勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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うーん…悩みますね。

アンダーワールドクイーンと777のあれやこれや、E.H.とドバンの───あれ全部を執筆なんか出来ないよぉぉぉ!!……うん、端折ろう。


第7話

 

 

「──邪魔するぜ〜………って、ありゃ」

 

 長身かつ恵体、真紅の長髪とトレードマークのマフラーを靡かせながら飛空艇の一室へ我が物顔で足を踏み入れた彼女は狼の如き金眼を何度かパチクリと瞬かせる。

 

「──あら、いらっしゃい」

 

 狭くもなければ広くもない──これでも飛空艇内に存在する個人用居室の中では広い部類に当たるそうだが──その室内へ置かれたベッド上には男女の二人組の姿がある。細い背中を入室した者へ向けつつ女性は声を落としながら歓迎の言葉を漏らす。

 

 女性の正体はリリーバイス。先程、我が物顔で入室してきた──レッドフードが所属するゴッデス部隊のリーダーだ。靴を脱ぎつつも軍服姿の彼女はベッド上でストッキングに包まれた両脚を揃えながら座り、そこへ居室の主の頭を乗せていた。

 

「…あ〜…邪魔だったかな?悪ぃ、出直すよ」

 

「あぁ、平気よ。さっき寝たところだから」

 

 カリッとレッドフードが自らの頬を指先で掻きながら居心地悪そうに呟く。流石の彼女でも逢瀬──と言えるかは微妙な光景だが、それを邪魔するつもりはなかった。

 

 しかしリリーバイスは気にする素振りもなく彼女を手招きした。

 

 普段ならドカドカと足音を立てるところだが、彼女には珍しくそっとベッドへ歩み寄る。リリーバイスの肩越しに覗き込めば、居室の主が寝入っている姿を認める。

 

「隊長が昼寝って珍しいな」

 

「そうね。寝かしつけるの大変だったわ」

 

「……寝かしつけた?」

 

「そう。最初は抵抗されちゃったけど」

 

 流石は、と言ったところだろう。人類、或いは人間の域を超えた体力と膂力を有する者をどのように制圧したのか。

 

 どうせ無理矢理、ベッドへ放り込み、起き上がろうとする前にでも膝を貸した上で押さえつけた──そんな予想がレッドフードの脳裏へ浮かんだ。

 

「……色々と疲れてるみたいだったから」

 

「そっか…そうだよな」

 

 連戦に次ぐ連戦──それが常態化していた。常人なら疾うの昔に倒れている疲労の蓄積具合だった筈だ。持ち前の人間離れした体力があるからこそ戦えていたのだろうが、限界は存在する。

 

 この強情で意地っ張りの青年に僅かなりとも休息を取らせるのは骨が折れた──と言わんばかりにリリーバイスが肩を竦めた。

 

「レッドフードは何か用だったの?」

 

「あ〜…いや、ちょ〜っとな?」

 

 返答の歯切れが悪い。金眼を泳がせ、なんと言い訳したら良いものか、と考えている様子を捉えたリリーバイスは苦笑いを浮かべた。

 

「煙草?」

 

「ゔっ…」

 

 図星らしい。言い当てられ、ぐうの音も出ないのか彼女は星を宿した瞳の視線から金眼を逸らす他ない。

 

「──あんまり吸い過ぎないでね?」

 

 リリーバイスの視線がベッドの脇に設けられたサイドテーブルへ向く。天板の上へソフトパックとオイルライター、そして灰皿があった。

 

 本来なら持ち主である青年へ断りを入れるべきだろうが、生憎とその彼は麗しの勝利の女神の膝枕で寝入っている。

 

 ──まっ、いっか。

 

 後で言えば良いだろう。そこまで五月蝿くは言われない筈だ。

 

 レッドフードはサイドテーブルへ歩み寄ると、ソフトパックを掴み取った。指先で摘み出した一本の紙巻き煙草を銜え、オイルライターの火を点ける。

 

「……やっぱ、キツいの吸ってるな」

 

 ニコチンやタールの含有量はどれほどなのか。彼女はソフトパックへ印字されたそれを読み──思わず柳眉が寄った。生前、正確にはニケとなる前の人間だった頃、吸っていたそれの数倍はある()()銘柄だ。

 

 とはいえ、生憎とここにはメンソール等が配合された代物は存在しない。青年以外の──彼女達の随伴部隊を編制する彼等の大半が喫煙者だが、どいつもこいつも軽めの銘柄は持ち合わせていないのだ。我慢して吸うしかない。幸いにも風味は悪くはない。

 

 人差し指と中指、いずれも細い二本の指で挟まれた紙巻き煙草を整った形の唇へ吸い口を銜え、静かに紫煙を口腔へ。次いで気管を通じて肺までゆっくり流し込む。

 

 ──そういやニケって内臓とかどうなってんだろ。

 

 今更の疑問が脳裏へ浮ぶ。その辺りは聖女様──ラプンツェルに聞けば解消されるだろうが、そこまで殊勝な性格の持ち主とは言えないのがレッドフードだ。

 

 喫煙が及ぼす人体への悪影響とは無縁になっただろう点は確かだ。

 

 肺へ送り込んだ紫煙を今度は呼吸と共に逆流させ──ゆっくりと、居室の天井へ向けて吐息に混ぜて緩く燻らせる。

 

 以前にも貰い煙草で吸ってみたが、そう悪くない味だ。キツくて重いのを除けば、彼女の好みであろう。

 

「──レッドフード」

 

「──ん?」

 

 不意に声を掛けられた。

 

 銜え煙草のまま彼女がベッドへ視線を遣る。なるべく音を立てぬよう──ベッドが軋む音を立てぬよう気を配りながらリリーバイスが彼の頭を自身の膝から下ろし、次いで揃えて床に置いていた靴を履く光景があった。

 

「今からちょっと指揮官と次の作戦について話があるから、少し彼のこと任せても良い?」

 

「…そりゃ構わねぇけど…」

 

 任せる、とはどういう意味なのか。というか何をすれば良いのか。

 

 それが表情に出ていたのだろう。リリーバイスは微笑を浮かべつつ肩を竦めた。靴を履き終わり、立ち上がると詳細を告げる。

 

「もし起きたら、ベッドから出さないようにして。最低でも3時間は寝て貰わないと。手段は問わないから」

 

「おいおい…」

 

 つまりは──力任せにベッドへ拘束しろ、と聞こえてしまったのはレッドフードのみだろうか。

 

 困惑する彼女を尻目に麗しの──だが部隊で一番恐いリーダーは白手袋で覆った手の平をヒラヒラと揺らしながら居室を後にした。

 

「うーん……」

 

 ──どうすっかな、これ。

 

 銜え煙草のままレッドフードは豊かな胸の下で両腕を組みながら考える。

 

 プカプカと紫煙を燻らせながら考えるが、生憎と自身がどのように居室で過ごせば良いのかは思い付かなかった。

 

 立っていても仕方ない。ちょうど座るのに適切な物がある。

 

 ギシッと微かにベッドが軋む。端へ腰掛けた彼女の腕が伸び、サイドテーブル上の灰皿を掴んだ。それを自身が腰掛けるベッドの端へ置き、溜まった煙草の灰を叩き落とした。

 

 吸い口を銜え、また一口分を含む。

 

 ──なんつーか、癖になる味だな。

 

 率直な感想を心の中で漏らしながらレッドフードは緩慢な動きでベッドの上を覗き込む。

 

 長身かつ大柄な体躯を持った青年が寝息も立てず眠っている。

 

 ──死んでないよな?大丈夫だよな?

 

 もっと人間らしい──例えばイビキをかくとか、寝返りを打つとか、そんなアクションのひとつでも見せてくれるなら安心だが、眼前の青年の寝姿だけ見れば、死体と()()()()である。

 

 頼まれた手前、彼女も青年の様子を見守る他ないのだが、なにをどうすれば良いのやら。病人や怪我人の看護とはまた違うであろうし──そもそも、それについてはラプンツェルの領分だ。

 

 深く吸い込んだ紫煙をゆっくり吐き出し──青年が起きていたら残念がるだろうが、半分しか吸っていない煙草を灰皿へ押し潰す。

 

 用が済んだ灰皿は再びサイドテーブル上へ彼女の手で運ばれた。

 

 何もすることがない──というのも退屈だ。しかしこの居室にレッドフードの暇潰しに最適な雑誌の類が転がっている筈もない。それこそ成人指定の代物、音楽再生用の端末すらない。

 

 歳頃の、しかも生きるか死ぬかの戦時下へ身を置いている健全な肉体と精神であろうに、どうやって暇潰しやストレスを発散しているのかレッドフードにはさっぱりだ。

 

「──こんな近くに何でも出来て強くて美人で性格もいいオンナがいるってのに」

 

 覗き込むベッド上へ横たわる青年に思わず口を突いて出た言葉。

 

 自画自賛──の数々だが、きっと青年は否定しないだろう。むしろ、その通りだ、と肯定すらする筈だ。苦笑しながらだろうが。

 

 それはそれとして──

 

「──手を出さないのはオオカミ()としてどうなんだ?」

 

 それも歳頃の男女が二人きり、姿勢こそ違うがベッドの上──こんなお誂え向きのシチュエーションで。

 

 勿論、青年が答える筈がない。眠っているのだから当然だ。むしろ普段よりも深く寝入っているのだろう。

 

 いつの間にか彼女が覗き込む視線は青年の顔へ固定されていた。金眼は細められ、ジッと寝入る青年を見詰める。

 

 ──なんだろな、これ。

 

 トクン、と胸の高鳴りを感じた。感情が昂るのを彼女は自覚した。

 

「───」

 

 彼女の金眼が向けられる先──青年の閉ざされた瞼が微かに動く。目覚めたのだろうか。

 

 起きたか、と声を掛けようとする刹那のこと。青年の乾燥気味の唇が震えた。

 

 ──リリス。

 

 掠れた低い声。聞き慣れた普段の声から険の取れた響き。微かに漏れた寝言はレッドフードも知る彼女の愛称だ。

 

 ──違う。あたしはリリーバイス(あいつ)じゃない。

 

 胸の内で名状しがたいドロドロとした感情が芽生える。これは──分からない。レッドフードは学がない。彼女本人もそれを自覚している。この渦巻く感情をどう表現すれば良いのか見当もつかない。

 

 だが、この感情を表現する言葉は見付からずとも──正体は分かっている。

 

 自分は今、どんな顔をしているのか彼女は不意に気になった。きっと青年には見せられない表情だろう。なにより自分でも知りたくない。

 

 その衝動からか、彼女は自身の手を伸ばす。寝入ったままの青年の目元を隠すように手の平で覆う。

 

 真紅の長髪を耳へ掛けながらレッドフードの上体が倒れた。

 

 ガサツなりに、それなりには気を遣って手入れしている唇が──青年の額へ軽く、触れるだけの優しさで落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈──イーグルより指揮官。進路上に倒壊したビルを発見。道路が塞がれています〉

 

「了解、少し待て」

 

「えっと…右です!右に曲がって下さい!直ぐに交差点がありますから、今度はそこを左です」

 

 6輪駆動のトラック──普段は前哨基地で物資運搬やニケ達の移動に用いられる車輌の荷台は寿司詰め状態だ。

 

 積載しているのは量産型ニケ達で編制された分隊と特殊別働隊、彼女達を指揮するムーア。そして臨時に編入したポリとミランダだが、この他にも各種弾薬や資材が満載である。

 

 各種の弾薬箱や資材が中央へ並べられ、荷台の両脇には簡易的な座席が設けられている。世辞にも座り心地は良くないが、その座席へ彼女達やムーアは腰掛けていた。

 

 ムーアの隣にはミランダの姿がある。車列の先頭を進む武装車輌から報告が届く度に彼は彼女へ伺いを立て、示された迂回路を指示する格好での移動が続いていた。

 

 ミランダの所属である交通警察で培った経験が活きていると言えよう。

 

 道路が倒壊した建築物等で塞がれていても直ちに迂回路を示され、順調に目的地までの経路は消化されている。

 

 この分なら1時間程度で辿り着けるだろう。

 

 安堵した矢先──不意に直下から突き上げる衝撃が断続的に車体を、そして荷台を揺らす。

 

「──済みません!瓦礫を踏みました!」

 

 助手席(車長席)の背面へ設けられた窓が開き、顔を覗かせた量産型ニケが荷台へ向かって謝罪を口にする。それへ彼は気にしないと言わんばかりに軽く手を振った。

 

 硬い座席の為、尾骶骨を打ったのもあってか少しばかり痛かったが。

 

 見渡せば荷台に腰掛ける大半の彼女達が自身の腰の下を手の平で擦っている。痛覚センサーは正常に機能しているらしい。

 

 腰の下──臀部を擦るのはアニスも同様だ。僅かに顔を顰めつつ彼女は痛みが遠のくと、次いで荷台の外へ視線を向ける。

 

 アーク市街地の様子は──やはり一変している。ラプチャーの侵入を許したのだから当然だろうが、目に付くビルや店舗、公共施設、とにかくありとあらゆる建造物に程度の差こそあるが損傷が目立っていた。路上にも瓦礫が散乱し、復旧作業がどれほどの時間を要するのかと想像が膨らむ。

 

 しかし不可解な点がひとつある。()()()()()のだ。

 

「──これまで、一度も人間を見てないわね」

 

 正確に言えば──人間の死体である。

 

「──ん?さっき見たじゃありませんか」

 

 ネオが言うのは病院へ入院していた子供達、そして現在は成り行きとはいえ臨時編入した伍長──確かに人間ではあるが、アニスはその意味で口にした訳ではない。

 

「違うわよ。……全員避難したのか、それとも──」

 

 ──跡形もなく消え去ったのか。

 

 ニケと比べる必要もない程に人間の身体は脆弱そのものだ。ムーアであってもモダニアの放った太い光芒の一閃が彼の左腕を消失(蒸発)させている。

 

 生身の人間がラプチャー──ロード級等の比較的大型の敵機が射撃した一閃に飲み込まれたらどうなるか。

 

 きっと一瞬の内に事は終わるだろう。それこそ人類が地上を追いやられる原因となった第1次ラプチャー侵攻当時の世界各地で見られた光景のように。

 

 言葉にせずともその不安と予想は伝播する。その証拠にトラックの荷台へ乗車している量産型ニケ達の表情へ翳りが生じた。

 

「──アニス」

 

「綺麗すぎるから言っただけよ。深い意味はないの」

 

 士気が落ちる発言は慎むようラピが苦言を呈した。それにアニスがその意図はなかった、と釈明する最中のことだ。

 

〈──通信感度チェック。良好〉

 

 無機質かつ機械的、感情が読み取れない声が彼や彼女達の耳元、或いはハウジングを震わせる。

 

「…これは…」

 

「…ちょっと、これ…」

 

「混線でもしてるの…?」

 

 量産型ニケ達にも困惑が生じる。通信に割り込んできた正体不明の声だ。無理もない。

 

 しかしムーアは自身のヘッドセットのハウジングを震わせた声に聞き覚えがあった。

 

「──エニックか」

 

〈──はい、お久しぶりです。ムーア少佐〉

 

 彼の低い声に硬さを感じた──それへ真っ先に気付いたのはラピである。反射的に彼へ視線を向けながら自らの片耳へ指先を宛てがった。

 

「…通信が復活したの?」

 

〈──まだアーク内の通信網は復旧していません。あなた方の近くにホットラインを繋げただけです〉

 

 どうやらラピの声もエニック──アークの管理A.I.へ届いているらしい。相変わらずの声質で応えられる様子に無意識ではあるが、ムーアの眉間へ深い縦皺が刻まれた。

 

「色々と聞きたいことはあるが……何が起こっているんだ?何故、アークにラプチャーが?」

 

 前哨基地で派遣する小隊を編制し、アークへ到達してから現在まで解消されていない大きな疑問。

 

 道中で合流したポリとミランダの説明によれば、アークの空──エターナルスカイに穴が空いた、らしい。そこからラプチャーの侵入を許したのは想像に難くなかった。

 

 しかし何故、穴が空いたのか。その疑問が解消されていない。

 

 エニックは彼の質問内容を整理する為、少し時間を欲しいと返して来る。

 

 溜め息を吐き出し、喫煙衝動に駆られるままボディアーマーのポーチへ手を伸ばそうとしたが──傍らにはミランダが腰掛けていると思い出して彼の挙動は止まった。

 

 そういえば──エニックの招聘に従って招かれた一室は禁煙であった。その際の管理A.I.とのやり取りが彼の脳裏に蘇る。

 

「……あの()()()()()との取引……」

 

 トラックのエンジン音や走行中の風の音に紛れた小声は誰にも聞かれはしなかっただろう。無意識にヘッドセットのマイクの先端を掴み、声が無線を介さないようにもした筈だ。

 

〈──それは違います〉

 

「──ッ」

 

 だが、それをどうやって拾ったのか。エニックが応答を返した。

 

〈──正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()、です〉

 

「……そうか。内容の整理に戻って構わない」

 

「ムーア少佐。秘密のお話ですかぁ?」

 

 口元へ伸びるマイクを摘みながらエニックへ応答した直後、ポリが彼へ眼差しを向ける。気付けば──荷台へ腰掛けた全員の視線がムーアへ集中していた。

 

「いや、なんでもない。気にせんでくれ」

 

 ──本当に嘘が下手。

 

 ──まぁ師匠らしいですけど。

 

 ──………。

 

 彼女達の受け取り方は様々だったが、彼と最も行動を共にする特殊別働隊(カウンターズ)の面々には一目瞭然だったのだろう。特に──ラピには。

 

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