、身を隠している筈だ。時間は掛かるだろうな」

 

「──そうか。頑張ってくれ」

 

「──戯けたことを。もう戻れ」

 

 通路の左右へ続く別れ道。そこへ突き当たれば彼とヨハンは背中合わせの格好で進み出す。

 

「──言われんでも明日には出て行くさ」

 

「──ふん」

 

 ──相変わらず可愛げのない先輩(後輩)だ。

 

 

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