勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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拙作では初登場の二人です(何故ここまで登場していなかったんだろう……


第2話

 

 

「──野性的で悪くはないのですが…お歳を召したように見えてしまいますね…」

 

 細い手を伸ばす。青年の頬を撫で、薄く生え揃った無精髭の感触を確かめつつ微笑を浮かべたドロシーへ彼が返す。

 

「……生憎とアークに帰還して1時間も経たずに出動したんだ。髭剃りどころかシャワーも浴びる暇がなかった」

 

 無精髭の生えた顔立ちも悪くはない。男性的かつ野性的な雰囲気が強調されている。何処かの誰かを彷彿とさせる佇まいだ。

 

 言葉の端々から身の回りの諸々に無頓着であることを彼女は感じ取る。あまりにも酷似しているのは果たして偶然で済ませて良いものか。

 

 頭ひとつ分は高い位置にある青年の顔──ヘルメットを被った戦装束姿のムーアの頬へ添えた手を下ろしたドロシーは一言を述べる

 

「──では次にお会いする時はしっかり剃っておいて下さい。そちらのお顔の方が好みです」

 

「善処しよう」

 

 軽く肩を竦めた青年を認めたドロシーは微笑を僅かに深くすると道案内となったポリ、ミランダの先導を受けつつ──片手で身動ぎすらしないニヒリスターを引き摺って進み出す。

 

 道案内──管理A.I.たるエニックが仲介し、バーニンガムへ連絡を取った結果、副司令官は待ち合わせの場所を指定した。そこまでの案内役を彼女達が買って出たのである。

 

 ふとポリの目配せがムーアのサングラス越しに存在する濃い茶色の双眸へ向けられた。

 

 ──()()()()()()()()()

 

 無言だが、何を言いたいのかは目配せで伝わった。それに彼は同じく無言で首肯を返す。

 

 荒れた街路を進み、遠ざかる彼女達の後ろ姿を見送りつつムーアは纏っているボディアーマーのポーチを漁った。

 

 取り出したソフトパックの中身はそれほど潤沢ではない。背嚢へ未開封のそれは1カートンあっただろうか。在庫は問題ない筈である。

 

 振り出した一本の紙巻き煙草の吸い口を銜えると傍らに控えていたラピがターボライターを差し出す。

 

「──ドロシーについては大丈夫でしょう。()()()があれば、とっくに行動を起こしていた筈ですから」

 

「……ありがとう」

 

 ボタンが押し込まれ、火が噴き上がる。差し出されたライターに礼を述べた彼は銜えた煙草の先端を炙る。紫煙を燻らせ、リンゴの風味よりも好んでいるニコチンやタールのそれを味わう。

 

「それにA.C.P.U.はアークの公権力。ドロシーがもし彼女達に手を出せば、アーク全体が動くことになります。……ですからポリは()()()の案内役を買って出たのでしょう」

 

「えっと…まぁ、ミランダはちょっと心配だけど、ポリはしっかりしてるから問題ない筈よ」

 

「はい。お二人共、強いですから」

 

「……そうだな。気掛かりであることは否定出来ないが……」

 

 ラピがターボライターをジャケットのポケットに仕舞い、続けてアニスとネオンも不安要素が拭えない彼を安心させようと言葉を重ねる。

 

 自覚がないのだろう。彼の眉間には普段よりも深い縦皺が何本か刻まれていた。

 

 とはいえ彼女達が言う通りだ。気掛かりなのは確かだが──

 

「──エニック。まだ聞いているか?」

 

〈──はい。ムーア少佐〉

 

 肺へ送り込んだ紫煙を緩く吐き出した彼が口元へ伸びるヘッドセットのマイクを左手の指先で摘みながら管理A.I.を呼び出す。

 

「現在の状況、特に穴の補修作業と地上での戦況はどうなっている?」

 

〈──アークの天井の一時補修は、ほぼ完了しました。アブソルート部隊、メティス部隊を主軸としたニケ部隊が依然、地上で戦闘を継続中〉

 

「……ウンファやラプラス達でもまだ掃討しきれていない、となると相当数のラプチャーが集まっているようだな。追加の兵力投入は?」

 

 エニックのことだ。地上とアークに跋扈するラプチャーを掃討する以外の予備兵力は残している筈である。それを問い掛ければ彼の予想通りの答えが返された。

 

〈──既に追加兵力を地上に送ったのでこれ以上、ラプチャーが増えることはないものと判断されます。ただしアーク内部に大量のラプチャーが残存しています。──死亡したニケ、および人間はいません。作戦は全て順調。間もなく片がつきます〉

 

 なるほど。ムーアは紫煙を吐き出し、サングラスの奥で双眸を鋭く細める。

 

「では我々がラプチャー掃討へ加わる必要はない、と?」

 

〈──その通りです〉

 

 彼の言葉はアークを、ひいては市民の危機を軽んじるものとして受け取られかねない。しかし管理A.I.は肯定した。

 

 エニック曰く、彼等がラプチャー掃討へ合流しても進捗に然程の影響は生じないとのことだ。無論、管理A.I.が弾き出した掃討完了の想定よりも早くそれが済むのは否定できないだろう。

 

「──指揮官様。追い掛けるつもり?」

 

 紫煙が燻る紙巻き煙草を銜えるムーアへアニスは問い掛ける。それに彼は小さくだが頷きを見せた。

 

「エキゾチックの3名──クロウ、バイパー、ジャッカルの現在地は分かるか?」

 

〈──ラプチャー侵略時、私の()()()()()()()()()()()()()()を狙ってエキゾチック部隊は私の監視網から外れました。現在、行方が分からない状態です〉

 

「……なるほど。……シュエン会長は?」

 

〈──現在、ミシリス本社にいます。エリシオンとテトラのCEOも一緒です。ミシリス本社はアークで安全な場所のひとつですから〉

 

「三大企業のCEOが同じ場所にいるとは好都合だ。ラピ、イーグルに連絡。小隊を掌握して移動するように。合流地点の選定はキミに任せる」

 

「了解しました」

 

 傍らに控える特殊別働隊のリーダー、そして副官とも言えるラピへ彼は伝達を命じる。頷いた彼女も自身の片耳へ指先を添え、備えられた機能を用いて量産型ニケ達を纏め上げるイーグルに連絡を試みた。

 

「エニック。CEO全員へ例の動画ファイルを送って貰えるか」

 

〈──承知しました。──ただいま転送完了。これより私はアーク内部のラプチャー監視作業に戻ります。つまりこれ以上のサポートは出来ません。宜しいですか?〉

 

「構わない。………サポートに感謝する」

 

〈──こちらこそ〉

 

 ヘッドセットのハウジングが静まり返る。回線は閉ざされたらしい。それを認めるとムーアは溜まっていた息を紫煙と共に緩く吐き出す。

 

 銜えたままだった煙草へ溜まっていた灰がポトリと路上に落ちるのを感覚で捉えつつ──彼は妙な違和感を覚えた。胸騒ぎに近い。

 

「……これで終わり、になるとは……」

 

 ──到底思えない。

 

 それを喉の奥へ飲み込んだ彼は吸い口の間近まで燃え尽きた紙巻き煙草を携帯灰皿へ放り込んだ。

 

 ラピが選定した合流地点へ移動して間もなく、荒れた舗装道路を進む複数のエンジン音と排気音を彼等は捉える。

 

 武装車両とトラックの車列だ。

 

 随分と久しぶりに顔を合わせる気分でもある量産型ニケ達、そして半ば以上はなりゆきではあるが協力者となった伍長と合流を果たす。トラックの荷台へ乗り込み、一路、ミシリス本社を目指した。

 

 途中、何度かラプチャーと遭遇し、戦闘が発生したもののミシリス本社の社屋が見えて来た頃、警戒線と接触する。

 

 量産型ニケ──エリシオンやテトラライン、ミシリスの三大企業で製造されたニケ達の銃口、装甲車輌へ据えられた砲口が向けられた時は流石に緊張したが、味方であると知られると直ぐにそれらは逸らされる。

 

「──どちらの部隊ですか!?所属を!!」

 

 とはいえ非常時ではあるが、誰何と所属先の明示は必須らしい。先頭車両へ乗るイーグルに警戒中の量産型ニケが問い掛ける。

 

 あまり時間は掛けられない。彼はトラックの荷台から飛び降りるなり、駆け足で向かった。

 

「──ニケ管理部ショウ・ムーア少佐。彼女達は俺の指揮下の部隊だ。任務ご苦労。通るぞ」

 

「ムーア少佐──カウンターズ分隊指揮官の!?」

 

「お通しして!」

 

 指揮官である彼が名乗れば通過も早く済む──とは思っていたが、まさかここまですんなりになるとはムーアも予想外であった。

 

 バリケードとして積まれた土嚢を始めとした障害物の合間を車列が通過し、ミシリス本社の前へ横付けされると彼は再びトラックから飛び降りた。

 

「──しばらく待機だ。話を付けてくる」

 

「了解しました。その間に武装の確認、弾薬の補給を済ませます」

 

「あぁ。任せ──」

 

「──うわわ!?」

 

 荷台から身を乗り出し、待機中の行動の擦り合わせを交わすラピへ頷きを返した直後だ。ムーアの視界の端に小柄な二人組の人影が入り込む。

 

 急に降り立った彼を回避しようとしたのだろう。片割れは器用に避けたのだが──重武装の小柄な人影はそれに失敗してしまったらしい。直撃だけは避けようと努力したのだろう。足を縺れさせ、転倒してしまう。

 

「──ミカったらドジなんだから」

 

「ううっ……酷いよ、べロータ……」

 

 転倒した片割れの傍で呆れ混じりに溜め息を吐く小柄な少女──名前はべロータらしい。

 

 衆人の前での羞恥も重なり、転倒してしまった当人は涙声を微かに漏らしていた。

 

「──べロータにミカじゃない」

 

「あ、アニス。やっほー」

 

「知り合いか?」

 

「あ、うん。私と同じテトラ。リトルキャノンのべロータとミカだよ」

 

 ラピの隣へ顔を覗かせたアニスから説明を受けた彼は納得の頷きを見せた。

 

 大振りの発射筒に加え、傍目にも重武装の少女──ミカの傍らに立ったムーアが片手を差し伸べる。反射的に掴んでしまったミカは次いで力強く持ち上げられた事実に瞳を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 

「怪我はないか?」

 

「え?あ、はい!大丈夫です!」

 

 小柄なミカからすればムーアは見上げる程の長身の持ち主だ。

 

 見下されるかと思いきや、ニーパッドを巻いた片膝を突いて小柄な少女と目線を合わせる格好となる。

 

「いや、済まない。急いでいたものだから周囲の確認を怠ってしまった」

 

「いえ、そんな!!」

 

 まさか謝られるとは──指揮官という仕事をする大人がニケへ対して謝罪をする事実にミカの脳は追い付けないでいた。

 

 ブンブンと両手を振って謝罪の必要はない、と全力でアピールする姿をラピを始めとしたアニスにネオン、そして量産型ニケ達や伍長は車列の車内、或いは荷台から認め──思わず全員が溜め息を吐き出す。

 

 ──指揮官様のニケ誑し。

 

 ──指揮官のことは尊敬してるけど、何人を誑し込んだんだろう。

 

 ──なるほど。イーグルさんの言っていた誑しとは……。

 

 彼が全員の心中を読めたとしたら、おそらく、十中八九、いや間違いなく誑してはいないと否定するだろう。

 

 とはいえ──明らかに成長途中の外見、いたいけで健気な少女の脳を現在進行形で灼いている事実には決して気付かない筈だ。

 

「引き止めて悪かった。この状況だ。気を付けて行ってくれ」

 

「うん♪ありがとう、おじさん♪」

 

「ありがとうございます!おじさん!」

 

「───」

 

 彼女達に悪気は一切ない。優しい男性の大人に向ける呼称として、()()()()と口にしただけなのだ。

 

 並び立ちながら駆け足で立ち去る小柄な少女達──ガチャガチャとミカは重武装の装具を重々しく響かせながらその場を後にする後ろ姿をムーアは見送り、溜め息を吐き出しつつ腰を上げる。

 

 

──野性的で悪くはないのですが…お歳を召したように見えてしまいますね…。

 

 

 不意にドロシーの言葉が脳裏に過ぎったムーアはハードナックルグローブを嵌めた左手で自身の顎を擦る。

 

 ザラリとした感触は無精髭のそれだ。

 

「……一段落したら必ず剃ろう」

 

 まだ若い。

 

 まだ20代前半。

 

 まだ()()()()ではない。

 

 ──などと自分に言い聞かせながらムーアはミシリス本社のロビーへ向かった。




ハァハァ…べロータ、ミカ………特にミカ……あの子の前では紳士なおじさんではいられませ──

「──動くな!A.C.P.U.だ!!」

──ちぃっ!もう嗅ぎ付けて来やがったか!!
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