勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
第1話
武装車輌に牽引されたトレーラーがしっかりとエレベーターの中へ収まった。
それを目視で確認し、一度降車したムーアの手で扉を閉鎖するボタンが浮かぶタッチパネルが押される。背後で扉が閉まり、やがてエレベーターそのものが降下を始めた感覚を全身で捉えながら彼は運転席に戻った。
牽引する格好のトレーラー──積載物の上へ幌が被せられたそれへ腰掛ける2名の人影はシージペリラス。どうせ
数十分が経過した頃、やっとエレベーターの降下がゆるやかとなり、やがて停止。
ややあって閉ざされていた扉が開いた。
武装車輌のエンジンへ再び火を入れ、車体やトレーラーをエレベーターの壁に擦らないよう注意を払いながらムーアは外に出た。
懐かしの
久しぶりに目にする光景は──然程、変化はない。しかしそれが無性に安心した。
エレベーター搭乗口の付近に設置された警衛所。基地司令官である彼が不在でもしっかり任務は遂行されていることが伺えた。警衛隊に上番した
「──服務中、異常なし!──おかえりなさい、指揮官」
「──宜しい。──ただいま」
短いやり取りを済ませた後、彼は警衛所の屋内で起立した本日の警衛隊司令へ上番したスタッフと窓ガラス越しの敬礼を交わし合う。上げられた拒馬を認め、彼はアクセルを静かに踏み込んだ。
前哨基地の司令部庁舎前へ武装車輌とトレーラーは到着する。世辞にも広いとは言えない駐車場へ駐車するなり、武装車輌のエンジンが切られ、続々とムーアを始めとした彼女達が降車した。
トレーラーの上に座っていたシージペリラスの二人も飛び降り、降車したばかりの彼へ正対する。
「──世話になった」
「──ありがとよ」
構わない、と言わんばかりに彼は肩を竦める。庁舎と隣接する宿舎から続々とスタッフ達が現れた。帰還したばかりのムーアや分隊の彼女達へ労いの言葉を掛けつつトレーラーを武装車輌からの連結を外し始める。
「私達がやっておきますから、指揮官と皆さんはゆっくりなさって下さい」
その言葉に甘える形で彼は作業を任せると久しぶりの庁舎内へ背嚢を担ぎながら足を踏み入れた。
庁舎の2階に存在する指揮官室──扉を
「──殺意が高いな」
「…少し過剰にも思えるが…」
「実績はあるぞ」
なにせ何名かが封印の仕掛けを知らずに開け放った瞬間、壁一面にミキサーへ掛けられた物体宜しく貼り付いたのだから。
兎も角、久しぶりに部屋の主が帰還した指揮官室の扉が開く。
するとアニスが両手を広げ、彼を差し置いて入室したかと思えば弾んだ声を上げる。
「──懐かしい我が家!私の故郷!心安らぐ場所!」
そこまで大層な空間だったのだろうか。甚だ疑問だが、一応はここはムーアの執務室であり私室を兼任している場所だ。
まぁ半ば以上、公共の空間となりつつあるのは否定はしないのだが。
「──そして私を癒してくれる神秘の水!」
アニスが向かった先は指揮官室に鎮座する冷蔵庫。その扉を開け、取り出したのは一本の350ml缶。
言わずもがな。炭酸水である。
プルタブを起こし、喉を鳴らして嚥下し──やがてプハッと一息吐いた。
「──カァ~!生きてるって感じ〜!」
人生を謳歌しているようでなによりである。それを横目にムーアが背嚢を担ぎ、突撃銃を引っ提げながらやっと部屋へ足を踏み入れる。
その後へネオンが、そしてラピも続いた。
「──お構いは出来ないが、ゆっくりしてくれ。任務の報告もあるだろうが、一息吐いてからでも問題はなかろう」
廊下へ立ったままの彼女達──DとKに彼は一声掛けながら背嚢を床へ下ろし、次いでそこに突撃銃を立て掛ける。
重くて仕方ないボディアーマーとヘルメットも脱ぎ、やっと身体が軽くなった気分を味わいながら彼は煙草を銜えてオイルライターの火を点けた。
まずは身体の手入れだろうか。地上と戦闘の埃に塗れている。ついでに無精髭も伸びている始末だ。顎を擦り、続けて上唇と鼻の間を擦る。ザラザラとした感触を捉えた。
とはいえ、一服を済ませてからにしよう。ムーアは銜えた煙草の紫煙を燻らせつつ卓上灰皿を拾い上げた。指揮官室の窓辺へ歩み寄り、窓を開けて換気しつつ紫煙を堪能する。
その背後ではネオンが
長期に渡った作戦行動と任務だ。娯楽は無きに等しかったのもあり、表面上は普段通りだったが、やはり飢えていたのだろう。
ローテーブルの机上へ置かれたリモコンを握ったネオンはそれをテレビへ指向しつつボタンを押し込む──のだが、画面はうんともすんとも言わない。
「…あれ?テレビが映りませんよ?」
「叩いてみて」
「…うわぁ、それって一体いつの時代の直し方ですか?」
「古いテレビだから映らないんでしょ?」
「…いや、それはないな。
なにせ仕掛けられていた
保証書があれば修理を──と彼が口走る中、アニスは応接用のソファへ我が物顔で腰掛けながら自身の携帯端末を取り出す。
「私はテトラコネクトでも観ながらちょっと休も…」
欠伸混じりにアニスが液晶画面を細い指先でスクロールし、目的のアプリのアイコンをタップする。
瞬く間に暇潰しの代名詞とも言えるテトラコネクトへアクセスされる──それが普通だった筈なのだ。
「……ちょっと。どうして映らないの?」
「……なに?」
アニスがソファの背凭れへだらしなく預けていた背中を起こし、握った携帯端末の液晶画面を睨む。
テレビだけでなくネット通信にも異変が発生している──それを察したのだろう。入室したばかりのシージペリラスの2名が、そしてムーアも自身の携帯端末を取り出し、表示されている電波マークのそれを確認した。
未接続のそれが画面上には表示されている。
「──指揮官。帰還の報告を兼ねてシフティーに連絡を入れたのですが……繋がりません」
ラピが彼へ告げる。まさか、という思いが先走ったムーアは銜え煙草のままデスクトップが鎮座する一角へ足早に向かい、備え付けの固定電話の受話器を取り上げた。
ニケ管理部への直通電話──繋がらず。
軍司令部庁舎への受付案内への番号──繋がらず。
固定電話にケーブルはしっかり接続されている。回線へ何らかの障害が発生している可能性が高い。
「他のルートを試してみましたが、全てダメです。──アークと連絡がつきません」
「…何よ…どうなってるの…?」
「…アークに何かあったのでしょうか…」
「──こっちもダメだ。繋がらない」
「──あぁ、私の方もだ。全然だな」
大規模な通信障害が発生。テレビ、インターネット、電話に至るまでだ。
ムーアは尚も他にいくつかの公的機関の庁舎へ電話を掛ける。しかし何処も応えない。
静かに彼は受話器を固定電話に戻した。
銜えていた煙草は半ばまで燃え尽き、溜まった灰がデスクトップを支える机上にポトリと落ちる。
「──ラピ」
ムーアが分隊のリーダーを呼ぶ。実質的な彼の副官でもある彼女は直ちに歩み寄った。
「──基地全体に警報を。──非常呼集だ」
「──了解。非常呼集を命令します」
前哨基地司令官、特殊別働隊指揮官を兼任する彼からの命令が達せられる。頷いた彼女が机上に設置された固定電話の隣──基地全体へ報せる警報のボタンを押し込んだ。
直ちに前哨基地全体へ重々しい
「──前哨基地司令官より命令。非常呼集。繰り返す、非常呼集。これは訓練にあらず。上番中の警衛隊を除く全分隊は司令部庁舎の舎前へ集合」
「──警衛隊は武器庫を開放。弾薬庫も同様だ」
「──続けて達する。警衛隊は武器庫、ならびに弾薬庫を開放。繰り返す。武器庫と弾薬庫を開放。これは訓練ではない」
マイクを握りながら必要事項を代わって達する彼女の背を軽く叩いた後、ムーアは脱いだばかりのボディアーマー、そしてヘルメットを装具する。
「──行くぞ」
何処へ、と口にする必要はない。一服を終えた彼は灰皿に煙草の吸い殻を押し潰す。突撃銃を掴み、背嚢を担ぎ上げた彼が指揮官室を抜け出る。それをアニスとネオンが追い掛け、マイクのスイッチを切ったラピも続く。
残されたシージペリラスの2名は顔を見合わせ──やがて仕方ないとばかりに溜め息を漏らすなり、やはり指揮官室を後にした。