勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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随分とお待たせして申し訳ありません。


第6話

 

 

 

 避難キャンプの纏め役となった住民から入手した座標──エンターヘブンの本拠地のそれが記された情報を携帯端末へ入力。

 

「──ここからそう遠くはないか」

 

 徒歩で15分から20分と言ったところであろう。勿論、アウターリムという土地の()()()()を考慮すると、到着時間に前後は発生するだろうが。

 

 避難キャンプを離れた彼はカウンターズやモランを引き連れ、量産型ニケ達が待機する車列へ戻った。周囲を警戒していたスタッフの1名であるイーグルが足早に歩み寄る。

 

「──イーグル。小隊の指揮を執れ。爾後の行動は別命あるまで避難キャンプ(現在地)を守備」

 

「了解しました。……ですが問題があります。()()()が不在の部隊では……」

 

 イーグルが懸念を示すと、彼も確かにと眉間へ皺を寄せる。指揮官──極端な言い方をすれば人間の統率から外れた上で武装したニケの一隊が単独行動をしている状況は諸々の問題が発生する可能性を孕んでいる。

 

 特に前代未聞の状況が続いているのだ。更に面倒臭い事態となるのは避けたい。

 

「……イーグル。拳銃を貸してくれ」

 

「……はい?いえ、了解です」

 

 自動拳銃(サイドアーム)──携行する暴徒鎮圧に用いられる代物であるそれを渡すようムーアが求めて来た。怪訝な様子だが彼女は従った。イーグルが自らの腰へ吊るした格好の合成樹脂製のホルスターへ手を伸ばし、安全装置を掛けた拳銃を引き抜くと彼へ握把を差し出す。

 

「……指紋認証は?」

 

「解除しています。()()()の時の自決用も兼ねていますから」

 

「……そうか。良い銃だな。()()()()()()だ」

 

 拳銃を受け取った彼が()()()()()()の口癖──抑揚も真似て発するとイーグルだけでなく、エリシオン製の量産型ニケ達が微かに笑った。

 

 ムーアは拳銃の安全装置を指先で外し、スライドを僅かに引く。薬室へ鈍い光沢を放つ実包を認めた。スライドを元へ戻し、安全装置を掛け直すと弾倉を抜く。弾薬が詰まっている点を認め、再び元の位置へ叩き込んだと思いきや、おもむろに武装車輌の傍らへ立っている青年へサングラス越しの鋭い視線を投げた。

 

「──伍長」

 

「──ッ!は、はい!」

 

 こっちに来い、と短く告げた彼へ応じ、青年が足早に駆け寄るなり──ムーアは受け取ったばかりの拳銃を伍長へ突き出す。

 

「し、少佐殿…?」

 

「グリフィス伍長。別命を下すまで本小隊の指揮官を命じる」

 

「……は、はぁ!?」

 

 愕然──顎が外れる程に伍長は驚愕する。眼前の長身かつ大柄の指揮官は、何か問題でもあるのか、と言わんばかりの態度で拳銃の握把を突き出したままだ。

 

「……あ、あの……意見具申、宜しいでしょうか?」

 

 おずおずと伍長が口にする。それにムーアは眉根を寄せながら頷いて先を促す。

 

「……その、自分は伍長でして……将校でもなければ、指揮官としての専門教育も受けていません」

 

「……伍長なら昇任前に基礎課程は受けただろう。分隊教練、指揮統率に関しても教育は受けた筈だ」

 

「それは……そう、ですが……」

 

 伍長は下士官とされる階級の中でも最下級(下っ端)に位置する。しかし兵卒とは異なり、ある程度の専門知識や指揮能力が必須となる階級だ。その為、昇任前に専門的な教育──共通と特技に分けられた教育課程を修了する必要がある。

 

 ムーアが緩く見下ろす青年はそれを修了し、突破したからこそ伍長の階級が付与されたのだ。

 

 改めて彼は握った拳銃を青年へ押し付ける。

 

 押し付けられた自動拳銃とムーアの顔を伍長の視線は何度も行き来する。実包(実弾)を用いた射撃訓練は当然ながら受けている。軍務に就く以上、避けては通れない訓練の成績は良くもなければ悪くもない。同世代の将兵と比較しても平々凡々だ。

 

 量産型ニケ(彼女達)の体躯は多少の差はあれど、概ねは少女と呼ばれる年頃の女性のそれと変わらない。それ故、強烈な反動が襲う対ラプチャー、ニケ用の火器を握るとは思えない程に手は細い。その細い手へ収まるよう設計された自動拳銃の握把は伍長が握っても小さく感じるだろう。

 

 安全装置を外し、引き金を引けば、撃針が雷管を叩き、弾頭が射出される武器──それを押し付けられた伍長は受け取るのを躊躇った。

 

 伍長も状況は理解している。

 

 だが、この拳銃を受け取って良いのか──万が一、これを使う時が来た瞬間、自身は引き金を引けるのか。その引き金を引く勇気と、責任は持てるのか。

 

 その躊躇を感じ取ったのだろう。

 

「──実際の指揮はイーグルが執る。だが、人間の指揮官が必要だ。今、それが出来るのはお前しかいない。だから、やれ。これは命令だ。──責任は俺が取る」

 

 ()()()()()()()としても、それは命じた自身の責任となる──要は気負う必要はない、という非常に遠回し過ぎる物言い。

 

 それをムーアという少佐の階級を与えられた青年将校が口にする。

 

 逃げ道を作られたような気がした。自分はそこまで意気地なしに見えるのか、とも一種の反抗心も年頃の男性らしく芽生えるが──事実その通りなのだ。返す言葉が見付からない。

 

「……拝命します。グリフィス伍長は現時刻より本小隊の指揮を執ります」

 

「宜しく頼む」

 

 押し付けられた拳銃を伍長が掴む。

 

 ここ最近は内勤ばかりであり、拳銃を扱う機会はほとんど無かったが、新兵教育課程の成果か、それとも伍長へ昇任する為の教育課程のお陰か、点検の手順は身体が覚えていた。

 

 防弾のセラミックプレートが押し込まれたボディアーマー、そしてヘルメットを被る伍長を緩く見下ろすムーアが口を開く。

 

「──軍人としての義務を、お前が宣誓した矜持を果たせ」

 

 短いながらも訓示──なのだろう。伍長も、はい、とだけ明瞭に返しながら、新兵教育課程で叩き込まれた通りの挙動で青年将校へ挙手敬礼を送る。それを受けた彼は、緊張の為か強張った表情を見せる伍長へ端正な、しかし短い答礼を返した。

 

「分隊、続け」

 

 子飼いとなるカウンターズを、そして協力者であるモランと共にムーアが路地を駆け出す。

 

 それを見送った量産型ニケ達は一時的に指揮権を委任された伍長へ視線を向けた。

 

「──で、どうする?」

 

「守備の命令が出たけど?」

 

 向けられる視線は──おそらく新任の指揮官(新品少尉)へ注がれるそれと大差ない筈だ。歴戦と評価して良いのかは分からないが、伍長が預かった量産型ニケ達は戦闘訓練を受け、ラプチャーと実際に戦闘をここまで繰り広げている。

 

 歴戦とまでは行かずとも、猛者揃いなのは確かだ。その彼女達が値踏みの視線を伍長へ向けつつ爾後の行動を尋ねる。

 

 下手な命令や指示には従わない、という雰囲気が感じ取れてしまい、伍長はたじろぎそうになるも耐えた。

 

「……まずは……避難キャンプの周囲を偵察してバリケードの守りが脆弱な箇所の検索。人員を配置……50口径の三脚は?」

 

「──わざわざ機関銃陣地を構築する必要はないわ。陣地構築に時間は掛けられないし、人員も割けない」

 

「あぁ、そっか、そうですね」

 

 傍らに立ったイーグルが伍長へ指示の修正を促す。それに応じながら各分隊(小隊)の詳細な行動が定められていった。

 

 命令と指示の下達が終わったところで伍長はふと気付く。

 

 左手に拳銃を握ったままなのだ。何処に仕舞っておこうか。

 

「──グリフィス伍長」

 

 量産型ニケ達が武装車輌やトラックへ分乗を始める中、イーグルは腰へ巻いていた弾帯を外しつつ伍長へ歩み寄る。ホルスターや応急処置キット(IFAK)を始めとしたいくつかのポーチが繋がったままの弾帯を青年へ差し出す。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 右手でそれを受け取った伍長は拳銃をホルスターへ納めてから弾帯を巻こうとするが──

 

「……あ、あれ?」

 

「……調整しないと入らないよ」

 

 当然だ。成人男性の伍長とイーグル──量産型ニケ(少女)とではウエストのサイズが異なる。弾帯の両端に存在するバックルが腹部に回らないのだ。

 

 そのまま持っているように、とイーグルは告げるなり、慣れた手付きで弾帯のウエストを調整してやる。

 

 もう少し緩めた方が良いだろうか──などと考えながら調整していると、彼女はウエストを調整する弾帯が微かに震えているのを感じた。

 

 弾帯を保持している伍長の両手が震えている──それに気付いた彼女は手早く調整を終え、装具するよう促す。

 

 カチリ。伍長のウエストへ収まった弾帯を留めるバックルの音が響く中、青年が纏うボディアーマー越しに背中へ軽く衝撃が何度か走る。

 

「──大丈夫」

 

 過度の緊張で強張り、同等の恐怖もあるだろう青年へ言い聞かせるイーグルの声音は柔らかかった。

 

「──大丈夫だから」

 

 強調しつつポンポンと軽く、優しく彼女は背中を叩く。何回か繰り返し、手袋に収まった細い手の平を離すと、イーグルは携行する自身の火器から弾倉を抜いて残弾を確認する。

 

 再び弾倉を叩き込んだ彼女が武装車輌へ向かうのを追って、伍長も続いた。

 

 

 

 

 

「──なぁ。アイツ、大丈夫なのか?」

 

「──誰のことだ?」

 

 伍長、そして量産型ニケ達と別れ、座標へ向かう道すがら。テトラ製の突撃銃をスリングベルトに吊して携行するムーアの傍らで歩みを進めるモランが尋ねた。

 

 アイツとは誰のことか──それを聞き返す弟分へ姉貴分たるモランは肩を竦めた。分かっているだろうに白々しい、と言わんばかりだ。

 

「お前だって分かってるだろ?」

 

「……伍長のことを言っているなら問題はない。イーグル達もいる」

 

「……だけどさぁ……アイツ、ドンパチ(実戦)の経験あるのか?」

 

 それこそ言わずもがなだろう。

 

 これはただの実戦ではない。アークが建設され、そして約1000万の人類が生活を営み、数世代を掛けて築いた人類最後の砦の歴史を根底から揺るがす一大事件だ。それも伍長である青年やその指揮、統率下へ置かれることとなった量産型ニケ達だけの命が掛かっている訳ではない。不特定多数のアウターリムの住民達の生命が掛かっている。

 

 そのような重大な役目を実戦経験が皆無の人間へ委ねて良いものか。

 

 軍人や兵士としての専門の訓練や教育を受けた訳でもないモランだが、あの緊張と恐怖、混乱が入り混じった瞳や雰囲気から実戦経験が無いと察するのは容易い。

 

「……俺だって初の任務で搭乗していた輸送機が撃墜されて、地上、それも敵地に墜落した。それでも……まぁ……こうは言いたくないが、なんとかなったんだ。あの伍長もなんとかなるだろう」

 

 それとこれとでは話が違うのではなかろうか。学がないモランでもそれぐらいは分かる。

 

「なんとか、なぁ……根拠はあるのか?」

 

「──俺の勘だ」

 

 根拠薄弱にも程がある弟分の返答。

 

 それを一笑に伏するのも、また容易いことだが──

 

「……分かった。なら、信じる」

 

 あの伍長の階級を付与された青年が尻尾を巻いて、惨めな敗残兵すらマシに見える無様極まる格好で逃亡する──などとムーアは思考の片隅にも浮かべていないのだろう。或いは想像すら出来ないのかもしれない。

 

 彼は彼なりの物差しであの伍長を評価している。

 

 確かに啖呵を切った姿は傍目にも無様ではあった。今にも堰を切って泣き出しそうな瞳、ガクガクと笑う膝、その癖に吐き出す言葉は一丁前。

 

 失笑しなかった自身を彼は褒め称えたい程だった。しかし──目は口程に物を言うものだ。

 

「……任せられる人間ぐらいは見極められるつもりだ。急ぐぞ」

 

 鼻を軽く鳴らしたムーアは左手に掴んだ携帯端末の液晶画面へ投影された目的地の座標を改めて確認するなり駆け出した。

 

 到着まで、あと数分。

 

 

 

 

 

 

 その光景をモニター越しに認めた濡羽色の髪を真紅のインナーカラーで所々を染めた人影は彼等の──いや、ただ一人だけを双眸で捉えて離さない。

 

 上下の瞼を彩ったアイシャドウの中でも存在感を放つ鮮やかな翠色の瞳でムーアを見詰める。

 

 少し荒い映像がモニターへ浮かび上がり、世辞に画質が良いとは言えない。

 

 しかしうっとりと──何処か恋い焦がれる乙女のような翠色の瞳の眼差しがモニター越しにムーアへ注がれ続けた。

 

 






………おやぁ?

なにやら……カップリングが……
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