勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
今回の周年イベントも盛り沢山の内容で………情報の整理が追い付かない……
バチバチと一等星の眩い閃光が走る。
大柄かつ長身の身体を折り曲げて修理に勤しむ姿は、なんだか可愛らしい。
随伴部隊が暇潰しにと、飛空艇の飛行甲板の隅へ設けたバスケットボールに用いるバスケットゴール。
筋骨隆々の隊員達に誘われた彼女は真紅の長髪を一纏めに結んでからノリノリで参加し、パスされたボールを華麗かつ豪快にダンクシュート──それがいけなかった。
見事にバスケットゴールは折れてしまい、こうして修理を受けることとなったのだ。それも随伴部隊を率いている青年将校の手を煩わせる形で。
「──終わったぞ」
「──おお……!」
破断面は修理の痕跡こそあるが、溶接されて直っている。これでまた余暇にバスケットボールを隊員達は楽しめるだろう。
「……ダンクシュートは禁止だ」
「えぇ〜?カッコいいじゃんか〜」
溶接機材を片付ける青年将校が苦虫を纏めて何匹か噛み潰した表情を浮かべた。毎回、修理に呼び出されるのか、と言わんばかりだ。
バスケットゴールを元の位置へ戻し、やっと一息吐くなり、青年将校は愛煙の紙巻き煙草を銜えてオイルライターの火を点ける。嗅ぎ慣れた紫煙の香りが彼女──レッドフードの鼻を擽った。
日差しが強く感じられて暑かったのかもしれない。青年将校が上衣や半袖の黒いシャツを脱いだ。鍛えられた厚い胸板や深く刻まれた腹筋を露わにしつつ、脱いだ上衣とシャツを纏めて飛行甲板上へ置くなり、仰向けに横たわる。
「日光浴でもすんの?」
「最近、デスクワークが多くてな」
銜え煙草のまま横たわる姿は教育上、大変宜しくない。青年将校を兄と慕う新雪の如き白銀の髪を持つ少女には見せられないだろう。
日光不足でビタミンが云々、と彼は言うが──生憎と彼女はそこまでの学がない。
共感は難しいが、彼女なりに快適な日光浴の時間を提供することは出来る。
私物のカセットプレイヤーを取り出すと彼女は青年将校の傍らへ腰を下ろすなり、接続されたイヤホンの片方を彼の片耳へ差し入れ、再生ボタンを押し込んだ。
「……人の趣味に兎や角言う権利はないと承知してるが……カントリーは……」
「なんだよ、隊長も嫌いか?」
「いや、特に好きでもなければ嫌いでもない。……たまに聴くなら良いんだが……」
擦り切れたカセットテープだ。音質は世辞にも良いとは言えない。劣化もしているのだろう。所々で音飛びや濁りが発生している。
しかし彼女は機嫌が良さそうだ。鼻唄でリズムを取っているのが何よりの証拠だろう。
「良い曲だろ〜?」
「……まぁ、そう、だな」
確かに彼女が言う通りに良い曲ではある。生憎と彼の趣味とは言い難いだけで。
二人のイヤホンに繋がるカセットプレイヤーから流れるカントリーミュージックがその場を支配する中、落ち着いた低い声が真紅の長髪を風に遊ばせるレッドフードへ向けられた。
「……キミの故郷はどんな所だ?」
不意に青年将校が尋ねる。それを投げ掛けられた彼女はオオカミのような切れ長の金眼を見開いて驚いた。
「……隊長もそういうこと聞くんだ」
「……キミのカントリーのせいだ。らしくもない郷愁を感じたからな」
「……あたしに聞く前に、まず隊長の故郷は──いや、なんでもない。忘れてくれ、うん」
自身の故郷の光景や土地柄を語るのは吝かではない。しかし物事の道理として、まずは青年将校の故郷の話を──と催促しかけた彼女だが、直ぐに不適当だと思い至る。
なにせ青年将校や彼等の故郷と言えば──
「……話しても構わんが……」
「いや、いいよ。それで、あたしの故郷の話だよな?」
携帯灰皿を手探りで取り出した青年将校は寝転がりつつ溜まった灰を中へ落としながら頷く。
記憶に残る彼女の故郷──
「……まぁ、なんていうか……ド田舎でさ。目立つ建物とかは無くて、あ、いや。ガソリンスタンドとかパブはあったな。でもトウモロコシ畑がずーっと続いてて……」
彼女の語る故郷の話へ青年将校は耳を傾けながら燃え続ける煙草を銜え直す。
農業だけでなく家畜を飼育、肥育している畜産も盛んな土地で彼女は生まれ育ったようだ。
青年将校は瞳を閉じて脳裏へ思い浮かべる。
彼女曰く──クネクネした形の川の流れから響くせせらぎ。きっと良型のトラウトが釣れるだろう。数少ない趣味である釣りが捗りそうだ。
肥えた土の香り。家畜の糞尿を堆肥にして耕された大地。彼女の先祖達が遥かな昔に不毛の地へ入植し、血の滲む努力の果てに荒野を開拓した歴史の香りだ。
トウモロコシや麦穂を揺らす風が吹き抜け、広大な畑が波打つ光景が瞼の裏に浮かぶ。
──嗚呼。
「──羨ましいな」
「……え?」
「いや、なんでもない。……良い所だな。素敵な故郷だ」
細い溜め息と共に紫煙が燻る。面と向かって言われると照れ臭いのか、彼女は金眼を逸らしながら細い指先で頬を掻く。
「……素敵、って言うけど本当にド田舎だぞ?」
「風光明媚だろう」
「……どうせ飽きるって」
「どうかな。案外、住心地は良さそうだ」
「……なら……そうだな。この戦争が……つーか、全部終わって……」
尚も続く人類とラプチャーの大戦争。どんな結末を迎えるにせよ、いずれは戦争も終わるのだ。
その時、青年将校は軍務の任を解かれるのか──それは彼女には分からない。
だが、もしも──
「──もし隊長が良ければ、あたしの故郷に案内するよ。歓迎する。エンジェルス・ヒップってパブがあるんだ。一杯、奢らせてくれ」
「……金はあるのか?支払いの時に財布を忘れたは困るぞ」
「そりゃ、まぁ、うん、たぶん?」
紙巻き煙草を携帯灰皿へ投げ込む青年将校の口角が緩む。
「……その時はご馳走になろう。その店、全席禁煙ではないよな?」
「どうだったかなぁ……」
昨今は喫煙者へ対する迫害が厳しいのだ。片田舎の飲食店も場所によっては相応の待遇を取られるのは想像できる。
アルコールを摂取すると、どうしてもニコチンやタール等が含有された毒煙も吸いたくなる性なのだ。
それはそれとして──彼女は考える。
この
それこそ──何でも出来て強くて美人で、オマケとばかりに性格までサイコーなオンナのレッドフード様が故郷へ錦を飾り、満を持して歓迎する特別のゲストだ。
ド田舎だからと言って
やはり相応のそれを準備する必要がありそうだ。
どんなものが良いのか──流石に何処かの
田舎娘──まぁ実際その通りなのだが、それを感じさせつつも垢抜けたようなコーディネートが望ましい。
「──うん、決めた」
「……何が?」
「ヒ・ミ・ツ。今、言っても面白くないだろ?」
「……いや、だから何が?」
精悍な顔立ちの眉間へ皺を寄せる青年将校は脈絡のない彼女の言葉に合点がいかないらしい。不可視の疑問符が浮かんでいた。
服は──デニムジャケットにホットパンツにしよう。良い天気で暑いならブラトップだ。健康的な肉付きをこれでもかと、この
それとテンガロン。故郷では農作業や家畜の世話をする住民達が被っていたものだ。青年将校にもひとつ進呈しよう。わざわざド田舎まで来てくれるのだ。記念品代わりである。
「──楽しみにしててくれ、隊長」
傍らで仰向けに寝転がる青年将校へ彼女は弾けるような笑顔を向けた。
重力に引かれて落下する感覚は相変わらず慣れない。
まるで逃れようのない目に見えない存在の手に絡め取られている気分だ。
暗がりの向こうでボディアーマーを掴む細く白い手が離れる。
それを認知するかしないかの刹那。彼の腕が反対側に強く引かれた。次いで視界の端にライトブラウンの髪が映り込み、眼前は暗がりとは異なる黒に包まれた。肌を介し、眼前の黒が服の生地だと察した瞬間だ。
衝撃が直下から伝わり、落下の感覚が掻き消える。
「──指揮官!ご無事ですか!?」
ヘルメットを被る頭部やボディアーマーへ詰め込んだセラミックプレート越しに感じる抱擁の細い腕。聞き慣れた玲瓏な声が余裕なさげに響く。
「……大丈夫だ。……ありがとう。何度目かな……」
落下と衝突の衝撃から庇おうとクッション代わりに身を挺した彼女──ラピを下敷きにしていると気付いたムーアは礼を述べながら立ち上がるなり、落下の最中も離さなかった右手で握る突撃銃を構えた。
安全装置が指先で弾かれ、連射の位置へ回った突撃銃の銃口は彼等の10歩は先に立つ人影へ指向される。
「──ヤッホー、ダーリン♡」
「……久しぶりだな、バイパー」
人影──バイパーは笑みを浮かべながら彼へ片手を振る。再会を喜ぶ仕草ではあるが、それにしては寸前の行為は頂けない。
「デートへ誘ってくれるのは嬉しいが、少しばかりマナー違反だぞ」
「次からは気を付けるね。ダーリン、ケガしてない?大丈夫?」
「見ての通り、問題ない。──ラピ」
「はい」
おそらく10mは滑り落ちて来たのだろう。落下した先には随分と大規模な
それは兎も角としてアニスとネオンへ合流を促す連絡だ。
彼がバイパーへ銃口を向けて牽制する最中、ラピは片耳へ指先を宛てがい、直上の部屋にいるだろう彼女達へ通信を試みた。
しかし、通信が接続されない。
「──指揮官。通信できません」
「それはそうだよ〜。ここ、強い妨害電波が流れてるから♡」
「……なに?………あぁ、本当だ。用意周到だな。ブラックネット辺りから仕入れたのか?」
銃口をバイパーから逸らさず、ムーアが左手でボディアーマーのポーチを漁る。取り出した自身の携帯端末の液晶画面へ表示されたアンテナ──それが一本も立っていない。彼女達の申告の通りであると察し、手早く携帯端末を仕舞うと改めてバイパーへ狙いを定めたまま引き金へ人差し指を乗せた。
「──拘束しろ」
援護することを暗に告げながら傍らのラピへ命じる。彼女が頷き、一歩を踏み出してバイパーに近付こうとした瞬間だ。
「──ラピ!」
バイパーが細い手へ握った小さな機器のボタンを押し込む姿を捉えたムーアの警告に反応し、ラピが一歩退き──彼女の目と鼻の先に左右から吹き出た紅蓮の炎が幕を作る。
地下通路の壁に穿たれた穴からゲル状の油脂が噴き出したのだ。火炎放射器だろう。
その炎の幕はバイパーが機器から指を離すことで途切れた。完全に燃焼できていない油脂が残り火となって通路の両脇で燃え続け、吸い込めば異臭と共に息苦しさを感じる黒煙を上げている。
「──大人しくしててくれる?私もダーリンを燃やしたくないの。あ、ちなみにこれ、ニケも燃えるよ?」
「……用意周到ね」
「それはそうだよ〜。ダーリンを招待するんだもん。念には念を入れなきゃね」
「……随分な歓迎っぷりだな」
「気に入った?」
「嬉しくて涙が出そうだ」
軽口を叩く彼だが、実際に通路の両脇でまだ燃焼している炎から昇る黒煙が目に染みて涙が出そうなのだ。
ムーアからの返答に満足したのかバイパーは口元に浮かべる笑みの角度を深くする。
「ここはね、エンターヘブンの本拠地とアークを繋ぐ秘密の通路なの。壁にある穴が見えるでしょ?あれは全部、火炎放射器だから、勝手に動いたりしちゃダメだよ?ダーリン♡」
ムーアがサングラス越しに濃い茶色の瞳を、ラピが紅い瞳を左右へ巡らせる。壁に一定間隔で設けられた穴の存在を認めた。目に入るだけでも数十は存在する。前へ進んでも同様に穴は存在するのだろう。
溜め息を彼は吐き出しながら突撃銃へ安全装置を掛け、握把から右手を離した。地下通路ということもあって周囲は暗い。掛けていたサングラスを外し、テンプルをボディアーマーへ引っ掛けると改めてバイパーに双眸を向けた。
「──お喋りがしたくて俺をここに引き摺り込んだ訳ではないだろう。目的は?」
「あら、ダーリン。そんな怖い顔しないで?」
「悪いな。生まれ付きの顔なんだ。評判の良い美容整形の医者を知ってるなら教えてくれ。前向きには考えるぞ」
意識はバイパーへ向けながら、彼は傍らのラピに目配せし、彼女も握る
不承不承と言った様子を見せながらだったが、ラピも携える突撃銃へ安全を掛け、握把から手を離した。
「──改めて聞こう。バイパー、キミの……いや、キミ達の目的はなんだ?」
バイパーと対峙するムーアが低く落ち着いた声で真意を尋ねる。
彼の殺害を目的としているなら──かなり手が込みすぎだ。わざわざこのような場所に招かずとも遣り方はいくらでもある。
だと言うのに回りくどい方法で彼を迎えた目的が判然としない。
濃い茶色の双眸から向けられる鋭い眼差しを一身に受けたバイパーは潤った唇を僅かに綻ばせながら言葉を紡ぐ。
「──知りたい?じゃあ、ついてきてくれる?クロウに会わせてあげる」