勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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これで!これで今回の章は終わりになります!信じて下さい!


第20話

 

 

 地上基地エデンを発って2日。アークへの帰路は順調に消化していた。

 

 ──時折、遭遇するラプチャーとの交戦を抜きにすれば、の話になってしまうが。

 

 防弾のフロントガラスを転がり落ちる金属製のベルトリンクと太い薬莢。銃座へ据えられた50口径の機関銃に取り付いていたネオンが満足そうな様子で車内の後部座席へ腰掛ける。

 

「──撃ち過ぎじゃない?あと何発残ってるのよ」

 

「──火力は温存しちゃ駄目なんです」

 

 アクセルが踏み込まれ、武装車輌が大小の亀裂が走る舗装道路を進み出した。

 

 今しがた撃破されたばかりの敵機の残骸を踏まないよう注意しながらステアリングを握るのは運転席に座るムーアだ。

 

 50口径の機関銃が頭上で吼えていた最中、車内へ落下し、被ったヘルメットにも衝突しながら座席に転がった太い薬莢を摘み上げる。運転席側の防弾ガラスが嵌められた窓を手動で僅かに下ろし、車外へそれを投げ捨てた。

 

 速度計の横へ彼は視線を向ける。燃料計の針──残量がそろそろ危うい。

 

 そこから30分ほど走り、辿り着いたのは廃墟が立ち並ぶ人々の喧騒が消え失せた街の跡地。

 

 既に夜の帳が落ち始めた夕刻だ。念の為にデコイを撒き、安全を期するのを忘れない。ムーアが牽引しているトレーラーから燃料の携行缶を引き摺り出し、車体の給油口を開いて空腹の武装車輌へたらふく喰わせ始めた頃、アニスやネオンは休憩の為の準備に入る。

 

 周辺の警戒と偵察にラピは出掛けた。デコイも撒いているが、この地上で用心に用心を重ねて悪いということはない。

 

 シングルバーナーで沸騰したケトルの湯をアニスとネオンが用意した人数分のマグカップへコーヒーの粉末を注ぎ入れる。湯で溶かせば出来上がりだ。彼へ渡す分のコーヒーの粉末の量は少し多めである。

 

「──はい。お疲れ様、指揮官様」

 

 給油したのは携行缶の2缶分の燃料。これで燃料計の針は満タンへ振れただろう。

 

 前哨基地から運んだ携行缶、そしてエデンで受領した分の燃料。残量は問題ない。アークへ問題なく辿り着ける──筈だ。

 

「──ありがとう。あとは、また地雷を踏まないことを祈るとしよう」

 

 礼を告げながら彼は差し出されたマグカップを受け取り、湯気立つコーヒーを一口啜る。

 

 神を信じておらず、或いはその存在や概念を嫌っているというのに()()という言葉は随分と似合わない。

 

 苦笑いを漏らしながらアニスが人工甘味料の粉末を適量注いだ時だ。

 

〈──指揮官〉

 

 無線から彼を呼び出す声が響く。無線を介しているからか機械的な声音にも聞こえるが、玲瓏なそれは聞き間違える筈もない。

 

「──どうした?」

 

 給油を兼ねた休憩──僅かに緊張を解いていたムーアだが、ただちに臨戦の雰囲気を全身へ纏わせながら口元まで伸びたヘッドセットのマイクへ呼び出した理由を問うた。

 

〈──()()()があります。彼我不明〉

 

「──現在地は?」

 

 飲み掛けのマグカップを武装車輌の車体へ預けたムーアが突撃銃を握る。挿入された弾倉を抜き、残弾を確かめながら通信相手──ラピへ彼女自身の現在地を尋ねる。

 

 そこまで遠くはない。急行すると返したムーアがアニスとネオンへ視線を向けると、彼女達も既に擲弾発射器や散弾銃を握っていた。

 

 周囲を警戒しつつ3名は前進。ラピが現在地と報告した地点まで急行する。

 

 彼女の姿は直ぐに発見できた。何らかの理由で屋根が半分吹き飛び、壁も半分以上が崩落した廃墟の中で窓枠から外を伺っている。

 

「──待たせた。状況は?」

 

「──あちらです」

 

 ラピの傍らへ立った彼は示された指の先へ双眸を凝らす。

 

 直線距離にして300mだろうか。確かに()()()がある。しかし大小の廃墟から剥がれ落ちた建材が地上へ散乱しているのもあって、はっきりと肉眼では視認出来ない。

 

 双眼鏡を取り出した彼は対物レンズを()()()へ向ける。眼幅、左右の視度を調整した後にピントを合わせ──はっきりと視界へ浮かんだ()()()の正体にムーアは小さな溜め息を漏らした。

 

「──ラプチャーではないな」

 

「…良く見えないんだけど…」

 

 ピントの調整に手間取っているアニスが亜麻色の双眸を細めているのを認め、彼は双眼鏡を差し出した。それを受け取った彼女が双眼鏡を覗き込み──やがて眉根を寄せる。

 

「ちょっと…アレって…」

 

「…シージペリラス、だったか?」

 

 かつて──と言うほど昔の話ではないが、マリアンを巡る一連の騒動で邂逅した部隊だ。勿論、邂逅などと表現できるほど好意的な出会い方ではなかったが。

 

「…指揮官。シージペリラスはNIMPHのリミッターが解除されていると聞きます」

 

「…ニケでありながら例外的に人間の意図的な殺傷が可能、ということだろう。知っているよ。身を以てな」

 

 傍らの紅い瞳が彼を見上げつつ口にすると彼は小さく頷きながらアニスから返された双眼鏡を再び覗き込む。

 

 なにせ彼女達に殺されかけたのだ。結果として返り討ちにしてしまったが。

 

「…ですが地上(ここ)でなにしてるんでしょうか?」

 

「さてな。暇潰し、息抜き、気分転換──」

 

「言い方を変えても意味は同じじゃない?」

 

 当然の疑問をネオンが紡いだ。それに応じるのは彼女の師匠。可能性の候補を次々と挙げるもアニスが突っ込んだ。

 

「…可能性は色々とあるが、ひとつだけ確かなことがある。以前のように俺達を仕留めようとしている訳ではなさそうだ」

 

 そもそもとして()()()はマリアンの捕獲という大義名分が存在した。それを邪魔する者は優先的に殺害という名分も。彼等からすれば甚だ迷惑極まりない話だったが、今回はそれが存在しない。

 

「…とはいえ、本当にこんな所で何をしているんだ?」

 

「何をしてるか見える?」

 

「…ダッフルバッグ…いや、死体袋(ボディバッグ)か?それに何かを詰めて──今、バッグを蹴ったな。静かにしろ、だそうだ」

 

「え?何を言ってるか分かるの?」

 

「唇の動きを読めば──あっ」

 

 読唇術という奴だろうか。意外な特技を──ラピ以外は知らなかったが、彼の新たな一面をアニスとネオンが発見した直後だ。ムーアがあまり聞きたくはない類の声を短く発した。

 

「──見付かった。こっちに来い、と言っている」

 

 双眼鏡の反射光で位置が発覚した──そんな初歩的なミスをした訳ではない。そもそもとして彼が用いている双眼鏡はエリシオン製。反射光防止の処置はロールアウト前に済ませられている代物である。軍事用へ採用される諸々には徹底的な試験を重ね、不測とされる事態を未然に防ぐか洗い出しつつ酷使へ耐えられるよう設計と改良がなされている。

 

 そこまで大きな声で──ショッピングモールで買い物に洒落込む奥様方の如く賑やかな声を出していた訳でもないのだが不思議なこともある。

 

 理由は不明だが、発見されたのは事実だ。

 

「──安全装置は外しておけ」

 

 窓枠を飛び越える寸前、彼は分隊の全員へ命じた。警戒の表れに他ならない。

 

 地面へ散らばる大小の建材や瓦礫、或いは赤錆で覆われた乗用車の隙間を縫いつつ彼等は接近した。

 

「──ここで何をしている?」

 

「──久しぶりだな。()()()()でなによりだ。──()()()調()()()?」

 

 ──なんで煽るかなぁ!?

 

 十中八九でボディは交換した相手へ──しかも片割れの方はナイフファイトの最中に手首を斬り落としたとアニスは聞いている。

 

 そのような相手に、久しぶり、と軽い調子で挨拶するのは──千歩、万歩譲っても受け入れられるか否かは未知数。だというのに続けて煽り文句を重ねるのは最早病気か趣味の類だろう。

 

「──あ"?」

 

 ほら、言わんこっちゃない。

 

 個人防衛火器(PDW)に似た設計の銃──それを独特の感性か個人の趣味か。いずれにせよそれを握る黒髪が上半分を、白髪がその下の半分を占めているニケが尖った八重歯を剥き出しにしながら彼へ詰め寄ろうとする。名前は確か──Kだったか。

 

 詰め寄ろうとする彼女の眼前に一振りのハンドアックス(手斧)が翳され、動きが止まった。

 

「──K」

 

「──分かったよ」

 

 被ったフードの奥から覗く紅い瞳。それを細めつつ──Dという名前のニケが同僚を制した後、眼前のムーアを見上げた。

 

「──ここで何をしている?」

 

 先程と同じ問い掛けを投げ──次いで彼女の紅い瞳が向かったのは対峙する彼が携行する突撃銃だ。安全装置が外れている。それを認めたのだろう。Dが彼へ向ける視線に警戒の気配が色濃くなった。

 

「軍機につき、返答はしかねる。──これで満足か?」

 

「いいや」

 

「だろうな」

 

「この付近で作戦行動中のニケ分隊は存在しない──その情報は得ている」

 

「作戦行動なんぞ、その時々で──それこそ現場指揮官の判断如何で変わるものだ。情報が古いようだから更新を勧める」

 

 警戒するシージペリラス、そして突撃銃の安全装置を外したムーア。その両者が暫し睨み合う。

 

 以前の一件も尾を引いているのは間違いないだろう。彼女達が強硬手段を取ろうとする可能性も捨て切れない。

 

 ラピを始め、カウンターズも各々が携行する火器を改めて握り直した瞬間だ──

 

「──ん"〜ン"〜!!」

 

 DやKの足下──地面へ置かれた大振りのバッグ。成人男性でさえすっぽり収まるだろうサイズのそれが地面で蠢き、内部から明らかな反応があった。

 

「……一応、聞いても?」

 

「なんだ?」

 

()()()?」

 

「──う〜!ゔ〜!!」

 

「…お前達には関係ない」

 

「こっちの()()だからさ。邪魔はしないでもらえっかな?」

 

「──ん"〜〜!!んん〜〜!!」

 

 任務を強調したKの言葉にムーアは眉根を寄せながら地面でのたうち回っている──もとい、ウネウネと動いているバッグを見下ろした。

 

「…任務、というと暗殺のそれか?それとも捕獲か?」

 

「どっちでもいいだろ〜?お前に関係あるか?」

 

「直接的な関係は無いが……地上で暗殺や捕獲……中身は人間か?」

 

 その問いに彼女達は答えない。

 

 つまりは──人間である。

 

 ラプチャーが跋扈し、支配者となった地上で活動する()()、となれば──

 

「──ん"ん"〜!!ゔゔ〜!!」

 

 しかも発せられる呻きは──明らかに男性のそれである。

 

 ムーアは地面に転がるバッグから彼女達の背後へ視線を移す。

 

 やけに見覚えのある──()()()()()()()()()()()()()()の残骸があるではないか。

 

「──それは?」

 

「──ん?あぁ、これ?ラプチャーのコスプレかガラクタ。そんなところだろ」

 

 彼が指摘するとKは細い肩を竦め、その残骸へ歩み寄ったかと思えば──爪先で蹴り飛ばす。

 

 ガンと衝撃の強さが伝わる音が鳴った次の瞬間のこと。

 

 ──甲高い電子音にも似た()()()が残骸から発せられた。

 

「……今のは…まさか…」

 

「──コーリングシグナル!?」

 

 ──ラプチャーが同類、或いは僚機に集合を伝えるそれが甲高く周囲に鳴り響いた。

 

 甲高い電子音を響かせた──K曰く、ラプチャーのコスプレかガラクタ、から彼女が退き、手にした火器を握り締めながら周辺へ間断なく視線を向け始めた矢先のこと。

 

「──7時方向からハイクラスエネルギー反応!」

 

 ラピの報告が響く。ムーアが反応し、彼女が示した方角へ顔を向けながら部下達へ遮蔽物に身を隠すよう指示を飛ばす。

 

「──内訳は分かるか?」

 

「ロード級が1機、そしてそれに率いられた20機以上のラプチャーの群れと想定されます!」

 

「…それなりに大所帯だな」

 

 流石はコーリングシグナルであろうか。果たしてどのような内容を周囲へ向けて発しているのか気になるところだ。

 

「──移動するぞ。ここでは分が悪い」

 

「…いえ、もうそこまで…」

 

()()?」

 

 早すぎる。身を隠した鉄筋コンクリートの破片から顔を覗かせた彼は目を凝らした。ラピの報告の通り──既に肉眼で捕捉できる距離にまで多くの敵機が接近している。

 

「──なんだ!なんなんだ!?どんどん押し寄せて来やがる!」

 

 敵機の1機──その機体へ据えられた咆哮から光芒が奔った。

 

 応戦すべくムーアが分隊へ射撃の号令を出そうとするのだが──妙な異変に気付く。

 

 攻撃はシージペリラス──地面でのたうち回るバッグの周辺へ集中し、彼を始めとした分隊へ向けては一発の機関砲弾や光芒も飛んで来る気配がない。眼中にすらない、と言った気配だ。

 

 携行する火器を発砲し、シージペリラスの2名が応戦を開始する。放たれた弾頭で先頭を進む何機かが破損するも小破程度の損害だ。

 

 その間を縫って現れたランドクラブ──敵機から光芒が駆け抜けた。向かった先はDの足下である。

 

「──ッ!?」

 

 弾着の瞬間、土砂と共に粉砕された瓦礫が吹き飛ぶ。その余波を受けてだろう。彼女達の足下へ転がっていたバッグが宙を舞った。

 

 それを待っていたのだろうか。飛び出したスキッドが人間大のバッグを奪い取るなり、再び群れの中へ消え去ったではないか。

 

「──おお…」

 

「ラプチャー達もチームプレイが出来るんですね」

 

「…ネオン、指揮官も感心しないで下さい。──新たなハイクラスのエネルギー反応。タイラント級と推定されます」

 

「タイラント!?」

 

 ついこの前もタイラント級と一戦交えたばかりだ。それどころかヘレティックとも。どんな巡り合わせなのだろうか。

 

 アニスが舌打ちをかました瞬間だ。

 

 その()()()()()に嫌という程、鼓膜を震わせた重低音の咆哮が大気を震わせた。

 

「…ちょっと…これって…!」

 

「──マザーホエールです!」

 

 頭上に現れた天を覆わんばかりの巨影。あまりにも巨大すぎる敵機を仰ぎ見た彼女達が携えた火器の銃口を紅に染まりつつある空へ向けて引き金を引く。

 

 だが、相当に装甲が分厚いのか、それとも到達するまでに撃ち出された弾頭のエネルギーが失われているのか、甲高い衝突音を響かせるばかりだ。擲弾の炸裂すら意に介さず、巨鯨がゆっくりと地表へ滑り込んだ。

 

「──撃ち方止め!撃ち方止め!!」

 

 地表へ降り立った巨鯨の背に次々と飛び乗る敵機の群れ──その中にバッグを抱えたスキッドの存在を認めたムーアが射撃中止を達する。

 

 瓦礫の破片で切れたのだろうか。バッグには大きな裂け目が生じ、()()が見えている格好だ。そのバッグの周りに集まった数機のラプチャーは修理をしようとしているのか、それとも別の理由か右往左往としている。

 

 巨鯨が浮き上がった。数十機のラプチャーを乗せたまま再び紅へ染まる大空を目指して飛翔する。

 

 逃がしてたまるか、と言わんばかりにKが上空へ向けての対空射撃を敢行するも巨鯨は悠々と遥か先に見える雲を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんとも信じられない光景を見た気分だ」

 

「……そうねぇ……」

 

「……ですねぇ……」

 

「……種族は違えども()()ということでしょうか?」

 

「さてな。俺はラプチャーではないからなんとも言えん。それはそれとして──」

 

 まがりなりにもコーリングシグナルが発せられたのだ。またラプチャーの襲撃を受けては堪ったものではない。

 

 既に給油を済ませていたこともあり、分隊は数kmほど移動して夜営の準備へ取り掛かった。

 

 トレーラーを牽引する武装車輌の車体の脇へ展張したタープテントの下で車座となって腰掛ける分隊の彼女達や彼の中心には沸騰するケトルを支えるシングルバーナーがあった。その火を頼りに各々が糧食を口へ運ぶ最中のこと──ムーアは傍らに置いた自身の背嚢を漁る。

 

 取り出したのは包装が密封されたふたつの戦闘糧食。肩越しに背後を振り向くと、無造作にそれらを投げ渡す。

 

「──いじけてないで喰ってくれ」

 

 彼女達──シージペリラスの2名の胸元へ投げ込まれた戦闘糧食。彼女達の任務は失敗した。アークへ帰還する他ない。

 

 その道中が同じとあっては、こうして行動を共にするのも致し方ないと言える。

 

「──必要ない」

 

「──そもそもニケに食事は必要ないからな」

 

「だが、食事は摂れるだろう?気分転換にも良い」

 

 そんな気分ではない、とは流石の彼でも彼女達の空気を読めるが──分隊から離れ、無言のまま瓦礫の上へ腰掛けられていては彼等の方が落ち着かないのだ。

 

「……チリコンカンか」

 

「……こっちも」

 

 彼が投げ渡した戦闘糧食──内容された献立を認めた2名が呟く。

 

 それを聞いたアニスとネオン、そしてラピも察した。

 

 食べ飽きたメニューを投げ渡したのだ、と。

 

 分隊は彼を含めて早々に食事を終えた。

 

 デコイは撒き終わっているが、ラピとネオンが周辺の警戒と偵察の為に出掛ける。見送る形となったムーアとアニスはそれぞれの火器の整備へ移った。

 

 慣れた手付きで彼と彼女は携行する突撃銃や擲弾発射器の整備を手早く済ませてしまう。

 

「……指揮官様には悪いんだけど…少し寝ても良い?」

 

「あぁ、構わない。子守唄は必要か?」

 

「歌えるの?」

 

 そもそもとして知っているのか、と返されたムーアは肩を竦めるばかりだ。その姿に薄く苦笑いを浮かべ、アニスは武装車輌の車体へ背中を預けつつ帽子を目深に被って目元を隠し、たちまち寝入ってみせる。

 

 彼はなるべく物音を立てぬよう注意しながら武装車輌のルーフへ昇る。

 

 銃座に据えられた50口径──その機関銃を取り外すなり、地面へ飛び降りて敷かれた雑毛布の上へ置いた。

 

 これも整備をしておかねばならない。

 

 薬室内に弾薬が存在しないことを認め、安全を確保した後、槓桿を握把の方向へ僅かに押し込む。太い銃身を据えられた提げ手を掴みながら引き抜いた。握把や押し金等が一体になった尾筒部も取り外し、分解を続ける中、ムーアは歩み寄って来る気配を捉える。

 

 歩み寄った気配は彼の傍らに立つなり、封が切られた戦闘糧食の包装を差し出す。それへ横目を向けた彼は完食がされた様子を察し、満足したのか軽く首肯した。

 

「美味かったか?」

 

「……悪くはなかった」

 

 道中、随分と射撃を繰り返したからだろう。機関銃を分解すればするほどに煤の溜まり具合が目立つ。少し念入りに整備する必要があるようだ。

 

「…お前に聞きたいことがある」

 

「…生憎と手は離せないが、それでも良ければ」

 

 僅かにオイルを染み込ませたウエスで分解した部品を拭い始めたムーアは傍らに立つ人影を見上げる。

 

 フードの奥から覗く紅い瞳──それが彼を見下ろしていた。

 

「──()()()()()()、お前のことを調べた」

 

 女性らしさがありつつも無機質な低い声音。冷え冷えとした印象が耳へ残る。紡がれる言葉にムーアは眉根を寄せながら銃身の清掃へ取り掛かった。

 

「──ショウ・ムーア。認識番号O1258031。士官学校はBCC40期卒業。その際の席次(成績)は250名中250位」

 

「──……ブービー(ビリ)で卒業し、任官翌日に地上へ派遣。諸々の任務を経て現在に至る。それがどうした?」

 

 少し調べれば分かることだ。それをわざわざ口にする為だけに来たのだろうか。辟易とした様子のまま彼はオイルを洗い矢へ染み込ませた。それを取り付けた銅製のクリーニングロッドを銃身に突っ込み、前後へ何度も往復させていく。

 

「──士官学校入校前のお前の足取りが掴めない。いや、正確には掴めはした。だが()()()()()()()()。情報の改竄──その痕跡があった。僅かだったがな」

 

 銃身内の清掃を続けていた彼の手が止まる。

 

「──お前が士官学校を卒業する際の成績順位が最下位の理由は調べが付いた。訓練中の事故で長く意識不明になったとか。公的な記録ではそうなっている。しかし聞き込んだ結果、そのような重大な事案の発生はなかったそうだ。複数人からの情報になる」

 

「……何が言いたい?」

 

 銃身内からクリーニングロッドが引き抜かれた。太い機関銃の銃身が雑毛布の上へ置かれ、彼は傍らに立つ彼女──Dを仰ぎ見る。

 

「──士官学校入校前の話に戻ろう。()()()()()()()()という話だ。お前の両親は既に亡くなっている、と情報には記録されていた。祖父母も既に亡くなり、兄弟もいないのは理解できる。だが──実家とされている住所の近隣住民へ聞き込んだところ、揃って言われた」

 

 ──そんな家族は知らない、と。

 

「──生前のお前の両親…いや、()()()()()()()()()実家(生家)の近隣住民にも聞き込んだが、同様の回答ばかりだった」

 

「……それで?」

 

 何が言いたいのか。濃い茶色の双眸を細めつつムーアは低い声音で尋ねる。フードから覗く紅い瞳は真っ直ぐに彼へ向けられ、視線は微動だにしない。

 

「──ショウ・ムーア。お前は、何者だ?」

 

 率直極まる問い。彼女──Dの右手が添えられるのはホルスターへ納められた拳銃。

 

 それを認めつつも彼は深い溜め息を漏らし──再び機関銃の整備と清掃の作業へ戻る。

 

「──俺の名前はショウ・ムーア。ニケ管理部所属。階級は少佐。年齢は22歳…もう少しで23歳か。前哨基地司令官とカウンターズ分隊(特殊別働隊)指揮官を兼任する()()()()()()だ」

 

 それが彼女が問うた疑問への答えだ。

 

 聞き届けたDは暫しの間、ムーアを見定めるかの如く紅い瞳を向け続ける。

 

 その最中も彼は機関銃の清掃を続け、一通りの煤や残滓を取り除き終わったのか今度は手早く結合の作業へ入った。

 

 やがて、ふぅ、と細く息を吐く音が漏れる。

 

「……糧食の提供に礼を言う。美味かった」

 

 拳銃の握把へ添えられていた彼女の右手はそこから離れ、左手に握っていた戦闘糧食の包装がムーアの傍らへ置かれた。

 

 機関銃の結合を続ける彼へ背を向けたDが歩き出す。

 

「──お前を信じよう。──今は」

 

 呟かれたそれに応えるかの如く、機関銃の槓桿が鋭く引かれ、次いで押し金を押し込んだ途端に撃発の空撃ちの音が響いた。

 

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