勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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「──指揮官。提案があります」

「……なんだ?」

 大型クルーズ船の機関室。100年以上も海上にあったとは思えない──有り体に言って不自然な程に綺麗な機関室内で玲瓏な声音が紡がれた。

 僅かに肌が透けて見えるシャツの下へ大胆な意匠のビキニスタイルの水着を纏った分隊のリーダーが意見具申を述べる。

「──この船を沈めましょう」

「………」

 毅然とした玲瓏な声音で発せられた意見具申は過去に聞き覚えがない程にはっきりとしていた。

 肌を必要以上に露出したくないのか──腰から下は普段通りの戦闘服にタンカラーのブーツだが、これでも周囲に合わせ、黒い半袖のシャツの上へボディアーマーを纏った青年は火を点ける前の煙草を銜えながら、どう反応を返せば良いのか困惑してしまう。

「──そうすれば全ての問題が解決します。幽霊も未知の動力源の疑いもそもそも存在しなかったということになり幽霊も見なかったことになるのでアークの平和の為にクルーズ船ごと爆破を──」

 過去に前例がない程に早口の長々とした意見具申である。そこまで彼女を駆り立てるのは──概ね察しは付くが、青年は思わず機関室の天井を仰いだ。

「……ラピ、しっかりしろ。自沈させるのはそう難しいことではないが、性急に過ぎる」

「……申し訳ありません。冷静さを欠いてしまいました」

「……爆薬(C-5)が足りるか……まぁ両舷の喫水線に穴を空けて浸水させれば……その前に船から退去を……」

「指揮官氏、前向きに考えないでくれませんかな?」



たぶん自沈させる方法も考えているのがウチの指揮官です。

そしておそらく“お化け"が船内の各所で出没し、戦々恐々とした色々と目のやり場に困るニケ達に抱き着かれても「──幽霊ってこんな感じなんだなぁ。銃は効くのか?」と排除を考え始めるでしょう。

※尚、彼がいるこのイベントの際は何故かお化け騒ぎの真相が判明しても説明の付かない不可思議な現象が発生する模様です。


第4話

 

 

 使うに越したことはないが、前哨基地から運び出した機材の中でも忌むべき代物がトラックの荷台より降ろされる。

 

 複数のニケ分隊が火器を構えて周辺の警戒へ就く。

 

 つい先程、車列を組んで移動の最中にラプチャーの一団と遭遇し、全機を撃破したのだが、舗装道路に広がる赤の血溜まりを彼女達は発見した。

 

 全分隊──小隊を率いるムーアへ報告が上げられ、彼が駆け寄り、身元の確認が行われる。

 

「──……全員死亡だな」

 

 現場で死亡の判定が出される程に遺体の損傷は激しいものだ。死因は十中八九でラプチャーによるものだろう。

 

 人数分の遺体収納袋(ボディバッグ)が広げられた。身元を示す手荷物は無いに等しい。身元の確認は後で行う必要がある。

 

 千切れた四肢も集め、手分けして納体を済ませるとファスナーを上げた。

 

「……伍長。吐きたいなら向こうでやってくれ。イーグル、伍長の側に」

 

「…す、済みません…」

 

 腹が破れ、路上へ溢れていた腸の回収を命じられた伍長などは顔面蒼白。喉の奥から迫り上がって来る吐き気に耐えていたが、我慢の限界だったらしい。

 

 イーグルに付き添われて道路の端へ移動するなり、酸っぱい異臭を放つ吐瀉物が撒き散らされた。

 

「……指揮官、おそらくですが……」

 

「…俺もそこまで察しが悪い訳じゃない。アウターリムの人間だろう」

 

 膨らんだ遺体収納袋が次々と量産型ニケ達の手でトラックの荷台へ運び込まれる。その光景を見守るムーアへラピが耳打ちするが、彼も身元を示す証明書の類や荷物が皆無である点、なにより粗末な服装から彼等の出自は概ねだが察していた。

 

 アウターリムから出て来たのだろう。ラプチャーが侵攻し、混乱するアークの市街地へ出て来た理由は──それほどにアークに足を踏み入れたかったのだろうか。はっきりとした理由までは分からない。ただし辛うじて人間の形をしている間に回収が出来たのは僥倖と言えるだろう。

 

 回収を終え、それぞれの車輌へ乗り込んで移動が再開される。やがて辿り着いたのはアウターリムへ通じる防壁の前だ。

 

「──師匠、防壁が開いてますよ?」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 見上げる程の高さの防壁。容易に越えられないように高く、そして容易に破られないよう厚く設計され、建設された壁。その内の城門を思わせる開閉式の扉が開け放たれている。

 

 トラックの荷台からそれを認めたネオンが腰を上げ、続けてアニスも立ち上がる。普段は開けられることなどまず有り得ない。

 

「なんで開いてるの?お偉いさんの許可がないと開けられないんじゃなかった?」

 

 違和感と不審感が心中へ芽吹くアニスが漏らす横でネオンも頷く。

 

「それもそうですが……とっても静かですね。アウターリムの人達はずっとアークに来たがってたじゃありませんか」

 

 だというのに静かすぎる。人の姿も見えない。

 

 アウターリムの群衆が殺到していても不思議ではない筈なのだ。しかし誰もいない。

 

 自然と停止した車列の各車輌が発するアイドリングのエンジン音が不気味に響いている。

 

「……指揮官。どんな理由であろうと防壁が開いているということは──」

 

「──ラプチャーがアウターリムの中に侵入した可能性がある、だろう」

 

「はい、その通りです」

 

「そのせいでこんなに静かなのかもね。……アウターリムにはシェルターとかないはずだから」

 

 ラピが口にする可能性は高いだろう。そしてアニスが漏らした可能性も同様だ。

 

 いずれにせよ、アウターリムへ前進し、エキゾチックの行方の捜査、或いは身柄の確保を行わなければならない。

 

 ムーアが無線越しに先頭車輌へ前進を下達しようとした時だ。

 

 

 ──おとうと〜!!

 

 

 

 何処からか響いた──高い声音で続柄を示す呼称が響き渡る。

 

 ムーアが身に付けるノイズキャンセリング搭載のヘッドセットを通過して鼓膜を震わせたのだから空耳ではないのだろう。彼だけでなく、ラピやアニスにネオン、トラックの荷台へ同乗している量産型ニケ達も音を拾ったらしい。

 

 

 

 ──おとうとぉぉぉ〜!!

 

 

 

 やはり聞き間違えや空耳ではないようだ。先程よりも切迫し、なにより近付いている様子の声の響きだった。

 

「……どうやら近くにどうしても弟が欲しい方がいるみたいですね」

 

「……そのようだが、この声は………」

 

 聞き覚えがある。具体的には数時間前に携帯端末の画面越しに、スピーカー越しに聞き覚えのある声だ。

 

 その声が響くのは──開け放たれた防壁の先だ。目を凝らすと疾走するモラン、やや遅れて彼女へ追い縋る何名かの人影が見える。

 

「──おーい!!弟、ここだ〜!!ちょ、ちょっと助けてくれ!!ここにラプチャーが!!

 

 久しぶりの再会である。これが笑顔で手を振りながら──であればどれほど心温まる光景だったか。

 

 彼女達の背後へ禍々しい真紅の単眼が複数──それらさえ現れなければ姉弟の抱擁すら有り得ただろう。おそらくは。

 

「──伏せろ!!」

 

 トラックの荷台から飛び降りたムーアが突撃銃の安全装置を親指で弾く。

 

 彼の鋭い指示に駆け寄って来ていたモランが素早くその場に伏せ、続けて数名の人影も這い蹲る。

 

 対ラプチャー戦闘の命令が下達された。ムーアが突撃銃の引き金を引くのと同時に荷台から飛び降りたカウンターズが携える火器が、量産型ニケ達が据銃した対ラプチャー用、ニケ用の火器が唸りを上げて銃口から発砲炎が噴き上がる。

 

 車輌へ据えられた50口径の重機関銃も火を噴いた。

 

 装甲をぶち抜く徹甲弾が次々とラプチャーへ撃ち込まれ、貫徹した弾頭によって斬り裂かれた敵機のコアから真紅の光が消え失せる。

 

 全機の撃破と沈黙──それを認めたムーアが銃口を下ろして安全装置を掛けつつ、その場へ伏せたままのモラン達へ歩み寄った。

 

「──大丈夫か?」

 

 流れ弾や砕け散った弾殻の破片によって負傷はしていないことを視認しながらも彼は尋ねる。

 

 あぁ、とモランは応えつつ立ち上がると纏った服を手で叩いて土埃を落とした。

 

「──助かった。大変なことになるところだったぜ」

 

「災難だったな」

 

「あぁ。まさか急にラプチャーと遭遇するとはな」

 

「……それはそうと──」

 

 ムーアは立ち上がったモランの背後へサングラス越しの視線を向ける。世辞にも立派とは言えない継ぎ接ぎだらけの衣服を纏った男達だ。

 

 色の濃いサングラスのレンズ越しとはいえ、鋭い眼差しは隠しようがない。

 

 九死に一生を得たばかりの男達だが、眼前に立つ彼──背丈は高く、体格も優れているばかりか、ラプチャーを撃破したのを見るにニケ用の火器で武装した人間が自分達を頭の上から爪先まで観察している状況である。緊張が否応なく走る。

 

 サングラスの向こうで鋭い双眸が細められた──ように思えた。

 

「──レジーヌ。分隊を連れてこっちに来い」

 

 不意に彼の左手がヘッドセットのマイクを摘んで誰かを呼び出した。

 

 すると間もなくトラックの荷台から飛び降りた量産型ニケ達──テトララインで製造された量産型モデル、オーシャンタイプと呼ばれるI-DOLL・オーシャンが5名が駆け寄って来る。

 

 短機関銃を携えた彼女達を率いるリーダーらしき──なにせ顔立ちや背丈に体格、声まで同じなので男達には誰が誰やらなのだが、リーダーらしきニケは彼へ用命を尋ねた。

 

「──彼等の救護を。念の為に破傷風の注射も打ってくれ」

 

「了解しました。──ゆっくり座って下さい」

 

「い、いや……」

 

 そんな大怪我をしている訳ではない──と男達は量産型ニケ達の救護活動を断ろうとするが、膝や肘、腕と脚にヒリつく痛みを今更ながら感じた。

 

 ラプチャーに遭遇し、慌てて逃げていたからだろう。何度か転んだ記憶もある。錆びた鉄骨や鉄線で切ったのだろうか。服の生地が破れ、裂け目から露出した肌に血が滴っている。

 

 男達はゾッとした。アウターリムのようなスラム街では出血を伴う負傷は程度の差はあれど危険である。ロクな医療も受けられない環境なのだ。栄養状態も悪い。そんな状況に置かれた人間は破傷風に罹患しやすくなる。万が一、破傷風になったら──その有り様を知っている男達の背中へ冷や汗が伝った。

 

 衛生兵としての役割を付与されたG分隊の彼女達は負傷した男達を座らせるなり、患部の状態を確かめながら応急処置を始める。

 

 患部を消毒し、傷口の深さを確認する。深い切創を負った者にはロリポップ(鎮痛剤)を銜えさせながら医療用のステープラーで傷口を塞いだ。

 

 注射を打ち、滅菌消毒された包帯も巻き、処置を完了する頃には──男達は彼女達へ、そして彼へ対して何度も礼を述べる。

 

「──あ、ありがとうございます…!」

 

「──こんな、こんな…俺、こんなにしてもらったこと…!」

 

「──お気になさらず」

 

「──お大事になさって下さい」

 

 手早く片付けを済ませる量産型ニケ達を横目にムーアはモランと事情の擦り合わせを始めていた。

 

「弟、知ってるか?誰のせいでアークに穴が空いてラプチャーが攻め込んできたのか」

 

「──エキゾチック」

 

「聞いて驚くなよ?エキゾチックの奴等が──ん?なんで知ってんだ?」

 

「聞いたから、見たから、だな。それは一先ず置いて……モラン。済まんが来てくれ」

 

 ソフトパックをボディアーマーのポーチから取り出した彼が煙草を銜える。オイルライターの火を点けつつモランを促す。

 

 着いて来るよう促した彼の後を追い、彼女はムーアが乗り込んだトラックの荷台へ上がると並べられた複数の遺体収納袋の存在に眉根を寄せた。

 

 紫煙を燻らせる彼は膨らんだ遺体収納袋のひとつの傍らへ片膝を突き、ファスナーを途中まで下ろして中身を見せる。

 

「──顔に覚えは?」

 

「……あぁ、ある。……アイツらと探してたところだ」

 

 遺体収納袋を覗き込み、中身の顔を認めたモランが頷く。アイツら、というのは彼女と同行していた男達だろう。

 

「……何処にいたんだ?」

 

「防壁からそこまで遠くない所でな。ラプチャーに襲われたらしい。俺達が発見した時には……」

 

「……そうか……だけど、本望だろう」

 

 ──あれほど憧れ、焦がれたアークへ行けたのだから。

 

 溜め息混じりにモランが呟く。おもむろに彼女は立ち上がると応急処置を終えたばかりの男達を呼び寄せた。

 

 何事かと思い、男達がトラックへ集まり、荷台へ登る──そして捜索していた者達が遺体となって発見され、収容されたことを知った。

 

「……エンバーミングも満足に出来なくて済まない」

 

「……いいえ、いいえ、とんでもねぇです」

 

「……ちゃんと……()()として扱ってくれただけで……」

 

 ()()()()()として──最低限だとしても尊厳を守ってくれた。遺体収納袋へ、千切れた手脚や溢れた内臓も収納してくれた。それだけで男達は──アウターリムの住民達にとっては感謝しかない。

 

 人目を憚らず啜り泣く男達が哀れに思えたからだろう。荷台へ飛び乗ったG分隊を率いるI-DOLL・オーシャン──レジーヌと呼ばれた量産型ニケが自身の手荷物等を納めた雑嚢を漁る。

 

「……皆、化粧道具は持ってる?」

 

「あるよ。ファンデーションで良い?」

 

 血の気の失せた顔色──それを僅かでも生前の姿へ戻す為、彼女達は自身の化粧道具を取り出した。

 

 

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