勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
全く。なんという日なのだろうか。ツイていないにも程がある。
アーク──正確には前哨基地へ帰還した当日だ。顎や口周りに生えた無精髭を剃る暇もなかった。しかも2時間すら経過していないという驚くべき事実にムーアは思わず頭上を見上げる。
見上げた視線の先──高層ビル群が建ち並ぶアーク市内の様子は一変していた。
有り体に言って酷い有り様である。
尤も地上の光景と比べれば遥かにマシではあるのだが。
「──うわっ!?」
「…気を付けろ。色々と降って来るからな」
火災が続くビルの多さは一目瞭然。エターナルスカイへ太い黒煙が何十本も立ち昇っている。自動的に消火用のスプリンクラーや二酸化炭素消火設備が作動している点を祈るばかりだ。火災の熱で鉄骨が歪み、自重に耐えかねて倒壊──ドミノ倒しの如く他のビルも巻き込んで連鎖的な破壊が続いては目も当てられない。
病院に入院していた子供達、そしてメアリーとペッパーの避難を見届けたムーアは本格的に率いる部隊を運用しての掃討へ取り掛かった。
特殊別働隊3名、7個分隊に及ぶ量産型ニケ35名──1個小隊規模での戦闘である。
マリアン──もといモダニアの撃破ないし捕獲を目的とした総力戦では全体を通して見た場合、間接的、或いは一部の指揮のみだった。この規模の兵力・戦力を直接で戦闘の指揮を執る、という意味で言えば今回の出動が初だ。
そう、
──だが、やけにしっくり来る。
どうにも違和感が拭えない。
道路上に散乱する大量の空薬莢、そして撃破されたラプチャーの残骸。
動員した7個分隊の統率を委ねたイーグル──分隊長兼小隊先任軍曹と言った所だろうか。彼女の報告によれば、この区画一帯から敵性の熱源反応は消失し、掃討が完了したそうだ。
その報告を聞き届けた直後である。彼以外の男性の声──それも情けない類の声が響いたのは。
青年──伍長の間近へ火災の影響か頭上から降ってきた窓ガラスが舗装道路で砕け散った瞬間、慌てて頭を彼は両手で覆っていた。
「──伍長、シェルターに避難しろ」
ムーアがボディアーマーのポーチからソフトパックを取り出す。銜えて抜いた愛煙の煙草の先端を路上に転がるラプチャーの残骸へ寄せる為、腰を屈めた。ちょうど残骸が燻っているのだ。火種にちょうど良かったらしい。
先端を炙り、紫煙を燻らせる。──ラプチャーで火を点けた煙草の味も悪くはない。
「で、ですが…少佐殿。まだ他に避難が遅れた市民がいるかもしれません」
「──で?」
疲労気味の脳にニコチンとタールは効く。それを堪能しつつ乾燥気味の唇の端へ銜えられた煙草を深く吸い込んだ彼が紫煙を吐き出しながら
なんて顔をしているのか。今にも泣きそうではないか。
「新兵教育を何年前に済ませたのかは知らんが…貴様、実戦経験は無いんだろう?」
「は、はい。ありません。ですが訓練なら──」
「そんなツラで言われてもな。──ラピ、イーグル。移動するぞ。全分隊を集合させろ」
「了解」
「了解しました!──全分隊集まれ!分隊長は分隊を掌握!」
現段階で全分隊──これからは小隊と呼称するが、小隊全体の損害は軽微だ。
現状で懸念事項として存在するのは弾薬の消耗だ。前哨基地の弾薬庫から文字通り
ただし、正式な作戦行動としての地上派遣任務へ赴く際は事前に必要な弾薬の類が補給されているものの元来、弾薬庫の中には数日〜1週間程度の基地防衛に必要とされる量しか保管されていない。その理由として弾薬庫自体が収容できる物量に加え、保管と管理、安全性の観点が挙げられてしまう。これは改善すべきだろう。
無事に事が済んだら、意見具申して施設の拡張を──いや、これは後で考えるべき事項だ。
「──指揮官。特殊別働隊、集合終わり。損害はありません」
「──小隊も集合終わり。損害報告は先の通りです」
煙草が半分ほど燃え尽きた。ちょうど彼が指揮を執るカウンターズ、そして小隊規模の編制となった7個分隊の集合も完了。
「現在地から移動。移動する道路はこの後に説明する。尚、目的はアーク市内の偵察及び避難民誘導、侵入した敵機の掃討。言わずもがなだが移動中は警戒を厳に。序列は当初、前衛がアルファ──」
「──少佐殿!!」
集合した彼女達へ正対したムーアが淡々とした口調のまま爾後の行動の説明を始めて間もなくだ。若干、震えた声ながらも鋭いそれが彼へ向けられる。
サングラス越しにムーアが視線を遣る。相も変わらずの情けない顔。その癖、一端の格好をつけているつもりなのだろう。不動の姿勢を取りつつ彼を見据えていた。
「……伍長。俺が優しくしている内にさっさとシェルターへ逃げろ。でなきゃ、肋骨の二、三本
やるかやらないか。そのいずれかで言えば──必ずやる。それを彼の部下達は直感した。とはいえ、だいぶ優しいだろう。相当の手加減である。
脅し文句──ではないことは伍長も察している。眼前まで歩み寄って来た彼を僅かに見上げる。迫力と言うべきか。或いは気迫か。とてつもない圧迫感がヒシヒシと伝わって来る。新兵の頃、徹底的にしごかれた訓練教官の放つそれが可愛く思える程だ。
正直に本音を言えば──今直ぐにこの場から逃げたい。シェルターへ駆け込み、この騒動が終わるまでジッと身を縮めて大人しくしていたい。
だが、それは出来ない。出来る訳がないのだ。
「──自分は軍人です。アークの、人類の為にこの身を捧げると宣誓しました」
眼前まで、目と鼻の先まで歩み寄ったムーアがサングラスを外す。右眼の眉から瞼へ掛けて縦に刻まれた戦傷痕がまず目立ち──次いで、まるで飢えた野生のオオカミと対峙した心持ちとなる。
みっともなく両脚の膝が震え、全身が生命の危機を悟ったのか警報を発している。
それを伍長は──自らの意思で捻じ伏せた。極度の緊張で声が震え、上下の歯がガチガチと鳴る。それでも鼻息を荒くし、眦を吊り上げつつ長身の将校を見据えた。
「──自分にもアークを護る義務があります。市民の生命と財産を護る義務があります。身を顧みず任務に服すると誓ったのです」
年齢はそう変わらない筈だが、精悍な顔立ちも手伝ってか将校は更に歳上の印象すら感じさせる。その将校──ムーアの双眸が一層、細められた。この睨みでラプチャーが殺せるのではないかと思うほど。
「──お願いします。お手伝いをさせて下さい。大して役に立たないとは分かっています。ですが、せめて、自分が出来ることをしたいのです」
「──死ぬぞ?十中八九、いや、ほぼ確実に」
死ぬ──その宣告すら淡々としていた。むしろ淡々としているからこそ現実味を帯びる。
「──覚悟は既に出来ています。3ヶ月に一度、両親や近しい人へ宛てた遺書を更新するよう新兵の頃に教官から教えられました」
恐怖がないと言えば嘘になる。何度でも言う。今直ぐにでも逃げ出したい。だが、そうしたらきっと今後の人生で何回でも思い出す後悔となる。その確信があった。
だが──と思う。こんなことになるのだったら、もういくつかの軍人・軍属向けの生命保険に加入しておくべきだった。両親が何千万クレジットかを追加で受け取れたであろうに。
僅かな後悔が伍長の心の中にさざ波を立てた時だ。
眼前の将校が瞑目し──やがて銜え煙草のまま紫煙を緩く吐き出した。溜め息も混ざっていただろう。
「……グリフィス伍長、だったな」
「は、はい。そうであります」
今更の問い掛け。それを受けた伍長は一瞬、呆けたが直ぐに肯定を言葉にして返した。
再びの溜め息をムーアが漏らした。ポーチから取り出した携帯灰皿へ煙草の吸い殻が投げ込まれるなり声を上げる。
「──イーグル」
「はい、指揮官」
量産型ニケの1名が指名され、彼の前へ一歩進み出る。
「…積載した資材の中に人間用のボディアーマーやヘルメットは?」
「何セットかは。避難が遅れた市民の保護も出動目的にされていましたので」
量産型ニケ──イーグルの返答を聞いたムーアは頷いた。外していたサングラスを再び掛け直すなり、言葉を続ける。
「──グリフィス伍長に渡してやれ。それと伍長をアルファ分隊に臨時で編入。下っ端だ。弾運びぐらいは出来るだろう。人間だが、扱き使って構わん。俺が許可する」
「了解です。──伍長、こちらへ」
先程までの圧迫感は何処へ消えたのか。青年の指示にイーグルが、釣られてか他の量産型ニケ達も苦笑いしている。
促されるまま停車したトラックまで向かうなり、荷台へ飛び乗った彼女がセラミックプレートを詰め込んだボディアーマー、そしてヘルメットをぞんざいな手付きで伍長へ渡して行く。
訓練で装具したことはあるが、相変わらずズッシリと重い。絶対に骨格が歪む。ヘルメットも頚椎を痛めかねない重さだ。
「──ぼさっとしてないで早く着る。出発しますよ」
「は、はい!」
慌てて伍長はボディアーマーを纏い始めた。装具するのは久しぶりなのだろう。もたついている。
溜め息が伍長の頭上から聞こえた。トラックの荷台を僅かに揺らしつつイーグルが飛び降り、彼の隣へ立つ。
しっかりと上体の主なバイタルゾーンを守れるよう装具、固定する。ヘルメットも手ずから被せてやった。
「──ウチの分隊は新入りでも容赦しませんから。覚悟しておいて下さい」
その言葉に伍長はヘルメットの顎紐を調整しながら頷きを返した。
仲間が増えたよ!やったね!!
ムーア少佐の脅し文句→Clear!
ムーア少佐の殺気込みの睨み→Clear!
冷静になって考えると、この伍長、ただもんじゃねぇな