勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
イベストで色々とありましたから、そろそろ──時期尚早かなと思いながらも、一部だけなら良いだろう、と。
防御線が、破られた。
「── 第34機甲連隊は損耗50%!連隊長は戦死!副長が指揮を引き継ぎ、戦闘は継続!」
「──第2歩兵連隊、第25歩兵連隊は損耗著しく後退すると連絡が入りました!」
大隊指揮所へ間断なく齎される有線や無線を用いた通信の数々を受け取る下士官、兵卒が矢継ぎ早に大隊長席へ腰掛けた指揮官へ伝達する情報は戦況が悪化していることを物語っていた。
確かに大隊も第一線を破られた。だが大隊規模の兵力で圧倒的なまでの物量を武器に押し寄せて来るラプチャーを相手に良く粘っているとすら言える。
拵えた防御陣地──有刺鉄線で構築された鉄条網の前面へ埋設された対戦車地雷は、やはりと言うべきか半数も触雷しなかった。
とはいえ戦闘車輌とは異なり、四足歩行──全地形へ対応が可能と見られる多脚の機体構造だ。仮に触雷したとしても脚が生えている胴体部分は地面から離れている。充分な効果が期待できるか否か、怪しいところだ。脚を一本か数本、吹き飛ばして擱座させても今度は砲台となるだけ。完全な撃破は難しい。
人間相手であれば少なくとも足止めは可能である鉄条網も効果は、ほぼないと断言できる。ラプチャーは容赦なくそれを踏み越え、塹壕が構築された丘へ突入したのだから。
大隊長は腕を組みつつ、大隊指揮所となった壕内で天井を見上げながら溜め息を吐き出す。こんな戦闘──いや、
どうするか。
50口径が据えられた機関銃陣地や迫撃砲陣地が優先的に狙われた──気がする。明らかに意図的な応射であった感覚を大隊長は抱いていた。こちらが1発撃てば、その10倍、20倍に及ぶ砲弾や機関砲弾が各陣地へ雨霰と降り注いだのだ。
歩兵の必需品である小銃の効果は薄い、と報告は上がって来ている。地雷原へ敵機の群れが突入し、突撃破砕射撃が掛けられたが、小銃弾は装甲を貫通しなかったという。100m以下まで接近されてようやく、という有り様だ。
携行可能な対戦車火器が現時点で最も効果的な対抗手段であろうか。あくまでも歩兵がラプチャーを相手にする場合は、であるが。
変化──いや、進化している。表現として適切な言葉かは分からないが、そう表現するしかない。
1週間前に綴られた戦闘詳報には小型のラプチャーには200mほど離れた位置から小銃で射撃し、対応したと書かれていた。効果はあった、とされていた筈だ。僅か1週間前、である。その同型機と思しき機体へ撃ちかけても効果はなし。装甲が厚くなっている可能性があった。
嫌な予感が脳裏を過った。ラプチャーが人類側の対抗策──武器や兵器、戦術に適応し、進化しているという嫌な予感。そしてそれは十中八九で当たっているのだろう。
ライナープレートと土嚢、土砂で覆われた天井が揺れる──いや、先程から壕内全体が揺れていた。
土嚢を積み上げ、或いは土砂を削り取って防御を固める形で構築された指揮所だが、その分厚い壁を通過する程の炸裂、破裂──弾着の衝撃と轟音が次第に接近している。
外からは喉が裂けんばかりに、そして肺が破れんばかりに指示と命令を下し続ける声が響いていた。
まだ大隊は継戦能力を喪失していない。まだまだ戦える。戦意と士気も旺盛であろう。
だが、ジリジリと敵の群れが圧倒的物量で抵抗を続ける将兵を丘の頂上まで追い立てている状況だ。
おそらくこの戦線を防御する任務を仰せ付かった全軍は現在の大隊が置かれた状況と大差はそれほど無い筈だろう。もしかしたらもっと酷いかもしれない。
突破され、綻びが生じた防御線の一穴。その穴を広げようとラプチャーが押し寄せ、徐々に──という割にはあまりにも凄まじい勢いで友軍が被る損耗率を上げている。
退却は──許可されなかった。上級部隊である連隊へ通信を入れ、退却の許可を得ようとした。
現戦力で対処せよ──それが返された指示だ。要は、踏み止まれ、という意味である。
「──ふざけるな」
何の為に編制された大隊か、何の為に訓練された兵士達か、何の為に
大隊長の口の中で奥歯を強く噛み締めた歯軋りが鈍く鳴る。
これ以上の損害・損耗は部隊を率いる者として容認出来ない。命令を無視し、大隊の後方支援調整や作戦地域内の輸送を統制する
この差し迫った状況──これを打開する対処行動はそれほど多くはない。
──やるしかない。
大隊長は決心した。
「──全中隊指揮所へ一方送信」
長机の机上へ広げられたオーバーレイに覆われている地図。その図上に刻一刻と変化する戦況を記していた大隊長を補佐する幹部達が上座へ視線を向ける。
「──大隊本部要員を除く全員に
明確に達せられた指示──幹部達の表情がサッと変わるのを大隊長は認めた。
「…
「使う他ないだろう。現戦力で対処せよ、との命令だ。あれを以て、許可を得た、とも解釈できる。万が一の時、責任は俺が取る」
幹部達だけではない。指揮所に詰めている要員の全てが、それぞれの手を止めて大隊長を注目している。外はいまだに激しい戦闘が繰り広げられていることを示すかの如く銃声や爆発音が響き渡るが、指揮所が設けられた壕内だけは沈黙が支配した。
しかしそれも束の間だった。
──大隊指揮所からの一方送信が全中隊指揮所へ達せられた。
曰く、中隊長は自身を含めた掌握下にある
大隊長命令と理解した中隊長達も動いた。それぞれの指揮所から各小隊長へ命令を伝達。続けて命令を受領した小隊長達──防御陣地内へ突入し、蹂躙せんと押し寄せるラプチャーの群れとの近接戦闘を続けていた彼等のヘッドセットがそれぞれの上官からの命令を受け取った。
至近距離からなら、小銃弾でも効果はある。装甲を貫通し、沈黙した敵機を
彼も健在である分隊長達へ一方送信。ヘッドセットの口元へ伸びるマイクに向かって叫んだ。
その分隊長達も生き残っている──まだ辛うじて、とも言える下士官や兵卒達へ命令を伝達する。
各々の手がボディアーマーの所定位置へ設けられたポーチに伸びる。取り出された銀無垢かつ細長い金属製の筒。
これをどう使えば良いのかは事前に教えられていた。各自が肌の露出した箇所へ筒の先端を宛てがい、頂点にあるボタンを押し込んだ。
プシャッと鋭く空気が抜ける音と共に体内へ何かが注入される違和感を覚えた全員の眉根が寄った。
筒──無針注射器の内部へ充填されていた薬剤が空となる。用済みのそれを投げ捨てた兵士達が小銃を、或いは機関銃を構え直して間もなくだ。
ドクン──と、心臓の鼓動が高鳴り、脈が速まった。
「──…ふっ…ふふ…!!」
「──ははは……!!」
口角が緩む。全身の血が沸騰する。抗い難い歓喜が全身を支配する。
片腕が喪失し、
健在、或いは負傷者──重傷であろうに激痛を忘れたのか恍惚にも似た表情を浮かべつつ戦闘へ加わろうとしている。
だが、それを誰も止めようとしない。
大隊が構築した防御陣地の至る所で湯気が薄く立ち上る。
有り体に言って、異様な光景であった。
防御陣地へ侵入したラプチャーの1機が搭載した機関砲の砲口を塹壕内へ籠る兵士達に向け、大口径のそれから砲弾を連続して撃ち出した。掃射である。
瞬く間に人間は弾け飛ぶ──筈だった。
だが血煙も、血飛沫も上がらない。
間違いなく砲口を指向した筈だ。しかし忽然と壕内から兵士達の姿が消えている。
システムエラーを起こしたのだろうか。そのラプチャーの動きが一瞬止まった。
その途端──真横からの凄まじい衝撃でラプチャーが吹き飛んだ。
敵機は何が起こったのか分からぬまま役目を終え、何機かの僚機を巻き込みながら地面を転がって完全に沈黙した。
撃破された機体の側面装甲には人間の拳の形状に大きく凹んだ形跡が残っている。殴り飛ばされたのだ。
禍々しい紅い光を放つ単眼が数十、いや数百、もっとだろうか。その光が困惑を示すかの如く点滅する。
僅か数秒の機能不全と処理能力の一時停止──機動を止めた
「──………大丈夫か……?」
「──…はい…」
防御陣地内へ突入したラプチャーは掃討された。撃破されたラプチャーの群れ──大小の機種の違いこそあるが、十数機を単独で撃破したと見える大隊最年少の小隊長が敵機の残骸へ凭れ掛かり、地べたへ座る様子を捉えた巨漢の将校が声を掛けた。小隊長の直属の上官である中隊長だった。
塹壕の外から出るな、とは言わない。中隊長自身が塹壕から飛び出して敵機と白兵戦を展開したのだから。
中隊長が片手を差し伸べる。その手は敵機の体液──ドス黒い廃液の如き液体触媒へ染まっている。
差し伸べられた手を掴んだ10代の小隊長の身体が引き上げられた。10代後半とはいえ身長は188cm、武装や装具が無かったとしても130kgの体格を有している小隊長が軽々と、片手で引き上げられた。
「……具合は?」
「……良くありません」
「……そうか。奇遇だな。俺もだ。腹が減ってるし、滅茶苦茶眠い。…何日か飲まず食わず、眠りもしないで戦った後みたいだ」
頻りに中隊長が双眸を瞬かせている。迫る眠気に抗っているのは明白だった。
「……ブリキ共、退きましたね」
「……退いたな。…どうせ直ぐに攻めて来るだろうが…」
想定以上の損害を被ったから退却したのか。大隊が籠る防御陣地だけでなく、戦線全体へ仕掛けられた攻勢が止んだ。中隊長が視線を向ける先には黒々とした点の群れが引き潮を思わせる勢いで退く様子が見える。
攻勢限界だったのだろうか。だとしても潔い退きっぷりである。
中隊長が緩慢な挙動のままソフトパックをボディアーマーのポーチから取り出した。ポーチの中へ敵機を撃破した際に浴びた体液が浸透してしまったのだろう。何本かの煙草が濡れている。水に濡れただけなら兎も角だが、とてもではないが吸いたくはない。
無事の一本を引き抜き、それを傍らの小隊長へ差し出した。
「…頂きます」
紙巻き煙草を銜えたのを認め、中隊長は続けてオイルライターを差し出す。甲高い特徴的な金属音を奏でながら蓋が開き、ホイールが回される。火を貸され、それで煙草の先端を炙った小隊長は礼の言葉を返した。
「…ありがとうございます」
軽く頷いた中隊長も煙草を銜え、オイルライターの火を点けた。
紫煙の刺激が強く感じるのは、喉がカラカラだからだろう。普段よりも乾燥気味の粘膜にへばりついて来るようだ。
ふと、轟音が上空から轟いた。
聞き慣れたくもないが、耳に馴染んだ砲撃や砲弾のそれではない。
中隊長と小隊長が頭上を見上げた瞬間だ。彼等の上空を編隊を組んだ機影が通過する。
アフターバーナーから伸びる焔が霞む視界の中でも鮮やかだ。
編隊を組んだ友軍機は爆装している。その機影が瞬く間に退却する敵機の群れへ追い付くなり、クラスター爆弾を次々と投下していく。
集束されていた子弾がバラ撒かれ、地上へ降り注いだ。
「…航空支援、もっと早ければな」
「……はい」
小隊長と中隊長が交わす言葉は少ない。互いに疲労困憊だ。口を開くのも億劫なのだろう。
投弾を終えた機体に地上からの対空砲火が遅れて撃ち上がるが、それを掻い潜り、旋回して再び編隊を組んだ機影が彼等へ向かい戻って来た。
低高度で接近して来る編隊──その先頭を駆ける機体が僅かに横へ倒された。
フライパスする寸前、
鋭い轟音と共に遅れて衝撃波が地上の防御陣地を襲った。土埃が舞い上がり、戦闘後の澱んだ空気が拡散する。
「……美人でしたね」
「……見えたのか?」
「……えぇ、はい。チラッと。女性でした」
「……良く見えたな。……というか女の話はしないでくれ。色々と
戦闘服に包まれた巨漢の中隊長が自らの脚の付け根を手の平で擦る仕草を見せる。小隊長は僅かな苦笑を漏らすが、直ぐにそれを引っ込めた。
「……この戦争、どうなると思いますか?」
「……分からないな。そればっかりは」
そもそも
「……第一線に立つ俺達は、戦うしかない。死ぬまで」
「……はい」
「……死ぬのは俺が先だろう。そんな気がする」
「…そうでしょうか?」
あぁ、と中隊長は返しつつ吸い終わった煙草の吸い殻を携帯灰皿へ投げ込んだ。
「……死ぬのは俺が先だ。お前は後から来い。なるべく…ゆっくり」
「………それは約束できるかどうか」
それもそうか。言い得て妙である。
中隊長も薄く苦笑を浮かべ、小隊長が纏うボディアーマー越しに肩を叩いた。
一刻も早く休みたいが、将校──部隊を率いる者は、それも難しい。
「──行くぞ、
「──はい、
億劫な身体へ鞭打ち、中隊長と小隊長は再び防御陣地の中へ戻った。
原作指揮官の正体は果たしてなんなのでしょうねぇ