勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
でもアブソルートのイベントにタクティカルアップ……財布をどれだけ軽くさせようと…!!
収容された遺体の数々へ現地で出来うる限りの処置が施される。トラックの荷台へ生前の顔馴染み達が乗り込み、量産型ニケ達が携帯していた私物の化粧品を用いて死化粧を──なるべく生前の顔立ちに戻し、穏やかな表情となるよう尽くされる。
彼女達の独断でのそれは究極的な捉え方をすれば現在の作戦行動へ支障を来たしかねない。しかし指揮官のムーアはそれを黙認し、量産型ニケ達が集中できるよう、処置に関係のない者はトラックからの下車、徒歩で周囲を警戒しつつ前進するよう指示を下す。
その指示を下したムーアもカウンターズ、そしてモランを伴って車列を組んだ武装車輌とトラックの横へ随伴する格好で移動を始めた。
モランの言葉によれば、ラプチャーの侵入と侵攻を報せる放送はアーク全域へ流れた為、アウターリムでも遅れずに対応が出来たらしい。安全な場所へ避難キャンプが作り上げられ、住人達はそこに身を寄せ合っているという。
彼女はエキゾチックと関係があるエンターヘブンの情報を集める目的で避難キャンプを歩き回っていた最中だったとか。その途中で行方不明者達の安否が気になり、捜索中の最中、ムーアが率いる一隊と遭遇した格好である。
「──ロザンナやサクラは?」
「知らねぇ。なんか牽制がどうとか言ってたけど、俺には詳しく話してくれなくてよ。信じられるか?あいつら、いっつも二人だけで話して俺にはなんにも教えてくれねぇんだよ」
移動する車輌からエンジン音が響く。アウターリムの道路──と言えば格好は付くが、産業廃棄物のような大物から廃棄された家電製品等の小物まで雑多な代物が積み重ねられた出来上がった道である。スクラップヤードとどっこいの有り様の道を進む車列へ随伴しつつムーアは姿がないアンダーワールドクイーンの二名について尋ねるとモランは愚痴混じりに別行動である旨を返した。
「………まぁ、素直なのは悪いことではないと思うが」
「ん?どうした?」
「いや、なんでもない」
レンズの色が濃いサングラスで良かった──と彼は製造元のエリシオンの設計へ感謝した。
一行の向かう先はアウターリムに設けられた避難キャンプだ。
エキゾチックはエンターヘブンの本拠地へ良く出入りしていたとモランは証言する。しかしその本拠地は一カ所へ長く留まり続けることが少なく、現在地はモランも把握出来ていないとか。避難キャンプへ向かうのはエンターヘブンの関係者を発見し、現在の本拠地の情報を収集──あわよくばエキゾチックの発見と身柄の拘束へ繋がる可能性がある為だ。
あともう少し、とモランが口にするとムーアは無線を介して全車に停車を命じる。
避難キャンプに集まった住民達は戦々恐々としているだろう。その只中へ武装車輌を伴った量産型ニケの一隊を率いた中央政府の軍人らしき人間が大挙して現れたらどうなることか。混乱が発生するのは目に見えている。
「──別命あるまで待機。自衛戦闘は許可する。ラプチャー、或いは敵対的な人間が接近するなら撃て」
〈──了解、待機します。指揮官、お気を付けて〉
量産型ニケ達で編制された分隊と車列、そして遺体となった、或いは生きている人間達はここで待機だ。
各車輌に据えられた銃座へ就いたニケ達が、そして車列に随伴するニケ達が携えた火器を握って周囲を警戒する中、ムーアとカウンターズはモランの案内で避難キャンプが設けられた区画へ足を踏み入れる。
「──……ひどい、ですね」
「──ただ、枠組みだけ用意しました、って感じね」
率直極まる感想がネオンとアニスの口から漏れた。
避難キャンプ──とは名ばかりだ。大人数を収容できる枠組みを用意し、雑多なあり合わせの物を掻き集めて周囲にバリケード紛いの防壁を拵えただけの空間である。
一機でもラプチャーが襲来すれば、たちまちの内にハリボテ一歩手前のバリケードは破られるだろう。
避難キャンプに集まった老若男女の群れ。その表情は一様に不安を露わとしながら着の身着のまま事の成り行きを──到来するだろう嵐をやり過ごす他ない。
「──あの……」
不意に声を掛けられた。ムーアへ向けられたそれに彼はいち早く反応し、視線を向けた矢先──ズキリと頭蓋の奥が軋む。
頭痛が眉根を寄せたが、幸いにも目元や頭部を覆うサングラスとヘルメットが険しく歪んだ表情を隠してくれた。
歳の頃は14歳か15歳だろうか。酷く痩せており、裾が擦り切れ、継ぎ接ぎが目立つワンピースを纏った少女が胸へ赤子を抱きながら青年へ歩み寄る。その少女の足元には背丈の低い子供達──まだ10歳に満たないだろう男女の子供達が集まっていた。
「──何か?」
「──いえ、その、ごめんなさい。……水、水を……」
少女の視線は彼の後ろ腰へ向けられている。その視線の先にはムーアが携行する水筒があった。
昨日──まだ地上にいた頃に給水した分だ。残りは半分ほどだろうか。
今後の行動がどれほどの時間、期間に及ぶかが分からない以上、水を分ける訳にはいかない。なにより少女へ水を分ければ他の住民達に、差別された、という意識が芽生えかねない。避難キャンプは多種多様な思想・信条を持った人間達が一カ所に押し込まれた空間だ。撃発の切っ掛けは些細な事と相場が決まっている。
その危険が拭えない以上、水を分け与えることは躊躇われたが──彼の手は後ろ腰へ向かい、掴み取った水筒の蓋を回して開くなり、少女に差し出す。躊躇は一瞬だけだった。
「──どうぞ」
差し出された水筒に少女は頭を下げると胸に収めた赤子を抱き直しつつ受け取ったそれに口を軽く付けた。コクリと嚥下されたのは一口分だけ。
「…あの…子供達にあげても……?」
「こちらのことはお気になさらず。私の方はなんとでもなります」
「…ありがとうございます」
正直に言えば一口ぐらいは残しておいて欲しいが──それは流石にムーアも空気を読んで求めはしなかった。
蓋が開いたままの水筒が少女の手から順に子供達へ回される。まだ小さな両手で水筒を掴み、中身を嚥下する──1000リットル分の水を運搬出来る牽引式のタンクをトラックへ繋げて持ってくれば良かっただろうか。
1名につき1リットルの飲用水は少ないが、それでも丼分勘定で1000名分は確保出来ただろう。この避難キャンプに集まった住民は掴みで500名前後に見える。であれば1名あたり2リットルか。
「……気が回らなかったな」
「……ありがとう、おじちゃん」
「──あぁ、ありがとう」
歳の頃は6歳か7歳だろうか。痩せている背丈の低い少女から空になった水筒を受け取った彼は準備不足を実感しつつそれを後ろ腰のポーチへ収めた。随分と軽くなってしまい、腰痛を発症する可能性は限りなくゼロとなった。それを喜ぶしかない。
とはいえ、ここでも
手袋越しに感じられた無精髭。おそらくこれが彼の外見年齢を高くしているのだろう。
「──お〜い!ここのリーダーは誰だ?」
住民達が何百と集まれば、個々の囁きはやがてざわめきに変わる。決して無視は出来ないざわめきが耳を打つ空間に一際大きな声が避難キャンプへ響き渡る。モランの誰何だ。
「──俺だ!お前は──あっ、モランの姉貴!」
「……って、なんだ。お前か。ここにいたのか?」
この避難キャンプの纏め役であろう男性──苦労が続いた人生だったのだろうと察せられる声の持ち主だ。偶然とはいえモランと遭遇出来て僥倖だったのはこの聞き込みであったとムーアは直感した。
アウターリムにも顔が利くアンダーワールドクイーンの一角、牡丹会の頭領だ。ムーア達だけで聞き込みを行っても警戒されて終わった可能性が高い。
「息子と弟は?」
「ここにはいません。……よりによって俺の外出中に攻め込まれて……」
「大丈夫なのか?」
「分かりませんが無事を祈ってます。いつも通り……ただ祈るだけです」
「……そうか」
アークでは迅速な避難が行われたが、アウターリムでは大騒ぎと大混乱が発生したのは想像に難くない。住民同士が協力しての緻密な避難計画が事前に作られていた訳でもなし。自発的に、或いは流れで避難キャンプが設置されたようなものだろう。
その混乱の影響で家族や友人と離れ離れとなった住民は少なくない、とモランは察する──いや、先般、その片鱗は実際に見ているのだ。
ラプチャーと遭遇し遺体となった何名かの住民がいた。彼女の
モランが纏う上着の袖の中でガッデシアムの握り拳が軋みを上げた。
「──でも……E.H.も今回はちょっとやり過ぎじゃないですか!?いつもみたいに予告だけとか、施設だけを壊すとかにしてくれないと!まさかアークに穴を空けるなんて…!」
人殺しはしない──E.H.はそう言っていたと男はモランへ食って掛かる。彼女へ言っても詮無きことだとは男も理解している。しかし行き場のない感情を発露せざるを得ない状況なのだ。
「それに自爆だなんて……無責任にも程がある!」
「おい、それは違うぞ」
「何が違うって言うんですか?あいつのせいでここに追い込まれて、いつ死ぬことになるかも分からないのに?」
アークへ侵入したラプチャーも危険だ。だが、同時に人間──中央政府が動き出しかねない。その可能性が高まっているのだ。
「E.H.はアウターリムの人間ですからね。中央政府にとっては絶好の機会ですよね?俺達みたいな邪魔者を片付ける最高の口実が出来たんですから」
「だから違うって」
「だから何が違うって言うんです!?」
「いや、それは……」
これ以上は埒が明かない。
避難キャンプの纏め役とモランのやり取りが堂々巡りとなりかねない。ムーアは少女達から離れると突撃銃を携行したまま対峙する彼女と男へ歩み寄った。
「──テロの真犯人を捜索している。協力を願いたい」
横から割り込んで来た低い声──それを聞き取った男は頭を振って彼へ視線を向ける。
長身かつ大柄──同じく男性である纏め役でも見上げる程の体躯の持ち主。
「……真犯人?……なんだよ、あんた。……軍人、か?」
「そうだ」
「軍人がどうしてここに──」
身に付ける武装の類の数々は統一感がある。明らかに鍛えられた職業軍人。それを感じ取った男の警戒心が跳ね上がった。
まさか、とあらぬ予想が男の脳裏を過ぎる最中、ムーアの左手が自身の目元へ向かい、掛けていたサングラスが外される。
「──…ッ!?」
整っている精悍な顔立ちはオオカミを思わせる。その素顔に男は見覚えがあった。
「あっ……お、俺達は…何も知りません…!テ、テロはE.H.が勝手にやったことでアウターリムの人間とは何の関係も……!」
「お、おいおい!落ち着けって!」
男が彼の格好を見て警戒心を抱いたのはモランにも察せられた。しかし素顔を晒した瞬間からの明らかな動揺。動悸は激しく、冷や汗が止めどなく流れ落ちていた。
動揺は伝播する。向かい合った彼と男の様子は周囲の住民達も認め──同時にムーアが中央政府の軍人であると察せられたのだろう。
男と同様の危惧を持っていた大人達の表情に恐れが見えた。幼い子供を守ろうと母親らしき女性が自身の背へ隠し、その夫だろう者は更に前へ立ち塞がる光景が散見された。
モランには訳が分からなかっただろう。何故、男が動揺したのか。
──確か、こいつはエンターヘブンの……。
過呼吸寸前に陥っている男が今まさに本拠地を捜索している組織へ所属しているとモランは思い出す。
それと同時に彼女はいつぞやの──いつも自身を除け者にするサクラとロザンナの話を思い出した。
──前哨基地で中央政府軍の部隊やエンターヘブンの者達と交戦し──皆殺しにしたとか。
──あのミスターは一人で皆殺しにしたんだよ。ガッチガチに武装した中央政府軍の兵隊やエンターヘブンの連中を…あたしが聞いた話だと100人以上はね。
前哨基地へ対するエンターヘブンの襲撃──それに男は参加こそしていないが、危険人物として顔写真付きのリストに載せられていたムーアの顔は覚えていた。
対ラプチャー用の火器で武装し、地上でニケ達と共に作戦を展開、指揮しつつラプチャーを撃破している
実際、襲撃へ参加した構成員達も男と同様の考えだった。中央政府のプロパガンダ、と思っていただろう。
直ぐに片が付く。朝飯前には帰って来れる。意気揚々とエレベーターへ乗り込んだ者達は誰一人も戻らなかった。遺体どころか、髪の一本、爪の一欠片すら。
男が瞳と顔に浮かべた恐怖──親しい人間が未帰還の者の中にいたのかもしれない。
それを察したモランはムーアへ囁いた。
「………こいつ、下っ端だけど一応、エンターヘブンの幹部みたいなもんなんだ。たぶん、お前の顔を知ってる」
「……俺も顔が売れたもんだ」
鼻を軽く鳴らした彼は外したサングラスのテンプルをボディアーマーへ引っ掛け、空いた左手で胸元のポーチを漁った。取り出したソフトパックの煙草──それを軽く振り、飛び出した煙草の吸い口を男へ差し出す。
「……吸うか?落ち着くぞ。GODDESSだが」
3級品とはいえ、正規品の紙巻き煙草──言うまでもなくアウターリムでは高級の嗜好品だ。
それを惜しげもなく勧めるムーアへ男は何度も彼と煙草の吸い口へ目線を向けた。
これを受け取ったらどうなるのか。受け取らなかったらどうなるのか──正直、受け取るのが怖い。
生唾を飲み込んだ男は額へ浮かぶ冷や汗を手の甲で拭い──こちらを窺う住民達の中に年端もいかない少年や少女、或いは赤子の姿を認めた。
情けないが断る口実はこれしかない。
「……こ、子供がいるんで……」
「……そうか。そうだな。禁煙か。済まない」
男の言葉に彼の眉根が寄り、縦皺が追加で刻まれる。そのオオカミのような眼差しが周囲へ向けられ──男と同じく子供達の姿を捉えた。
このような空間、分煙も出来ない場所で副流煙による被害を与えるのは喫煙者としてあってはならない行為だ。
頷いたムーアはソフトパックを元のポーチへ戻してしまう。呆気ない程に納得された事実に男は目を点とした。
血も涙もない──そんな印象しかなかったが、なんとも人間味がある行動である。
「……少しは落ち着いたか?……アウターリムの住民は今回のテロに無関係であるという情報が要る」
「……情報、ですか?」
幾分かは冷静になり、話が出来るようになったと見做したムーアが改めて男へ問う。
「あぁ、エンターヘブンの本拠地を捜している」
「頼むよ。教えてくれ」
モラン──牡丹会の頭領に頭を下げられる機会などどれほどあるだろうか。
エンターヘブンの構成員であるのも事実だが、それ以前にアウターリムの住民でもある男に逡巡が生じる。
「……教えたら、俺達に手出しはしません?」
「──約束する」
モランという人物がどのような性格の持ち主なのかは理解しているつもりだ。約束、という言葉にどれほどの意味と価値があるのか。
この苦界であれば吹けば飛ぶような程の軽さの価値しかないだろう。しかし牡丹会を束ねる彼女が口にしたなら話は別だ。
それは構わない。だが──
「──いや、姉貴が約束してくれたって意味ないんですよ。こちらにいらっしゃる……軍人さんが約束してくれないと……」
──この青年将校は為人が分からない。アークの出身、そして中央政府の軍人。そのような肩書を持つ人間が約束という言葉へどれほどの重きを置いているのか。
「──中央政府ニケ管理部所属。前哨基地司令官、ショウ・ムーア少佐の名の下に約束する。手出しはしない、そして手出しもさせやしない」
「……約束を守るだけの権力があるんですか?」
「それぐらいはある。……俺の名前や事情を知っている人間のいくらかは震え上がるようだからな」
参った。これは一本取られた。
「……ははっ……確かに……」
その通りである。現に男自身が──事情を知っている人間は震え上がったのだ。情けないことに避難キャンプの纏め役という立場がなければ逃げ出したくなった程だ。
「……あなたのことを完全に信じる訳ではありません。でも俺達、本当に悔しいんです。E.H.が勝手にやったことなのに……なんで俺達までって。……ひとまず協力しましょう。だから、宜しく頼みますよ?」
縋る眼差し──それを向けられた青年将校が頷きを返した。