勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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今年もトンチキ──もとい、面白いイベントが始まりましたね。

3周年も近いのにジュエルが足りない………


第8話

 

 

「──E.H.はさ、本当に頑張ってたんだ。頑張るテロリスト、って変に聞こえるかもしれねぇけど……」

 

 座標が指し示す地点まで残り僅か。青年将校──ムーアの傍らに立つ彼の姉貴分となったモランが呟いた。

 

「皆が傷つかないラインでアウターリムの想いを伝える為に必死にやってきたんだよ。勿論、そのせいで内部に猛反発されて最悪の方向に進むことも多かったけど……頑張ってたんだ。ここを、人間が暮らせる場所にする為に」

 

 E.H.──アウターヘブンのリーダーであった女性の為人を多少なりとも承知し、理解していたモランの口振りは残念である様子を窺わせる。

 

 彼女という人間は、アークの、ひいてはアウターリムや人類の存続を脅かすような行為はしない──その点について信頼しているモランだからこそ、今回のエターナルスカイへ大穴を開け、ラプチャーの侵入を誘発させた真犯人はE.H.ではないと訴えられる。

 

 しかし大衆はそれを信じようとはしない筈だ。先程の避難キャンプの纏め役となった男性がそうであったように。

 

「──私達の立場からすると、E.H.はテロリストのリーダー。それ以上でも以下でもない。どんな理想を抱こうと、どんな手段を使おうと。E.H.はテロリストよ。アークを脅かす、ね」

 

 モランは弟分を挟んだ反対側から響いた玲瓏な声を捉え、僅かに目を伏せた。

 

 カウンターズ(特殊別働隊)を纏めるリーダーであるラピの言葉は反論の余地が存在しない。

 

「……テロ行為は、どんな理由があったとしても正当化出来るものじゃないからな」

 

 それが仮に()()()()使()として一定の評価を受けるとすれば──反体制派であるテロリスト側が勝利した瞬間からだろうか。テロリストと呼ばれた者が一転して英雄と呼ばれる──それが果たして健全な価値観と世界なのか。これも議論となるだろう。だがしかし完全なる正当化は不可能であろう。

 

「……それはE.H.も良く分かってた。だから他の道を進もうとしてたのに、その一歩を踏み出す前に死んじまったんだ。それが……残念なんだよ」

 

「……ラピ、先頭に立て。ネオンはラピに続け。ブービートラップに警戒。アニスは後方を警戒し、モランは……俺の隣か後ろにでも居てくれ」

 

 無駄話はここまで──とでも言いたげにムーアが下達する。目的地となった座標は一見すると廃屋か粗末な仮設住居の集合体とも言える建物だ。

 

 おそらくは出入口と思われる開口部の手前でムーアはハンドサインを掲げて分隊を停止させ、順繰りに各員の配置を指示する。先行させるラピとネオンが、そして背後を守るアニスが頷くも──残ったモランの配置をどうするべきか一瞬悩んだが、結局は自身の隣を指示する。

 

 パチン、と彼の指先が携行する突撃銃へ掛けられた安全装置を弾く。合わせる格好で各々も火器の安全装置を解除した。

 

「──前へ」

 

 ムーアの命令と共にラピが突撃銃(ミリタリア)の銃口を開口部へ向け、引き金へ細い指を乗せつつ進み出す。その背後へ間隔を空けてネオンが続いた。

 

 ムーアも薬室の確認を済ませた突撃銃を構えながら屋内へ進入。モランやアニスも後へ続いた。

 

 屋内の通路が想像よりも広い。物資の運搬や人員の出入りの為に広く設計したのだろうか。

 

 間違いなく人間が生活していた形跡がある。通路を進む最中、ラピは物陰等へ設置されているかもしれないブービートラップの存在に注意を払う。

 

 先頭を進む彼女の赤い瞳が間断なく上下左右へ動き回りつつのクリアリング。要所をひとつずつ──通路に設けられたいくつかの扉を開け、その内部を検索するが不審物や人間も発見出来なかった。

 

「……ねぇ、本当にここなの?」

 

「座標上はそうね」

 

「悪の組織の本拠地っていうから、もっとそれらしい雰囲気なのかと思ってました」

 

 緊張が緩む。最深部の部屋へ辿り着くと、アニスが疑問を口にする。座標上は間違いない旨をラピは返しつつ、再び突撃銃へ安全装置を掛け直した。

 

「……それらしい雰囲気って、どんなものなんだ?」

 

「そりゃまぁ……旗とか、挑戦してきた格闘家達の銅像とか、そんなのがあるのかなって」

 

「……旗は……分からなくもないが……」

 

 ネオンが言う()()()()()()()()とやらの詳細を彼女の師匠が取り出したソフトパックを軽く振りながら尋ねる。

 

 団結や組織の象徴として旗幟の存在はあっても不思議ではないが、挑戦してきた格闘家達の銅像とはなんぞや──と不可視の疑問符を浮かべる彼は次いでオイルライターを取り出した。

 

 独特の特徴的な金属音を奏でながら蓋が開けられ、ホイールに親指が掛けられる。それを回し、火花を散らそうとした刹那、彼は違和感に気付く。

 

 スンと軽く鼻を鳴らし、嗅ぎ付けた臭い──その正体が推察されると彼は開けたばかりのオイルライターの蓋を閉じ、ボディアーマーのポーチへそれと銜えた煙草も戻してしまう。

 

 ネオンの言葉へモランはエンターヘブンが慢性的な資金不足──要は貧乏であることを告げ、そんな物を作る余裕がないと反論する。

 

 とはいえ、人っ子一人いない、それらしい──テロ組織の本拠地に相応しい代物も置かれていない。これではここがエンターヘブンの本拠地かどうか判断が難しいとアニスは指摘した。

 

「──においを嗅いでみろ」

 

「……におい?」

 

「そう。大きく息を吸って〜」

 

 アニスの疑問へ答える代わりにモランが藪から棒とも言える行為を促す。

 

 丸っこい亜麻色の瞳を瞬かせたアニスは訳が分からぬまま、双眸を閉じて大きく──整った形の鼻から息を吸い込んだ。

 

 それを認め、行動を始めたのはネオンだ。彼女は──あろうことか床に転がっていた布切れを摘みつつ、アニスの鼻の下へ持っていった。

 

 効果は覿面だったらしい。

 

「──ッ!!?」

 

 双眸を見開いたアニスは鼻を片手の指先で摘みながら一歩退くなり、眼前のネオンが摘む布切れを睨んだ。

 

「な、なんの臭いよ、これ!?その手に持ってるの、なに!?」

 

「これですか?ただここにあったのを拾っただけですよ?」

 

「それをどうして私の鼻に押し付けるのよ!?」

 

「どんな臭いがするのか気になって…」

 

「自分で嗅げば良いじゃない!!」

 

 アニスとしては得体の知れないナニかを鼻先へ寄せられたのだ。機嫌を損ねるのも当然であろう。

 

 本来なら仲裁すべきムーアは、眉間へ深い縦皺を追加で何本か刻み付けつつ到達したばかりの部屋を見渡した。ラピも柳眉を寄せ、形の良い鼻を僅かに動かし、違和感の正体を口にする。

 

「……ここ、火薬の臭いがするわ」

 

「……そこまで強い訳ではないが…精製が不十分の代物でも作っていたのか?……ネオン、それを」

 

「え?こ、これですか?」

 

 ネオンが摘んだままの布切れ──それを渡すようムーアは促す。酷い臭いだったのは、アニスの反応から明らかだ。それを渡すのは憚られたが、彼が手を差し出しては拒絶も難しい。

 

 差し出された布切れを受け取った彼がそれを鼻先へ寄せ、スンとひとつ嗅ぐ。

 

 彼の行為を目撃したアニスやネオンは、うげっ、とも聞こえるような表情に顔を顰めてしまう。

 

 ──やはり刺激臭が残っている。何らかの薬品を拭き取った可能性が高い。この部屋でハンドロード用の炸薬か爆薬でも作っていたのだろうか。

 

 鼻の奥へ残る刺激臭に追加で眉間へ縦皺が寄る中、彼は手渡されたばかりの布切れを投げ捨てた。

 

「──製造工場も兼ねていたようだ。正規の手段でファクトリーロードの弾薬を入手するのが難しければ自家生産か、もしくはブラックネットで購入か」

 

「ビンゴだったな。──何もないのが問題だけど……」

 

「……そうだな」

 

 ここが本拠地であったのは──ほぼ確定とも言えるが、肝心の物的証拠がない。

 

 機材は全て持ち出したのか、それとも処分したのか。どちらにせよ不明だがモランの言う通り、ここには目立つ物が何も残っていない。

 

「指揮官。兎に角、捜索してみましょう。エキゾチックの手掛かりが掴めるかもしれません」

 

 望み薄、或いは徒労に終わる可能性もあるが、虱潰しに捜索すれば何かしらは発見できるかもしれない。ラピの提案にムーアは頷いた。

 

 その矢先だ──

 

「──お待ち下さい師匠」

 

「……あぁ、気付いてる。ピザのデリバリーを誰か頼んだか?」

 

 アウターリムにそのようなサービスが行き届いた店舗は──それこそ探せば存在するかもしれないが、だとしても配達人の数が多い。

 

 微かな足音と気配から察するに10名ばかりはいる。

 

 扉を閉めたばかりの部屋の前まで来ている。

 

 彼は反射的に突撃銃の安全装置を弾きつつ、彼女達へ扉から離れるようハンドサインを送る。

 

 扉にダクトテープに似た何かを貼り付ける物音──扉を吹き飛ばすつもりだろう。

 

 エンターヘブン──テロリストの遣り口ではない、と彼は勘付く。彼等なら扉をもっと乱暴に破るか、本拠地なのもあって不用心に開けるだろう。

 

 扉の前から何歩か下がる足音──次いで電子音が響いた。

 

 電子音は起爆信号を送ったそれだったらしい。貼り付けられた少量の爆薬が小規模な炸裂を起こし、扉が吹き飛んだ。

 

 たちまち間を置かず、室内に突入する集団──その先頭へ彼は銃口を向けた。

 

「──えっ?」

 

 10mも離れていない近距離だ。彼が覗き込んだ光学照準器(ACOG)のレティクル一杯へ映ったのは双眸を覆う高機能のバイザー。目元が隠れても整った顔立ちを伺える量産型ニケの姿である。

 

 その量産型ニケも銃口を向けている彼の姿を捉え、潤った唇を僅かに開きながら、意外そうな声を微かに漏らす。

 

「──なんだよ、お前ら。何しに来たんだ?」

 

 警戒、そして敵意を滲ませながらモランが一歩を踏み出す。ムーアの傍らを通過した彼女が射線へ被らないとも言い切れない。彼は銃口を下げると安全装置を掛ける。しかし親指はいつでもそれを外せるよう添えられたままだ。

 

「そ、そういうお前らこそなんだ!?」

 

「こ、ここで何を…!」

 

 侠客の堂々とした雰囲気に気圧されたのか、量産型ニケを中心とした一隊は声を震わせつつも誰何する。

 

 それへ答えたのは低く落ち着いた声だ。

 

「──特殊別働隊、そして指揮官のムーア少佐だ」

 

「……特殊別働隊……ッ!?」

 

「──カウンターズ……!?」

 

 明らかに量産型ニケの一隊へ動揺が走る。知らぬ内にそれほど特殊別働隊(カウンターズ)の名が売れたのか。まぁ全くの無名とは言い難い、とはムーアも自己評価できるが、そこまで動揺させるとは思いもしなかった。

 

「……ここで何をしている?」

 

 彼が低い声で尋ねる。

 

 誰何した相手が軍人かつ将校──それも佐官に属すると名乗った。彼女達は本来なら身分の証明を促さなければならないのだが、その過程を踏めない程の威圧感を捉えた。

 

 特殊別働隊──不可能と思われる地上奪還作戦に何度も投入され、その度に任務を達成して帰還を繰り返す昨今のアークでも指折りの分隊。()()()()()()なのは言わずもがなだ。そして率いる指揮官もただ者ではない──思わず量産型ニケ達が生唾を飲み込んだ。

 

 鋭い視線が威圧感を孕んでサングラスの向こうに爛々と光っているのだろう双眸から送られている、と彼女達は気付く。次いで彼女達の視線は一度は下ろされた彼の突撃銃へ向く。安全装置へ添えられた指先──おそらく一瞬で外され、それを認知する間もなく銃口が真円に見える光景が予想出来てしまった。

 

 相手は人間──だが彼女達はタイラント級のラプチャーが突然、目と鼻の先に顕現したかの如く身を固めてしまう。

 

「──ア、アウターリムに、ラプチャーが入って来たという話を聞いて……ラプチャーを、倒そうと……」

 

 一隊を代表し、マロンペーストの色素に染まった髪を持つ量産型ニケは緊張が走るのか舌を縺れさせながらも彼へ答える。

 

「……そうか。任務御苦労。だが、妙だな」

 

「……え?」

 

「ラプチャー掃討が目的だと言ったな。わざわざこんな廃屋じみたところを検索するのか?」

 

「そ、それは……補給、を……」

 

「……アウターリム(ここ)で?」

 

 サングラスの奥でスッと双眸が細められた──気がした。周囲の酸素濃度は正常の筈だが、対峙する量産型ニケ達は息苦しさに苛まれる気分だ。

 

 一刻も早く此処から立ち去りたい──しかし()()がある。彼女達は無意識の内に下がりそうになる脚を踏ん張って耐えた。

 

「……部隊の指揮官は?アーク市内のラプチャー掃討が優先される状況だ。わざわざアウターリムでの作戦行動を誰が命じた?」

 

「ド、ドバン副司令官様の、命令です」

 

 ──失敗した、とマロンペーストの髪色を持つ量産型ニケは悟った。視線の先にいる彼が醸し出す警戒の雰囲気が一層濃くなったのだ。

 

「………なるほど」

 

 不意にバイブレーションの音。量産型ニケ達の視線を集める彼が纏うボディアーマーのポーチからだ。

 

 携帯端末に着信──おそらくはメッセージアプリのそれだと察しつつ、内容の確認は後回しにした。

 

 それよりもまずは眼前の量産型ニケ達をなんとかする方が先なのだ。

 

「──ラプチャー掃討が目的なら、出直した方が良さそうだ」

 

「……え?」

 

「小口径の銃ばかりだ。交換してから来い。ラプチャーには効かんぞ。人間は殺せるがな」

 

 ──パチン、と彼が握る突撃銃の安全装置が親指で弾かれた。いつでも発砲できる状態にされた、と気付いた彼女達の緊張が増す。

 

 ラピやアニス、ネオン、そしてモランの視線が量産型ニケ達が携える火器へ向けられた。

 

 明らかに小口径弾薬を用いる対人用の銃器。それを認めた途端、モランが激昂する。

 

「こいつら…!ラプチャーを口実にアウターリムを一掃しに来たのか!?ああ!?防壁を開けたのもドバンだろ!違うか!?」

 

「いや、それは……!」

 

 怒気を露わにし、歩みにさえそれを滲ませながらモランが近付く。流石は裏社会でも名を轟かせる牡丹会の頭目だ。彼女の放つ覇気に量産型ニケ達は一歩も動けない。

 

「──動くな!銃以外のモノが壊れるかもしれねぇぞ!」

 

「……武装解除を手伝ってやってくれ」

 

「ラジャー」

 

 ズカズカと無防備に武装した集団へ歩み寄るのは誉められた行為ではないが、こうなっては仕方ない。

 

 ムーアはラピを始めとした彼女達にも支援を命じる。

 

 その時だ。

 

 ──彼の背後、壁が微かに軋み、ムーアの首筋を僅かな風が撫でた。

 

 続いて感じられたのは鼻腔を擽った甘い香り。

 

 嗅ぎ覚えのある甘い香り──背後を無意識に振り向いた。

 

 壁があった筈だが、どうやら隠し扉であったらしい。微かに開いた開口部の奥──そこからこちらを覗き込む瞳と整った顔と彼の視線が交わる。

 

「バイパー──ッ!?」

 

 細腕が蛇のように伸び、彼が纏うボディアーマーを掴む。

 

「──指揮官!?」

 

 ムーアの身に起きた異常を察知したラピが駆け寄る。

 

 ニィと口角を緩めたバイパーが彼女自身の重心を傾けた。隠し扉の奥に穿たれた地下へ通じる穴へ向かって重心を傾け、必然と彼も連れられる格好となる。

 

 咄嗟に駆け付けたラピがムーアの右腕を掴む──その腕は突撃銃の握把を握っていた。反射的に彼は安全装置を掛け、暴発の危険性を僅かでも防止する措置を取る。

 

 三人が纏めて穴の闇の中へ消えるのに数秒も要らなかった。

 

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